定年再出発  


懐かしい空
by yamato-y
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職場周りの食いもの屋

渋谷今昔①・職場周りの食いもの屋

1995年、広島から東京へ戻ってから、ずっと渋谷のオフィスに通っている。21年になる。
それまで、敦賀、金沢、東京、大阪、東京、長崎、東京、広島と転居を繰り返したから、よもや一箇所に20年も通勤するとは思ってもいなかった。

 この20年、渋谷も大きく変わった。町並みも行き交う人もすっかり変わった。20年前は東京の繁華街は新宿、渋谷は二流の盛り場でしかない。センター街も小汚い店舗、食堂がちんまり並んでいた。
 2016年暮れの渋谷。通りには外国人が多い。白人だけでなく南アジアの人が増えている。ヒジャブというスカーフのような布で頭髪を隠した女性が目につく。店舗もリニューアルして小奇麗になっている。

 さて、ラストランに入った私としては、この馴染みの深い町のこまごまとしたことを記録しておこうと今朝思い立った。手始めに、昼食で通う店、通って今はない店のことを記録しよう。

 2016年秋から冬にかけて、トピックは神山町界隈を「奥渋」と呼ばれるようになったこと。まさに私の昼めしゾーンだ。かつては東急本店通りと呼ばれた細長い区域。中ほどに白洋社のビルがあって、そこを境目にして代々木八幡寄りになじみの店が並んでいる。
 増田屋。昔からあるうどんや蕎麦屋。あまりうまいとはいえないが、時々昔風の麺類が食べたくなる。お気に入りはきつねうどん。黄色いカレーライス。
 うなぎ吉野。うな丼は1500円以上するから、うなぎと鳥の相乗り丼が月に二度ほどのぜいたく。
 長寿庵。蕎麦屋うどん屋。増田屋と似ているが、すこし味がいい。五目そば(中華風)。
 TAKE。夜は酒場になるのだが、ランチはプレートに乗ったハンバーグなど。食後のコーヒー付きで千円。
 麗郷。台湾料理。本店は渋谷恋文横丁にあるが、数年前に支店を出した。中華ランチ、3点のなかから選ぶ。950円。最近、あまり行かない。
 ここで富ヶ谷の大通りを渡って、小田急代々木八幡の商店街に入っていく。入り口にイタリア料理「イルキャンティ」。今一番気にいっている店。ランチがパスタ、ハンバーグなど3品から選ぶ。本日はハンバーグランチを所望。サラダのにんにく仕立てのドレッシングがめっぽううまい。おなかいっぱいになって、980円。ホシ3つ。
 はしや。駅近くにあるパスタ専門店。あの「壁の穴」から独立して、いっときはブームになった店。ウニ入りのパスタがうまい。ちょっと値段が高いと思ったこともあったが、最近の物価から見るとリーズナブル。1200円。
 和食かぶら。はしやの裏通りにある店。刺身がたっぷりあって1000円。うまい。

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# by yamato-y | 2016-12-20 13:50 | Comments(0)

山屋敷

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山屋敷

 日曜日、信濃町の慶応病院に見舞いに行き、その帰途、小石川まで足を伸ばした。12月に入って寒い日が続くなか、珍しく快晴でぬくい日だった。信濃町から水道橋に出た。神田川をわたって本郷の方へと歩く。春日通りを越えて左に折れて、文京区小日向の地名を探した。行きかう人に道を尋ねると、8百メートルほど先だという。黙々と歩いた。

伝通院を通り過ぎ 茗荷谷の交番で「切支丹屋敷の跡地はどこですか」と聞くと、親切な巡査は地図で確かめて、この裏の谷に切支丹坂がありますからその側にあるでしょうと教えてくれた。このあたりは坂道が多い。神田川の河岸段丘の地形だろうか。屋敷は段丘が少し飛び出た舌状の台地にあった。むろん今は屋敷はない。記念碑が建っているだけだ。 江戸時代キリシタン禁教令が出たあと、見つかった信徒たちはこの屋敷に閉じ込められていたと記録が残っているだけだ。なるほど舌状の離れた台地は隔離するには都合のよい地形、まさに牢獄であったろう。通常山屋敷と呼ばれた。
 禁教令が出て50年後に捕縛されたシドッチが、この屋敷の最後の虜囚だ。イタリア、シシリー出身のシドッチは、禁教の日本に密入国するのは危険だと幾度も説得されたにもかかわらず、布教の思い断ちがたく、ついにマニラから鹿児島県屋久島に潜入。髷を結って二本差しの日本人に扮したが見破られて捕まったという。青い目とのっぽの体型は目立ったに違いない。捕らえられた宣教師は江戸の山屋敷に送り込まれたのだ。遠藤周作『沈黙』のモデルといわれる。

 この屋敷で、幕府顧問の新井白石の尋問をシドッチは受ける。宗教以外の問答のなかで、シドッチの知性に驚いた白石は、西洋の学問を学ぶ必要性を感じ洋学解禁を幕府に進言することになる。すなわちカトリックのスペイン、ポルトガルなど南蛮の文化でなくプロテスタント国であったオランダ、イギリスなど紅毛の学問のみ解禁させたのである。これによって医学、天文学、航海術などの進んだ学問を日本はキャッチアップすることが出来て、日本のサイエンスの素地は作られていく。この潮流はついには明治維新の改革にまで繋がっていく。

 現在の屋敷跡地にはモダンなマンションが建っていて、往時の気配などどこにもない。
午後3時を回って陽が翳った。八兵衛の夜泣き石と伝説が残る石がある。殉教した者を偲んだ記念の石らしい。これだけが唯一の名残りだった。

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# by yamato-y | 2016-12-20 13:00 | Comments(0)

高輪・義士まつり

義士まつり

久しぶりにロケ現場に出た。といっても大学の演習のロケではあるが。
後期、表現演習のひとつ。明治学院大学周辺のネタで5分程度の番組を作っているのだが、4班のうちのひとつが高輪の町の姿を追っている。
そして本日は、高輪の最大行事「忠臣蔵・義士まつり」が高輪泉岳寺で行われた。その賑やかな様子を1班の4人のメンバーが取材して、映像で切り取ることになった。ハイライトシーンの撮影だ。
それを聞いて、一応のロケの仕切り方を実地で教えようと、私も参戦した。

目黒駅から都バスで高輪警察署前まで出る。そこから伊皿子坂近くの泉岳寺まで徒歩で向かう。思った以上に距離があった。高輪は台地なので坂の起伏が多い。息切れしながら泉岳寺境内に潜り込んだのが12時15分。
12時30分過ぎに4人のメンバーと合流し、すぐに観光客やたこ焼き屋の主人たちにインタビューするよう指示。4人の学生たちはそれなりに体勢を作るが、何か覇気が足りない。必死さがないと、相手も引くぞとハッパをかける。ただちに2台のスマホ、1台は被写体の姿を捉え、もう一台は被写体の音声を捕獲する体勢を作る。その間に聞き手としての番組のレポーターが入った。次にこの撮影舞台にゲストを呼び込む必要がある。これはもう一人のメンバーが行うことになったが、なかなか声をかけることができない。インタビューを依頼するのは、慣れないと難しいものだ。そこで早速見本を行って見せた。
次に、本番前に聞き手に忠告。質問はだらだらするのでなく、相手の気をそらさないようにテキパキとやることと。
 実際に本番撮影となると、4人のメンバーは実に的確に行動した。やっぱり現場は面白い。

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# by yamato-y | 2016-12-14 18:02 | Comments(0)

ヒップホップでジャンプ

どこまでも黄一本世界銀杏降る

銀杏(いちょう)が最後の激情を露にした12月第2週。明治学院大のキャンパスの並木、渋谷ブンカムラ周辺、外苑の並木など、東京は今は盛りの黄落。
一方、目黒北口のとある駐車場そばの民家の前に山茶花(さざんか)一本、白一色。けなげにもこちらは花びらを散らさない。朽ちた花は朽ちたまま残っているが未練にはならない。さざんかはむくげに似ている。さざんかとむくげの恋は身内の恋。
「身内の恋」は「未必の故意」に似ている。

朝、渋谷駅前のスクランブル交差点の大画面に、「○子がヒップホップにはまってから、やたらに韻を踏むようになった」というような意味の文字が浮かんでいた。年寄りだけでなく若者も押韻が好きなんだ。

この週を境に木々は裸木となる。なって見事なのはケヤキ。箒木の名前どおり、すっきり伸びた枝木が美しい。木枯らしがきっぱりと吹きぬける。
すっきりケヤキ きっぱり木枯らし
ケヤキはやきもちヤキ
シモヤケ アサヤケ ユウヤケ みんなケに蹴飛ばした
残ったヤキは タイヤキ カバヤキ ドンドヤキ
ヤキがまわってヤクとなり
ハヤク カイヤク 
サイアク ザイアク カイアク

2016年。今年のマイブームはスポーツジムに通いはじめたこと。2月の寒い日から始め、夏も秋も、週3は通った。毎回30分3キロを早足で歩く。10ヶ月通って、体重は68から65キロへ。3キロの減、思ったほど減らない。やや運動が過多になって、左足の筋肉痛がはんぱない。
ハンパナイ
カンケイナイ
シンパイナーイ

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# by yamato-y | 2016-12-13 15:46 | Comments(0)

鴎盟は完治せり

鴎盟は完治せり

 今朝、小水を我慢して大橋の大学病院に行った。昨年10月に手術した前立腺肥大の最後のチェックを受けるためだ。
 受付で小水検査の指示が出て、排出機能が調べられた。「残尿はゼロです」と嬉しい声がベテランの看護師からかかった。そのまま主治医の問診室に入る。先生はニコニコしながら「すっかり治っていますよ」。「一応、治療は本日で終了ということにしましょう。何かあったら来院してください。長い間、ご苦労さまでした」と労っていただいた。この病院に通うようになったのが5年前。寛解することはあってもまさか完治するとは思っていなかったので、主治医の言葉は嬉しかった。
 記念に、奮発して病院の地下食堂でモーニングセットをフルでとって食した。トーストの酵母の香りが胸いっぱいに広がり、あらためて健康の快を感じた。

 昨日、千葉まで遠出して「浦上玉堂と子らの展覧会」を見に行った。新橋に出て総武線の快速に乗り千葉市へ。かれこれ1時間かけて木枯らし舞う千葉に降り立った。平日の千葉市美術館は人影が疎らで、絵をじっくり鑑賞するには最適だった。

 浦上玉堂は岡山小藩のエリートだったが、50歳のとき長男と次男を連れて脱藩。七弦琴と画具をもって文人の暮らしに入る。次男秋琴はまもなく会津藩に仕えるようになるものの老年画筆をとって作品を残した。長男の春琴は京都で画業に生きて、後に関西画壇の人気作家になる。展覧会はこの父と子らの作品を一同に会して営まれていた。
 春琴の作品は華麗で色が豊かで華やか、現代のイラストレーションのような鮮やかな筆捌きで花鳥画にその技を見せる。秋琴は父親の画風に近く山水画に枯淡の味わいを見せる。二人とも親の七光りと切り捨てることができないほどの技量を持っていた。
 だが真打の玉堂を見ると、二人の作品が霞んでしまう。とてつもなく無垢で大胆な描線がウワーっと見る者に襲ってくるのだ。雨に濡れそぼった風景「山雨染衣図」は、幼稚園児の画かと見紛うほどの画面が湿りきっている。作品が放つエネルギーにたじたじとなった。川端康成が所蔵していたというが、彼のコレクションはそのほかに国宝「東雲篩雪図」も入っているのだ。川端のすごい眼力に呆れた。

 岡山、鴨方藩の上級武士であった玉堂が藩を出て家を捨てることになった理由の一つが40過ぎで亡くなった妻への思いがあるという。封建の世に珍しい「純愛」と七弦琴の弾き語り―文人玉堂はこよなく現代人の心象に近いのではないだろうか。近来、久しぶりに画を見て感動するという純粋体験を得た。
この展覧会は18日で終わるので、それまでにもう一度見に行こうと考えている。今度は2500円のカタログを絶対に買って帰ろう。

玉堂の画題のなかに「鴎盟」という言葉があった。鴎はかもめ、かもめの仲間になるというような熟語で、転じて隠居して風月を楽しむことという意味らしい。私の身分に近いが、風月を楽しむという雅亮は私にはない。だが玉堂のその思いだけは敬していただく。

 鴎盟となりてととのふ冬の部屋

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# by yamato-y | 2016-12-07 12:31 | Comments(0)

寒さが緩んだ日に

在るとは

昨日、息子の誕生日だった。30代のオッサンに誕生祝をいうのも気がひけるから、なんの音信もなく過ぎて、今朝になって記念日だということに気がついた。
たしかに息子のHは在る。だが親である私たちが見ているのは30年前の乳児だったH。
小脇にかかえて自転車の前の席に乗せて、共同保育所に連れて行く光景が脳裏にこびりついている。私よりガタイが大きく、何を言っても反論するようなナマイキなHではない。

つまり目の前のHは不存在だ。非存在ではなく、たしかにその分身というかかけらはあるものの、私自身が期待する存在ではない。存在というのは「時」の影響を大きく受けるようだ。どうもそんな気がしてならない。あのハイデガーも最も関心があるのは「時」であったということを何かで読んだ。

 では私自身の存在はどうか。
今、自分史の年表を作成している。1948年から2016年までの時間と事象の流れを一覧にしたものだ。年表の特徴はほとんど仕事と絡んでいることだ。誕生から大学卒業まではたった3行。22歳で就職してから現在までが192行ある。事象の過半が制作した番組名で埋まっている。おそらく有象無象含めて、生涯8百ほどの番組を作ったことになり、それに大半の時間を費消してきたわけである。
 長男が生まれた年は初めて海外取材をした年で、長女は長崎から東京へ転勤する年だった。脳出血を起こしたのはニューヨークで大きな賞をもらった年で、災厄と幸運がいっしょにやって来たので忘れられない。これらの時代の私(複数)は今の私ではない。だが想起すれば当時の意識が出現して、現在の意識に上書きされるのも可だ。いつでもあの頃に戻れるし戻ってもいる。けっしてあの頃から自分の本質が変わったわけでもないと御託を並べることも可だ。
 ずっと連続する私もいれば、そのつど切断される私もいるのだ。在るということはどういうことだ。

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# by yamato-y | 2016-12-02 16:27 | Comments(0)

深海へ

深海へ

大磯の片付けを終えて目黒に戻ると、日はとっぷり暮れていた。駅張りの映画のポスターをなにげに読むと、新海誠監督作品上映とある。「秒速5センチメートル」「雲のむこう、約束の場所」「言の葉の庭」の3本をシニア料金で見ると、1000円。終了は午後10時になりそうだがいいじゃないか。足はすぐに向いた。
6時開場。「雲のむこう」から始まった。
この作品は苦手なSF仕立て。あまり気持ちが入らないままエンドマークをむかえた。感想をもらすものはない。
次の「秒速5センチメートル」はよかった。中学を出ると離れ離れになってしまった遠野貴樹と篠原明里の物語。種子島と栃木ではあまりに遠い距離。その最後の夜に、貴樹は雪の北関東を列車を乗り継いで明里のもとに向かうまでの煩悶が1部のキモだ。この作品は3部作になっていて、2部は移住した種子島で高校生活を送る貴樹を密かに恋する同級生の視点の作品。そして、3部は社会人になって、仕事についたものの自己啓発も解放もできないままくすぶる貴樹。一方、明里は許婚とまもなく結婚する直前にある。二人の縁の糸はどうなるか(私としてはポジティブな結果を期待した)。貴樹の手繰り寄せた糸はカラカラと回り続け、挙句カットアウトした現実だけが残った。後味が深い。

そして3本目が「言の葉の庭」。クツ作りを目指す高校生が10歳年長の国語の教師に恋をする物語。舞台は雨の新宿御苑。物語の説明はしない。少年の移ろっていく心が手にとるように分かる。

 3本のなかで、タイトルのいいのは「雲のむこう、約束の場所」。物語の深さは「秒速5センチメートル」。「言の葉の庭」は悪くはないが、どう評価していいか、今の段階では分からない。ただ新海作品はいろいろな顔を持っていると知って、これからの作品にも期待したいと思った。

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# by yamato-y | 2016-11-28 14:03 | Comments(0)

君の名は、二度見

2度見の感動

昨夜、渋谷TOHOシネマズで君の名はを再び見た。2回目の鑑賞だ。前のときも一応感銘したが、どうもまだ新海監督の思いを掴んでいない気がして、あらためて見ることにしたのだ。視聴の深さが足らないと思ったのは口噛み酒の意味、組みひもの暗喩が自分の中で腑に落ちていなかったからだ。

そうして見終わった午後6時40分、深々とした感動を私は味わっていた。最後の四谷の階段で二人がすれ違い、君の名前はと呼びかける場面、本当に美しいと感じた。ヒーローの瀧も社会人となって成熟を感じさせたが、なによりヒロイン三葉の見せたやさしく懐かしい泣き笑顔はアニメとは思えないほど心に染み込んでいった。

この種の感動をどこかで味わった気がしていたが、今朝瞑想をしていて思い出した。8年ほど前に見たローカルテレビ局が制作して話題となり、後に映画化された作品「私たちの時代」のラストシーンで味わったものとよく似ていた。
 かつて死闘を演じた石川県の女子ソフトボールチームの一方の高校のマネージャーだった女性が成長して東京のオフィス街で働く姿を切り取っていた。高校時代とは見違えるようなたおやかな女性ぶりに、見るものの心を奪う場面となっていたが、その感動と劣らない。
 否「君の名は」はさらに深い感動をもたらしたが、それは瀧と三葉たちの真摯で熱い慕情がくっきりと浮かび上がっていたからだろう。


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# by yamato-y | 2016-11-25 06:58 | Comments(0)

余震といえども震度5

昨11月22日 明け方の5時59分 横揺れが来た。夢を見ていたので夢の続きかと認知していたが、揺れが大きくなって縦になってこれは実際のことだと悟り、目を開いた。いつもの地震より長い。5年前の大地震とよく似た現象に戦慄。
テレビをつけると、画面に大きな文字で「すぐにげて」とあり、アナウンサーは海から離れて高台に逃げるよう緊張した声で連呼している。震源地は5年前と同じ福島県沖。後にマグニチュード7・3、震度は福島県浜通りで5。東京都内でも震度4あったことを知る。
画面は小名浜港の港風景に変わる。津波襲来に備えて漁船が次々に避難のため、港を出て行く様子が写し出される。それから2時間テレビの前を離れられないままとなる。

津波警報、注意報の解除まで2、3時間かかることになった。どうやら5年まえの東北大震災の余震だったようで、この5年間でもっとも大きな地震であったそうだが、有難いことに死者の犠牲はゼロであったことは僥倖としか言えない。

忘れていた悪夢が蘇った。あの3月の寒風のなか、娘を連れて銀座から目黒まで歩いて帰った夜のことを。あの思いを繰り返すことだけは避けたい、

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# by yamato-y | 2016-11-23 10:36 | Comments(0)

きらきらさむい

綺羅綺羅寒い

金曜日は寒かった。朝一番でスポーツジムに出かけた。9時オープンに間に合うために家を8時40分に出る。目黒通りをいっきに下る。権之助坂の終点にある横断歩道を渡ったときだ。
前からやって来た女子高生たちと交差するとき、ひとりの子が言った。「今朝はきらきら寒いね」。一瞬幻聴でもあったかと思ったが、どうも実音であったようだ。その後も女子高生は天気の話題を口にしていたから。
きらきらはキラキラネームのそれでなく、綺羅星のごとくの漢字の綺羅と私は確信する。
それにしても何とみずみずしいセンスだし表現だ。私はしばらくその言葉に打ちのめされていた。

ちょうど翌日土曜日に、遊俳倶楽部の11月句会がある。そこへ投句せねばならない。この綺羅綺羅寒いを織り込んだ句を作りたい。金曜日の午前中はそのことでずっと頭がいっぱいだった。
夕方、やっと出来た。
目黒坂綺羅綺羅寒き高校生
しかし結果は最悪。金曜日に句会に提出したものの宗匠からはまったく一顧だにされずボツとなった。だが、私個人としては想いが深い。
少し口惜しいから見栄を張って、採用された句も次に挙げておく。
屋根に立つサワンの谿(たに)や北斗星
冬に入る子の手を引けば薄曇り

その句会で選挙には漏れたが感心した若い人の句があった。
背の縮む電柱冬の鳥一羽
下五がよくないが、背の縮む電柱がすごい。冬になって日がどんどん短くなり、電柱も影か本体かなぜか短くなっている、気がする。こういう気分は分かる。

さらに句会で私が「天」の位をつけた句は
神無月口噛み酒に酔ひにけり

口噛み酒とはあまり聴かない言葉だが、最近若い人たちの関心を集めているという。ヒット映画「君の名は」の中で重要な出来事が口噛みに秘められているのだ。い

かくして久しぶりに出席した句会で気分は高揚。一次会で終わらず、2次会で高円寺まで遠出して深酒となった。高円寺では「赤ちゃん」という創業60年の老舗のスナックでハイボールをぐいぐい。最初は仲良くのんでいたお隣の自由業の方と、途中から議論が白熱し、「外に出ろ」と罵倒するぐらい悪酔いしてしまった。
おかげさんで、高円寺から総武線で新宿に出る予定が寝過ごして飯田橋まで行った。
口噛みの酒にあくがれ神送り 登羊亭

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# by yamato-y | 2016-11-20 14:46 | Comments(0)


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