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雨の多い2016年秋

雨の多い2016年秋

 梅雨は利根川水系では貯水率が下がっていると騒いでいたのに、8月の末から長い秋雨、秋黴雨状態になった。弁当忘れても傘忘れるなという北陸に育ったものとして、長雨には抵抗力がある自負していたが、まったく駄目。むしむし、だらだらと雨がつづくと、すっかり憂鬱になった。

 せいぜい、区民センターのジムで筋肉トレーニングを毎日することだけが楽しみとなった。

 今年も、目黒秋刀魚まつりが、自宅のそばで行われ、気仙沼産の美味なさんまを食したことだけは僥倖だった。

 なかなか番組を作るチャンスが巡ってこなかったが、9月に入って、「イッピン」という情報番組を2本担当した。ひとつは、岐阜県産のヒノキを使った工芸品。


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by yamato-y | 2016-09-30 17:48 | Comments(0)

広島カープと断捨離

広島カープと断捨離

 カープが優勝した。
前回の優勝は1991年のことであるから25年経っていたことになる。

 前回の優勝時の監督は山本浩二。チームは若い監督を中心にまとまって奮闘した。
その年、1991年のペナントレース中盤では首位巨人にかなり水を空けられていた。奇跡に近い挽回優勝を遂げることになる。その原動力は、病と闘う津田投手への激励だったと、当時の選手たちは口々に語る。
そのシーズンの初めに突然病に倒れ、戦線から離脱することになった津田を優勝の旅に連れていこうという機運がチームを一つにしたと言うのだ。

 記録に残る選手とは手放しで言えないかもしれないが記憶に残る選手となった津田恒美。このレゲンデ(伝説)を今から22年前広島局で仕事をしていた私らはふとしたことから知り、それを不屈の人生を生きた男の物語として世に送り出した。その番組は思いがけない反響を呼び、22年経った今も広島の人々の胸に残っていることが少し嬉しい。そのタイトルは、「もう一度、投げたかった~炎のストッパー津田恒美の直球人生」。

 難病と闘っていたとき、津田が妻にもらしたという言葉が今も耳朶に張り付いて離れない。
「どんなに野次られても、もう一度あのマウンドに立ちたいよ…」。どんなにカンバックしたかったことか、彼の気持ちを忖度すると心がいささか痛い。
この野球への思いを津田は愛用したボールにしっかり“刻んで”いた。そのボールには津田の投手としての決意が記されていた。マジックインキの字で「弱気は最大の敵」と書かれていた。このボールを初めて見たときの感動は今もしっかりある。まるで津田がいるかのような生生しさがあった。そのボールはまるで彼の分身のごとく不思議なオーラを発していた。

 この番組が、カープ優勝にちなんで、来る9月25日(日)に再放送されることになるという。これまでに幾度も再放送されてきたが、まさか22年経てもあるとは予想しなかった。津田さんを知らない若い世代には是非その英姿を見て、さらに大きな野球愛を育んで欲しい。

一方、先週末から昨日にかけて、私にとって大きな人生の儀式を行っていた。大磯の私の部屋に納めていた書籍を、ふるさとの図書館に送ったのだ。ダンボール箱にして80ほどになったか。40年にわたって蒐集してきた単行本から、資料として買い求めたものまで。サブカルチャー、「冬のソナタ」関連書、文学、原爆、キリシタン、詩集、歌集、美術書、写真集、映像関係書など多様な書籍群を一まとめにして送った。正直に言えば大型荷物車が我が家を離れて行ったとき、すこし虚ろな思いが残った。部屋はガラーンとして白々とした光景、つまり殺風景になった。

 古希を目前にして、人生に区切りをつけるつもりで断捨離を断行。

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by yamato-y | 2016-09-14 15:38 | Comments(0)

愉快なケール

愉快なケール

先週の京都での集中講義で知り合った可愛い娘について話をしよう。
アメリカからの留学生で、DNという。スリムで足長のおしゃれな大学院生だ。その娘と週初めからメールをやり取りしていると、アドレスの名前がKale Nagasakiとなっている。どういうことって聞くと以下の答えがあった。
 《そして、忘れないうちに、私は De Na です。でも、私は小学校の時、『ドラゴンボール』というアニメの一色でした。学校から帰るたびに兄と一緒に『ドラゴンボール』を見たものです。『ドラゴンボール』を憧れて、自分も話に入りたくてキャラクタ-を作ったほどです。『ドラゴンボール』の中で、一番強い人たちは野菜を基づいた名前があります(例えば:べジタ (vegetable), カカロット (carrot)). だから、私はケールの野菜を選んで、Kaleというスーパーサイヤ人になりました。

それに、Nagasakiはどこから来たかというと、同じごろ「さすけ」という番組はアメリカで放映されていました。ご存知ですか。障害物競走の番組です。とにかく、あるエピソードに「ながさき しゅんすけ」というオリンピック選手が登場しました。たまらなくハンサムだと思って、十五歳の私には結婚したい気分が急に出ました。勝手に彼の名字を取りました。》

 いやあ、サブカルチャー恐るべし。日本のアニメが、外国の少女に大きな影響を与えてその人生にまで深く食い込んでいたのだよ。日本文化研究の研究者になったのだ。ちなみに日本語の文章はすべて彼女の自前のもの。手書きで漢字入りの文章もうまい。本当にスーパーサイヤ人だ。
このスーパーサイヤ人は、来日して何を研究しているかというと、日本の60年代のテレビに現れた黒人表象についてである。なんだか面白そうな主題だが、意外な難儀が待っていた。というのは、60年代の映像がほとんど残っていない。当時VTRはようやく商業ベースに乗ったばかりで、かつ使いまわしを迫られて、ニュースはともかく当時の娯楽もののビデオはほとんどない。ひょっとすると、民間の富裕層でソニーのベータで収録している人がいるかもしれない。そこで、ケールに代わって、呼びかけたい。
〈60年代70年代のドラマやドキュメンタリーで黒人の登場する番組のビデオを持っている人がいたら、情報をいただけませんか。〉

ケールはこれから2年ほど日本に留まって、研究を深めるという。どんな研究成果を見せてくれるか楽しみにしている。

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by yamato-y | 2016-09-07 14:33 | Comments(0)

秋刀魚は目黒

秋刀魚は目黒

昨日、9月4日。目黒駅北口で秋刀魚まつりが開かれた。祭りに際して、準備された秋刀魚は6000から7000尾。朝、9時から炭に火がつけられ、封鎖された道路のあちこちから煙が上がる。大量の秋刀魚が炎に包まれ、青い煙がビルの谷間からもこもこと沸き立つ。あまりに煙いので、祭りの世話人のなかにはゴーグルを付けた者もいる。秋刀魚を食べようと押しかけた客がおよそ2000(午前7時現在)。朝4時半から並んだという。この行列の先頭は私の住むアパートの前なので、その騒々しさは半端ない。朝からすさまじいおしゃべりの渦が勃発し、わーんという音の塊になってビルの壁に当たっては反射。煩くてうかうか日曜の朝寝もできない。やむなく、7時40分、私も行列の端に並んだ。

 祭り開幕となって秋刀魚が振舞われたのは9時10分過ぎだから、およそ1時間半行列していたことになる。列の中で下町から来たという年配の男が語っていたことを耳にした。「2時間もかけてたかが秋刀魚を食べるだけに行列をする。スーパーへ行って秋刀魚を買って、自分ちで焼いて食べりゃいいって分かっているけど、この人ごみのなかで待ち続けるという風情がいいんだよ」まわりの人も共感していた。

 2回ほど、雨粒が落ちてきたが、幸いにも本降りにはならず。9時半、炭火でよく焼けた宮古産の秋刀魚の塩焼きをゲット。ほくほくの秋刀魚を野外テーブルの上で広げて食す。美味。苦味がおいしい。脂がよく乗っていた。

 8月29日から9月2日まで、私は京都の大学で集中講義に出向いていた。久しぶりの京都で、宿と大学以外は動かなかったが、百万遍の大学街界隈や四条木屋町のホテル周りで京都の香りをたくさん嗅いだ。このところふさぎ込んでいた気分もすこし晴れた。
 9月1日の夜は、京阪楠葉に住む娘夫婦らと鴨川の床で食事。夜空は澄み、秋出水で水かさを増した鴨川の小気味良い流れ、影絵となってはしゃぐ観光客、東京では味わえないほっこりした気分になった。

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by yamato-y | 2016-09-05 14:50 | Comments(0)


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