定年再出発  


懐かしい空
by yamato-y
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右往左往

右往左往


 本日は仕事を休んだ。休息をとった。この2週間まったく休みのない状態で走り回って、体が悲鳴を上げていたからだ。

 2日ほどまえ朝起きると、血圧が上昇しているのが直感で分かった。早速、血圧計で計ると、近年なかった値が出て慌てた。というかショックだった。また入院するような事態が起こるのかと怯んだ。

 上昇した理由は常備薬が切れて飲んでいなかったことと思われる。2種類の降圧剤が補充まであと1週間というところで無くなった。まあ、この数年ずっと安定しているから4、5日薬を欠いても大丈夫だろうとタカをくくっていたら、どっこい問屋は簡単におろしてくれなかった。

 どうしようか、事態の解決で悩んだ。不安もあった。朝食のときに家人に相談したら、まず薬の切れる状態を作った私の不手際をきつく正された。そして、耳寄りの情報を教えてもらった。近所の診療所で簡易見立てで薬をもらったらというアドバイス。さっそく9時の診察開始を待って、駅前のクリニックへ出向く。そして入手した2種類の降圧剤を服用した。
 その夜は、タケ先生の鍼治療もあったので、さっそく助手さんに血圧上昇のことを相談。すると頭を中心にいつもと違うツボを攻めていただき体が少しほどけた。肩のあたりのこわばりもとれた。

 そして昨日。朝から初めての制作会社の人と面接。その人がもってきた企画について、あれこれ検討。「課外授業」という番組の特性などを説明していたら12時になった。昼から六本木の現場で、最終試写に臨み、それを終えてから赤坂の別のプロダクションの事務所に移動。そこで、来年度の企画について二人のプロデューサーと意見を交換した。一日に3つの作業が重なるときつい。帰局後、パソコンに向かって、この日の記録をうちこんだ。
 このとき、いささか気分が悪くなった。やばいと思った。タケ先生に電話すると、私の声が普段と違っていたのか、先生はすぐに応じてくれた。番外で診察してくれるという。午後7時50分という遅い時間に治療していただくことになった。
ゆううつな気分で新宿の街を足早に歩いた。

 私の顔を見るなり、タケ先生は「顔色は悪くないですね」と安心する嬉しい言葉を投げてくれた。
 この日の鍼治療はいつも以上に深い密度の高いものとなった。

 そして今朝。少し遅寝をして、連続テレビ小説のあと血圧を計測。117―79。ほっとした。

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by yamato-y | 2013-10-31 18:12 | Comments(2)

颱風一過

颱風一過

すっかり晴れ上がった。秋の深い青空が広がっている。
日曜の昼下がり、近くの自然教育園に出かけた。園内にはおおぜいの家族連れや団体であふれていた。みんな青空を待っていたのだ。

ひょうたん池まで行くと、立ち入り禁止の表示がそこここにある。どうやら今年の颱風で倒れた大木の後処理場のようだ。池の周りの桜の木が倒れたり傾いたり随分傷ついていた。

 水生植物園の池にはガマの穂が膨らんで、風にいっせいに靡いていた。美しい。
足元に「イガグリの素」があった。正式の名称はちからしば。なぜこういう異名をとるかというと、穂の根元に爪をあてて、上に向かってぐぐっとしごくと、いがぐりのカタチが仕上がるのだ。幼い頃からこの草のことは見知っていたが、正式名称ちからしばと呼ぶのは初めて知った。

 窪地の池のベンチに腰掛けていると、さーっと風が立つ。すすき、がまがいっせいになびく。風立ちぬ、か。

 3時半になると早くも日が翳った。斜めの光が木々の葉や草の花を照らす。

 この地を歩きながら、大磯ツヴァイクの森を思い出す。今頃、お山の道のべには枯れたあざみが風にそよぎ萩が小さな花を咲かせているはずだ。昨日別れてきたばかりなのに、もうあの森が恋しい。

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by yamato-y | 2013-10-28 00:12 | Comments(0)

脱林住期

脱林住期

 1993年に大磯の丘の上に終の住み処を建てて住んだ。大磯駅を出て山側に進み、私がツヴァイクの道と呼んだけもの道を10分ほど登った小高い丘のうえにその住み処はあった。元の字(あざな)が紅葉山漆ケ窪という。山うるし、こなら、けやきなど広葉樹が並ぶ里山を切り開いて出来た宅地で50軒ほどの家が並んでいた。そのなかほどに鉄骨3階建てのしっくい壁の白い家を建てた。43歳で働き盛りだった私は気負って注文建築を建てたのだ。出来合いの普通の家では物足りないと感じていた。
 その家に入ったのは1994年の春。私は広島に単身赴任をしていて、妻、息子、娘の3人が先に入った。大磯の駅から13分、駅まで9分。道中半分は林のなかという森の家だった。丘を下るとき前方に大きな相模湾が広がっていた。小学生だった娘の登校のために軽自動車を買い、妻が運転して送り迎えをするようにした。

 1995年の6月、広島から帰った私もそこから渋谷の放送センターまで通勤することになったが、わずか10日で脳卒中を発症し、ひと夏その養生に追われた。秋になって出社したものの左半身は硬直していて、そのリハビリを兼ねて紅葉山を歩き回った。俳句に関心をもつようになったのもその頃だ。百舌鳥の声に気づき、水仙の香りに酔うた。

 通勤に1時間半かかる不便はあったが、週末にその家でくつろいでいるとシャバの憂きことや雑事は忘れて本を読んだりビデオの映画を見たりすることが出来た。ときどき庭の草をむしり里山を散歩することで汗をかいた。私にとっては快適な人生の林住期であったが家人には不便で人の付き合いも少ない停滞期であったかもしれない。

 やがて注文建築のあちこちで不具合が発生し、その修繕に頭を痛めることが多くなった。といっても実際に業者を手配したり修理を指示したりするのは家人で、私はそのころ海外取材が増えていて、家の雑事はすべて妻まかせであった。
 3階は片側がガラス張りになっていて明るいが、夏は暑くエアコンを最強にしても汗が流れた。冬は1階の私の部屋がしんしんと冷えた。快適な春と秋はあっという間に過ぎて梅雨の長雨、秋の台風と自然の脅威がいつもそばにあった。

 やがて子供たちが大学へ進学すると、都内のアパートに住むようになり家を出て行った。大磯と都内の二重生活が始まったのは、その子供たちが住むために目黒にアパートを購入してからだ。その子供も就職して目黒の家を出ていき、空き家となった部屋にときどき住むことになった。60歳を越えた頃から1時間半の通勤がおっくうになったことも、目黒住まいの理由のひとつだろう。
 そうしてこの3年はほとんど目黒に暮らすようになっていた。大磯は週末に私ひとりで帰って読書にふける場となっていた。こういう暮らしは長くは続くまいと予感はしていた。

 そして今回、その林住期を閉じる決意をした。もうこれ以上暮らせない事態が起きて、昨日その終了を決意したのだ。

結局、大磯に移り住んで20年となる。ここで余生を送ることになるだろうと里山をいつくしんだのだが、その思いも今となっては空しい。これからは目黒の町のなかの暮らしで生きていくことを覚悟しなくてはならない。

「岸辺のアルバム」を思った。大磯のこどもたちが幼かった頃の情景が白黒写真で甦る。ツヴァイク道の早春の風景が浮かんでくる。

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by yamato-y | 2013-10-27 09:35 | Comments(0)

秋深し

秋深し

有明の遠笛聞こゆ秋深し

瞑想を終えて窓を開けると冷気がさっと流れ込んでくる。すっかり秋だ。とはいえ太平洋の洋上には27号、28号の大型台風があって本土に接近しているともいう。夏が去らない秋が深いなんて変な天気だ。

昨日はM学院の授業があった。午後1時半からの講義。フィーチャードキュメンタリーの研究ということで、10年前に作った「向田邦子が秘めたもの」を取り上げ、番組制作とプライバシーの問題について考えた。例によって教室では学生たちはほとんど意見を発表しない。まったく当方の意見を理解しないのかというとさにあらず。人前で発表するのが苦痛なだけで、コメントペーパーを配るとかなり鋭い考えを記してくる。この講義は先週と今週の2回にわたるもので、前回の講義の終わりに回収した意見があるので、それを使って学生たちの意見を集約し、作品評価への手がかりとして議論を進めた。

ミッションスクールのM学院のキャンパスは秋になってますます美しく、紅葉の時期をむかえた中庭などは風情がある。そこにあるベンチに座ってぼーっとしていると時間が経つのを忘れる。食堂のある校舎の壁に、「学園祭まであと10日」という看板がかかっていた。

午後3時半、オフィスに戻る。週末に作成を終えた番組の連絡メモが数枚入っていたので処理。そうこうするうちに制作会社DのプロデューサーYさんが来て、来年度の「課外授業」についての情報交換をする。ここ数年、若いゲストが増えているが、私としてはその道の達人のような存在の登場をもう少し増やしたいと、70代の出演者を希望した。

Yさんがうれしいことを語ってくれた。「課外授業・ようこそ先輩」という番組はきっちり構造、フォーマットが決まっていて、「鶴瓶の家族に乾杯」や「ためしてガッテン」のような安定した面白さがありますねと褒めてくれた。担当する者としては嬉しい言葉だ。話し合いは盛り上がり、30分の約束が1時間半も伸びて、気が付けば6時を回っていた。
久しぶりにおなかが空き、居酒屋に寄り道することなく家に帰れば、ジャーマンポテトのほくほくと脂の乗った鯖寿司が食卓にあり。ワインの赤をおともに食は進んだ。

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by yamato-y | 2013-10-23 08:20 | Comments(0)

ちょっと嬉しいこと

ちょっと嬉しいこと

 来週放送予定の「課外授業 ようこそ先輩」、長嶺ヤス子さんの巻が毎日新聞のテレビ欄で取り上げられた。18日金曜日の夕刊で、「ワイド視聴室」という3段組のコラムである。久しぶりに活字メディアで本番組が話題になってくれたことが少し嬉しい。

「課外授業 ようこそ先輩」という番組は1998年に始まって15年続いている。長寿番組といっていいかもしれない。登場した先輩の数は5百をくだらない。いろいろなジャンルの人たちが小さな教室の教壇に立って授業をしてきた。
 現在は年に40本ほどの放送枠があって、半分は新作で半分は再放送で編成されている。私は今年の4月から担当になり、これまで10本ほど制作してきた。といっても実際にロケ編集を実行するのは、各プロダクションの面々で、私はそのアドバイザー的存在である。

それでも番組に対する情は抑えきれず、つい作品に対しても厳しいことばを加えて担当のディレクターたちを叱咤すること少なくない。なんだかんだと泣き笑いを繰り返して、今年度も半ばを過ぎた。この間、新聞で取り上げられた作品はわずかに1作。作家林真理子さんが登場したときだけだった。なんとか佳作を生み出して、世に問いたいと願っていた。むろん、これまでも秀作、良作はたくさんあったが、どこか迫力が薄いように思えた。ところが、今回の長嶺さんはその存在感の強さは並大抵ではない。77歳という高齢にもかかわらず、小学生といっしょになって床に転げまわったり、走ったり。
それも長嶺さんの故郷福島を思う心と子どもたちの素直な魂がそうさせたのだろう。

 こうして作品は仕上がって、来週の放送をむかえる。22分半という短い番組尺だが、できるだけおおぜいの人の心に何か熱いものが届けることができたら最高だがと、記事を見ながら思った。
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by yamato-y | 2013-10-19 15:37 | Comments(0)

どっどどうど

どっどどうど

  どっどどどどうど どどうど どどう、
  ああまいざくろも吹きとばせ
  すっぱいざくろもふきとばせ
  どっどどどどうど どどうど どどう
 おとろし台風が過ぎ去った。東京では難を逃れたが、伊豆大島では多数の犠牲者が出て、深い爪痕を残した。宮沢賢治の「風の又三郎」の一節が耳に住み着いて離れない。

 今年は「課外授業」を18本も作ることになり、ここ10年でもっとも多忙な年となっている。毎週のように、その編集試写やコメント作成に追われている。ついこのブログからも離れ、趣味である俳句作りからも遠ざかっている。来る日曜日に目白遊俳クラブの例会があるが、まだひとつも句が出来ていない。兼題はくり、かりん、そして秋暁。残り3日でせめて3句作りたい。 

 番組のなかで涙を見せるのはあまり好きでない。何か「もの欲しげ」で品があまりよくないと感じてしまうから。
 「課外授業」でもそういう場面があっても出来るだけ使わないということを基軸にしてきた。
 だが、今作成している舞踏家、長嶺ヤス子さんの巻はその禁をあえて破った。
 番組の後半、長嶺さんがわっと顔を覆う場面が出て来る。それを見上げる子供たちは不思議そう。夕闇迫る校庭での出来事だった。幾度見ても感動がじーんと押し寄せて来る。
 番組冒頭で77歳の長嶺さんは「私本当は子供が嫌い」と明言していたにもかかわらず、大勢の子供たちの前で長嶺さんは感情を露にするのだ。いったい何が起きたか。25日放送の「課外授業・ようこそ先輩」をごらんいただきたい。

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by yamato-y | 2013-10-17 08:57 | Comments(0)

生前の意思

生前の意思

今朝、最寄の郵便局から日本尊厳死協会に入会申込書を送った。これで安心して「老後」に向かいあえる。
まさかの時に至っても延命治療はしてほしくないという「生前の意思」を明らかにしたのだ。英語でliving will。前から望んでいたが、それを公に表明するという手続きが面倒に思えて伸ばしていたが、思うところあって、先週協会に問い合わせて申込書を入手し、今朝必要項目を記入のうえ、年会費を同封して再び協会に送った。
人生80歳の時代に私らはいる。長生きすることが必ずしもめでたいというわけではないという現実例に遭遇することも少なくない。認知症になった、寝たきりになった、家族が崩壊した、病の痛みが耐えがたい、など間近で聞く悲惨な例は近年増えている。

2年前、胃がんになって10日入院したことがあった。ほとほと体をコントロールできない辛さを味わうことになった。寝返りすら自分でうてないのだ。介護を受けるときは、幼児語で、「ダイジョウブですよ」と諭される。屈辱ではないか。
そんな片意地を張らず、言われたとおりに行動し、いつもにこにこして周りから可愛がられる年寄りにならなくてはと、テレビのなかの専門家が語るのを見て、憎悪した。

 1年ほど前、胃ろうの弊害について話題になり、私も初めて病者の栄養補給の仕組みというものを知ったとき大きな衝撃を受けた。咀嚼できないような状態になっても人は生きていける仕組みがあるということ。本来死すべき命が人造で生かされるというのだ。そんな理不尽なことがあるか。Dying will=死すべき意思だって保障されてしかるべきではないか。
「君、胃がんになったんだって、よかったね」と知人から言われたとききょとんとしてしまった。延命措置をとらないならば癌は確実に死ねるのだと長く医療に従事した知人は教えてくれた。無為に生かされることほど辛いものはないよとぼそっとその人は言った。

来週には、尊厳死協会から会員証が届くはずだ。必ず身につけておくようにしよう。もしものときに「私の意思」がどこにあるかを、第3者でも分かるようにするために。

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by yamato-y | 2013-10-10 12:56 | Comments(0)

90分1本勝負

90分1本勝負

 毎週火曜日の午後1時半、白金のM学院で映像メディア論を90分間講義している。昨日も行った。
 この講義も開始して三回目となる。そろそろ学生たちも授業を選択して受講票を提出する締め切りが迫ったようだ。教室に学生が溢れて、後ろのほうには立ち見が20数名いた。
 教室は50名が定員の1252。スクリーンの操作も簡単で、マイクの感度もよい。授業をするにはちょうどいいスケールの部屋だが、机に座れない学生が20名以上出るのはやはり考えものだ。

 私の講義は「社会学特講」のひとつで選択科目にすぎない。3限目という恵まれた時間帯とはいえ、外部のゲストが講師であれば、せいぜい出席するのも30名ほどだろう。最初のお試し期間は教室に人が溢れても、本授業が始まっていく頃には学生も淘汰されて、教室の適正規模に見合った学生数になるだろうと目算をたてていたが外れた。
 とりあえず昨日は1252で授業を始めた。主題は報道ドキュメンタリーとは何かということで、二年前のあの大事件を描いたETV特集「ネットワークでつくる放射能汚染地図」を取り上げた。福島第1原発のあの事故を危険を覚悟で正面から描いた名作である。その白眉の場面を2回ほどスクリーンに映し出す。水素爆発が起きて1週間以上経っているにもかかわらず、高濃度の汚染遅滞に取り残された住民を発見する場面や置き去りにされたペットがすがり寄って来るカットなど。学生たちは固唾を飲んで真剣な眼差しをスクリーンに向けている。教室の熱気が尋常でない。

 この試写のあと、私は学生たちに向かってこう語った。「ここにある危機は私のようなリタイア世代のものでなく、これから社会に飛び出して30年以上働くことになる君たちの問題ではないでしょうか。だからこそ目を逸らさず、その実態、事実をしっかり見極めてほしいのです。そして、そういう実態や事実を伝えて来るメディアという存在を簡単に信じないで。いくつものメディアを比較してそのなかから情報を主体的に選択して考えていってほしいのです。」あの原発事故のときにはマスメディアは必ずしも真実を語ったとはいえない苦い状況があったことを言いたかった。そのなかにあって、ETV特集のドキュメンタリーは果敢に闘っていたことも言いたかったのだ。

 授業は真面目な語り口ばかりでない。軽口をたたくこともある。
 「どうせ、孫を期待しても簡単に実現しそうもない。胃癌をやって脳出血を発症した私なんかはせいぜい生きても5年。70歳頃までしか生きられない。これからは若者であるあなたたちの時代なんだぞ」半分ジョークで半分本気で語った。

 授業終了10分前にコメントペーパーを配布して、学生たちの感想や疑問を集めた。回収すると90枚あった。
 それらを精査して分類した。福島原発事故に関する意見は予想以上に深いものがいくつもあった。これからの授業を考えるうえでおおいに参考となる。こんな声もあった。「私の父と先生は同年ですが、先月病死しました。私は父に孫の顔を見せたいと思ったが叶わなかった。先生は早く死ぬなんて言葉を言ってはいけない。生きたくとも生きられない人もいるのです」。学生にカツを入れられた。

 意見は教室の運営に対してもあった。「教室が狭いので、もっと大きな部屋に替わってほしい」。コメントペーパーを整理してる最中にメールが入った。見ると、M学院の教務課だ。学生からの要望もあって、来週からもっと大きな教室を準備したという。

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by yamato-y | 2013-10-09 07:07 | Comments(1)

暑さ寒さも彼岸まで

暑さ寒さも彼岸まで

目覚めると雨が降っていた。開け放した窓から秋の冷気が忍び込んでいた。半月前まで30度の気温に喘いでいたのに、この涼しさは何としたことか。何時ものことながら季節の移り変りには驚かされる。
昨日、一昨日と続けて映画を鑑賞した。是枝監督の「そして父になる」と園子温監督「地獄でなぜ悪い」の2本。是枝作品は心に沁みた。彼の映画はだんだん分かりやすくなっている。平易というより通俗的になっているといえるだろう。悪いことじゃない。尾野真千子の芝居の深さには感心した。
園作品はまったく心が動かなかった。北野武映画の亜流にしか思えない。テレビの「めちゃイケ」のようなものと思えば納得は一応できるものの、見終わったあとは時間を浪費したような苦いものが残った。

こうして自由に映画を観るのも今の身分のおかげだ。定年後の契約社員としてはノルマを果たすことが先決で、時間の拘束を受けることがない。時にはノルマのために繁忙となることもあるが、自分の時間というのも十分確保できることが楽しい。毎日出勤する必要もないが、半年定期券を購入してあるのが惜しくてつい毎日出かける。昨日は朝一番に赤坂で編集試写を果たした。本日土曜日は、その続きの試写ともう一本新しい試写の連続作業が入っている。

週末になると、つい読書に向かう気持ちが膨らみ書籍を買う癖が収まらない。3つの新書を買った。文春新書『女たちのサバイバル作戦』(上野千鶴子)、岩波新書『県民健康調査の闇』(日野行介)、朝日新書『ニッポンのジレンマ』(開沼博ほか)。なんとか2冊は読み上げたい。

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by yamato-y | 2013-10-05 08:06 | Comments(1)

あまロス

あまロス

 ぎっくり腰が増えているそうだ。昨夜、タケ先生の鍼治療を受けに行ったとき、季節の変わり目で体調を崩す人が多いが、特に腰には注意してくださいよと言われた。私の腰もすっかり固まっていて、いつ爆発を起こしても不思議でない状態であったようだ。

 この半月、主観的にはすこぶる健康なのだが、やはり年齢相応の疲れが体に溜まっていた。30分の鍼治療ですっかり体がくたびれた。昨夜の鍼は普段よりきつく深い鍼だったようだ。寄り道もせずまっすぐ家に帰り、ハイボールの冷えたのをぐぐっと飲む。鍼のあとの一杯はめちゃめちゃ体に沁みる。アルコールが五臓六腑をかけめぐる。「気持ちいい!」とフナっシーのような雄叫びを上げた。

 ということもあって、昨夜はトイレに起きたのは一回だけで、熟睡。今朝の6時まで目が覚めなかった。
いい感じで起きて来たのだが、パソコンの前に座ったら、蒸し暑さがどっと押し寄せて来た。暑い。
背中に汗がだらだらと流れる。これはいったいどうしたことか。

 今朝も7時過ぎからテレビの前でスタンバイしている。朝ドラを見るためだが、「あまちゃん」のときの習慣がすっかり身についたのだ。
新しい朝ドラ「ごちそうさん」はあまりに旧来の形式を踏襲していて、まったく興趣が湧かないが、ほかに見るものがなくだらだらと視聴している。今朝も期待はしていないが、一応テレビのスィッチを入れることになるだろう。まったく、「あまちゃん」が終わってからは朝の楽しみがなくなり空しい。

 昨夜、新宿紀伊国屋で本を漁っていたら、通りから聞き覚えのある歌声が流れて来た。ふと意識を集中すると、「潮騒のメロディ」ではないか。なんだか昔の友だちと出会ったようで、ひとしきり胸が熱くなった。ああ、春子のやさぐれた声が聞きたいなあ。


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by yamato-y | 2013-10-03 07:59 | Comments(0)


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