定年再出発  


懐かしい空
by yamato-y
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レオナール

レオナール

 病院の帰り東急文化村を通ると、ザ・ミュージアムで「レオナール・フジタ」展が開かれていた。ポスターの藤田嗣治の自画像にひかれて入った。平日の午前というのに、会場は中高年の男女でいっぱいだった。おそらく私と同じ年金世代であろう。グループで見に来ているからひそひそ絵の前で話し合うのが、やや気になる。独りで黙って見てくれれば嬉しいのだが。

日本にあるフジタの作品で構成された展覧会だった。もっとも多く所有しているのはポーラ美術館。といっても良いものは福岡市美術館、愛知県美術館、個人蔵であった。
有名な「乳白色の肌」の裸体画などはたしかにいいのだが、下絵となった鉛筆の素描「女眠る」の驚異的なデッサン力に心奪われ、ずっとそこに立ち尽くしてしまった。これは福岡市美術館の所蔵である。

 先年、日本画家「小早川秋聲」を番組で取り上げたとき、戦争画の巨匠として東のフジタ、西の小早川ということでフジタの絵を克明に調べたことがあった。アッツ玉砕やノモンハンの絵がもつすさまじい迫力は、たとえ画集であっても迫るものがあった。小早川を除いた他の戦争画の追随を許さないものがあった。
この戦争翼賛の画家が、戦後フランスに渡ると、子どもを描いたり職人尽くしを作成したりしてまったく「メルヘン」の画家になってしまう。この変貌がいささか不自然に思えてならない。

本日、目にした絵はピースフルな作品ばかり。たしかにフジタの技量は計り知れない。輪郭線の繊細だけでなく、洗練された色使いには思わず「カッケイイ」と叫びたくなる。

およそ1時間、ミュージアムにとどまって、それからオフィスに向かった。途中、パン屋で豆パンを2個買う。
昼時、フジタ展のカタログをぱらぱらめくりながら、豆パン食す。

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by yamato-y | 2013-09-20 13:11 | Comments(0)

中秋の月

昨夜の月は明るかった。こうこうとしぶやの裏町を照らしていた。昼間暑かったが、月が昇る頃二は乾いた涼風がそろそろと吹いた。

「課外授業」の打ち上げが7時から、東急ハンズ前の居酒屋でささやかに行われた。先週放送した日本画家、松井冬子さんの会である。さらに春に放送した「世界の叡智」のナレーションを担当した渡辺佐和子アナも加わっての合同打ち上げとなった。といっても総勢9人の内輪の会だ。

画壇で美女の誉れの高い松井さんが現れると、座はいっきに華やいだ。
御本人はオンエアーを見るのがとても恐かったらしい。実際の授業ではずいぶん慌てて失敗が多かったからきっと本番でも「粗忽」な姿が出ているに違いないと、自宅の一室で一人で視聴したそうだ。それで見た感想は如何でしたかと問うと、莞爾と笑って「トテモ良かった」と満足げであった。番組のストーリーラインが実に適切で感動があったことに、さすがプロだと感じたと松井さんは褒めてくれた。その言葉に制作会社のディレクターもプロデューサーも相好を崩しっぱなしであった。

番組の舞台は静岡県森町。松井さんは故郷の名誉もかけて、本番に臨んだから番組の成功は一際嬉しかったようだ。梅酒サワーを何度もお代わりしていた。
9時過ぎ、松井さんとマネージャーは帰って行った。残ったスタッフであらためて番組祝勝を乾杯した。お開きは午後10時。
渋谷センター街の頭上二大きな
月が浮かんでいた。
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by yamato-y | 2013-09-20 07:30 | Comments(0)

パソコン音痴

原因が分からぬ

 昨日作ったブログ記事。他のパソコンで見ると、写真がひっくり返ったり左右が外れたりしている。おかしいなあ。
作成したアイパッドではきちんと正対しているのだが。どういうことだろう。
 パソコンにはウィンドウズとマックの2つの異なるOSがある。アイパッドはマックだ。

 職場のパソコンおよびこれまで家で使用してきたのはすべてウィンドウズだった。パソコン操作で分からないことがあっても、職場の若い人に訊ねればたいていのことは解決した。ところがマックはそうはいかない。
4年ほど前から自宅にマックを置いたが、ほとんど使いこなせない。せいぜいネットを読むこととブログを作ることとDVDを再生するぐらいだ。時々、パソコンが動かなくなると、渋谷のマックストアに並んで、店員の手でフリーズしたパソコンを解凍してもらうのだが、これが面倒なのだ。まず店の予約をとらねばならないし、とったらその時間を厳守しなくてはならない。だいたい混んでいて予約は早くて3時間後。いちいちマックストアまでパソコンを持参して出かけるということが仕事と重なって辛い。

 アイパッドもマック。これを所有する人は職場にはほとんどいない。最近ではみなスマホで処理していて、わざわざ大きめのアイパッドを使うこともないのだ。だからアイパッドの操作で行き詰まっても相談できる相手もなく、手引書を読んでも分からず、操作は暗礁に乗り上げたままとなる。今回のブログの写真掲載もそういう顛末になりそうだ。

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by yamato-y | 2013-09-18 07:39 | Comments(0)

台風18号

台風18号

 今朝は快晴。昨日までの荒れ模様とは大違い。これまで経験したことのないような大雨が降るかもしれないと警告が出ていたので緊張したが、幸運にも神奈川、東京は大きな禍もなかった。

 一方、京都府や福井、滋賀ではかなり被害が出た。
朝早く小浜に警戒警報が出たと聞いたときから、この台風の動きを注視した。案の定、福井嶺南地方が直撃されているということが次第に伝わって来た。故郷敦賀の動静が気になるものの、このさなかに連絡を入れるのも迷惑なことだろうと自粛する。やがて、敦賀市内を流れる笙の川が危険水位に達したという情報がテレビから流れる。もしあの川が決壊したら故郷の家も床下浸水するだろう。仮にその大河が無事であっても、実家の裏を流れる小川が気になる。農業用水の小さな流れだが、かつて溢れたことがあったはずだ。床下浸水して亡母が難儀したと愚痴をこぼしていたことを思い出す。

 やがて台風は北上して北関東を通って福島方向へ向かう。この大雨がまた地下水となってフクイチ(福島第1原発)の汚染水を増やすことになるのだろうか。なんとか最低限で切り抜けてほしい。祈った。

 ――あの禍々しい天候は嘘のような今朝の天気。
 それにしてもこの国はなんと脆弱な基盤に乗っているのかを、昨日の台風騒ぎで思い知る。

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by yamato-y | 2013-09-17 09:47 | Comments(0)

面影と

前立腺と面影と

目白遊俳倶楽部の9月号が届いた。かれこれ1年近くこの句会に私は出席していない。
というのも今年度に入る直前から猛烈に仕事が増え、つい目先の業務をこなすに追われたため、作句する機会がおおいに減り、つい月例の句会へも足が遠のいた。
こんなことでは駄目だということは十分知ってはいるが、なかなか句作りの実行まで心が躍らない。かつてあれほど毎月新しい句をひねることが楽しくてならないという日々があったなぞということは夢のまた夢だ。

私をその倶楽部に導いてくれたのが、オフィスの先輩でもある猫翁だ。現役のディレクター時代はロックミュージックを日本へ導入し、日本のロックシーンでもその名前を残すほど型破りの番組を次々に作ってきた人物。彼の「晩節」の頃、私は仕事で机を並べるようになり、親しく口をきくようになった。その頃になると、「奥の細道紀行」などという畑違いのドキュメントを作るなど猫翁は日本回帰していて不思議だなあと思っていたら、芭蕉、蕪村の句を時折口にするようになり、そのうち自分でも作るほうへと足を向けていった(ようだ)。
 後から聞くと、突然日本回帰したのではなく、ずいぶん前から俳句という芸術形式に心惹かれていたという。

 その猫翁に導かれて、二六斎宗匠が主宰する目白遊俳倶楽部の句会にせっせと3年余り通った。当時、会にはぽんた、一甫、風悟、猫翁といった個性の強い同人が犇めいており、なかなか刺激的な会だった。
ところが、昨年の後半から一甫、風悟、が病で倒れ、今また猫翁も病と闘う身となり、月例会に毎度出席することも難しくなった。前立腺を病んでいる。私も前立腺の肥大で悩んでいて同病といえるだろう。あのラジカルで元気な猫翁が床につくようになったかと思うと、言葉を失ってしまう。
その猫翁の句が今月届いた機関誌に掲載されていた。選から漏れていたが、私には心に沁みる句に思えた。
 ふと妻に母が重なり南瓜汁

古稀が近づく年齢となればなるほど、失われた母の声や仕草が甦って、吾人にまとわりついて離れない。どうやら母性というのは個性でなく普遍であるらしい。子を思う母の心のようなものが、遺された子供の心に刻まれていくようだ。これをマザコンだと言って揶揄する者は豆腐の角に頭をぶつけて死んでしまえ。

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by yamato-y | 2013-09-15 17:41 | Comments(0)

4日間

4日間

夢のような京都の4日間が過ぎた。
月曜日から木曜日までの全日にわたる集中講義。今年のテーマは映像で描く歴史とした。
これまで集中講義という1本勝負をカバーするのは映像の技法だったのだが今年は変えた。
映像で歴史を認識するとはどういうことか、果たして映像は認識する道具として有効かということを集中して考えてみたいと思った。
1日目は映像の成り立ちとその特徴について語った。テレビ映像にはドキュメンタリーからドラマ番組までさまざまな番組がある。実写と虚構、そのハザマはどのように成り立つかを2本の作品を比較しながら考えた。
2日目は戦争を映像はどう捉えたかという点に絞り込んだ。ひとつの手がかりとして、去年作られた秀作「おじいちゃんと鉄砲玉」を取り上げ、そこで沈黙する証言とは何を意味するかについて思索。
3日目は原爆をテレビはどう描いてきたかということ。1960年から始まり今日まで続くヒロシマドキュメンタリーの大きな流れを見つめた。原爆による被害の大きさを描く作品より、現代に生きる被爆者が修学旅行の高校生と交流する出来事のほうが受講者の心を掴んだことが興味深い。議論は核の平和利用の問題にまで及び、福島第一原発事故の提起した問題を映像はどう捉えたかということにまで踏み込むことになった。
4日目は全体を総括するとともに、映像のもつ記録性だけでなく表現性にも言及した。一つの例として「闘う三味線」の登場人物について思いを巡らした。

朝10時から夕方6時まで、小さな休憩を除いてぶっ通しで講義する。聴講する学生は9人。大学3年から院生までの男女が真剣な目で向かってくる。居眠りする者はひとりもいなかった。中国からの留学生、国文学を学ぶ者、現代史学を専攻する者、民放に内定した院生、進むべき道が決まらず迷う4年生、それぞれが自分なりの課題を持ちながら、この集中講義に向かってきた。その真剣さが清々しかった。

春から2つの大学で毎週授業をした。ひとつは230名の受講者がいた。それなりに刺激はあったが、あまりの多さに閉口し草臥れることのほうが多かったが、少数精鋭の集中講義は「膝詰」の真剣勝負で久しぶりにこちらの闘志も掻きたててくれた。

木曜日の夜。授業をすべて終えて新幹線のぞみで東京向かったとき、慰労の缶ビールを飲みながらしみじみ楽しかったと、9人の学生たちに感謝した。

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by yamato-y | 2013-09-14 07:56 | Comments(1)

久しぶりの京都

初秋三日月

月曜日から京都に来ている。集中講義で3日間滞在する予定。
これまでメディアの技法ばかりを語ってきたが、今回は映像が歴史をどう語ってきたかということに力を注いで講義をしようと考えている。本日は戦争について亀井文夫の「戦ふ兵隊」や「おじいちゃんと鉄砲玉」などを取り上げて学生たちといっしょに考えた。受講者は9名で実に親密に交流できる。
メンバーのなかに中国からの留学生コクさんが混じっているので議論がけっこう深いところまで突っ込んでいくのが興味深かった。

1年振りに訪れた百万遍のキャンパスはずいぶん変化していた。でも変わらないのがまつや銀杏の大きな木だ。文学部前のポプラの木は昔のままであったことが嬉しかった。同様にきょうしつから見る比叡山もすこしも変わっていない。
この大学へ通い始めてかれこれ10年になる。時間の経つのが早い。

今夜のブログは写真がうまくアップしてくれることを最大の目的にしておこう。
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by yamato-y | 2013-09-10 23:33 | Comments(0)

壊れた眼鏡で

壊れた眼鏡で

午前4時目が覚めた。窓を開けて深呼吸の後、瞑想に20分間耽る。
そしてすっきりした頭でこの記事を書いている。
故郷のことを思い出した。教会の幼稚園に通った。牧師が園長先生で、その息子のマサヨシさんが園の同級生だった。その後長く交流するのだがその交わりは淡いものだった。しかしクリスチャンホームに育った私にはかれは戦友に思えてならない。
かといって深い付き合いがあったわけではない。5年ほど前、長く務めた東京の会社を退職して故郷に彼はもどってきた。教会に再び通うになった。そんな時期に京都の授業を終えた私が故郷の母を帰りに訪ねると、日曜日の礼拝で彼と再会することになった。
会ってもそれほど共通の話題があるじゃなし、会話は途切れがちだったがいっしょにいるとどこか懐かしく安心した。
彼は明治学院大学で学んだ。今春から私はその大学で週に一コマ教えるようになった。奇遇だ。キャンパスを行くたびに、彼はこんな美しい学園で青春を過ごしたのだなと羨む気持ちにもなった。

たったこれだけのことだが、深い瞑想のあとに穏やかに脳裏に蘇った懐かしい思い出だ。左のレンズが外れた壊れた眼鏡でこの記事を書いた。朝焼けの向こうから遠雷が聞こえてくる。17歳だけが青春じゃないぜ。


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by yamato-y | 2013-09-05 05:37 | Comments(1)

9月3日のこと

悲観

 3年前の悪夢を思い出す。フクイチ(福島第1原発)が次々に壊れていった時期の恐怖だ。あの頃からブログへ書き込むことも減った。ネット空間に発言することも知らず知らずのうちに控えるようになった。書く事が減った理由は、ひとつはフクイチの事故への恐怖であるし、もうひとつはハイパー空間への怖れだったのかもしれない。

 一昨日、年来の友人と一献傾けたとき「最近のあんたのブログは暗いねえ」と指摘され気がついた。発言も減っているし、書く事も暗い。なんだかネクラの老人の繰り言みたいだぞと言われた気がした。

 たしかに思い当たるフシがある。それまで自分の思いの丈を書き散らしていたが、ある筋から控えるようにと干渉されたり、悪意のようなコメントを聞いたりしているうちにブログへの意欲が減退していった。なによりこの記事の第1の読者だった母が3年前に死去したことが大きい。田舎に住んでいてめったに手紙など書かなかったが、こちらの動静はこのブログを通じて母は知っていた。だから老母を励ます意味であれこれ書いたものだ。そのなかに冬のソナタに関する話題もあった。(母は冬ソナにかなり魅惑され、晩年はグッズをかなり集めていた)

 ここで発言することは大海に投げ込む瓶通信のようなものでと書いたことがあった。どこの誰が読んでいるかもしれないが、思わぬ出会いがあって楽しいと書いたのだが、思わぬ悪意にも出会うという体験もした。その影は遠いところにあるわけでなく意外に近場にあるという気もする。定年で仕事場の鎖が緩くなったので少し気が楽になったものの、そのしがらみは消えたわけでない。

 昨日9月3日は家人の誕生日だった。帰りに駅の花屋でトルコ桔梗一輪買った。家に戻ると不在だったから花を渡すのは遅くなった。
関東ローカルのニュースを見ていたらドラえもんの誕生日が9月3日というトピックがあって思わず笑った。
不思議なことに9月3日は20年前に死んだ父の命日でもある。


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by yamato-y | 2013-09-04 07:43 | Comments(0)

心配

今は五輪より水の禍をどうするかだ

ネットのニュースが報じている文言にショックを受けた。
《BBCは、コンサルタントのミクル・シュナイダー氏やウッズホール海洋研究所のケン・ベッセラー氏ら専門家の意見として、実態は、東電や日本政府に「信じさせられていたよりもずっとひどい」可能性があると示唆した。》

 海外のメディアがフクイチに集まり、その動きを逐一報道している。ところが国内メディアはニュースのオーダーでもトップに置かず、このニュースの重さをほとんど無視しているのはなぜか。政府は本気でこの問題に取り組んでいるのだろうか。
タンクだけでなく、山側から襲って来る地下水の汚染、使用済み核燃料棒を保管しているプールの汚染といくつもの困難が重なってきているという状況をほとんど、国民の目に届いていない。

 こんななかで、もし東京五輪が決まれば、そちらへ目を向けさせられ、本当の危機を見失うことになる。今こそ68年前の広島長崎を思い出さなくてならない。原発事故を天災として捉えてはならない。明らかに人災だ。その禍を阻止することも人の手で行う必要がある。やり過ごせばそのうちにストロンチウムなど放射性物質が減衰するなどないのだから、対策を東電に任せず政府が前に出て、方途を考えるべきではないか。
 かといって、あのフクイチ事故のときに空回りして現場を混乱させたカン総理のような差配でなく、海外の専門家の支援もあおいで、当面の危機をなんとか縮小する努力をしてほしい。くれぐれも東京五輪実現などのお祭りで話をそらさないように。

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by yamato-y | 2013-09-02 07:48 | Comments(0)


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