定年再出発  


懐かしい空
by yamato-y
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カッテイング

カッテイング

映像編集することを英訳するとcutting(カッテイング)となる。Edittingではない。
その映像編集に関するドキュメンタリー「カッテイング・エッジ」を見た。ハリウッドの錚々たる監督や編集パーソンが登場する作品だ。例えばスピルバーグ、タランティーノ、スコセッシという巨匠と並んで仕事をしてきた編集マン、編集ウーマンたちがその技術の一端を、そのドキュメントのなかで打ち明けている。
そのひとりロブ・コーエンが含蓄のあることをもらしている。
「誰だってみな自分の人生をカッテイング(編集)したいと思っている。だって人生の悪い箇所はカットしたいし、好い点は長く伸ばしたいじゃないか」
たしかにそうだ。人生の大半は“退屈な”場面ばかり、劇的なことなどほとんどない。感動的な人生に遷し変えたいと願うことはたびたびあった。

これまでで一番人生が長く感じたときって何時だろう。
小学校5年生の夏休みの終わり、ちょうど今時分だったと思い当たった。夏の行事や旅行の予定も終わり、夏休みの自由研究が中途半端な結末しか出ていなかった時期、午前中の時間がえらく長く感じられたことがあった。1秒1秒が大きな時計の針の緩慢な動きにしか見えなかったことを思い出す。

では、もっとも人生の流れが激流になったのは何時だろう。
―1995年の11月、ニューヨークヒルトンの廊下を歩いていたときのことだ、はっきり覚えている。足が宙にあって地につかない、ふわふわと浮いていた。最前、バンケットホールで催されたエミー賞授賞式の会場のことが夢のように思い出され、まだ自分がグランプリを獲得したということが実感できなかった。それでも、この事実を日本にいる家人に国際電話で伝えようとホテルの自室に向かって歩いているときの高揚だ。この至福の時間が永久に続いてほしいと願った。

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by yamato-y | 2013-08-29 07:40 | Comments(0)

処暑を越えても

 暑い日差しがぶりかえして 

土曜日の夜、6月放送した「課外授業」のゲストサヘル・ローズさんの打ち上げがあって、赤坂まで出た。気持ちのいい会で、終わって目黒にたどりついたのが11時。シャワーを浴びてすぐ寝た。そこから今朝までずっと家にいて、テレビを見るか、ツタヤDVDを見るか、溜まった新刊本を読むか、9月の集中講義用のノートを創るかの、ナマケモノ生活であった。食事は家人が作りおいたものがあるので、外出しなくてもすんだ。しかし、さすがに二日もこもっていると体がうずうずしてくる。

 本日夕刻から「金田一秀穂」さんのナレーションコメントの打ち合わせが入っている。明日が本番で、前日に直しをやっておこうという作業。

 昨夕はぱらぱらと良いお湿りがあったが、今朝はまた猛暑の日差しがもどっている。

 しかし、最近の新書などでは団塊世代は諸悪の根源扱いされることが多い。革命を口にしながら企業戦士にひよった挙げ句モーレツサラリーマンになって社畜となり、やがてバブルを生み出して破裂させ、失われた20年を作り出した張本人こそ現在64〜66歳の団塊だという論調だ。筆誅を加えるのは主に50代前半の論客。20代30代は見当たらない。
一世代下の50代にそんなに恨まれる筋合いはないと思うが、加害の立場にいる我らは被害の彼らの痛みが見えていないのかもしれない。

 秋になったら北の大地を歩いてみたい。北海道は札幌、函館、釧路、という街しか知らず、知床や根釧原野などは行ったことがない。その辺りまで青春切符の多面的活用で行ってみようかと夢想したものの、9月から始まる大学の秋学期のことを思い出し、断念。

ところで「あまちゃん」はこの二週ほど低調だ。東京編は面白くない。薬師丸は好きな女優だが、鈴鹿ひろみの役柄は似合っていない。やはり小泉今日子のやさぐれたかーちゃんが活躍する北三陸のほうがいい。古田新太はちょんの間で見るのはいいが、長く引っ張るとボロが出て来る。
 昨夜、「半沢直樹」拡大版を見た。これも低調。新たに出現した「敵」の正体があまりにおぼろでスカットする前のストレス積みがうまくいっていない。このドラマでよかったのは、これまでセリフがあったと思えない中堅男優たちが実に巧みに銀行員を演じていること。

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by yamato-y | 2013-08-26 10:49 | Comments(0)

仕事が楽

仕事が楽

昨夕のこと。6時近くになって店仕舞いでもするかと、最後の企画書のパソコンを閉じようとしていたら、背後から「今、何やってんの」と声がかかった。振り向くと同期のNさんだ。さん付けにするのは一浪の彼は年齢としては66歳で年長だから。同じ福井県の出身として軽口をたたく仲だが、科学番組という畑違いで働いてきたから顔を合わせる機会は少ない。「いやあ、久しぶりだけど、あんたこそ何やっていたの」と近況を聞いた。
そこから彼の愚痴が始まった。
65歳で完全定年を迎えてから1年余り、彼も契約社員として時々仕事をしていて、月のうち半分は田舎福井に戻って両親の介護にあたっているという。自分の両親だからツレアイに頼むこともできないから半月以上田舎でおさんどんをやっている。往復はマイカーを飛ばして通うのだが、この行き帰りだけでも辛いとこぼす。
「見ろよ。10キロも痩せたんだぜ」と腹を出すが、昔のスリムな記憶からすると、ちっとも痩せているようには見えないが、当人は介護疲れでやつれてしまったという。
 N氏の両親は現在92歳で、二人とも福井市内の自宅で暮らしている。現在の田舎は車がないと生きていけない。父上は2年前の90歳までマイカーを使っていたが、危なくて止めさせた。すると生活が成り立たないから、両親の近所に住むN氏の妹と交互に親の面倒をみることになった。この半年の出来事だ。
親たちと暮らしてみると、その我がままにほとほと疲れた。昔から美食家だった両親は食べ物でも「生協」からのお取り寄せは気にいらず、きちんとした魚屋、八百屋の品物を望む。その贅沢な食材の料理は、すべてN氏が行い、親たちは後ろからあれこれ指図する。
週に数回通う病院の送り迎えもすべてN氏の車だから、ゆっくりすることもない。おまけに母上は足が不自由になったので、家のなかでも介添えする必要がある。トイレ、ふろの世話も半端ではない。
そのくせ二人とも口だけは達者で、あれこれ不満ばかり述べて、感謝の意を表すなんてことはない。昔と変わらない親目線でN氏の手際の悪さを指摘する。
「二人とも92歳だぜ。何もできないくせに、口ばっかりでさ」とN氏は吐いて捨てるように語った。
ハンサムでKO大出身でぼんぼんのN氏は、昔から穏やかで女性からも人気のあったキャラだったが、すっかり草臥れきった老人になっていた。
「いやあ、たまに職場に来るとほっとするよ。仕事のほうがずっと楽だぜ」と言われると、忙しい忙しいと愚痴っているわが身が恥ずかしい。

ふっと考えた。大正10年生まれの父と15年生まれの母が今も生きていたらいくつになるかと。
なんだ、父が92歳で母は87歳か。
父は71歳で母は84歳で旅立っていたのだ。今から考えると子供孝行の両親ではあったな。

ところで、「はだしのゲン」の図書差し止めのニュースだが、松江の教育長の自己判断の身勝手さが気になっていた。
かつて、日映が撮影した原子爆弾の影響というフィルムがアメリカから返還されたとき、文部省が画面があまりに残酷だからといって勝手にフィルムに鋏を入れたことがある。それに対して被爆者たちが猛烈に怒った。
このエピソードを思い出したのだが、どうやら実態はそうでもないらしい。単なる自己判断ではなかったようだ。友人のブログを読んでいて気がついた。

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by yamato-y | 2013-08-24 06:51 | Comments(0)

高い空に

高い空に

 日が翳ると少し涼しくなった気がする。先日、午後5時半に放送センター西口からバスに乗って、新宿駅西口まで出た。6時ごろになると地上は薄暗くなって半シルエット。人も車もみな影絵のようになるも、高い空には青空が残り、刷毛雲が穏やかにとどまっていた。空の青さが古代色に染まっている。三好達治の世界だ。こんな風景をあとどれぐらい見ることができるのだろう。

 長かった夏も終わろうとしているのに、今年もどこへも行かなかった。行く時間がなかった。
こんな愚行は40歳を越えてから毎度のことだ。こどもが小さかった頃はお盆には敦賀へ帰省していた。父も健在で母も勤めに出ていたから、実家に帰ることを子供らも喜んだ。それも息子が小学校高学年ぐらいまでだったろう。中学生になった頃に、家族全員で帰省した記憶がない。あの頃から、仕事に追われることが続くようになった。家族旅行もめっきり減った。一方、仕事で地方や海外へ単独で出かけることが増えた。
 今頃になって後悔している。なぜあのときもっと家族と旅することをしなかったのだろうかと。おそらく仕事が面白かったにちがいない。家族といっしょにいるより、番組のことを考えているほうが楽しかったにちがいない。だから、今の寂しい思いは当然の報いである。

 昨日は大橋病院で泌尿器検査を受けた。3ヶ月ごとの検診で、相変わらずPSAの値は高い。春先の生検では前立腺にがん細胞はなかったが、主治医の話では予断はゆるさないそうだ。次の検診は11月と決まった。
 この前立腺不調が旅に出ることを躊躇わせている。汽車はともかくバスや飛行機はトイレが自在でなく、窮境に陥る事が一再ではない。
先年、南海高野線に乗車したとき、普通電車だったがトイレがなく、かつ駅と駅の間隔が長かったこともあって往生した。その体験がずっとしこりになっている。
 海外旅行となるとなおさらである。タイに行ったときもバンコックから郊外へ出るのに自家用タクシーを使ったが、渋滞の都心を抜出すのに二時間ほどかかった。その間、トイレタイムを要求することも外国人相手だとしづらい。我慢を重ねているぐらいなら、日本で暇をもてあますほうがよいと、心の底から思った。などということがざらざらと思い出されてくる。

 昨日は、「課外授業」の編集上がりに立ち会った。今回の先輩は、日本語学者の金田一さん。自由に言葉を創ろうという授業はとても楽しいものになっている。出来るだけおおぜいの人に見てもらうために、少し早めにPRを仕掛けるとするか。
 そして、今週土曜日には、6月に放送したサヘル・ローズさんたちと打ち上げが予定されている。画面でしか見た事がないが、どんな人物だろう。きっと苦労人で涙もろいのではないかと推定しているのだが。

このブログというのは不思議なキカイだ。誰に向かって書いているわけではないが、誰かが応えてくれる。けいこさんからメールをもらった。もちろん見知らぬ人だ。でも、メールを呉れた理由はすぐに分かった。山中出身で、敦賀と縁があったからとそのメールに書かれてあったから。たったそれだけの縁(よすが)で、このブログに「羽根」を休めに来てくれたのですね。ありがとう。

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by yamato-y | 2013-08-22 06:02 | Comments(1)

去る人ありて

去る人ありて

先日、夜更けに突然娘がやってきて、今葬式からの帰りだが、清めの塩をかけてほしいという。
ちょうど、ドラマ「半沢直樹」のスカッとカタルシスを感じる場面だったので、舌打ちしながら言われるとおりにした。不貞腐れて黙ってやるのも大人気ないので、「誰の葬式だよ」と一応聞いた。
待ってましたとばかりに娘はまくしたてる。「去年、私が単行本にした長野の郵便配達のおばあちゃん、覚えている。あの清水咲栄さんが亡くなったのよ。89歳。大動脈瘤が破裂したんだって」「残念だなあ、まだ生きていてほしかったな」としきりにその死を惜しむ。

それは違う。89歳まで、毎冬、郵便を配達するにそりで山村を滑って各戸に配っていた。その偉業に村人はみな感謝していた。ナカンズク、その出来事をお前の手で、『雪国 89歳の郵便配達おばあちゃん』という本に仕立ててもらったんだ。独り暮らしで誰の世話にもならず、89まで十分生きた。そのうえ、急病で倒れて2日で昇天したなんて、このご時世もっとも幸せな臨終だぞと、私が言うと。
「そうかあ。ぴんぴんころりのお手本だね。たしかに最後までしっかり生きていたから幸せは感じていたと思うし。でも、もう少し長生きしてほしかったな」と納得しつつ、別れをいつまでも惜しむ娘だった。

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by yamato-y | 2013-08-20 11:14 | Comments(1)

遠花火

遠花火

お盆をはさんで3日ほど仕事なしと予定していたら、そうはならなかった。
「課外授業」の9月分の試写が断続的に続いた。世の中もお盆で道も空いていてということならいいのだが、渋谷だけはそうならない。
会社までの道のりは普段以上の若者の賑わいで閉口した。
 
 本日は句会が開かれるのだが参加かなわず。作品もまったく出来ない。このところ句作や文章作りと思ってパソコンに向かっても、つい他のアプリをクリックしてよそ見する事が多い。軽いネット依存の状態に陥っているらしい。
 暑い暑いとぼやいているうちに生活習慣が偏ったらしい。秋風が吹く前に立て直しを計らなくてはと、自分に言いきかせている。

 昨夜は12階の屋上まで上がって、隅田川の花火を眺めた。ふっと故郷を思い出した。

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by yamato-y | 2013-08-18 10:33 | Comments(1)

熱い8月

死者を思う月

 8月は日本人にとって、6日の広島の日、9日の長崎の日、15日の終戦の日と、先の大戦の傷が次々に並ぶ月となる。旧暦のお盆もからんで死者に思いを馳せることが多くなる。

 この時期に公開される邦画は、「少年H」にしろ「風立ちぬ」にしろあの戦争を背景にした物語が大きな「売り」となる。テレビはもっと露骨に戦争関連の番組が各局とも10日から15日にかけて編成される。こういう現象を「お盆ジャーナリズム」という。

 昭和55年頃から、私もそういうお盆ジャーナリズムにすっぽり関わって来た。毎年、夏が来れば、あの戦争についての言説をさまざまな切り口で描くことを大事な「使命」と考えて来た。だから、お盆ジャーナリズムと揶揄されても、マンネリと批判されようとも気にはしなかった。

 あの戦争が終わって68年。確実に戦争の記憶は当事者のものでなく、継承した者の記憶に遷移しており、類型化したものになっていくことは避けられない。だが、一方では、古い戦争は風化しても、新しい戦争の気配が立ち現れて来ているのではないだろうか。新しいものは記憶でなく予見というか予感というか、68年の記憶の積み重ねの「外延」のようなものとして、現前化している気がしてならない。死者を思う月は、未来の死者も含めて思うべきであろうか。

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by yamato-y | 2013-08-13 07:10 | Comments(1)

少年の日よ

少年の日よ

 先輩、猫翁さんの句を二六斎宗匠が絶賛していた。その評を読んで感動した。
 遠くより囃子きこゆる屋根涼み

 この掲句を宗匠はこう解読している。
《作者はいま時間と空間を越えて、をさなの涼みの世界に静かに腰を下ろしている。屋根瓦は昼のぬくみを少し残しながら、夕風にさらされてひんやりと裸足に心地よい。(略)遠くに灯りが広がる一角が見えて、その方角から盆踊りのはやしが屋根の高さに漏れきこえてくる。取り戻すことができない時間が、無数の灯りと闇のなかにたゆたふ》

 実景句でなく、想望の句として作者の心境を宗匠は正確に読み解いている。句にも評にも感動した。

 猫翁さんは今闘病している。山陰生まれのその人は関東の山間から遠く少年の日を眺めている。普段、軽口ばかりたたいている猫翁さんがかくも澄んだ世界に眼差しを飛ばしていることに一瞬言葉を失う。

 今年に入って、句会、俳句にずいぶんご無沙汰した。多忙という理由だったが、秋から少し心を入れ替えよう。出来るだけ例会に出席するよう努力しよう。猫翁さんとまた酒を飲みたい。

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by yamato-y | 2013-08-10 10:03 | Comments(0)

モデル小説

モデル小説


女子高生のカリスマとして風靡したモデルの押切もえ。30の大台を超えてもテレビに、雑誌に活躍している。その人が、8月、「浅き夢みし」という小説を発表した。彼女にとってもっとも馴染みのあるファッションモデルの世界の内幕を描いた作品だ。私小説ではない。

昨夜読了した。よく書けている。特にバックステージの章、クライマックスでの盛り上げはたいしたものだ。大きなショーの舞台裏で、大きな事故に主人公瞳は巻き込まれる。その事故の場面の緊迫したやりとり、歯切れのいい短いせりふの行き交いはうまい。段落のスペース空けもいい。
だが、一方で、この章の後半で、副主人公リオが遁走するのはいただけない。逃げたなら逃げたままのほうがいいのでは。それを、瞳が追いかけて行って、リオに声をかけて説得するというのは、少しきれいごと過ぎるのでは。リオをもっとヒール(悪役)のままに動かしたほうがよかったのではと、思っても見る。

秘かに、好意をもつカメラマン敦高のこともやや淡白できれいすぎる。もっと感情が交錯してよかったのでは。ただ、この写真撮影の描写は緻密で深い。今まで、カメラマンがバシャバシャシャッターを押す姿というのを私は半ば馬鹿にしていたが、もえさんの今回の小説で、その造形の深い意味を初めて知った。ここの部分だけで、立派なメディア論になっている。

 背が高くて、賞味期限ぎりぎり25歳の郊外女性が、都心の野心のジャングルへ殴りこみをかける、という物語はシンプルで分かりやすく、スカーッとカタルシスを与えてくれて実にいい結構だ。
文章は、今風の女性口語体を使うのは当然だし、業界のテクニカルタームが頻出するのももっともだ。それよりも短いセンテンスの色合いが多彩なことには驚いた。もえ嬢は文才大いにあり。

とにかく、昨夜11時から読み始めて1時まで、遅滞なく読み通した。トイレに行くのがもどかしく思えるほど、物語にひかれた。
文学ジャンルでいえば、今回の小説は「直木賞」サイドだが、端々に「芥川賞」サイドの表現が散開していた。さて、これから押切さんの小説はどういう方向に向かうのだろう。

                              
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by yamato-y | 2013-08-09 15:23 | Comments(0)

ドキュメンタリスト

初期のドキュメンタリー

『もういちどつくりたい~テレビドキュメンタリスト・木村栄文』を速読した。
コメント直しの合間の2時間で読み通したのだ。だから、精確に内容を把握したとはいえないかもしれない。が、筆者、渡辺考が他局のディレクターである木村をどれほど敬愛していたか、その情熱だけはすぐ読み取れた。
木村は、九州のRKB毎日の看板ディレクター。渡辺は現在はNHK東京で腕を振るっているが、その昔、木村と同じ町博多の、NHK福岡で番組を作るディレクターだった。だから二人の関係は垂直でなくタスキがけといえる。

木村の経歴は華々しい。地方にあってテレビドキュメンタリーを作りながら、芸術祭大賞を2回、優秀賞を4回も獲得している。いわゆる放送に関する授賞で二桁の数ほど受賞している。本書でも、木村を「賞取り男」と呼んで親しまれたことに言及している。

 と、昨日はここまで書いていたが、緊急の電話が入ってブログ作成が中断してしまった。一応、作成した文章はキープしておいたが、いざ再開となると、考えや気持ちが最初のものとうまく接続しない。

 昨夜の熱帯夜は異常だったので、熱中症忌避のために「社会派エンタメ」小説を読んで気をまぎらした。かつてNHKの仲間として名作プロジェクトXを作ったとして名高い今井彰の小説第二弾だ。新潮社から出された其の本のタイトルは、「赤い追跡者」。薬害エイズの問題をとりあつかっている。なるほど彼らしい。今井は、NHKスペシャル「埋もれたエイズ報告」という名作を作って、ディレクターとしての名前を上げたことがある。その体験をベースにしたフィクションだが、各細部はほぼ実体験を記しているのではないか。この小説の主人公西悟の設定が巨大放送局全日本テレビのやり手のディレクターで、かつて「ダーデン少佐の証言」でいくつも受賞した経歴をもつとある。実際、今井は湾岸戦争のとき、「タイス少佐の証言」のドキュメントで盛名を得たのである。ほぼ今井と重なる主人公が薬害エイズに挑むという仕掛けの小説。彼がどんな手法で、スクープをものにしていったかがたどれるかもしれない。前から、興味のあった番組制作の「手法論」がこの小説に展開されているかもしれない。そういう関心で読み始めた。

ブログの最初に話題にした、木村栄文の愚直でまっしぐらの番組作りとは真反対の華麗でコンプライアンス”無視”の取材法が次々に展開していく(らしい)。13章のうちまだ3章しか読まずに、この文章を書き始めたのだ。昨夜は酒を飲んでいたので、12時過ぎには大きな睡魔に襲われた。
そして、午前7時50分となり、この文章も中断となる。
「あまちゃん」を見るためだ。

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by yamato-y | 2013-08-07 15:00 | Comments(0)


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