定年再出発  


懐かしい空
by yamato-y
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人生をカット

人生をカット

映像の編集をカッテイングという。実に苦しいが、同時に楽しい作業でもある。
黒沢明も自分は編集するために、映画を撮影するのだと言い切るほどだ。この世に在るものはすべて不安定であり不揃いなものばかり。正3角形などという美しいものは観念のなかにしかなく実在しない。この場合の正3角形の観念をイデアと呼び、実際に現実にある不揃いの3角形のモノを形而下としておく。
映像作品の場合、実際に撮影してきたものをラッシュ(形而下)と呼ぶ。撮影してきた順番にラッシュを試写して見ても、その映像の意味は簡単に分からない。撮影したときに、撮影者はある意図(イデア)をもって撮影していたから、その意図を意識して映像を読まないと、他者は理解できないのだ。そこで編集という作業が登場する。撮影者の意図にそって映像を脈絡づけた映像に並べ替える。意図の実現だけでなく、映像のもっとも美しい形を目指して長さをそろえて(カット)いく。つまり、形而下のラッシュをエディット(並べ替え)カット(形をそろえ)して、理想(イデア)の映像に作り上げる。天地創造を司る神のような高揚を、編集するときに味わうのだ。
生きている現実は無駄なこと余分なことが、船に張り付く牡蠣殻のようにある。だが、編集された映像は無駄なものをいっさいカットした純粋なイデアだから美しく心地よい。
毎日が退屈で無神経な出来事ばかりの人生ならば、いっそ編集(カット)することができたらどんなに楽しいか。

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by yamato-y | 2012-05-30 08:22 | Comments(1)

いろいろなことがあった夜

打ち上げ

昨夜は、「スカイツリー・3丁目の夕日を探して」の打ち上げが渋谷の居酒屋で行われ、関係者およそ20人が集まった。主役の押切もえさんもマネージャーとともに参加した。やはりモデルという存在は華やかだ。彼女の周りがぱっと明るくなる。ラッキーなことに、私は彼女の左となりに座った。美女の横顔を拝見しながらの生ビール。ついつい杯を重ね、家に帰り着いたのは11時を回っていた。

番組の視聴率もよく、内外の評判も高かったせいか、座はおおいに盛り上がり、いつまでも陽気な声が飛び交った。店仕舞いが始まった午後10時半、最後に残った5人が連れ立って渋谷駅までぶらぶらしながら帰った。おそらく相当酩酊していただろうと想像する。自分では正気を保っているつもりだが、後から見ると、ジャケットは半分脱げかかり、バッグの前側部分は開きっぱなしで不用心そのものであった。

実は、昨日は「極上美の饗宴・ターナー」のコメント直しが終日あったのだ。ところが、打ち上げの開始時刻18時になっても、台本の半分にしか到達していない。特集番組の打ち上げで、私も責任者の一人だからと事情をいって、途中でコメント直しを他のスタッフに任せたのだ。人に重荷を背負わせておいて、自分だけ酩酊というのは気が咎める。

深夜、地震が来た。かなり大きい。家人も起きてきて顔を見合わせたが、やがて収まった。久しぶりに地震の不安に包まれた。それまで、心地よい夢を見ていたと思うが、地震でいったん目が覚めたあとは、どんなに目を閉じても眠気は来なかった。そこで、のそのそ起き出して、『文化史とは何か』を読み始める。
面白くて、つい明け方まで読みふけった。床に就いたのは午前5時。出社まで5時間しかない。睡眠は3時間となり、今も眠くて仕方がない。

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by yamato-y | 2012-05-29 13:22 | Comments(0)

不思議な夢

ヒカリさん

明け方、不思議な夢を見た。
ヒカリさんから連絡が入って、会いたいという。
珍しいなあ、というかヒカリさんからの直接連絡なんてあるとは思えないというのが正直な感想が頭を過ぎるが、それでもヒカリさんからの連絡に浮き浮きした気分となる。

昨夜、寝しなに岩波「図書5月号」に連載の大江さんのエッセー「伊丹十三の声」を読んでいたせいだろうか。久しぶりにヒカリさんの夢を見たのだ。ヒカリさんとは、1994年ノーベル賞受賞式出席の際に数日間行動を共にしたことがある。ヒカリさんが「海」という曲を作り上げる過程を密着取材した。そのときヒカリさん独特のユーモアと知性に触れた。寡黙だが、時折話をするとき、細く長い指がひらひら揺れることが心に残った。

ヒカリさんはある隠れ家に潜んでいた。ヒカリさんに会うと、関西の被爆者団体事務所まで連れて行ってほしいという。このままでは日本は核に汚染されて駄目になってしまう。自分は被爆者だから(実際にはそんなことはない。あくまで夢のなかの出来事)、事務所まで出向いて、そのことを表明したい。そうすれば事態が動き出すというのだ。両親には内緒にしたいから、私に同行してほしいという。そういう役割として選んでくれたことが私には嬉しかった。ヒカリさんの決意に感動した私は、喜んでと声をかけたあと、自宅の寝室に引き返して、毛布とイギリス製の古いトレンチコートをかかえてヒカリさんの隠れ家に戻って来る。薄着のヒカリさんにコートを羽織らせ、毛布で体を包む。正体を分からなくして、私たちは夜行列車に乗り込んだ。

順調に運行して、朝早く大阪に着いた。
団体の事務所に行って、ヒカリさんは表明の手続きをとる。その頃になるとマスコミが押しかけてきた。その騒ぎをよそに、ヒカリさんは淡々と自分の意見を述べる。私ともう一人の支援者がヒカリさんのそばに立ってガードする。その支援する人物とはオーエパパとそっくりの顔をしているのだが、同一人物ではない。
東京のお宅に一応連絡をいれましょうかと、私が声をかけると、その支援者は「それは必要ないでしょう。オーエさんはヒカリさんの気持ちを分かっていると思いますよ」といって、少年になったヒカリさんを毛布でくるんでぐっと胸に抱き寄せる。
抱かれたヒカリ少年は、抱いているオーエさんとそっくりな顔をしているので、驚く私。

――夢のなかの出来事。だが目が覚めてからもしばらくの間、何か心が弾むようなものが身内に残っていた。

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by yamato-y | 2012-05-28 11:11 | Comments(0)

ターナーのことや美術番組など

ターナーのことや美術番組など

美術ドキュメンタリーでイギリスの画家、ターナーとミレイの作品を手掛けている。
まもなく始まるロンドン五輪に連動させる企画だ。ミレイのほうはまだ日本国内ロケが終わっておらず、まだ編集にもはいっていない。ターナーは3週間ほど前から編集に入り、これまでに2度試写をしてチェックしてきた。まもなく完成に近づいている。
ターナーという作家は18世紀の単なる風景画家としか見てこなかったのだが、今回番組として関わっていくと、ターナー作品の奥深さにいろいろと感じるものがある。番組のメインとなる作品は「吹雪」。嵐のなか、猛吹雪に立ち往生する貨物船の様子を描いた「風景画」。波とガス(海霧)と突風が渦巻くなかに、貨物船がもみくちゃにされている姿であるが、灰色と黄銅色と灰青色の大きな塊がうねっているにしか見えない。思わせぶりでたいしたことがないと、これまではうっちゃってきた。が、よくよく目を凝らすと画面から嵐の波と風の音が聞こえてきた。ウソでもなければ誇張でもない。すさまじい自然の猛威が画面の向こうから観る側に襲って来る。ブンブン唸りを立てる。こんな体験は初めてだ。恐れ入った。この絵が発表されたとき、それまでのオトナシイ風景画とまったく違うので大顰蹙をかったという逸話も理解できる。フランスの印象派はこの後の時代に登場するのだから、ターナーの先駆ぶりというのはたいしたものだ。
この実物はロンドンのテート・ブリテンにあるという。一度見に行きたい。

夕刻、関西から郵便物が届いていた。昨年担当した小早川秋聲の展覧会のお知らせと新しいカタログだ。甲子園にお住まいの秋聲研究家の松竹京子さんからの小包みで、丁寧なお手紙と貴重な作品が収録されたカタログが送られてきた。松竹さんの尽力で秋聲を見直す機運が、秋聲ゆかりの山陰で高まっているようだ。もし、昨年の番組もきっかけの一つになったとすれば嬉しい。
振り返ってみると、昨年から今年にかけて5人の絵描きたちを番組にしてきた。最初のカラバッジョはディレクターの強引さのため不本意な番組となったが、そのあとの小早川秋聲、速水御舟、ジャクソン・ポロック、そしてターナーのドキュメンタリーはどれもわくわくするものがあった。本音をいえば、もっと美術番組をやってみたい。マックス・エルンスト、グリューネバルト、宮本二天、ポール・デルヴォー、アンドリュー・ワイエスなど。手がけてみたい作家や作品はまだたくさんあるのだが、残念ながらもはや時間がないし、美術番組の枠も私の手の届くところから遠のくことになった。

考えてみれば、私が最初の海外取材をしたのは、ピカソの「ゲルニカ」だった。32歳のときだった。当時、日本がようやく国際化しはじめた時代で、まさか本物のピカソ作品に出会えるとは思えなかったから、ニューヨークやロンドンのギャラリーで遭遇したときの感動は言い表しがたいものがあった。

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by yamato-y | 2012-05-22 08:06 | Comments(1)

休日出勤

休日出勤

1時から打ち合わせを始めて3時前に終わった。
このあと、南青山で美術ドキュメンタリーの局試写が行われる。その立会いが待っている。
日曜日だというのにゆっくり休めない。いささか過労ぎみ。疲れがたまっているのが分かる。

だがなにより嫌なのが、休日のセンター街を横切ることだ。とにかく人が多い。若者の佃煮があっちこっちにいる。歩かず、道のど真ん中に立ってしゃべっているか、ぼーっと立っている。それをよけながら神南の森まで徒歩13分。

渋谷周辺が騒がしくなったのは80年代に入った頃だったのじゃないか。
当時、成増に住んでいたから出勤ルートは山手線で池袋から原宿に出るか、渋谷に出るかして会社にたどり着いた。平日は原宿ルートを使うことが多かった。だが日曜、祝日の出勤はホコテンが始まり避けるようになった。
ホコテンで集団で踊りまくる輩が次々に出てきたのだ。輩出するというのかな。
竹の子族の登場である。道の真ん中で運動会の応援団のような衣装で踊る男女を見て、ださいなあと感じた。東京っ子ならもう少し考えたらと内心毒づいた。
あとで聞くところによると、原宿駅周辺で踊っていた子たちのほとんどは、市川、柏、松戸、流山など近郊の町から来た若者ばかりだったそうだ。

現在は山手線渋谷を降りて、駅前スクランブルを渡り、センター街へ入っていくか、イチマルキュービルのほうへ流れるか、2つのルート。たいていイチマルキュー方向へ行く。道成りでどんどん歩くと東急本店。ここで、丸善ジュンク堂に途中下車する公算が高い。
ここを過ぎれば、一方通行の東急本店どおりを逆走して、会社に向かうのだ。この道には若者は少なく、代わりに車の通行が多い。

と、どうでもいいことをぐだぐだ書いた。

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by yamato-y | 2012-05-20 15:47 | Comments(0)

変則女子会

変則女子会に参加して

 連休が明けてから、事態が胎動していろいろな展開が起きてきた。毎夜、人と会う日が続いている。現役の最終盤にこれほど多忙が待っているとは思いもよらなかった。だがけっして嫌がっているのではない。仕事ができること、番組を作ること、人と出会えること、が嬉しい。

夏の戦争関連番組に関する企画が動いている。先日、見物した渋谷毅さんのコンサートで出会ったかたから教えていただいた主題だ。クラシック音楽の世界の戦時下の葛藤を描いてみようかと、構想している。そのためには主題を表す素材、人材をリサーチする必要がある。それにかける時間は僅かで、これから1週間が勝負となろう。

 そんななか、昨夜は面白い体験をした。「冬ソナの会」の人たちと新宿でオフ会をもったのだ。
4年ほど前に、カルチャーセンターで1シーズン冬ソナの魅力について講義をしたことがある。生徒さんは中高年のおばさまたちが大半で、男性はただ一人だったが、みな熱心だった。全員もちろんソナチアンだったから、私以上にドラマに精通していて、私のテキスト解釈など本当のところたいしたものでなかった(はずだ)。それでも半年通ってきていただいた。その半年講義を終えたあと、有志の方から食事のお招きをいただき、細々と交流が続いた。年に1回か2回ほど赤坂のレストランで歓談するという場だ。

今年も、「3丁目の夕日」の編集作業たけなわのときに会の連絡をいただいた。仕事で頭がいっぱいだったので、「冬ソナの会」の世話役の方の名前を聞いたとき、どこのどなたかぴんと来ず、冷たい口調になった。だがよくよく事情を聞いてみると、あの女子会からのお招きのお誘いではないか。不明を私は恥じて幾度も謝った。今回はお詫びも兼ねて私のフランチャイズでやりませんかと、会の実施を赤坂でなく新宿の、私のよく行く「居酒屋天狗」を推挙した。賛同を得て、昨夕、新宿紀伊国屋店頭で待ち合わせをして、歌舞伎町の「天狗」に向かった。
あいにくメンバーは3人だけとなったが、みなさん家庭の主婦で堅気の人たちばかり。居酒屋に入るのも初めて。珍しそうに、店内をきょろきょろ見回している。メニューも酒の肴だけでなくピザや焼きソバまであること、値段の安いことに、いちいち反応する。その生態が面白かった。

この変則女子会は2時間の予定であったが、気がつけば8時半。主婦であるみなさんはご帰還ですねと軽口をたたくと、まだもう少しならいいという。ではと悪乗りして、ゴールデン街の「とんぼ」へみなさんをお連れした。そこに、わが大先輩のワルのTさんがいた。・・・

その珍展開を書くにはもはやエネルギーが尽きた。

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by yamato-y | 2012-05-17 11:57 | Comments(0)

雨の門仲

雨の門仲

森下町で、居酒屋「魚三」というのを見つけておいたら、門仲にある本店はもっと凄いぞと教えてもらった。何が凄いか体験しようじゃないか。ある人のお招きで門前仲町にある「魚三」へ、雨のなか行った。

ここは深川八幡や不動尊がある門前町。「場末」かと思っていたら、商店街がずらっと並んで賑やか。意外だったが、よく考えれば門前町だから当然かもしれない。昨夜は土砂降りの雨で、赤い灯、青い灯が雨にうるんで美しい。深町幸男のドラマのセットのようだ。
このあたりの酒場には全国チェーンの居酒屋などほとんど見当たらない。「地元資本」のコジンマリした店ばかり。
「魚三」本店は正式には「魚三酒場」富岡店。永代通りに面していて、メトロの門前仲町から徒歩2分。4階建てで、すべてのフロアが酒場。1から3階まではカウンター、4階は座敷席になっている。とにかく混んでいる。土砂降りの夜8時半だというのに、空きを待つ客が入り口に数人立っている。

前の客が団体で帰ったので、席が確保できた。窓際のいい席。
さっそく冷の日本酒を注文。やおら、厨房の窓口の壁に並んだ本日のおすすめの値札をじっくり眺める。品数が多い。おまけに安い。まぐろの刺身、ぶりの刺身、200円台。青柳でも300円ちょっと。
腹がへっていたせいか、冷酒が五臓六腑にしみわたる。とにかく満席のおしゃべりのノイズはすさまじい。わーんとうなりすら聞こえてくる。古参の従業員が、もっと静かにしてくれないと注文が聞こえないと大声で注意を促す。
客筋は中年男性の連れが多いが、若い男女の団体も少なからずいる。どの顔も楽しそうだ。苦虫をつぶしたような顔はひとつもない。

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by yamato-y | 2012-05-16 16:08 | Comments(0)

喫茶店の同窓会

喫茶店の同窓会

赤坂山王神社辺りまでお使いに行った。新緑が美しい。昼飯は赤坂一木で、九州料理屋のランチ定食をとる。渋谷と違って昼休みはオトナばかりの世界。騒音、街頭音楽がないというのは実に爽快である。

週明けは、普段音信のなかった人たちから続々連絡が入る。嬉しいお誘いがいくつもあって快い。何が起きているのだろうか。心の玉手箱を開けてみたい。

旧友の連絡のなかに、ひとつ悩ましいものがある。
荻窪ぽろん亭のライブハウス店仕舞いの件だ。友人のコーイチが30年近くぽろん亭の軒先を借りて二月に一度の土曜日の夜にフォークシンガーのライブハウスを主催してきた。そろそろ旗を降ろそうかと相談の電話を受けたのが、去る土曜日。
コーイチに最後宣言をするのをちょっと待てと忠言した。30年も続けたのだから終了することは原則反対ではない。長い間ご苦労様でしたと声もかけたい。だから、最後を飾るケジメのイベントをやったらいいのにと、内心のお節介ムシがちらと動いた。コーイチの偉業を讃える会をプロデュースしてあげようかと思いついた。

昭和50年代、荻窪八幡そばの喫茶店、ぼろん亭。店主は元デザイナーだった鷹山みよ。
みよの人柄を慕って、3~40名ほどの仲間が友がきを形成した。つまり常連客だ。この十年の間に、みよが死に、クボカクが永眠し、シスカが昇天し、カズオミがシスカを追うようにして絶息した。一番年長のみよでも60代。残り3人はみな50代でこの世から出て行った。

ぼろん亭の一期生が集まって、昇天した4人の偲ぶ会を兼ねてコーイチのライブハウスさよなら公演をやってみようかと思いついたのだが、いざ発起するとなると、連絡から名簿つくり、会場リザーブ、会計まで雑事がみっちりある。そのやりくりを誰かとシェアしなくてはと適材を住所録を繰って考えているのだが、なかなか見つからない。

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by yamato-y | 2012-05-14 15:48 | Comments(0)

下ネタ

下ネタ

うちの目白遊俳クラブの宗匠、二六斎は津軽の人で助平だ。
4月に作った句。
出所後のお定と寝たる春の空
この句の遊び心に思わずにやりとする。

阿部定はあの事件で6年の懲役をくらったのだが、満期前に出獄したらしい。
その定さんの昭和30年代に、ドキュメンタリー映画がお定さんをスクープしている。その映像を先日見た。俳優の吉田輝雄が定さんに突撃インタビューしている。60の坂を越えていると思うが、におい立つような女っぷりの定さんだった。きっと、男はみんなお定さんのファンになるだろう。

宗匠の句だが、お定と寝たるということは、ちょん切られることを覚悟の寝屋入りだ。そりゃあ季節は春だろうなあ。たける春こそお定にふさわしい。

先の句を宗匠が作りたくなったのは、定さんのその後の人生と関係する。
定さんは昭和初期の人気職業バスガールになったという伝説がある。検札でこういったとか。
「お出しください。お切りしまああす」

この逸話を語りたいために、宗匠は「出所後のお定と寝たる春の空」を作った。いいなあ。やるなあ。では、やつがれも一句。
お定には二人キリの春の棒
(ツッコミ)えー、何を言いたいのか、分からん
切断後、定さんは褥に「吉、さだ二人キリ」と書いたという話が残っているから、ちょいとそれをいただいて仕上げたわけだが、いかが。

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by yamato-y | 2012-05-12 13:17 | Comments(0)

雨のトキワ荘

雨のトキワ荘

南長崎2丁目のバス停を降りて、あの懐かしい商店街の奥まで入った。
雨がぽつぽつ降っていたが気にもならず、あのトキワ荘の跡地を義弟といっしょに目指した。ところが道を見失って、トキワ荘への入り口がはっきりしない。そのうちに雨脚が強まり、やむなく退散して最初の目的酒処ぽん太に向かう。

建築士の義弟に頼み事があったので、昨夜目白まで呼び出した。目白駅前で落ち合って、バスに乗って南長崎まで遠出するので、どこへ行くのかと弟は尋ねた。「良いから黙ってついて来い」と引っ張って行ったのがトキワ荘界隈のぽん太だった。この店の主人夫婦鉄馬さんとぽん太さんは俳句仲間。めじろ遊俳くらぶの主要メンバーである。このところ句会に出席できず敷居が高い。句会の様子も知りたい。酒好きの弟にも大磯の家の修繕を頼みたい。このふたつの要求を満たすため、渋谷から豊島区まで出ばったのだ。

むかえてくれたご夫婦はいい笑顔。とりわけ鉄馬さんの温顔についこちらの気持ちもほころぶ。久闊を叙して、すぐ牛すじの煮込みでぬる燗でいっぱいやる。ビール好きの弟はエビスビールをグラスに注いでいる。お通しは蕗の煮付け。これがめっぽううまい。蕗の立て筋の繊維が前歯にさくさく切れて歯ごたえが良い。醤油で煮染めた味も絶妙。料理の名手ぽん太さんはさすがだ。壁に貼ってある値札を目でよりわけてうどの天ぷらを所望。あとはゆっくり盃を傾けながら、弟に頼み事をしていった。

にしても、今年の5月は雨が多い。しかも春の細い雨でなくスコールのように大きい雨粒だ。折りたたみ傘を準備しておいてよかった。
8時過ぎ、ぽん太を出ると太い雨すじに閉口しながら、バス道まで出る。目白行きのバスは行ったばかりのようだ。やむなくタクシーに乗った。
雨のめじろ駅前もまた風情があった。駅舎から通勤客が降りて来てばらばらと傘を広げて、商店街に消えて行く。陸橋から対岸をのぞむと私鉄の黄色い電車が雨に滲んでいる。ここで一句ひねらなくてはいけないのだが出て来ない。

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by yamato-y | 2012-05-10 07:32 | Comments(0)


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