定年再出発  


懐かしい空
by yamato-y
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閏年の閏月、閏日

閏年の閏月、閏日

2月29日、雪となった。粉雪が舞っている。東京では1月を過ぎてから雪になることが多いが、それでも3月近くになって雪が降るという現象は珍しい。私のいい加減な記憶では、少なくともバブルの時代から現在までの20年間で、一度もなかったのではないだろうか。おまけに今日は4年に一度しかない閏日ときている。また、何か大きな出来事でも起きるのだろうか。東京で思いがけず大雪が降った日、赤穂浪士の討ち入り、桜田門外の変、2・26事件と異様な事件が並ぶ。

 昭和41年、大学受験は3月3日から5日まであった。金沢大学の試験日は必ず雪になると地元ではいわれていたが、その通りとなった。金沢城の城内のキャンパスには急な坂道があって、雪で転びそうになりながら会場に向かったことを思い出す。

例年になく寒い日が続いた今年の冬も終わりが近づいている。
明日から3月。別れの月だ。
昭和45年3月、卒業式をボイコットしたため、級友ときちんとした別れもしないまま、東京へ旅立った。若干の友とは交流があるが、大半のクラスメートとは音信も絶えた。定年の頃になって懐かしさがよみがえってくる。能登へ教師として赴任していった友たちは、その後どうしただろうか。ふるさとの学校へもどって、子供らのために働くと顔を真っ赤にして語ったアイツはどんな人生を送っただろうか。
今日降る雪は名残り雪。

10時、雪道を渋谷駅からオフィスまで転ばないようにそろそろ歩いてきた。思ったほど寒くない。それどころか、10分も歩いていると、体がぽかぽかしてきた。足裏だけが冷えている。
霏々として降る雪。だが歩道には雪は積もらず、淡雪のように溶けていく。地温は高いようだ。

小学校3年か4年のときだった。前の晩、父に叱られて不貞腐れて寝た。朝起きて、雪なので嬉しくなって庭に出て雪に小便した。「オヤジのバカ」と書いた。黄色い字がレモン水のようできれいだなと思った。

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by yamato-y | 2012-02-29 08:05 | Comments(0)

テレビを考えるスペース

テレビを考えるスペース

 渦中にある者はその意味を問う余裕がない。
テレビ批評を読むたびに、この評者はあまりテレビのことを知らないな、出版のやりくちと同一視しているなと、物足りなさを感じることが多い。かといって、現場を体験したから作品の評価ができるのでもないのではあるが。

 テレビという現象が世界でもっとも成功し繁栄し堕落したのは日本とアメリカではないだろうか。イギリスにはBBCという古ツワモノがいることは承知しているが、産業的、商業的に成功したのは先の2国じゃないだろうか。
 1950年、日本でテレビ放送の試験電波が飛び始めた。アメリカで行われていた、広告収入を元手に放送を行うという、それまでの日本にはなかった商業放送というビジネスモデルが立ち上がったのもそのときだった(はず)。テレビの威力を見せ付けたのはプロレスの実況放送だろう。力道山、木村がシャープ兄弟らと戦う姿(実際に熱狂したのは、やっつけられた日本組が反撃を開始するときの快感だった)に、子供でなくオトナがしびれた。初めて、その光景を見たのは銀座で見た街頭テレビだった。プロレスを見ようとするオトナたちでごったがえしていた。田舎から父に連れられて銀座に来たものの、小さく光る白い箱に千人ほどのオトナが夢中になっていることに魂消た。それまで、オトナというものは娯楽などにうつつを抜かさない謹厳な存在だと信じていたから。

 その次のテレビは、皇太子ご成婚の映像だった。1959年(昭和34年)4月10日、私の暮らしていた地方は雨だった。4月にもかかわらず冷たい雨だったと記憶する。駅前のテニスコートに数十本の柱が立てられ、ご成婚パレードを中継する画像のテレビを置く台も完成していたが、雨天になったため、テレビは外され、ただ柱が林立する会場となった。人影はまばらで、未練で去りがたいのは私を含めて数人しかいなかった。
だから馬車でパレードする皇太子夫妻というのを、実況で私は見ていない。後日、ニュース映画で見たと記憶する。ただ、この出来事のあと、うどん屋や電器屋はみな店先にテレビを置くようになった。テレビ目当ての客をあてこんだ。映画「3丁目の夕日」でも、この光景は描かれていた。全国で同じ現象が起こっていた。
テレビの底力は全国同じという現象を作り出したことだ。それまで地域差があった。近畿と中京、中部地方のなかでも名古屋、岐阜と石川、福井。みな差異があった。ところが、テレビを媒介すると、すべて同じ風土となっていく。遊び、噂、行事、娯楽、どこへ行っても同じ話題が出るようになった。

 ちょうどこの頃、スーパーマーケットという小売の形態が現れた。店頭にジュースの自動販売機が据えられた。[ つづく、みたい)

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by yamato-y | 2012-02-28 14:49 | Comments(0)

冬の終わりも近づいて

隠居の年齢

時期が来ると野の草は花が咲いたり葉をもちあげたりするものだ。冬がれになると石蕗の黄色い花が咲いて、早春になるとぜんまいが体を起こしてくる。それぞれ時分を得て活動が始まる。

人生でもそうかなと振り返って思う。どんなに目立たない人でも、時期が来て活躍をしていったもの。逆に栄耀を誇った人も時期を外れれば舞台から去っていった。
64歳という年齢は、そのフェイドアウトの瀬戸際にある。65歳で今の雇用状態は終わり、完全に身分はフリーつまり職なしとなる。いや仕事を失うわけでなく、働く身分がなくなる。年金支給年齢に達するから、それをあてに生きる。だが、もし仕事を続けるなら年金受け取りを延期して、自分の収入を確保して生きるという道もある。

さて、どうしようか。58歳で最初の定年をむかえたときから、少しずつダウンサイズしてきたが、去年の秋に思いがけなく、番組で受賞することが続き、少し調子にのった。まだオレはやれるぞ、やることがあるのじゃないかと欲が出た。

出来上がった番組を批評したり、直したりするのは苦じゃない。だが、取材したりロケで遠出したりインタビューで対象を追いこんだりする気力はがくんと落ちている。
自分で企画を立てて、取材をして、周りからやいやい言われながら編集をして、ひとつの形に仕上げるという番組制作の王道はもう無理かもしれない。部分的な介入は出来ても、全面制作は体力も然りながら気力も続かない、気がする。

 だが、番組を構想しているときのわくわく感はけっして消えていない。周りで、番組の編集や取材で行き悩んでいるのを耳にすると、つい助言したくなるのは終わっていない。それどころか、若者の中途半端な作品を見ると、ぶっ飛ばしたくなる。

 でも、番組制作というのは、ある意味、体力勝負。徹夜を最低2日出来ないと、構成番組は無理だ。そんなことはもはや無理。胃がんの手術以降、めっきり体力には自信をなくした。それやこれやの迷いのなかで、今また気がついたら、3本の番組をかかえて走っている。そればかりか、秋に大きな作品をやってみたいと、関係者をまわって取材許可をとりつけようとしている。

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by yamato-y | 2012-02-28 08:42 | Comments(0)

今どきの映像

今どきの映像

この2月は寒い日が続いた。被災地には二重の苦しみだろうし、新潟、富山は雪害の地獄だろうと想像した。だがエゴイストな私は断続的に襲って来る地震におびえて、再び震度6以上の強烈なやつが来たらどうしようと心配ばかりしていた。
3・11以来、エレベーターに乗ること、映画館に行くことがすっかり苦手になった。それが2月には3度シネコンに行くばかりか同じ映画を2度見ることになった。2度見たのは「ドラゴンタトゥーの女」。久しぶりにミステリーの面白さを堪能した。もう一本は「続・3丁目の夕日」で、悪くはなかったが1本目の感動はなかった。今見たいのはイラン映画「別離」。ベルリン金熊賞を受賞したという作品と園子温監督の近作だ。私の周囲では話題になっている。

テレビ映像も立て続けに、DVDで3本見た。伊丹十三の伝記[伊丹十三『お葬式』への道]、日本オオカミの伝説を描いた「見狼記」、坂本龍一と奇跡の一本松を記録した「坂本龍一フォレストシンフォニー」。
伊丹さんは昔から関心をもっていて、いつか自分でもドキュメントを作ってみたいと資料を読んだことがある。その関心から本作品を見ると、内容的にも物足りなかった。「遠くへ行きたい」をともに作ったテレビマンユニオンが担当しているから何か新しいことがあるかと期待したが、内田樹がインタビューに出演しているだけが特筆で、ほかにはみるべきものがなかった。最も大きな伊丹の謎、大江健三郎との関係について、意識的に離れていると感じた。おそらく、このドキュメントは宮本信子の許諾のもとで出来上がっているのだろう。伊丹の少年期における野上照代の証言、松山東高時代の大江との関係、浪人中の大阪、芦屋での伊丹、大江、そしてゆかり夫人の関係、最晩年の関心である産業廃棄物と業者のことども。山口瞳との入り組んだ交友。これらの「謎」を解き明かすのは、長男の成長を待つしかない。

坂本龍一は、大江光の音楽をポリティカルコレクトネスと決めつけたときから好きでない。彼のエコロジカルな発言なども嘘くさく思えて、その音楽に惹かれることはない。樹木に電位が発生していて、それを音楽で表そうという試みについてのETV特集も期待はしていない。見終わっても深いものは残らなかった。特に文化人類学者とのやりとりは、なんだか薄っぺらいものに思えて仕方がない。反原発の思想を我々はもっと鍛えておかなくてはいけないのじゃないか。と、坂本の高慢を、私は生理的に嫌っていることをあらためて思い知る。

今回のDVD視聴でいちばん心に響いたのは「見狼記」だった。絶滅したと思われる日本オオカミの行方を追う、私と同世代の男が主人公の物語。60分サイズのETV特集であったが、味わい深い内容と映像だった。幻となったものを、気配を追いかけるという制作者の志が素敵だ。東のオオカミ伝説を紹介したあと、西の伝説に挿話が移るのだが、主人公は東にとどまって西の場面では出てこない。彼を連れていく旅費もないのだろう。少ない制作費をやりくりして、野宿までして映像を作り上げようとする小さなプロダクションの苦労を思って感動した。2011年度のETV特集の60分サイズでは、「おじいちゃんと鉄砲玉」と「見狼記」が出色だった。

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by yamato-y | 2012-02-26 11:43 | Comments(0)

頑張れ、後輩

モーニングサービス 三田完

三田完の近作「モーニングサービス」を読んだ。浅草、浅草寺裏の商店街にある喫茶店「カサブランカ」を舞台に展開する人情ドラマ。昭和色で彩られたドラマは半村良の名作「雨宿り」を髣髴とさせる。理由ありの夫婦が営む喫茶店カサブランカに、常連の客、老妓、その弟子の芸妓、性同一障害の医学生、ベトナム人中華店員などが出入りする。設定もいいし、登場人物だって悪くない。特に医学生ヒカルはなかなか面白いキャラクターだ。連作短編だから毎回主人公が変わっていくので飽きない。久しぶりに大人の人情噺に出会えたと喜んで読み始めた。昨夜のことだ。時計の針がテッペンを回ったところで中断し、今朝寝床で続きを読んだ。面白かった。お仕舞まで間断することがなかった。
だが、何か物足りない。半村のときのような凄味というか塩味が足りない。出てくる人がみんないい人ばかりで、ハッピーにエンドをむかえる話ばかりで、いささか物足りない。「3丁目の夕日」になりすぎていやしまいか。

文章に甘固さがある。半村のような省略がなく、説明口調が多いのが気になる。作者の三田には俳句の素養がたっぷりあるのだから、あの技法をもっととりこめばいいのに。

惜しいのはヒカルの物語。彼の悩み多かった前半生の描写・紹介に尺をとられて、現在の姿から発展していく恋物語(たとえ悲恋で終わろうとも)をもっと見たかった。母親との和解も故郷新潟でするのでなく、浅草まで遠出させて、愁嘆場を作ってやるぐらいの手間がほしかった。

それにしても、花柳界や浅草界隈に関する作者の知識や情報は詳しいことに感心する。医学、解剖の知識は何かの書物の受け売りかもしれないが、浅草の町場の人情にはめっぽう精通している。この人の出身は浦和とあるから、浅草の土地勘はないはずだが。どこで、この匂いを嗅いできたのだろう。作者の大学の大先輩、久保田万太郎なら浅草育ちで当たり前のことかもしれないが、この人はどうやって身につけたのだろう。
おっと今気がついたが、ミタカンもクボマンも慶応出身、おまけに公共放送の制作担当者だったとよく似た経歴だ。

 でも、前作「俳風三麗花」にくらべて、ずっとよくなった。N賞受賞も遠くない。期待している。ついでに、この作品の連作も期待する。まだまだ物語は続けられるはず。せっかく生み出したキャラクターはしっぽまで食べることにしましょう。トロゲンさんだって、どうやってヒモと切れることが出来たのか、知りたいじゃないか。

頑張れ、後輩。

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by yamato-y | 2012-02-25 12:12 | Comments(0)

断捨離しがたく

断捨離しがたく

年度末をむかえて、異動の準備が始まっている。
それぞれの机まわりに置かれたビデオテープ、資料、もらいものが山のように積まれている。私の場合も、デスク上だけでなく、膝元というか足元にも、個人ロッカーは3人分を使い、それでも入りきらないブツが机周りにあふれている。
少しでもスリム化しようと、目につくものをゴミ箱ないしは廃棄コーナーへ運ぶことにしたのだが、いっこうに減らない。
例えば、美術本。去年、企画を開発するために、ピカソの画集、自伝、評伝などが6冊、速水御舟の画集と評伝が4冊。小早川秋聲の関係資料が5冊。美術書は大型図書が多く、嵩張る。それ以外に、取材ノート、取材した資料のファイルが六十数冊。どこから手をつけていいのか迷う。
一冊ずつ、中身を調べてとなると、つい読みふけることとなり、捨離することが難くなる。

それでも、3年来、処分しろといわれていたロッカーの3段引き出しは、ついに整理して、ダンボール箱ひとつにした。そこには1990年代の私の取材成果がつまっている。なかでも「冬のソナタ」の資料は貴重に思えて、なかなか手放せない。

 居室のなかで、もっとも嵩張っているブツは、「キッチンカーが行く」チームの取材道具。長靴、スコップ、レインコート、などの20人分がごっそり置かれてある。担当者はどうやって軽量化させようかと、頭をひねっているが、うまくいかないだろう。


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by yamato-y | 2012-02-24 18:44 | Comments(0)

南木佳士の小説集

パニック障害とうつ病

南木佳士の小説集を昨日入手して、明け方2編ほど読んだ。「神かくし」という作品が人の一生の終わりということを考えさせて心に残った。
南木は私より2歳下、同世代。信州の病院に勤務する現役の呼吸器科の医師でもある。
芥川賞を受賞した翌年、突然得体の知れない空虚感にとらわれる。パニック障害とうつ病
の始まりであった。南木自身の見立てによれば、長年肺がんの患者の治療にたずさわり、そのあっけない儚い死をあまりに見過ぎたということによるという。
その後、生き方、働き方を大きく変更して、その病と共生することを南木は勤めてきた。
50歳から、信州という地の利をいかして、近郊の山歩きをするようになった。

仕事柄、40代になるかならぬかでうつ病をかかえる南木だが、凡人であるわれらも50代の半ばになると人生の空虚さを感じて、「死」ということが眼前に登場するようになるものだ。だから、南木の小説も遠い話でなく、身につまされる物語として受け止めている。

「神かくし」は、心を病んだ医師が患者の田村さんという90歳になる老女との交流を描いた作品。10年前に死に掛けた田村さんと主人公の間に、ある「しこり」があるが、その後も主治医の立場は続いている。
ある秋の日曜日。朝早く、山へきのこ狩りに行く田村姉妹を見かけて、主人公も連れていってもらうことから小説は始まる。田村妹も80を過ぎた高齢だろうが、姉とちがって女らしく控えめ。くらべて姉は主治医に対しても横柄。対照的な姉妹にみえる。
きのこ山に入って、最後にきのこ汁を作って食べる。その間に、去来する田村姉の看病記が隠れた主題となっている。

医師でありながら、うつ病を病んでいる主人公は自分に否定的。人生の終末に対しても医師らしくない観方をしている。一方、田村老女は死に対しても生に対しても覚悟をもっている。その二人の裂け目が物語りの終末で鮮やかに切り出される。

明け方の4時に読み終えて、しばらく眠れなかった。

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by yamato-y | 2012-02-23 11:52 | Comments(0)

ひょんなことから

ひょんなことから

長いこと交流を断っていた人から連絡が入り、4月放送の番組の面倒をみてほしいと頼まれた。スカイツリーオープンの関連番組だ。
下町に立つスカイツリーには、周りにさまざまな人生や風景がある。
いってみれば、3丁目の夕日に登場したような人情が、下町にはまだ残っている、らしい。
その風景を追ってみようという番組だ。
手がかりは、俳人石田波郷が昭和30年代に撮影した数千枚におよぶ下町風景写真だ。
江東歳時記なるものを編もうと、石田は四季ごとに、墨田区、江東区、江戸川区のさまざまな風景を撮影したのだ。

病気がちの波郷の数少ない趣味がカメラだった。ライカとローライをいつも手にして、なくなりつつある下町の風物を撮った。

その写真と「3丁目の夕日」のコンセプトを活かして90分の番組を作るという。
どんな仕上がりになるのか予想がつかない。
ただ、波郷が詠んだ句はどれも素晴らしい。
春すでに乙女らを焼く艇庫の日
木瓜褪せて庭園春をふかめけり

まさか俳句を主題とする番組に出会うとは思わなかった。

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by yamato-y | 2012-02-22 17:57 | Comments(0)

応答せず

応答せず

たしか、花田清輝のエッセーに「ノーチラス号応答せず」というのがあったと記憶する。
有名な吉本隆明との論争で、書かれたものであったはずだが、内容より、そのタイトルの格好よさが心に残った。

 3・11以来、震災、津波、原発ということが国民的課題のように、メディアで語られているが、忘れてはならないのが沖縄普天間の問題だ。米軍「占領」という不自然な情況が60年にわたって続いてきて、さまざまな苦難と不利益を押し付けられてきた沖縄が、新たな道を歩くための第一歩にもなる普天間。先の宜野湾市の市長選挙でも、住民の意思は基地を固定化させたくないというものだ。前の政治権力の置き土産だと民主党もシラをきり、先延ばし出来ないところまで来た。これ以上、沖縄に本土の矛盾を押し付けるわけにはいかない。
 総合誌「世界」は1月号から沖縄のことを丹念に追っている。なかに、元上司だった人物の論文が掲載されている。元NHK沖縄局長、NHKエンタープライズの取締役だった、座間味朝雄さんの遺稿となった「情報の絆―米軍の情報分断政策と戦った沖縄」。座間味さんは昨年11月に他界した。

 この論文が3回にわたり掲載され、今月で座間味担当分は終了した。これは沖縄がアメリカ統治下にあった1959年、日本と沖縄を結ぶマイクロ回線を設置しようとしたことに対して、アメリカ側から再三にわたって嫌がらせを蒙り、なかなか全回線を接続できなかった問題を取り上げている。これまで知られなかった沖縄「独立」の戦いを、座間味さんは丹念に追って、歴史の光をあてた。
だが、後半になると、病が体を蝕み、この事件の原因、理由の解明にまで至ることがかなわない。死が目前に迫っていたのだ。出来ないことが「無念である」という言葉で、この論文は終わっている。
 読了して、感銘した。あの温厚で篤実な座間味さんのなかに、これほど父祖の地に対する熱い思い、正義への希求があったことを知って感動した。

ところが意外だったのが、職場の反応だ。これほどの力作に、誰も関心をもっていない。ほとんどのディレクターは論文を読んでもいないらしい。これでは応答などできやしない。
「無念である」という座間味さんの遺言は、歴史の闇に消えた事実の解明を、後生は続けてほしいという呼びかけであったはずだ。
 これに応答したのは、私が知るかぎり、先年NHKを退職して武蔵大学の教員になった永田さんしかいない。

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by yamato-y | 2012-02-21 12:27 | テレビって何だろう | Comments(0)

会員番号2

会員番号2 けいこさん

けいこさんから、応募がありました。そうかあ、「ちぎれ雲」は女性にも沁みるものがあるんだあ。
てっきり、丘に登って、好きな女子の思い出をちぎれ雲に託す男子の想い歌だと思っていたけど、そうじゃない部分があるのだということに気づかせてくれたけいこさん。一度、その想いをここで披瀝してくれると嬉しいな。

当分、この「ちぎれ雲」にまつわる話に、心奪われそうな気がしてきたな。
けいこさんは、昭和23年生まれとくれば、まったく私と同世代ではないか。楽しいな。
なんだか、修学旅行に出たときの気分になってきたぞ。



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by yamato-y | 2012-02-18 00:23 | Comments(1)


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