定年再出発  


懐かしい空
by yamato-y
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仕事納め

この年の名残

いよいよ押し迫った。2011年も終わろうとしている。
多難の1年だった。
あの3月11日の地震の感触は今もなまなましく体に残っている。馬の背か牛の背のうえを歩くような、ゆらゆらした気分が3分余り続いた。未曾有の体験。きっとどこかで大きなことが起きていると、霊感の薄い私ですら感じた。あのあとの混乱はもう語るまい。

政治の漂流には言葉がない。さきほども新宿駅前でみんなの党が激烈な野田批判を繰り広げていた。
言葉通りには受け取る気にならない。だが、沖縄のこと、原発のこと、そして国民経済、いずれも不確定、不安定なことばかり。

昨日のポカについて、永田さんから励ましをいただいた。分かりました。手帳を配備します。今もシステム手帳を持っているのだが、やや大きくて使い勝手が悪い。改善の余地ありですな。

年末年始休暇の間、市民が描いた原爆の絵について、少し調べようと資料を蓄えた。1975年前後のヒロシマドキュメンタリーの躍進は目を見張るものがあると、最近になって気がついた。
一方、カタさんの作品も再度見直そうと、している。
でも、一番やらなくてはならないのは、あの原稿のチェックだ。2万字の論旨をもういちど頭から見直さなくては。

最後に番組の宣伝。
10月に放送した文楽。作り直して、国際放送で6回ほど流れる。
題して「Hiroshi Sugimoto's Bunraku]
12月30日 13時10分から
1月1日   2時10分から

よいお年を(おむかえください)

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by yamato-y | 2011-12-28 17:29 | Comments(0)

大きなポカ

この年末に来て、大きなポカ

昨夜は鍼の日だった。7時から治療を受ける予定であったが、5時過ぎまで広島から来た就活の学生の面倒をみていたら、ぽかっと失念してしまった。そのまま、資料室で調べものをして7時を回ったとき、タケ先生から催促の電話が入った。1年間、無断欠席のポカは一度しかなかったのに、この年末でやってしまった。
当然、私の来院を待っていた先生は私の不行跡を叱る。恐縮する私は謝罪を繰り返すのみ。

申し訳ない気はあるが、どこか不貞腐れた気分もある。2週間に一度の通院をそんなにきちんと覚えておくことなんて出来るかという開き直りだ。そんな根性だから、この5年間にポカは20回近く繰り返した。

脳出血を発症し、胃がんの手術を行い、ここに来て前立腺の具合がよくない私の健康は瀬戸際にあるタケ先生は見ている。そういう不安定がポカを呼ぶからこそ治療が必要なのだと説教を垂れる。
先生のご厚意は十分分かっているのだが、約束を破ることを繰り返す私は恥ずかしくて、つい不貞腐れてしまう。ぶすっとする。あまりに子供っぽい。

ということで、暮れの多忙なときにもかかわらず、先生は本日に診察を設定してくださった。どうしても、本日の診察を守らなくてはならない。当然だ。
だが意識すればするほど、直前ポカが発生しやすいということ。そのことが気になっている。だんだん、呆けてきているのだろうか。
尿が排出されにくいということは、それほど、体調を変えるものなのだろうか。だんだん不安になってくる。
昨夜は原稿を直すことも、読書することも、テレビを見ることもなく、9時過ぎ床に入った。夜中に目が覚めると、なんとまだ12時半。普段ならまだ本を読んでいる時間ではないか。
何か、老いの暗い道をとぼとぼ歩く自分の姿を想像して、ぞっとする。

枕辺にあった、川本三郎さんの最新エッセー『君のいない食卓』を手にとる。ぱらぱらとページを繰るうちに夢中になり、とうとう読了。時計を見ると1時50分。なにか間が悪い一日だった。

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by yamato-y | 2011-12-28 08:41 | Comments(1)

2011年のクリスマス

2011年のクリスマス

穏やかな日差しが顔に落ちてキタ。日曜日、しかも今日はクリスマス。
ベッドのなかで、30分ほどぼんやりしていた。
童謡の「かたたたき」の一節が脳裏に流れた。
♪お縁側には 日がいっぱい
タントンタントン タントントン

こうやって暮れになると、母はいつも田舎で帰省するぼくらを待っていてくれたのだなと思う。
父を亡くして十余年。ひとりで暮らした母もきついことがあったにちがいない。
母の詠んだ短歌から、今になって知る。

貼りかへし部屋の障子に西日入りひとり居われのしずかなる師走

こうやって帰って来るこどもらを待っていたのだ。ときには病をかこつときもあった。

ぽつねんと風邪に臥しいるわが部屋にさしくる木漏れ日手にうけてみる

小春日が差すこんな朝には思い出すこと多し。


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by yamato-y | 2011-12-25 09:45 | Comments(1)

茫々となりゆく

茫々となりゆく日

22日は母の命日だった。亡くなって2年になる。早いものだ。ついこのあいだ、大騒ぎして母を送ったとおもったら2年も経っていた。今回の原稿騒ぎでその日であることをすっかり失念。罰当たりな長男である私は。クリスマスイブという声を聞いて、母の命日を思い出した。
東京は寒いが空は晴れ渡っている。田舎敦賀じゃ考えられない。北陸という地はまことにどんよりする日が多く、この時期に寒波が来れば大雪になる。雪のクリスマスが、中高生の頃多かった。クリスマスキャロルで市内の信徒の家々を訪ね歩いたことが懐かしい。母が死んで教会とも縁がじょじょに遠くなる。

北杜夫が10月に死去して、追悼の刊行が相次いでいる。なかの『巴里茫々』を読んだ。北の最後の作品といわれている。2000年の「文学界」6月号に掲載された中編自伝小説。難しい表現はとっておらず読みやすい文体。巴里に住む辻邦生、佐保子夫妻を訪ねて10数年間にわたって交流したことを、著者はなつかしく思いながら振り返っている。素直で、しっとり心に沁みこんでくる佳作だ。
北と辻は松本高校で先輩後輩の関係であった。一つ下の北は辻を敬いあまえた。真面目で責任感のある辻はこの躁鬱の作家に手こずりながらもよく愛した。旧制の高校生の友情というのはそこはかとなくセクシャルだ。ふたりともトーマス・マンが好きで、なかんずく『トニオ・クレーゲル』がお気に入りだったというのはよく分かる。ふたりはチューリッヒのマンの墓をいっしょに詣でている。と、この本に書かれてあった。
 しかし、辻邦生の死は早かったな。まさか北よりあんなに早く死ぬとは思わなかった。北自身も同様のことを感慨をもって記している。いずれにしても、北にとって辻を偲ぶこと、パリで遊んだことを想起することは、2000年の段階で茫々になりつつあったのだ。

その後、短い文章を書いたかもしれないが、北の小説らしいものはひとつもない。そのまま11年過ぎて、あっけなく死んだ。ということを阿川佐和子と北夫人、長女の週刊誌の対談で知った。

朝、宅配便が届いた。品物を開けると、葬儀のお返しセット。先だって亡くなった職場の上司、座間味朝雄さんのものだ。なかにある添え書きを読むと、今月号の『世界』で、座間味さんの研究論文が掲載されるとか。題して「情報の絆~米軍の情報分断策と戦った沖縄」。座間味さんは現役最後に沖縄放送局の局長を務めた。もちろん名前のとおり、ルーツは沖縄にあった人だ。そのことを晩年よく意識して、仲間といっしょに沖縄研究を行っていた。その成果が、死後、総合誌に掲載される。今月号から3回にわたって掲載されるというから大変な労作なのであろう。さっそく書店へ行って購入しよう。
暮れになると、亡くなった人の消息があれこれ出てくる。これも、当方が馬齢を重ねたというあかしか。

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by yamato-y | 2011-12-24 12:04 | Comments(0)

先輩二人

いまだ名をなさず

 湯豆腐に酔ひゐていまだ名をなさず
歳時記を眺めていたら、歳晩の句のなかに見つけた。
なさないほうが気楽でいいぞと、名もなき俳人に伝えたいようなそうでないような。
わが先輩は、先ごろ自伝を出版した。仲間内では文才のあることは知られていたが、能ある何とかのひそみにならってめったに表に出てくるようなことはなかった。奥ゆかしいがもったいない気もした。
だが、世の中には慧眼の士もいるもので、この人の才能を見抜いて、怠け者のお尻を叩いて今夏かけて執筆させた編集者がいた。バジリコ出版という。その名前を聞いたとき、なんだスパゲッティみたいな名前だななんてことを私は失言してしまった。言われたほうは内心面白くなかったようだ。その後も、会うたびにその話題から始まる。
会うたびにというのは、いきつけのゴールデン街とんぼのことだ。その人はとんぼの常連なのだ。通ううちに、わが先輩の才能に気づいて執筆をすすめた。『ぼくのNHK物語』というノンフィクション。面白い。少なくとも私の周りではベストセラー。NHK内書店では店頭に並べても数時間で売り切れて、4回も平積みにし直したと、店長が私に教えてくれた。

もう一人敬愛している先輩から電話が入った。先週日曜日に行われた句会に欠席したのでどうしたのかという。この年齢になると、欠席の理由もサボることより病気の心配をされるらしい。有り難いことではある。当人は前立腺がんを数年患っているのだが、声音はいたって元気だ。せっかく出会った句会だから大事にしろよと心のこもった励まし。
映画好きのその先輩にヘルツォーク監督のことを聞いたら、話がとまらなくなった。それから5分ほどドイツ映画の巨匠についての独演会となった。長い電話が苦手な私としては切りたいのだが、話のネタを振ったのは当方だからそういうわけにもいかない。ただ、独演の終わりのほうで話が混乱して、別ネタの話題と混同しはじめたのは、いささかぎょっとした。まさかと思うが、明晰な先輩にしては珍しい。この先輩はNHK屈指のロッカーだった。ロックのNHK特集を制作して、歴代2位の最低視聴率をたたき出すという偉業をなした。
そのロッカーが変身して、今では俳句の達人。猫好きで俳号も猫翁(ねこおう)と名乗っている。互いにガンを患っているので、会うと「具合はどう」と聞くことにしている。今回の電話でも様子を聞いたら、来年2月にでも群馬の秘湯にもう一人の癌患者といっしょに行こうという。どうやら、その人と猫翁さんは「つげよしはる」ごっこをやると決めていたらしい。その温泉場はガンの湯治が多い。といっても数人しか入れない鉱泉のようだが。
その同行する御仁もめでたく今秋喉頭がんとなり、手術を終えたばかりという。「おいでよ、3人の癌が並んで、温泉場で景気の悪い句会でもやろうよ。酒ありタバコありの何の禁忌もないフリー句会」猫翁さんの声にはりが出ている。
鉱泉に行ってみようかな。小暗い温泉場で、つららでも眺めながら景気の悪い俳句でもひねる風景。悪くはない。
だが2月第2週は穂高へ半登山することになっている。そのスケジュールと重ならなければいいのだが。
木枯らしにこころさすらふ湯呑かな
これも歳時記で見つけた句。やや通俗だが、なんとなくこんな心境になった。

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by yamato-y | 2011-12-24 03:46 | Comments(0)

クリスマスイブイブ

寒い日

クリスマス寒波が来ている。昨夜の大磯紅葉山は凍えた。しんしんと冷えた。
ようやく執筆することから解放されたので、大画面でDVDを見た。数年前に放映された「クライマーズ・ハイ」だ。映画とテレビの両方を見たが、テレビのほうがよかったから、大事にコレクションしている。前編、後篇の150分を超える長い作品だったが、ひとりで気楽に見た。
このドラマの配役がよかった。主人公を演じた佐藤浩市だけでなく大森南朋や岸部十徳たちがうまかった。このドラマの人間関係の描き方が緻密なのだ。中央紙に抜きがたくもっている劣等感を背景に、ワンマン経営者が支配する地方紙のなかの人間模様。原作もさりながら脚本の大森寿美男という人は能力の高い作家と感じた。
前編を見終わるまで快調だったDVDが、後篇に入って30分あたりから雲行きがおかしくなり、次第に絵が乱れる。やっとという感じでエピローグまでたどり着いたものの、最後のエピソードは切れ切れになり、完全に味わうということなく、視聴は終わった。時計を見ると12時半。外はますます冷えていた。

明けて、天皇誕生日。今にも雪が降り出しそうな天気。よく冷え込んでいる。
朝のうち、先日来の原稿の直し作業にあたる。ブランチとして、昨夜買っておいたサンドイッチをオーブンで暖めなおして食す。

午後、紅葉山を下りて、目黒に向かった。
大磯駅で電車を待っていると、ちらちらと白いものが落ちてきた。
このまま雪になるのかと思いながら、電車に乗り込む。
車内は暖かく、読書していて、ついうつらうつら。

夕方、目黒を散歩しているときに夕焼けと出会う。美しかった。
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by yamato-y | 2011-12-23 18:28 | Comments(0)

ただいま終了

終わったような、終わってないような

今、原稿を京都へ送った。第1次締め切り、ぎりぎりセーフ。
だが、最後の「まとめ」が書けていない。
ばっかだよなあ。まとめがなくて、どうして論文なのか。

その部分、今日から明日にかけて、一人で大磯で考える。
ああ、原稿を送ったからといって、何も解放されない。

ビデオが見たい、映画が見たい。

「家政婦のミタ」なんか興味ない。

本が読みたい。伊東静雄が読みたい。

大江さんの「僕が本当に若かった頃」が読みたい。

ふぐが食べたい。小松菜が食べたい。

雪が見たい。粉雪に額を冷やしたい。

故郷に帰りたい。野坂山の見える町に帰りたい。

いっつもこうだった。高校の中間試験、定期試験が始まると、いっつも出来ないことばかり夢想した。

中学のとき、江戸川乱歩の「怪人20面相」と重なって、心がちぢに乱れた。

眠い。

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by yamato-y | 2011-12-22 15:36 | Comments(0)

締め切りまで、あと1日

締め切りまで、あと1日

原稿の締め切りは23日。祝日だ。だから実際の作業は明日22日で終了しなければなるまい。追い詰められている。今朝も3時に起きて6時半までパソコンに向かった。LDライトの一筋の光がキイボードを鋭く照らす。これまで調べてきたことをとにかく記す。吐き出すようにして文章化する。添削、推敲はあとまわし。とにかく最後まで書いて2万字をクリアしよう。そう決めて夜の明ける前からカタカタとキイを打った。
6時過ぎ、最後まで一応たどりついて、文字数を計るとやっと2万を超えた。むろん、本文の途中で、いろいろ抜け落ちた節、話柄があるから、とても完成版とはいえない。が、一応ゴールまで来たという安堵がちょっぴり湧いた。

気が緩んで仮眠をとった。目が覚めたら、「アサイチ」が始まっていた。8時半。
慌てて、執筆体勢を解除して、出勤の準備。

ちょっと楽しみがある。一昨日、インタビュー用にボイスレコーダーを購入した。ソニー製で使い勝手がいい。値段が2800円と安かった。これを一人カラオケに持ち込んで、自分の歌声を録音した。「乙女のワルツ」「岬めぐり」「池上線」の3曲。これを、ときどきイヤーフォーンで聴く。自分の歌声に浸りたいわけではない。この懐メロを楽しめることがいいのだ。先ほども、にやにやしながら聴いていたら、同僚が何が嬉しいのかと訝しく当方を疑う。

おっと、こんなことはしていられない。昼休みには、東急本店のジュンク堂へ行って資料を探してこなくてはいけないのだ。あと1日。しっかり締め切りを胸に刻む。

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by yamato-y | 2011-12-21 11:16 | Comments(0)

30年目のヒロシマの記憶

30年目のヒロシマの記憶

 昭和49年5月、下駄ばきの老人が一枚の絵をもってNHK広島放送局の受付に現れた。原爆に遭遇したときに自分が見聞したことを絵にしたという。何かの裏紙と思われる用紙にボールペンで川に架かる橋を中心に周囲の悲惨な状況が描かれ、「昭和20年8月6日午後4時頃・萬代橋附近の状況」という題が描きこまれてあった。当時、連続テレビドラマで「鳩子の海」が放映されていて、老人はそれを見て思い起こして絵を描いたという。そのドラマの主人公は原爆で記憶をなくした少女だった。
 老人は原爆が投下されて数時間後、中学生だった息子を探しに川まで来たときにある光景を目撃した。「今もまぶたから離れない。どうしても死ぬまでに描き残したい」そんな思いで描いた絵をもって77歳のその人は放送局を訪れたのだ。

 その絵を見た入社4年目の原田豊彦ディレクターは絵の異様な迫力に引き込まれた。学校を出て以来絵など描いたこともないその人が描いた絵。30年経た今もまぶたに焼き付いたまま離れることがない被爆体験。絵にするのももどかしく説明の字が画面のあちこちに加えられていた。
 原田は先輩の椎野に絵を見せると、「もっと他にも描きたい人がいるのじゃないか」というアドバイスが返って来た。この啓示のような言葉が原田を前に押す。専門家である画家四国五郎に絵を見せて、このような絵を募集したいがと相談した。すると、四国は「記憶をいかに絵にするか、絵でうまく描けないところは、文字で書けばよい。場所名や数や、音や、自分が感じたことなどは、文字で補足すればよい・・・これは絵画作品ではない。これは形と色と文字や地図やあらゆる方法を使い記憶を誰の目にも見えるようにする平和のための証言」と語って、その趣旨に賛同を表した。募集の告知放送が始まった。

 数日後、原田は15分のローカル放送『届けられた1枚の絵』にまとめた。放送されると、山が動いた。続々と「市民が描いた原爆の絵」が届いた。名状しがたい迫力と臨場感を持って描かれた、被爆の記憶、惨劇。絵の巧拙など関係がない。画用紙、カレンダー、広告の裏紙、などあらゆる“紙”に鉛筆、クレヨン、絵具、マジックなどさまざまな画材で彩色され、説明の字句があちこちに飛び交った絵がおびただしい数で押し寄せてきた。2年にわたって届けられた市民の絵は2200枚にのぼる。

 このときの体験を原田氏にインタビューした。現在、NHK学園の理事長になっている原田さんは少しも番組への情熱が衰えていない。当時の番組を作りつづけた熱い思いを1時間半にわたって吐露していただいた。
 最後に私は意地悪く、「絵を通してヒロシマのことを伝えたい、少しでも残したいという広島市民の気持ちというのは、きれいごとすぎませんか。こんなひどい目にあった、苦労したということを誇示したいという意識が混じっていませんかね」と質問すると――
「2200枚の絵のなかに、かなりの数で『合掌』『合掌念仏』という文言がありました。広島市民の多くは安芸門徒です。みな鎮魂の思いでした。死者を供養したいという気持ちであの絵を描いたのです」原田さんはまっすぐ私の目を見ながら言い切った。誠実なジャーナリストであることを感じた。こういう人が仲間にいることを誇らしく思った。

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by yamato-y | 2011-12-20 09:37 | Comments(0)

いいぎりの実

普段は目立たない樹木なれど

一日こもってパソコンを打っていたので、4時過ぎ散歩に出た。
近くの自然教育園へ入る。四季おりおりが美しいこの庭は、紅葉が盛りだった。
冬の森になると、小鳥の姿がよく見える。軽い体操のウゴキをしながら、園内を歩いた。
夕陽が林深く差し込んだ。
高い梢のほうできらきらするものがあった。
見上げると、南天のような赤い実が葡萄状にいくつもぶら下がっている。美しい。
あまりに高い梢で下方には枝がないから、そんな実を見た事もなかった。

木の名前をたしかめたくても、林の奥にある木なので表札も見当たらない。
何という木だろうか。細くするっと伸びて、樹幹が白い喬木。藤の花を見つけたときと同じ感動が広がった。

園の帰りしな、案内所に置いてある図鑑で調べると、いいぎりだった。
いいぎり、か。

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by yamato-y | 2011-12-18 19:53 | Comments(0)


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