定年再出発  


懐かしい空
by yamato-y
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酔っぱらって

日曜の深夜。ひとりでネットの歌をほっつき歩いた。
突然、拓郎の「流星」が聞きたくなって、探した。
そうしたら、「シンシア」も聞きたくなった。
拓郎の若い歌声で聞いた。シンシア、うう

拓郎とシンシアとかまやつがたしか一緒にテレビに出ていたことがあったよな。
昔見た記憶がある。
あんときのシンシアは可愛くきれいだったな。あのアッキーの母ちゃんとは思えない。

広島時代の仲間でケンスケというぼーっとしたヤツがいる。人がよくてけっして張り合おうなんてことは考えたこともないヤツ。半年、オーエさんといっしょにいてロケをして、一度も叱られたことがなかったという伝説の男だ。こいつが昔から拓郎が大好きで、カラオケだと必ずたくろうを歌っていた。

その歌声がこのところ耳朶に浮かんで来る。拓郎が好きになって来た。ついでに中島みゆきも好きになってきた。おかしいなあ。昔は弟たちが歌っているのを聞いて、毛嫌いしていたのに。
もう1時半だ。さいごに中島みゆきの「テイルライト」を聴いて寝よう。


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by yamato-y | 2011-10-31 01:36 | Comments(0)

低線量被ばく

低線量被ばく

今、フクシマ原発の問題で一番母親たちを苦しめているのは低線量の被ばく被害のことだ。
爆発した2号3号原発のすぐ側で放射線を浴びたとすれば、かなり高い値になるだろう。しかしそれを受ける可能性は従業員という限られた人たちになるだろう。きわめて特殊なケースだ。が、5キロ、10キロ離れた地域であれば、老人から子供まであらゆる年齢の男女が受けた可能性は高い。そのときに浴びた放射線というのは低い線量になる。距離があるから放射線のエネルギーもそれなりに低下していくから。つまり、地域の子供たちは低線量被ばくをしている可能性が高い。そうとして、ではどれほどの被害が出やすいのだろうか。

この被爆線量と被害の相関については、実は広島、長崎での被爆者の体験がもとになっている。つまり、原爆を受けた地点、受けたときの地形、状況などと其の地点で浴びた放射線の量など、生存している被爆者から聞き出すことができたから、その被災の状況を把握できる。それに其の距離で受けたと推定される放射線量を対応させることによって、白血病や癌の発生率というものを割り出すことができたのだ。数万人の規模で放射線を浴びた体験は人類史上ヒロシマとナガサキしかないから、そのデータが放射線の安全規準を作り上げていた。
この原爆データは1980年頃までは、65年頃に決定した暫定値として扱われていた。だが82年頃に元の原爆データそのものに疑義があると見直しが行われることになった。だがそれも暫定でしかない。絶対の値にならない。というのは、同じ原爆を使って再現実験しない限り、被爆者の浴びた放射線量が確定できず、いまだにあの原爆の威力そのものが分からないのだ。いきおい病の可能性の判断もあいまいにならざるをえない。

ここで、意見が2つに分かれる。低い線量の被ばくは人体に大きな影響を与えない、否たとえ低くてもそれなりに深刻な影響を与えるという真反対の意見に分かれるのだ。だから、いまだに現地では避難すべきか止まるべきか迷いが残るのだ。

この暫定基準を見直した昭和59年の「問い直されるヒロシマの放射線」をめぐってのドキュメンタリーが、NHK特集「極秘プロジェクトICHIBAN」である。制作したのは当時の広島局のKディレクター。私は長崎局にあって、その番組を見た時、深い洞察と手強い取材対象との交渉、勇気に驚きを禁じ得なかった。
昨日、そのKさんに会って、当時の様子を聞き、その映像を再度見直している。この番組は20年以上も前に作られたにもかかわらず、2011年の今こそ大きな意味を持ち始めているのだ。


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by yamato-y | 2011-10-29 15:25 | Comments(0)

マブダチ

マブダチ

シンガーソングライターの吉岡しげ美さんと出会って30年。付き合いはべったりということはないが、細く長く交流してきた。
最初の出会いは、戦争未亡人の清水鶴子さんのラジオドキュメンタリーを制作したとき、彼女に清水さんの短歌に曲をつけてもらい、同時に清水さんの人生をキャスターとして歩いてもらったことから始まる。当時70代後半の病気がちの清水さんをかばいながら、疎開した甲府盆地のはずれまで3人でとぼとぼ行った。なにせラジオだから予算が少ない。デンスケという録音機をかかえた私と清水さんと吉岡さんの3人がバスと電車を乗り継いで、戦争の傷を見つめて歩いたのだ。以来、いろいろな意味で、吉岡さんは私の戦友だ。いっしょに苦しい戦いを闘った仲間はマブダチだ。

1歳下の吉岡さんだが、ためぐち以上の口をきく。つまりナマイキだ。普段、いい人を演じているからだろう、私の前ではゾンザイで偉そうだ。むろん、私も負けては居ない。出会うと互いにけなしたり嘯いたりしている。

才能がある人だが、世の中より一歩早いところが最大の難点。今でこそ有名になった金子みすゞの詩を発見したのも30年も前だった。現代詩の女性詩人の詩に曲をつけて歌ったのも70年代だった。その中から生まれた、茨木のり子の「わたしがいちばんきれいだったとき」は名曲だ。こういう具合に、世の流れより先を行くから、あまり儲からない。そのくせ歩いてきた道を振り返れば、いい仕事を沢山やっているのだが。

たまには飲もうといいながらなかなか時間が合わない。昼過ぎ、久しぶりに電話して今夜決行しようということになった。練馬に住んでいる彼女を思って、目白駅集合にしたが、飲み会は8時半までにと時間指定。9時には文化放送でしゃべらなくてはならないという。何故だ、なんでそうなっていると聞くと、「今度のコンサートの宣伝も兼ねて、生番組に出るのだ。走れ歌謡曲という有難い番組に。あんたも、たまには協力してよ。メディアにいるんだから。チケットを売るのに必死なんだから」と相変わらず一言多い。

そこで、このささやかなブログで、今度のコンサートの宣伝をしておく。
11月26日(土) 午後2時開演 吉岡しげ美コンサート「明日へ・・・」
   シンガーソングライター、吉岡しげ美
   詩の朗読        吉行和子
   コーラス        東北の北上から駆けつけた女声コーラス35人
場所:浜離宮ホール

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by yamato-y | 2011-10-28 13:57 | Comments(0)

悲しいキャンペーン

悲しいキャンペーン

大磯の家に戻ると郵便受けに書類がいくつもたまっていた。中に「出版ダイジェスト」があった。数年前、ブックレビューを担当していたときに読むようになったのだが、その後とるのを止めていたはず。どうして届いたのかと怪訝に思いながら封を切った。
すると、タブロイド版の1面上に「長い間ありがとうございました 最終号」と書かれてある。最後ということで古い顧客にまで配ったのだなとあたりがついた。

 10月27日から11月9日まで読書週間。今年のキャンペーンの標語は、「信じよう、本の力」。この言葉と最終号という活字が並んでいる。
 巻頭のエセーはフリーライターの永江朗が執筆していて、題して「これからのメディアと出版」。出版の未来をうらなっているのだが、この30年の間に大きく変化した出版業界を鑑みれば、これからの予測はつけがたいが、おそらく少数を相手の本というものはなくなるものではないだろうと弱々しく語っている。

この最終号に取り上げられているダイジェストのなかで、気になった書籍をメモしておく。
勁草書房「アイデンティティと暴力 運命は幻想である」(アマルティア・セン)
徳間書店「100歳までボケない朝一番の簡単スープ」、
偕成社「ノンタンぶらんこのせて」ノンタンは今年で35年とある。
三省堂「おひとりさまの終活」たっぷり生きて旅立とうとキャッチがある。著者の中澤まゆみという人はどんな人物か。
東京大学出版会「阿蘭陀が通る」著者タイモン・スクリーチは10年前から注目している。
春陽堂書店「だから、鶴涁」反戦の川柳作家。治安維持法で獄死した石川県の人だ。
金の星社「ねえ ママ」(こやま峰子)ママは今日一度もゆりあを抱っこしていないことに気づくのでした、という惹句が気になる。

これらのメモをもって、東急本店7階のジュンク堂丸善の超大型店へ行ってこよう。
「出版ダイジェスト」の編集のみなさん、お疲れさまでした。


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by yamato-y | 2011-10-28 07:41 | Comments(0)

偶感

何が始まるか

いくつかの企画の種を捕まえているが、なかなかカタチになっていかない。もっとも関心のある原発の「ネタ」にしても、詳細なデータを掴みえてないので最終的な企画書にまで昇華しない。レギュラーの美術企画にしても画家の人生をしっかり把握できていないからついリサーチ待ちという状態に陥っている。

いつも大きな番組を終了して、次へ移行するときに出てくるぽかんぼんやり状態である。ここを越えて実際の企画とし昨日は宮本二天のことで思わぬ情報を拾って前リサーチ、取材、撮影まで行くのにそれなりの時間がかかる。宙吊りになった意識は居心地が悪い。そこでジタバタして焦るのだ。これを40年近く繰り返してきた。もうそろそろこんな生き方を変えないと、リタイヤしたあと辛いぞと自分に言い聞かせるのだが、習い性はそう簡単に変わらない。

たが、最後の詰めでうまくパズルが嵌まらない。今一つウラをとらなくては危ない。そのウラとりをどうするか、今朝もずっと考えている。

昨日あたりから北風が吹いて寒さが近づいてきた。ヒートテックのズボン下やシャツを着けるようになった。靴下もチビでなく長いものを穿くことにしよう。本日は健康診断が2時から入っている。

コメントをいただいた。小生にヴィスコンティを期待されるとか。光栄だ。実は、ヴィスコンティは20年前に夢中になった。「家族の肖像」を見たときだ。あの重厚な”本物”の画面を見たときから、心を奪われた。赤い公爵という異名をとる貴族の社会主義者。私の好きなタイプだ。
先年、ミラノへ行ったとき、郊外でヴィスコンティの領地という農場を見物したことがあった。単なるファンでしかなかった。そこから脱して、あの美意識に挑戦できないか。大きな課題をあえて目の前に置いてみよう。

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by yamato-y | 2011-10-27 08:32 | Comments(0)

下町ロケット

下町ロケット 

 話題作の「下町ロケット」を読んだ。とにかく面白いから一気に読めてしまうよと友人の勧めで、昨夕から読み始めて明け方に起きてまた読んで、午前6時読了。映像的な文章で、まるでテレビドラマを見ているような躍動感がある。第145回直木賞を受賞したのも分かる。ジャンルでいえば企業小説で、私の苦手な借入金がどうの融資がいくらという数字のある小説だが、そんなの無視しても読み通すことができる。

 物語の構図はシンプルでとにかく分かりやすい。主人公はかつて宇宙工学を専攻していたが、家業の町工場を継いだ佃航平。ロケットのエンジンに必要な技術をもっている。その技術に目をつけた大企業が横暴な振る舞いで買収しようと迫って来るが、従業員が心を合わせて守り抜くという物語。銀行から出向している経理部長殿村のキャラクターが心に残る。WOWOWでドラマ化され8月に放送予定だとか。このところ好調のWOWOWは目のつけどころがいい。

権力をもつ者から理不尽な要求を突きつけられて、必死で耐える中小企業の男たち。
最後の最後で、小気味よくその不逞の輩たちを一刀両断。
たしかに読後はすかっとする。


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by yamato-y | 2011-10-26 07:47 | Comments(0)

そろそろ次の企画を

この道を行く人もなく

 最近はチームで仕事をしていないから昼飯はたいてい独り。何を食べるかを考えるのも面倒くさいから、1階食堂通称1食ですませることが多くなった。ここには書店が繋がっているので帰りに棚をのぞいたりもできる。それにしても食が細くなった。定食を全部平らげるのは難しい。ライスは盛りつけのときから半分でといってあるのだが、それでも持て余す。30歳の頃は腹を空かして12時前に食堂に入ったものだがそんなことは夢のまた夢となった。

 3時にアポが在ったA君と会って企画を受け取る。恋の物語を主題にした絵画の企画。3本用意していた。シャガールとココシュカとフリーダ・カーロだ。シャガールは私のリクエストで書いてもらったのだが、A君はカーロをやりたいと考えているようだ。実際、その企画書はよく書けていた。メキシコのシュルレアリストの女流画家フリーダ・カーロ。夫のディエゴ・リベラ以外にイサム・ノグチやトロツキーと愛し合ったカーロの奔放な生き方は魅力的だ。さて、この画家のどの絵を使って、人生模様を描けばいいかが思案のしどころになる。そういう雑談も兼ねて、神山町の喫茶店へA君と行った。今年40歳になったA君とは5年ほど前に、木村伊兵衛の番組をいっしょに作ったことがある。洒落た感覚をもっている。近況を聞き出しながら、フリーダ・カーロの切り口をあれこれ話した。もしこの企画が実現すれば、1月頃にメキシコロケとなる。いいなあ。私も行きたい。どんな国なのだろう。エイゼンシュタインの「メキシコ革命」のイメージが膨らむ。
 だが、今の私の健康状態ではとても飛行機に30時間は乗れまい。

 オフィスに戻ると、留守中に電話が数本入っていたようだ。連絡メモに書かれた電話番号のダイヤルを回す。こんな作業もいつまでできるかとふっと思う。


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by yamato-y | 2011-10-25 07:31 | Comments(1)

秋のそよ風

秋のそよ風

22日の土曜日。3年にわたって続けている「戦争の記憶」の研究会が京大文学部第3演習室で12時から行われた。いつもは13時始まりだが、今回は発表者が3人いるということで1時間早く始まったのだ。このため、東京を出発したのが8時20分品川発ののぞみに乗った。

着いた京都は雨模様。なんとなく空気が重い。地下鉄烏丸線で丸太町まで出て、そこからタクシーで百万遍に向かった。タクシー運転手によれば、22日時代祭の予定が雨天で順延になったとか。鞍馬の火祭は予定通りで、鞍馬に向かう出町柳の京福電鉄駅には見物客で溢れているということだ。

研究会の議論は大いに沸いた。なにせこの研究会の主幹、立命館大のFK先生が久しぶりに「広島論」を展開したのだ。敗戦から3年ほどの広島には、原爆の傷で消沈していると思いきや、ある不思議な「明るさ」があったという論証。聴きごたえのある緻密な議論だった。2番手は関西大のYG先生。広島修学旅行の研究の発表。これもユニークな考察で、発表後の質疑応答は活発な展開となった。最後は博士課程のYA君。戦後広島を舞台に発行されたサークル誌からある事象を読み解くという仕掛けをもった議論。今回は片仮名のヒロシマの由来に関する研究。資料の取り扱いをめぐって実に適切な忠言が、ベテランの教授たちからYA君にあった。YA君の力が足らないのではない。思考がさらに深まるようにと切り口であるサークル誌の扱いの再検討を促したのだ。
白熱した研究会が終わったのが6時過ぎ。3人が帰り、残った5人のメンバーは雨上がりのキャンパスを出て、大学生御用達の焼肉料理店へ行く。飲み放題3500円コースという飛び切り安い打ちあげとなった。
午後9時半、木屋町のホテルにたどり着いたときしたたかに酔った。シャワーを浴びるとすぐ寝た。

 そして、23日の今朝6時15分起床。6時45分まで瞑想。7時朝食を摂り、7時45分チェックアウト。空が晴れあがっているから、四条木屋町からカートを引いて烏丸まで出て、そこでバスを捕まえて京都駅に行った。
 8時30分発和倉行湖西線回り特急に乗って、敦賀へ向かう。
 9時半敦賀到着。歩いて、本町の敦賀教会へ行く。10時10分前ということで、日曜礼拝の前に流れるオルガン演奏が始まっていた。御堂に入って行くと母や父を知る老人たちが挨拶をくれる。故郷の教会へ帰って来たという実感がしきり。


幼馴染のOS君が私の前の席に座った。「今日はどうしたのですか」と聞くので「京都の大学の帰りです」と答えると、髭もじゃの顔を崩した。東京の電機メーカーで働いていたが、定年を契機に敦賀へ帰ってきたUターンのOS君は元気そうだ。やはり故郷の水が合うのだろうか。
やがて礼拝開始の黙想の時間となる。今の時期は降誕祭(クリスマス)前の準備期にあたる。牧師の説教の主題は「言葉の命、言葉の力」。創世記と詩編とローマ人への手紙の3か所が引用された。その説教の最中に、さわさわと風が肩をなぶっていく。晩秋にもかかわらず、春のそよ風のような、あの懐かしい風だ。

50年も前の5月のことだ。私は中学生だった。日曜の礼拝に出席して、説教を聞いているうちに眠くなった。そよ風が吹いて、若葉の木漏れ日が御堂の床で光っていた。実に爽やかな気候であった。牧師の声が次第に遠のいていく。睡魔と闘いながら、陶然とするものを感じていた。少年の日の、忘れられない至福の時間。

このときの心地よさを、本日の秋のそよ風を浴びながら思い出した。

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by yamato-y | 2011-10-23 18:47 | Comments(0)

ATP2011

ATP2011賞授賞式

六本木ヒルズのハリウッドホールがATP2011賞授賞式の会場。式典は午後4時から始まった。今年の司会はNHKアナの神田愛花、テレ朝の上宮菜々子の両アナウンサーであった。始まって最初のプログラムが総務大臣賞の表彰である。審査員長の音好弘さんから講評があり、その後授賞作品が発表された。わが「若き宗家と至高の三味線」である。
呼ばれて、私たちのチーム(私、ディレクターのF君、局プロデューサーのKさん)が檀上にあがった。いただいた賞状の文言がちょっと嬉しかった。
「貴社が製作された作品は海外の番組コンクールへの出展にも耐えうる優れた作品として」とあったのだ。これは作品としてユニバーサルなものだと評価されたことになる。なによりの褒め言葉としてわがスタッフは喜んだ。

 受賞の弁を、チームを代表して私が述べたが、テレビの中継も入った晴れがましい席上に格段の緊張もした。私は短めに謝礼を述べたあと、会場に来ていただいた清元延寿太夫さんと息子の昂洋さんを呼び込んだ。
 檀上に上がった師匠は、自分が主人公のドキュメンタリーがこれほど立派な賞をいただいたことに驚き感謝しているということを実直に伝えた。その誠実な姿に会場からもあたたかい拍手が起きた。

ATP2011賞は3つの部門に分かれている。ドラマ部門の最優秀は「フリーター、家を買う」、情報バラエティ部門は「世界で誰も見たことがない対決SHOW」。ドキュメンタリー部門は最優秀に「北海道・豆と開拓者たちの物語」、3本が優秀賞として選ばれた。わが作品は優秀賞にも選出され、総務大臣賞と合わせてダブル受賞となった。
グランプリは当日決まる。100票ほどの投票結果、ドラマ「フリーター、家を買う」が選ばれた。

式は6時ごろ終了し、祝賀パーティとなる。会場には500人ほどのテレビや映画の関係者が集まり、互いに挨拶を交わし情報を交換する場となった。私たちは受賞の記念撮影を受けたあと、審査員や知人にお礼の挨拶回りとなった。

7時過ぎ、会場を出て、六本木交差点そばの珉珉に行く。F君と彼の事務所の女性、Kさんと私と、いたって気の置けない仲間だけの打ち上げとなる。ギョーザをしこたま食べ、ハイボールをがぶがぶ飲んで、やっと一息ついた。

昂奮がいつまでも残ったのか、昨夜は午前3時に目が覚め、1時間ほど眠れなかった。


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by yamato-y | 2011-10-21 08:41 | Comments(0)

一節から

一節から

昨日からずっと脳裏に張り付いている短歌がある。

さがし物ありと誘ひ夜の蔵に明日征く夫は吾を抱きしむ 成島やす子

「昭和万葉集」のなかの一つだ。作者の成島という人のことは知らない。無名の女性だろう。「昭和萬葉集」は昭和が始まった1926年から75年までの間に、歌集や同人誌に発表された短歌を集めた全集である。80年頃に、講談社が記念事業として編んだらしい。

 上記の短歌の情景。70年も前、夫が戦地に赴く前の夜のことであったろう。出征祝いの宴会が開かれ、母屋の座敷では近所や親戚の人たちが集まって賑わっている。結婚したばかりの当人は、新妻と二人きりになる機会もないまま、宴席の上手に座らされている。

 その妻とて、宴会の料理を作ったり、酒を出したりで、落ち着く暇もない。婚家に来たばかりの嫁は、姑に気を遣い、縁者の誰彼にも愛想を振る舞うことで精一杯。

出征が決まったということで、慌てて結婚した二人はまだろくに相手のことを知らない。知らないまま別れになるだろう。軍歌が歌われ、万歳の声があがる。夜は更けて行く。

 と、そこへ出征する当人が台所へ降りてきた。新妻にちょっと来てと呼びかける。蔵に探し物があるから、ついて来てほしいという。怪訝な顔の嫁。母屋を出ると暗闇に蔵が建っている。何も言わない夫は、蔵の重い扉を開けてそそくさと中へ入って行く。
慌てて追う新妻。
 そこで、夫は妻を抱き寄せた。

さがし物ありと誘ひ夜の蔵に明日征く夫は吾を抱きしむ

 おそらく、この夫は戦地から還って来なかったにちがいない。

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by yamato-y | 2011-10-20 08:10 | Comments(0)


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