定年再出発  


懐かしい空
by yamato-y
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Mさんへ

Mさんへ

お借りしたDVD「世界が私を待っている〜前衛芸術家草間弥生の疾走〜」、面白く拝見しました。第1部だけで1時間59分という長丁場ですが、まったく退屈するところがありませんでした。これは凄いことです。なによりも主人公草間弥生が魅力的です。
私は常々企画を立てるときに大切なことは、1にヒト、2にウゴキ、3にジダイと若い人に教えていますが、まさにこの番組の成功はヒトの魅力がよく顕われたドキュメントになったことだと思います。

来年から始まる大きなツアーのために、草間が100枚の連作を描くという仕立てになっていますから、前振りの説明的第1章が終われば、その時間経過を基本にして番組は進行します。だから、構成という面では見るべきものは少ないですが、取材/撮影の面ではめざましいものがあります。次々に草間の根源的無垢をカメラはずばりと切り取っていて、感動します。なかでも私が好きなシーンは98枚目の作品でのタメライの草間です。いったん描き上げた作品を迷った挙げ句、再び筆を入れる経緯を描いています。このとき初めて、草間はカメラを向けられることを拒否します。
(ああ、この人はテレビカメラに撮られることを意識しているのだが、普段は我慢をしていたのだ)。と、彼女の健気さに感動します。なにより心を撃つのは、そのあとの場面。再び絵筆をとってから、「うん、うん」と力みながらの筆入れとなる。1筆1筆に渾身の思いがこもっている。命を削りながらこの人は絵を描いている。そのことがよく伝わってきます。不覚にも落涙しそうになりました。

長年、あなたは草間さんを追いかけてきただけあって、あなたへの草間さんの信頼感は大きなものがあります。その伝手で海外から東北まで実に幅広く取材をしていて、しかも、それぞれ適切に挿入されていることなど過不足ありません。

強いて注文をつけるとすれば、この作品はテレビでなく映画ドキュメンタリーの世界に属するのではないでしょうか。放映時間1時間59分、冗漫と思えるシーンはひとつもなく間然とすることのない作品であったことを前提にして申し上げるのだが、私がプロデュースするなら1時間20分。長くて1時間30分に尺をおさえるでしょう。その尺に閉じ込めたほうが作品に起伏が出たと思うからです。これはテレビ屋の発想です。それが作品にとっていいかどうか分かりませんが、テレビならではの時間感覚というものを、私なら考えます。

さて、この天才を視聴者であるわれわれはどう把握すればいいでしょうか。まず作品鑑賞です。現在、彼女が描いているポップアートは一見アウトサイダーアートにも見えます。アンリ・ルソーのような汚れない絵心が筆を動かしているというふうに見えないでもない。ところが、彼女の経歴を見ると、前衛画家としてきちんとした腕達者な作品も生み出している。その進化したものとしての現在の水玉でありかぼちゃと考えるのがまっとうでしょう。では、今制作中の連作のそれぞれはどんなふうにしてアートとして凄いのかということがほとんど語られない。美術館の館員やギャラリーの人たちも素晴らしいとかいい出来だとか語るのだが、絵の門外漢でも分かるような理由がほとんどないということです。2時間も尺があるなら絵の説明、解説、解釈はもう少しあったほうがいいでしょう。

次に草間の生き方です。番組のなかでもアメリカ時代の戦闘的な芸術家の草間像がたっぷり描かれます。その後、帰国した日本ではマスコミから誹謗中傷を投げつけられ、不安神経症を患うようになったと、草間自身が語ります。そして病院を根城にして活動するようになるわけですが、他者の支えがないと生きて行けないような存在になっていきます。その弱々しい存在でありながら、かくも世界を揺り動かすようなアーチストとして活躍するようになっている。その存在論に、視聴者は次第に関心を向けていくようになるなあと、最後の30分を見ながら感じました。

これから残りの第2部「草間弥生・水玉@マドリード」を拝見します。Mさん、いい作品を有難う。


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by yamato-y | 2011-07-31 13:16 | Comments(0)

聞くこと

聞くこと

感覚のなかで視覚には特別の位置が与えられている。ギリシアの昔からのことだとか。みえることをオプトスといい、みることの学をOPTICSという。プラトンは光を真理の例えに使ったしアリストテレスも哲学に「みえる」ことを用いている。嗅いだり聞いたり触ったりすることは身体的なものが大きいから偽りが多いと考えられ、見ることは別格にあつかわれてきた。

19世紀以降、とくに視覚が偏重されるようになったと、私は考える。美術、演劇が活発になるだけでなく写真、映画の出現は拍車をかけたのではないか。私の仕事であるテレビはその最たるものであろう。

途中ラジオの時代というものがあった。聞くということが重視された。(重視、ここにも見るということの優位がある) 先の戦争の時代はラジオが重宝された。戦争が終わってしばらくはラジオの時代が続いたから、私の少年時代もラジオが娯楽の王様だった。「笛吹童子」や「オテナの塔」などにわくわくした。その後テレビにずっとかぶれていたが、受験の頃になると深夜放送に耳を傾けるようになる。土居まさるが人気者だった。

内耳という器官が不思議だった。聞くということは外部からの周波数を受けるわけだから外耳だけでいいではないか。なぜ内耳がいるのだろうと。
瞑想をすると、内部の声が聞こえてくることに気がついた。誰のどんな声かは分からない。ただメッセージはしっかり聞こえる。この声はどこから来るのだろう。おそらく自分の内部からと思われるのだが、自分の意識下にはない。ここでようやく内耳の意味が分かった。

次の瞬間、内耳が病的に聞こえてくれば幻聴になるのではないか、という恐怖感が湧いた。これってどういう具合にコントロールされているのだろう。

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by yamato-y | 2011-07-30 10:32 | Comments(0)

えらいこっちゃ

小松左京さんの死

 今かかっている番組の最終技術試写の最中だった。スタッフがメモを渡してきた。見ると、ニュースウォッチ9の知らない人の名前で至急連絡を乞うとある。大事な試写を放り出していけるかと反発もしたが、報道からの緊急はただならぬものがあると感じて、社内電話の内線番号を回した。その人はニュースウォッチ9のデスクだった。

「小松左京さんが亡くなられました。あなたが3年前に作られた日本SF作家クラブの番組の映像を一部使用したいのですがお願いできますか」と切り出されて驚いた。80歳を超えて車椅子生活になっているが、小松さんはまだ頭脳は明晰で死ぬなんてことは先だと考えていたから不意をつかれた。どうぞ存分に使ってください、出来るだけ若い時代の小松さんをお願いしますと一言注文をつけて電話を切った。

 途中になっていた技術試写にもどった。使用したビデオテープに埃がついていたようでクリーニングだけして作業を終えた。デスクにもどっても小松さんのことが気になり、石川喬司さんのところへ電話した。
石川さんはSF作家クラブ創立のときからの小松さんの盟友だから何かご存じだろう。石川さんの1声も「ぼくもさっき知った。朝日新聞からコメントを求められて驚いたよ」。
 小松さんはどうやら2日前に死去したらしい。身内で葬儀を執り行ったあとに訃報が出た。ネット上でその死を悼む声が飛び交っている。その情報を掴んだ新聞社が石川さんのところへ談話をとりに来た。これが石川さんからうかがった顛末。石川さんがぽろっと漏らした。「先日届いた『小松左京マガジン第42巻』の表紙を見て胸騒ぎがしたんだ。表のイラストの小松さんの元気だった顔、めくった裏の現在の痩せた写真の顔、この対比が気になっていたのだよ」石川さんの声が沈んでいた。

 『小松左京マガジン第42巻』を手にとった。発行の日付は7月28日になっていて、巻頭で小松さんは東日本大震災から4か月と語っている。どうやら小松さんの死は急だったようだ。

「賢人談話」という小松さんのインタビュー記事がある。収録は5月11日、箕面の自宅にてとある。今回の大震災について小松さんはかなり有効な意見を滔々と述べている。この体験を風化させず、日本が率先して総合防災学会を設立すべきと論陣を張っている。傾聴に値する。この意見を反映した企画を私もつくろう。

 この談話のなかでの次の発言が今となっては悲しい。「この春まではな、もはや八十歳やから僕、いつ死んでもええテ思てたんやけどな。ほんまやで」「でも、これから日本がどうなるのんか、もうちょっと長生きして、見てみたいいう気にいまなっとんのや」

 夜9時。ニュースウォッチ9が小松さんの死を告げていて、石川さんのコメントを紹介していた。

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by yamato-y | 2011-07-29 07:29 | Comments(0)

最晩年が鵙のように来る

最晩年が鵙のように来る

 昨夜は久しぶりに劇映画を見る。ブルース・ウィリス主演の「ジャッカル」。冷戦崩壊直後のギャングの争いにからむ国際的殺し屋のお話。筋の運びはどうってことないのだが、ハリウッドのオカネのかかった贅沢な撮影に安心して楽しめる。長い作品でR1だけ見た。R2は週末のお楽しみだ。
劇映画を見たせいか、久しぶりに映画館で本編上映を見たくなった。ジブリの話題の「コクリコ坂から」などは面白そうな気がするのだが。

 河野裕子本が売れている。書店に行くと一番目立つ場所に3冊の河野本がある。亡くなって1年ほどになるか。追悼を兼ねて、夫の永田和宏が書き下ろした二人のことの本とか、河野のエッセーなどが、今中高年の心を掴んでいる。1か月ほど前に、ETV特集で報じられたことも大きく影響しているかもしれない。いい番組だったが、物足りなかった。私ならもっと河野の内面に入り込むがと、画面を見ながら惜しく思った。

 4年前になるか、まだ元気で短歌投稿に燃えていた母に、好きな歌人は誰かと聞いたら永田和宏を挙げた。以来、その名に注意をはらってきたが、永田の妻のことのほうが話題になることが多かった。乳がんと戦って生きていることに共感する層があったのだろう。
河野の歌。
たとえば君 ガサッと落葉すくふやうに私をさらって行ってはくれぬか
細い外見とはまったく違う情熱的な歌に触れたとき、こりゃ永田も大変だろうなあと同情した。だけど、私の好きな河野は別の顔だ。
階段の途中でふっと立ち止まる、窓の空、ああ切り通しのやう
いい歌だ。胸の中を爽やかなものが流れていく。読点が実に効いている。

河野は64歳で死んだ。早い生涯だが、羨ましくもある。原田芳雄もそうだが、長いばかりが人生でもあるまい。
もういいかい、五、六度言ふ間に陽を負ひて最晩年が鵙(もず)のように来る
この歌を汗をかきながら読んでいるが、秋が深まった頃に読むとどういう心境になるのかしらむ。やはり人の生の儚さを思うのだろうか。
最後に、夫の永田の歌も掲げておこう。今、ネットで調べたら永田は私より1つ上だが学年は同じだということを知った。
 一日が過ぎれば一日減ってゆく君との時間 もうすぐ夏至だ


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by yamato-y | 2011-07-28 08:28 | Comments(0)

やや疲れ気味

やっと終わった

昨夜、8月1日放送の作品がやっと仕上がった。
帰宅したら10時を回っていた。ほっこりした。やはり、60分ビデオ構成はかなりのボリュームだ。
50代前半の現役まっただ中だった頃だったら、平気だったのが、今ではグロッキー寸前だ。

仕上がりはなかなかの作品になったと思う。小早川秋聲の絵に初めて出会って、鳥取まで飛んで行ったことを思い出す。あのとき、雪が降っていた。今はもう炎天。あれから半年かけて番組は仕上がった。

11時に、Mさん来社。7月16日に前衛芸術家、草間彌生の番組を放送しおえたばかりだ。これは第1部が120分。第2部が60分。合計180分の大作だ。友人たちから力作だと聞かされた。私はまだ見ていない。彼女からDVDをいただいた。今週末にでもまとめて観よう。Mさんとの付き合いは山口小夜子さんの旅番組をいっしょに作ったことから始まった。今から10年ほど前のことだ。当時は、構成が下手、ナレーションのコメントがばらばらで、いつもイライラした。
ところが、今では世界的なアーチスト草間彌生に張り付いて、ニューヨーク、パリ、マドリッドを走り回っている。人間、進歩するのだ。先だって、草間の作品がサザビーズで2億5千万で取引されたとか。女性アーチストとしては歴代2位の高値だそうだ。これから草間の水玉は世界を席巻するのだろう。

今年に入ってから芸術ずいている。美術、古典芸能など高尚なことに特化している。まあ好きな分野だから不平はないのだが、少し偏りすぎているのではと反省したりもする。だが、レギュラーとして「極上美の饗宴」を始めたのだ迷ってはだめだと言い聞かせる。

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by yamato-y | 2011-07-27 09:54 | Comments(0)

去りゆく人にしあわせを

去りゆく人にしあわせを

東山魁夷のアートドキュメントで知った言葉。「歩み入る人にやすらぎを、去りゆく人にしあわせを」。
ドイツ、ローテンブルグの南の門に刻まれている言葉だそうだ。心に残った。
この町はあの戦争のとき、連合国軍によって徹底的に空襲破壊されたが、その後元通りに復元された“奇跡”の町だ。
ここの入り口出口の門に、前述の言葉が刻まれている。おそらく中世からあったのだろう。
対語になっているが、私には後者の「去りゆく人にしあわせを」が心に残った。

昨日は、思い立ったようにして甲州へ出かけた。あずさ2号で甲府盆地を行くと、南アルプスの山容が気高く美しかった。山並みの上空にある夏空はかぎりなく澄んでいた。長く生きるということは、別れもまた多くなるということをしみじみ実感する。だから会えるうちに会っておきたい。体が動くうちに行動を起こしておきたい。
私の「懐かしい」という感情はセンチメンタルなものだが、大江健三郎さんの「懐かしさ」はもっと本源的なものだ。その差は知っているが、それでも同じような気持ちが流れていると強引に自分にひきつけて、この言葉をよしとする。

去りゆく人にしあわせを、というと青春の頃に愛唱した「忘れな草をあなたに」の一節であるかのようなあまやかな響きがある。いつまでも覚えておいてほしいからというフレーズに続いて、忘れな草をあなたにという詩だった。ローテンブルグの町を去ってゆく旅人に名残の言葉をかける、その心根。忘れちゃあ嫌だよ、きまぐれカラスさん。

中央線往復のあいだ読み続けた、鴨下信一さんの『名文探偵、向田邦子の謎を解く』はめっぽう面白かった。これほど深い同志愛に満ちた向田論を知らない。車内放送がまもなく八王子と告げたので、目をあげると、懐かしい関東平野が夕暮れのなかにあった。

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by yamato-y | 2011-07-26 08:04 | Comments(1)

コメント直し

国の楯

昨夜は23時まで、最後のコメント直しが行われた。明日26日がコメント入れになるので、25日中に原稿を井上アナに渡さなくてはならない。そこで24日の深夜まで直し作業が続いた。

8月は戦争を考える番組が並ぶ月。今制作している作品もそのひとつにあたるかもしれない。美術番組だが、いわゆる戦争画といわれる作品を取り上げている。声高ではないが、戦争とは何かということを考える番組になるのではないか。

その絵の大きさは縦1.5m×横2m。黒い闇のなかに一人の将校が、日の丸で顔を覆われ横たわっている。まるで浮遊しているかのようだ。絵の題は「國之楯」、描かれたのは、昭和19年。作者は小早川秋聲。

太平洋戦争の時代、“戦意高揚”の名のもとに戦争画が数多く制作された。高名な作家が参加した。藤田嗣治の名前はよく知られている。そこに描かれたものは、闘う兵隊であったり勝利をおさめた場面であったり、まさに国民を鼓舞するものであった。そんななかで、小早川が提示した「國之盾」は異色だった。いったい、小早川はなぜこのような絵を描いたのだろうか。

そして、この絵は軍の展覧会に出品するつもりであったが、その軍によって受け取りを拒否されることになる。いったい何があったのか。制作されてから、この絵は20年以上、展覧会にも出されることがなく、ひっそりとある神社の境内にあった。さまざま謎を秘めたまま現在に至る。

今回、特別の許可を得て、この絵に赤外線撮影をほどこして、絵の「真実」に迫ることにした。というのは、この絵が2回にわたって描き直しが行われているということが判明したからだ。5日間にわたる調査の結果が出た。そこには意外な事実があった。
さらに、この作品の下絵が、保管されていることが分かった。

67年の時空を越えて、「國之楯」の謎が徐々に解かれてくる。「幻の戦争画」と呼ばれ数奇な運命をたどった一枚の絵の隠されたメッセージが明かされる。
放送は8月1日 午後8時から。「闇に横たわる兵士は語る 小早川秋聲『國之楯』」
ごらんいただきたい。その最後の仕上げに入っている。

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by yamato-y | 2011-07-25 10:31 | Comments(0)

掘り抜き

桑原武夫のふるさと

講談社の文芸文庫は、思いがけない名作と出会えるので贔屓にしている。今朝は桑原武夫の『思い出すこと忘れえぬ人』を読んだ。
桑原の父ジツゾウは、明治維新以降、敦賀出身でもっともビッグネームになった人物。高名な漢学者で、京大の名誉教授。その桑原は敦賀でも1,2を争う素封家の出身であった。

幼年期、桑原武夫は敦賀に一時住んだ。人口2万、北陸の大きな港町で、日露交易で賑わっていた時代だ。大正時代にあたるだろう。その頃の敦賀の風景、風物が描かれていて懐かしい (敦賀の町は空襲で焼失しているから、私は実際には見ていないくせに、懐かしく思う)。

町から海路でわたった常宮のまつりが出てくる。そこで食べた氷いちごが美味だったと、桑原が思い出している。その言葉に導かれて、私が少年時代に泳ぎに行った常宮の浜や夏季学校のことが脳裏をかすめてくる。光風園の前の船着き場で、明け方ラジオ体操しながら、松林の上を流れる夏雲を眺めたことを想い出す。船着き場に停泊した船の名前は有明丸だった。

やはり桑原の文章だったと記憶するのだが、駅前の掘り抜きのことが書かれてあった。敦賀は良質の地下水があちこちに噴出していた。それを「掘り抜き」と呼んだ。桑原が汽車で京都から帰って来ると、駅前に湧いていた掘り抜きに駆け寄って、喉の渇きを潤したことを、その文章は伝えていた。

私の小学生時分にも、掘り抜きはあった。夏休み近くになると、学校帰りに掘り抜きに口をつけてごくごく喉をならした。有馬屋敷の前に運輸事務所の出張所があって、その裏に掘り抜きがあった。そこはいろいろな器具が保管されていて、敦賀湾で引き揚げられた魚雷もあった。今考えてみると、信管も雷管も抜いてあったのだろうが危険物だったには違いない。その魚雷を見学がてら、そこの掘り抜きに寄った。水は冷たく、草履袋をよく濡らした。

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by yamato-y | 2011-07-24 12:19 | Comments(0)

満ち潮、引き潮

満ち潮、引き潮

朝ドラ「おひさま」はヒロインが第1子を産む場面に入っている。今週は陣痛が始まったところで終わった。どうやら来週のはじめに誕生のシーンとなるようだ。赤ん坊は午前中にでも生まれるのだろう。
河野多恵子の最新作『逆時(さかごと)』。人は汐の満ちたときに生まれ、引き潮のときに死んでいくとある。志賀直哉の短編『母の死と新しい母』にもそういう記述があるらしい。

先日、瞑想教室の指導者から生まれた時刻を聞かれた。それが分かると、私のいろいろなことが見えてくるというのだ。一瞬怯んだが、時刻までは知らないと答えた。そんな基本的は出生の事実すら知らないということに軽いショックを覚えた。23年1月19日の早朝だろうか、お昼時であろうか、それとも昼下がりか。残念なことに、生前の母に尋ねたことがなかったし、母もきちんと教えてくれなかった。

その日の干潮満潮の時刻はどうなっていたのだろうか。一度、古い新聞で確かめてみようかな。さきほどの人の誕生は汐の干満で起こるということの反対、つまり逆事になるとろくなことがないと考えられるそうだ。もし、私も引き潮の逆事だったら嫌だなあ。

誕生はともかく、死んでいくときは順事になるだろうか。まさか満潮に死ぬなんて人と反対なことにならないだろうなと、運命の神様に問いかけてみたり。母が死んだのは明け方だった。12月の厳しい寒気が取り巻く朝、息が切れたことをはっきり覚えている。16年前に死んだ父はどうなっていたか。もはや記憶が薄れている。

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by yamato-y | 2011-07-23 10:12 | Comments(0)

古い

古い

放送管理も日進月歩。かつては紙の伝票で、報告していた事項もすべてパソコンのなかの処理となる。それができない。
まず、該当画面を引き出せない。そこで隣の人やパソコンに強い人を呼んで、やり方を聞く。ときには、私に代わって操作してもらう。傍でチンプンカンプンの私はぼーっと立っている。
番組制作のときは、怒鳴りあげてシゴいている若手に、伝票作りのときはねこなで声で呼びかける。「ちょっと・・。忙しいところ悪いんだけどさ」と遠慮がちに声をかける。
若手は、普段の緊張した顔と違って、いきいきした表情でやって来て、「どうしたんすか」と横柄に(私からはそう見える)に上目線で話しかける。
「あのさあ、新聞のラテ欄の宣伝文句を書くのはどうすればいいかな」
わずか25文字のキャッチフレーズを、放送される数日前には作っておかないといけないのだが、これもパソコン処理。昔は升目を自分で描いて、そのなかに字数を数えながら埋めたものだ。今はすべてパソコンで打つことになっている。それができないから、今朝叱った若手に、今度はもみ手をして教えを乞うしかない。

時代についていけない、と類語事典を引くと「古い」と出た。

30年ほど前、ビデオレコーダーが発売された頃。ビデオ予約が便利だと話題になった。私ら若手はすぐ覚えたが、定年近くのベテランたちはなかなか手順が覚えられなかった。これぐらいのことがなぜできないのだろうと、頭が悪いんじゃないのと疑った。今、その因果がめぐってきて、私が頭悪いんじゃないのと疑われる立場となった。

デパートのことをデバード、アパートのことをアバードと発音する祖母を嗤った。
モデムとルータの差異が分からない私は祖母なみだ。拡張子とは新聞の拡張促進者だと半年前まで思っていた。ブラウザとはプラザの親戚でセンターのようなものか。パソコンを3台使用しているが、その機能の10パーセントも使っていないだろう。

時代についていけない、は「古い」。

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by yamato-y | 2011-07-22 15:37 | Comments(0)


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