定年再出発  


懐かしい空
by yamato-y
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硬化

硬化

エリック・ロメール以外、最近見た映画はまったく心に響かない。昨夜も2本見たが、ストーリイもうまく掴めず、途中何度もうつらうつらした。映画が悪いのか、私の認知の能力が落ちたのか。はっきりしたことは分からないが、理解、味わう力が落ちてきている気がしてならない。肺がんになると、肺の一部が石のように硬くなる石灰化という現象があるそうだが、私の脳内にも硬化が起きているのだろうか。と、思うと不安になってくる。

読書においてはさらにひどい。何を読んでもすんなり頭に入ってこない。せいぜい、歴史書の類しか読めない。仕事がらみで読んでいる真珠湾資料ぐらいは読みこなせるが、評論やエッセーだけでなく、小説においても物語の筋だけでなく表現を味わうという快楽などまったく消えていることに愕然とする。

例えば、ドイツの若くして亡くなった才能、ゼーバルトの『目眩まし』の「ベールへ」「異国へ」など読んでも字面を追うだけで楽しくない。古井由吉の『白暗淵』もなんだか意味が分からない。せめて伝記でもと思い、『ブーバーを学ぶ人のために』を手にとったが、まったく頭が動かない。いささか焦った。(どこかが壊れているのか・・・・)

口述原稿ならと思って、加藤典洋の「戦後を渡って明治のなかへ・石橋湛山」を目にするが、ねちねちした前説に飽きた。根気が続かない。
陽気もいい日曜日。書を捨てて町に出よう、という気にもならない。これって、あの老人特有のやばい症状の初期症状ではないだろうな。と、自分で妄想して怯えている。

対談本ならどうか。おしゃべりな山口昌男なら少しは気が紛れるかと、「はみ出しの文法・敗者学」を読むと、少し食指が動いた。西園寺公望の側近、光妙寺三郎のエピソードが出てきて、やや読む速度が増した。西園寺や光妙寺は、「パリコミューン」を目撃しているのだ。幕臣で、明治政府からスポイルされた人々のなかには、パリコミューンに共感した人たちが幾人もいたのだ、などということに少しだけ関心が動いた。(ああ、よかった。まだ興奮するだけの知力が残っていた)

読書に飽きて、パソコンをうっていたが、それにも疲れて、ベランダの日なたに出て目を閉じて深呼吸したら、れんげの匂いがした。春の田んぼの匂いだ。錯覚だろうが、懐かしかった。ふるさとの敦賀の街中にまだ田んぼがあった頃の、農家の傍で嗅いだ匂いだ。

84歳で死んだ詩人天野忠の「私有地」という詩。
むかしという言葉は
柔和だねえ
そして軽い・・・・

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by yamato-y | 2010-11-28 12:03 | Comments(0)

週末になった・・・

そこにある危機

今から70年前、日本軍は北部仏印に進駐し、東南アジアの緊張はいっきに高まった。マレー半島、シンガポールに権益をもつ英国軍と衝突する虞れが起きたのだ。アメリカは日本の行動を非難する意味もこめて、くず鉄の日本への輸出を禁止する。日米の間でも大きな軋みが生じていた。その3年前から始まっていた日中戦争がいっこうに終熄する気配がないまま、日本はアジアのなかで行き場を見失い、瀬戸際のパフォーマンスと外交をアクロバティックに演じていた。

 最近、日米開戦の資料を読むことが多い。1938年から1941年ごろの出来事だ。次第に危険な水域に近づいている北朝鮮の行動が、当時の日本の動きと重なって見えてしかたがない。英蘭米から見れば、日本の動きは不可解であったかもしれないが、日本国内にあってはそれなりの理由があって行動を起こしていた。明治維新以来海外雄飛を遂げてきたと思われる既得権益が損なわれるかもしれないという焦燥の炎が、国民の間で大きく燃え上がりつつあったのだ。仏印進駐から翌年の真珠湾まで軍部もおおいに揺れながら、少しずつ「危機」のほうへ歩を進めることになる、ということを、後世に生きる私たちは歴史によって知る。

 折しも、ヨーロッパでは英国とドイツが戦火を交えて、第2次大戦が起きていた。やがて、ポーランド侵攻、独ソ戦と戦火は拡大していく大きな分岐点に人類はさしかかっていた。ユーラシア大陸の西と東で、それぞれ個別の緊張があったのだが、やがて、1941年の12月8日の真珠湾攻撃でその二つは一つに繋がることになる。そういう出来事を私たちは歴史として知っているとすれば、現在の危機に対しても歴史的理性をはたらかせねばならない。

 現在、制作中の「ベトナム戦争」で、従軍記者だったドルーにインタビューしている。40年前の従軍体験を振り返りながら、彼はこういうようなことを語る。
「アメリカで今でもあの戦争を理解していない人がいるかぎり、僕の戦争は終わらない。ベトナム戦争を理解していたら、イラク戦争はなかったかもしれない」「ブッシュ大統領が戦争をはじめたとき、こんな馬鹿なことはないと思った。」この言葉を、今あらためて噛み締めている。

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by yamato-y | 2010-11-26 07:29 | Comments(0)

不思議な夢

不思議な夢

6時半に眼が覚めた。白い朝の光のなかでさきほど見た夢のことを思い出し味わっていた。

昭和30年代の東京郊外、たとえば三鷹のような町に私たち一家は一軒家を手にいれる。
この町の光景は、小学校のとき国語の教科書で読んだ、ある華族の娘の郊外電車の旅で描写されたものだ。井の頭公園、三鷹という地名があった。娘は東久邇か鷹司とかいったと思う。電車から見る朝の風景がさわやかで、夏の風が吹いていた。

 私はまだ30代になったばかり。家人はさらに若く、幼妻のような容姿。
子供は二人いるが、ふたりとも男の子。上の子は中学に入ったばかりで、頭は坊主刈り。すこしひねこびている。下の子は小学校中学年で、まだ幼い。
その4人で、まわりが桑畑のような緑深い町の中古住宅に住みはじめる。


あるとき、周りの景色でも味わおうと、4人で家の前の道に出る。舗装もされていない砂利道の端に細長い座布団を敷いて、みな腰を下し前方の風景を眺めている。そこへ、意地の悪そうな中年女性がやってきて、通りに座っているなんて迷惑だと言わんばかりに、私たちの間を抜けていく。

場面が変わって、同じ町の外れに芸術村の長屋がある。芸術家のインスピレーションが生まれるような施設として、国が用意したもの。といっても昔からの長屋を改造した代物。ピアノの音が流れたり、油絵の絵の具の匂いが立ちこめたりしている。それぞれの家は大きな雪見障子の玄関だから、内部が透けてよく見える。

 世界的な音楽家が芸術村にやって来たと聞いて、私がやって来る。その家におとないを入れると、奥様が出て来る。私の家に来て音楽を作ってくれないかと頼むと、奥様は了解して、私の家に行こうという。
私は、奥様と音楽家の弟子たちを引き連れて、桑畑のなかにある我が家を目指す。音楽家はあのオザワのような顕示欲のつよい人だが、指揮者でなく作曲者である。姿はないが、私たちより遅れて来ている気配だけ、私は感じていた。

我が家の前に着くと、家には誰もいない。私は探しまわる。すると、髪を切ってボブにした高校生のようなセーラー服を着た家人が恥ずかしそうに立っている。「先生を連れてきたから、子供たちもみな呼んで」と声をかけると、全員が広間に集まる。
私たちの一家4人のほかに、先生の奥様、弟子たち。それに見なれない兄弟のような、男の子ら数人が正座している。二人ずつ、3組ほどいる男の子たちはよく観察すると、いじめ行為をしている。苦々しく私は注意をする。

それにしても、先生が来るのが遅い。私は、「ちょっと探してくる」といって席を立つ。

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by yamato-y | 2010-11-25 09:15 | Comments(0)

波高し、黄海

軍事境界線

穏やかな秋の日と喜んでいたら、夕方になってとんでもないニュースが飛び込んできた。
朝鮮半島の軍事境界付近で南北の軍隊が交戦中というものだ。寝耳に水である。いったい何時のことかと疑った。まるで、昭和初年の東アジア情勢のような出来事だ。

北朝鮮と韓国を分ける境界線は北緯38度線だが、海上では必ずしもその線とは重ならない。休戦協定のときに、アメリカ指導のもとで現在の限界線が決まったのだが、北側は必ずしもそれを認めているわけではないということらしい。その危うい線上で、昨日韓国とアメリカは共同の軍事演習を行っていて、それを北朝鮮は挑発と見て、韓国側の島に砲撃した。

国境の島ヨンピョンには2000人足らずの住民や兵士が住んでいる。監視カメラに砲撃の様子が映っている。砲弾は民家のある区域で炸裂していた。人家の真ん中に赤黄色い炎がばっと上がる。身震いするほど危険な砲撃だ。

4時半過ぎ、韓流ドラマを家人が見ていたのだが、緊急ニュースに画面が切り替わったので、私に注意を促した。テレビ画面には生々しい砲撃の様子が映っている。急いでNHKに切り替えたが大相撲の中継をのんびりやっている。一瞬、民放の大げさなニュースかなと疑念がわいたが、4も10も8もみな臨時ニュースで第一報を伝えている。
韓国では国家安全保障会議の下のレベルの会議が、大統領府で開かれているというニュースが入る。日本の総理大臣官邸は情報収集につとめているという。菅総理の発言も官僚答弁のようで当事者意識が薄い。

今回、あらためて軍事境界線が注目された。朝鮮戦争の休戦のときに国連指導で設定されたラインで、地上においては北緯38度線がその目安となっている。海上においては微妙な差異があることを今回初めて知った。
ベトナム戦争のときは17度線という境界線があった。ベンハイ川をはさんで、当時北ベトナムと南ベトナムが対峙していたのだ。現在、私は12月3日に放送されるベトナム戦争関連番組を制作している。その番組中に、ベンハイ川が出てくる。かつて、この川を挟んで激烈な闘いがあった場所が、今では観光の名所となり、北と南もなくなったという現実を紹介する場面。一見、平和にみえるそのなかに、戦争の傷が隠れていた。ぜひ、番組を見てほしい。12月3日、夜11時から衛星第1、BS世界のドキュメンタリー「戦場のジャーナリスト~俺たちが見たベトナム」。ベトナム戦争が始まってから半世紀、終結から35年も経っているにもかかわらず、その傷は癒えていない。

夕方から、新大久保駅前の寺院で行われる通夜に出向いた。父方の遠い親戚の通夜で、私が実家の代表で出席することにしていたのだ。
大久保は有名なコリアンタウンだ。町にはおおぜいの観光客でにぎわっていて、今日起きた砲声騒ぎなど誰も知らないといった風情。と、思ったら、店先でライトが煌々と付いている。ENGカメラが回っている。民放の取材クルーだ。半島情勢について、町のコリアンたちの意見を聞いて回っていた。傍らで耳をそばだてると、韓国人従業員とおぼしき人たちは口々に不安を申し立てていた。「戦争にならなければいいが」「もし戦火が起きたら、私も帰国して兵隊にならなくてはならない」「韓国にいる家族が心配です」

一夜明けて、24日の朝のワイドショーでは軒並み昨日の砲撃事件をとりあつかっていた。朝鮮半島に精通する研究者や評論家が今回の事件の背景を分析してみせた。「朝鮮戦争」は休火山であって死火山ではないということをあらためて思う。それにしても、事件の現場から韓国の空の玄関仁川までなんと近いか。首都ソウルまで100キロしかない。

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by yamato-y | 2010-11-24 11:33 | Comments(0)

大磯日和 (2010年11月23日祝日)

大人になっても

夜来の雨があがり、すっかり秋晴れとなった。風が強いから陽射しがくるくる変わる。高い空には雲が流れていく。湿度も低くまさに「爽やか」な陽気となった。寝床から高窓を眺めていると、棧のあたりを柱の影が移ろう。強い風のせいだ。光の泡が部屋の内外を行ったり来たりして、見ていて飽きない。

午前のツヴァイクの森を降る。森の中央にある大ケヤキがはらはらと葉を落とす。「もう終わりだよ」と告げるように葉っぱたちはゆっくり山道に落ちていく。草むらにはススキの銀色の穂が風に揺れ、石蕗(ツワ)の黄色い花が道沿いに並んでいる。紋白蝶がはかなげに飛翔している。まもなく終わろうとする命の最後の営みであろう。鳥の囀りがせわしない。
坂を下りながら、私はふかぶかと呼吸する。こんなにゆったりとした気分はここしばらくはなかった。

麓まで降りると、正面の海に江ノ島がくっきりと浮かんでいた。水面はエメラルド色に輝いている。大気がよほど澄んでいるのだろう。鎌倉稲村ガ崎あたりまで見はるかす。駅へ続く道の大ガード。そばの大銀杏が全身黄葉していた。何万枚という黄色の葉をまとった銀杏は風と戯れている。万朶の葉はまだついている。
春夏秋冬、大磯はいろいろな顔を見せるが、秋が一番だと思う。

昨夜ネットで見つけて以来、ずっと脳裏を離れない歌がある。30年前に流行った「初恋の丘」という由紀さおりの歌だ。作詞は北山修。冒頭から、今朝の気分とシンクロする。
♪まぶしく輝く青い大きな空も
ときどき私のものじゃないふりをする
♪大人になってもひとりぼっちはつらい
初恋の丘にもういちど帰りたいな
 
字あまりの歌詞を美しいメロディがきちんと支える。
作曲者の名前を見てかすかに驚く。ジャズピアニストの渋谷毅だ。彼は昔からこども歌のいい曲を書いていたから驚くことではないのだが、彼の辛い境遇を考えると、かくまで美しいメロディを書き上げることにやはり驚かざるをえない。作曲家の福田和禾子さんは渋谷の同級生で、その才能を前からたたえていたことを思い出す。福田さんは渋谷の健康のことをいつも心配していたが、その福田さんが先年60歳にもならない前に死去した。渋谷は元気なのだろうか。繊細な彼が生き延びるということは至難だ。
ここだけの話だが、私は戦後の日本の歌のなかで、中村八大と渋谷毅が最高のメロディメーカーだと信じている。
そして、北山の歌詞カードが沁みる。
♪お嫁にいくことだけが道じゃないけど
やっぱりひとりじゃ生きてゆけないのかな

40年前の金沢時代を思い出す。当時は、女友達の半分は見合い結婚だった。気に染まない縁談を親から押し付けられて、こんな言葉を発した人がいた。彼女も今では老境にある。その後の人生はどういうものであったのだろう。少し聞いてみたい気もするが。

こうして、午後0時15分大磯発東京行きに乗る。祝日とあって、伊豆からの帰り客で車内はやや混んでいた。窓際に席をとってこの記事を書いている。

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by yamato-y | 2010-11-23 15:09 | Comments(2)

地と図が入れ替わって

地と図が入れ替わって

永井龍男の名作「青梅雨」の
冒頭のシーンのような糠雨が今夜は降っていた。ツヴァイク道のを夜を歩きぬけた。
日が暮れるのが4時半ごろの12月間近では、7時ともなるととっぷり暮れている。
人っ子一人いない森は気味が悪いのはいうまでも無い。

山道に入るとすぐ、古代の古墳が大きな口を開けている。これが苦手だ。出来るだけ、そちらのほうを見ないようにして走りぬける。山の端にはまだ日の残りのようなものがたゆたっている。うすぼんやりと空は明るいのだ。
山道は糠雨で少しぬかりはじめている。虫の音もない。たしかに秋は去り、森は冬に入ったのだと実感する。

ツヴァイク道の途中で、大きく曲がりになる箇所に来ると、私は休息をとることにしている。そこまで来て立ち止まって、空を仰いだ。

一瞬、街灯に照らされて、満開の桜のような光景が浮かび上がった。目を疑った。
こんな晩秋に桜の満開もないだろうと、目を凝らして眺めた。

やはり、私の目の錯覚だった。昏れ残った空はまだ鈍く輝く白さがあった。そこに常緑樹の葉のシルエットがインサートされる。目がまだ慣れないうちに見ると、葉っぱが暗闇に見えて、侵食された空の白さが葉っぱが茂っているように映ったのだ、私の目に。
つまり、本来の形を表す葉の「図」が背景の「地」に変わり、地である白い空が葉っぱ文様の図に見えたというわけだ。

 晩秋の森で、この地と図の反転の美しさにとらわれて、小雨がかかるのも忘れて立ち尽くした。

もみじ山の上まで上がって来て、振り返ると、谷には白い霧というか雲というか、あわあわしたものが湧いていた。

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by yamato-y | 2010-11-22 20:22 | Comments(0)

霧のカレリア

霧のカレリア

トロイ・ドナヒューが8年前に死んでいたと聞いて、アメリカのベビーブーマーも晩年に入ったのだと感慨をもつ。といってもドナヒューは団塊世代より少し上だが、日米のベビーブーマーが憧れた青春映画のヒーローだった。

深夜ラジオを聞いていたら、拓郎が病み上がりの声でしゃべっていた。相変わらず、やんちゃな物言いだが、話がほとんど思い出になるのは、彼も晩年に入ったということだろう。反発しているのではない。その気分が分かるというものだ。
彼が、「それって、”霧のカレリア”ふうのメロディだったよね」とつぶやいた。

 北欧のバンド、スプートニクスが演奏していたインストルメンタルの曲だ。1965年頃のことだから私は高校生だった。チューニングが難しいラジオを操作して、深夜放送でかかるのを聞いたものだ。当時、ディスクジョッキーは土井勝が人気があった。この曲は哀愁を帯びていて、途中、ロシア民謡「トロイカ」が入って来る。少しせつない匂いがあった。

 霧のカレリアか。憧れたなあ。まだ海外渡航がままならない時期だ。ヨーロッパまで安い旅行にしようとすれば、シベリア鉄道を利用するという時代だった。東欧、西欧を巡ってきた人は英雄だった。五木寛之の「さらば、モスクワ愚連隊」が出版されたときは、ヨーロッパへの憧れを増幅させられた。この小説の主人公もシベリア鉄道経由の旅人だったはずだ。そして、当時はまだソ連の時代で、冷戦の厳しい規制があった。
ソ連とフィンランドの間に広がる地方、カレリア。ソ連から自由圏への出るには途中カレリア地方という非武装地帯を通らなくてはならないという話を、五木のほかの短編小説で読んだ。そこは霧の深い区域で、たくさんの共産圏の若者が脱出を計る場所でもあるというふうな能書きだったと思う。ひょっとすると、これは私の思い込みだったのかもしれないが、「霧のカレリア」という地名からそういう連想をもっていた。
いつか、北の霧深い大地で、荒涼とした緩衝地帯を横切ってみたいと夢想した。

それから15年も経たないうちに、冷戦は終わり、世界を自由に歩き回ることができるようになった。私もロシアやノルウェー、スェーデンにまで足を伸ばすようになったが、カレリア地方へはとうとう行くことがなかった。

 昔から霧が好きだ。大和川の冬の霧、コーンウォール地方の岸壁の霧、ブルージュの運河の霧、エジンバラの霧、いつも霧に会うと感動した。
カレリア地方には行ってみたかった。もう行けない。

なんて悲観的なことを記していたら、教え子からコメントが入った。10日前に男の子を生んだという。まだ10日しか経っていないのに、男前だから、写真メールを送りたいとのこと。親ばかちゃんりんのコメントを読んでいたら、思わず口元がほころんだ。
晩年、晩年と書いている男のブログに、新生児誕生の話がぽろり。

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by yamato-y | 2010-11-21 10:37 | Comments(0)

だらだらと終わった日曜日

映画には弱い

先日の旅で取材してきたメモと文献資料を広げて、企画書を2本書こうと張り切っていたのだが、先夜見た映画「スパイゲーム」があまりにつまらなかったので、映画に対する渇望がひどくなってしまった。わざわざ、渋谷まで出かけてDVDのレンタルをするのも億劫ではある、が映画は見たい。駅前の有隣堂書店の安売りビデオでものぞいてみることにして、外出した。
その直前、植草甚一の『映画だけしか頭になかった』のヒッチコックの章をちらっとトイレで読んでいた。レベッカという文字が頭の隅に残った。書店に行くと、その作品がなんと380円の特売で出ているじゃないか。すぐ買って、見ることにした。

たしか前に一度見たことがあると思うが、はっきり物語を思い出せない。初見に近いからいいやと思って8時から見ることにした。
まずまずよかったが、それほどの作品でもない。植草ともあろう人がこんな映画を推奨するのかと、首をひねりつつ再度『映画だけしか頭になかった』を読み直す。「レベッカ鑑賞」が、そのエッセイのタイトルだ。
結果からいうと、私が誤解していた。植草も本作は出来がいいとはいっていなかった。《ヒッチコック映画の魅力がある。そうしてその魅力が。「レベッカ」によく出ていたかというと、けっしてそうではなかった》と植草は書いていたのだ。イギリスからハリウッドへ渡ったばかりの作品だったから、ヒッチコックも多少遠慮していたのかもしれないと、その味の薄さを植草もぼやいていた。

まあ映画の気分らしいものはあったが、ヒッチコック独特のスリラーはかなり薄い味の作品だった。でも、昨夜見たレッドフォードとブラッド・ピット共演の「スパイゲーム」に比べたら格段に面白い。なにより間然としない。飽きない。
ブラピはともかくレッドフォードという人が関わる映画はそこそこ面白いはずだが、「スパイゲーム」はつまらなかった。

それにしても、ヒッチコックという人は本当に美女が好きだ。此の「レベッカ」でもジョーン・フォンテインの可憐で美しいこと。この人は幼い頃日本に住んだことがあるというのを、どこかで読んだことがある。聖心女学院に通学したと聞いた。この人のその後の人生を知りたくなった。

それにしても映画は面白い。つい夢中になり11時を廻ってしまった。もはや企画書を作成する気にはなれない。最新のハンガリーの作品「ロンドンから来た男」というのが手元にあるから見ようかと思うものの、見終わるのは深夜3時となるだろう。寝坊覚悟で見る気にもなれないが、映画にはまるとつい時間を忘れる。

この植草本ではデビッド・リーンの「旅情」を高く評価していた。私もあの映画は好きだ。明日でもレンタルしようかな。
ほかの推奨作品も忘れないように、メモしておこう。ベルイマンの「処女の泉」、ロジェ・バディムの「危険な関係」、ポランスキー「水の中のナイフ」、シャブロルの「ジャガーの眼」、「陽のあたる場所」、デ・シーカ「靴みがき」。


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by yamato-y | 2010-11-15 00:33 | Comments(1)

覚えているか忘れないでか

覚えているか忘れないでか

旅に出ても車中で読書ばかりしていた。1940年の頃の国際情勢の資料を読みあさっていて、窓外の景色には目もくれなかった。
昭和15年から16年の時代だ。日中戦争がいっこうに解決の兆しを見せず、アメリカやイギリスからの圧迫が日に日に重く感じはじめていた時期だ。そこまで追いつめられてはいないが、現在の日本を取り巻く環境と似ているような気がする。景気は恢復せず、政治は渋滞し、日中、日露の外交関係でも後手後手に回り、その場しのぎの対応だけが残るという、今の気分というのは、アジア・太平洋戦争の開戦前のそれと似ているというのは言い過ぎだろうか。
20年に14回も宰相が交代し、戦後政治の膿みのようなものがだらだら流れ出すこの時代というのは、厳しい就職難や後期高齢者の不安などとあいまって閉塞感を醸成していると思えてならない。

41年当時、そのもやもや感を吹き飛ばしたのが、12月8日の日米開戦だったのだろう。「帝國陸海軍は本八日未明西太平洋において米英軍と戰鬪状態に入れり」という有名な大本営発表が出た朝だ。この真珠湾攻撃をめぐり戦後さまざまな憶測が飛んだ。日米交渉が国務長官のハルと野村吉三郎大使の間で行われていたが、断交の通告の前に、真珠湾を日本が奇襲したため、アメリカ側はルール違反と日本を非難し、その復讐を誓った。「リメンバー/パールハーバー」だ。この通告が遅れたことは日本外交団の失策であったとか、アメリカ側は日本の奇襲を事前に知っていたとかの言説が、戦後60年余ずっと言われてきた。ローズベルトの陰謀といわれる説だ。たしかに、この襲撃により、アメリカ国内の世論は日本を撃てという気分にまとまったという意味では、ローズベルトには都合よかったということは言えるが、しかし2400名余りの戦死者を犠牲にしてまでありうるであろうか。
なにより気になるのは、アメリカ国民が真珠湾を忘れるなという合言葉で、戦争に向かったことだ。卑怯な日本に仇をうてと言わんばかりのスローガンとなった。これが、原爆投下へのエクスキューズにもなっていくのだ。真珠湾と広島・長崎。戦争の初めと終わりに起きた出来事は、私にとって深い関心を引き出す。
1988年に、私は「世界はヒロシマを覚えているか」という番組を制作した。一方でアメリカには「リメンバー/パールハーバー」という標語が定着していたという事実。これらをどう捉えようか。

シカゴに原爆投下機の乗員を訪ねたとき、彼は自宅に戦争資料館をもっていた。そこにヒロシマに投下されたきのこ雲の写真に次の言葉があった。
「リメンバー/パールハーバー、この一発のキノコ雲が戦争を終結に導いた」ヒロシマと真珠湾はいつでも対で持ち出される。

 此の問題を考えているとき、日米外交史の泰斗K先生とお会いした。先生は先年京大を退職し、現在東京の大学で教鞭をとっている。久しぶりの帰京で研究室に顔を出されたのだ。このパールハーバーの話題に及んだとき、ちらりと感想を述べられた。「ローズベルトの陰謀のような説が疑念もなく公の出版物に登場する時代なのですね。この真珠湾の出来事は、それまでの地域戦争でしかなかった日中戦争とか英独戦争とかが、いっきに世界戦争のステージに変わったという点がポイントだと思うのですが」
はっと思った。なるほど、アジア・太平洋戦争が世界大戦という姿に変容する。ここに重大な「視点」がある気がする。
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by yamato-y | 2010-11-14 13:37 | Comments(0)

遠い忘れ物

遠い忘れ物
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夕方の電車に乗って、大きな夕焼けを見ている。太陽が黄味を帯びた赤さに変わりながら西に沈もうとしている。大山と丹沢山系は薄青い影絵になって、柔らかな稜線を見せている。折り重なる山並みはたたなづく、という言葉にふさわしい。日を失っていく空にはうろこ雲がゆっくり東へ流れている。久方ぶりにのんびり風景に見入っている。大磯に移り住んでから、こういう風景にどれほど癒されてきたことか。

最近、ブログへの出稿数が減ったのは、湘南電車に乗る機会が減ったからだ。これに乗れば大磯―品川間の50分は誰にも邪魔されない、動く書斎になる。そこでは日ごろの憂さを忘れてめいっぱい想像の翼を広げることができた。そんなことを、『テレビ制作入門』という新書のあとがきに書いたことがある。この動く書斎のもうひとつの利点は、書くことに飽きれば車窓があることだ。今も、大船観音の上のひとひらの雲に魅了されている。

ロケなりリサーチなりで、国内外のあちこちにずいぶん行った。半分はスタッフと一緒だったが、半分は単独行だ。珍しい風景や目新しい出来事をいろいろ体験した。得たものは大きかったが、忘れ物もけっして少なくない。たいていはホテルに忘れっぱなしにしたものだが、時には観光地の乗り物や駅に置いてきた。気がつくのは出国しようと、バッグを開けたときだ。気がついても遅い。

若い頃、パイプに凝っていた。ダンヒルの黒のパイプをはじめ高価なものを4、5本持っていたが、みな失くした。どこへ置いたかも記憶にない。ウォーターマンの万年筆やクロスのボールペンもいつのまにか手元から消えた。

先月末に行ったチェンマイでもケータイを忘れてきた。イミグレーションを通過するとき、ケータイと国際ケータイはバッグから出してトレイに入れるよう指示された。ベルトコンベアにバッグを置き上着も脱いでゲートを通過したとき、腹が急に差し込んだ。前夜から断続的に起きていた下痢だ。慌ててトイレに飛び込み、そのまま引き返すことなく、飛行機に乗った。
バンコクのトランジットの検査のときに、ケータイがないことに気づいた。青くなった。
ひとつは日本で常用する私のケータイで、200件ほどアドレスが収められている。もうひとつは、我が家の海外旅行用として持ち歩いていた国際ケータイ。買いなおすとすれば2つ合わせて15万円ぐらいになるだろう。だが値段の問題ではない。もし、私の情報が流出したら迷惑をかけることも起きる。なんとか、ケータイのデータをストップさせねばならない。
折りしも、バンコクには京大留学生のMさんが帰省していた。これ幸いと、彼女を通してチェンマイ空港にケータイが保管されていないか、確認をとってもらうことにした。
翌日、下痢と心労でへろへろになって帰国した私に、Mさんからメールが入った。2つのケータイはあるにはあるが、これの所有者を確定させるには本人の出頭が必要という連絡だった。
ほっとした。まず現物がタイの政府機関に保管されていることはなによりだった。データの悪用されることはあるまい。であれば、申し訳ないが2つのケータイは当分の間チェンマイの空港事務所で預かってもらうことが最良と判断した。いつか、私か私の家族が現地を訪れることがあるだろう。それまで遠い忘れ物にしておこう。


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by yamato-y | 2010-11-07 19:28 | Comments(0)


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