定年再出発  


懐かしい空
by yamato-y
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chenmai nite

tai no kita chenmai ni kita
uki no
owari daga kawaite ite kimotiii
yoru ni tuitakara toode wa sinaide hoteru no resutorann de taimesi wo tabeta
bimi tokuni kokonattu miruku no su-pu wa saikou
konomati wa joukaku tosi de horiga aru yoru wa suimenn ga kagayaite utukusii
misranu mati ni potunn to irunowa warukunai
asu wa pinngawa wo kudaru
kono mati ni nokoru sennsou nokioku wo sagasite

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by yamato-y | 2010-10-27 23:19 | Comments(0)

バンコクにて

今、雨期終了寸前のバンコクにいます。
とても蒸し暑いです。シーアム通りのノボテルというほてるに投宿。
土曜日まで、こことチェンマイで、いろいろ調べてまいるつもり。

空港を降りるなり、いろいろなカップルを目にしました。不思議な町、バンコク。
明日、夕刻にはチェンマイ行き。
バンコクの人口およそ1000万強。タイの第2の都市チェンマイの人口、10万。
どういうことだろう。

今夜は、ショッピングセンターのだい食堂で、タイ料理を軽く食しました。
詳細は、帰国後。

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by yamato-y | 2010-10-26 22:51 | Comments(0)

20分

20分

歩いて20分という距離にこだわっている。
5分、10分の距離ではまったくカロリーを消費しない。かといって30分も歩くと体にこたえてくる。だから20分。歩き終わりには、今の季節であれば額にじんわり汗をかく。

渋谷からオフィスまで。ゆっくり歩いて20分。早足で17分ぐらい。
渋谷から大橋の病院まで。早く歩いて20分。普通に歩いて25分。
大橋の病院からオフィスまで。早く歩いて20分。普通に歩いて23分。
大磯の駅から紅葉山の我が家まで、早足山道17分。普通に歩いて20分。
小平たかの台からムサビまで、歩いて20分。早足17分。
神楽坂坂下から赤城神社まで、歩いて20分。
池上駅から大伴昌司邸まで、ゆっくり歩いて20分。
目白駅からトキワ荘跡まで、超早足で20分。普通で25分。
荻窪駅から杉並5小近くの昔住んでいたアパートまで、20分。
武蔵小杉駅から下小田中の昔住んでいた寮まで、超早足で20分。
下小田中寮から元住吉の子供を預けていた保育所まで、超早足で20分。
成増駅から成増4丁目の寮まで、20分。
京都百万遍から河原町今出川まで、20分。
三条大橋から四条木屋町まで、20分。
長崎住吉の寮から長崎大学まで、ゆっくり歩いて20分。
広島己斐から庚午の社宅まで歩いて20分。
金沢橋場町から天神橋までゆっくり歩いて20分。

このなかで一番歩いた道は、渋谷駅前からオフィスまでのルート。1995年から今年まで15年間歩いてきた。その間に、渋谷センター街として注目を浴びることになり若者が傍若無人に振舞うようになり、年々通行することが苦痛になっている。

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by yamato-y | 2010-10-25 12:42 | Comments(0)

南山寿――「父ありき」

南山寿――「父ありき」

小津安次郎の「父ありき」を見る。以前にも一度見たことがあるが、きちんと理解できないままだったので、再度見ることにした。
映画の冒頭に、戦前の美しい金沢の町が出て来る。2カットめの川沿いの町はきっと主計町にちがいない。3カットめが武家屋敷。私が学生時代を送ったころの風景と同じで、懐かしい。

 金沢の謹厳実直な中学校の教師が、修学旅行の最中に教え子を事故でなくし、その責任をとって辞職する。主人公を笠智衆が演じている。教師には一人息子がいるが、妻には先立たれた身の上。辞めて信州の上田に引き込むが、息子は寄宿舎に入ることとなり別々の暮らしとなる。片親だけで育てられた幼い息子は、つねに父親と一緒に暮らしたいと願いつづけるが叶わずさみしい思いをしている。やがて父は東京に出て工務店とおぼしき所に勤める。子は仙台の帝大へ進学。卒業後、秋田の工業高校で教鞭をとることになる。二人は、東京と秋田と離ればなれとなり一緒に暮らすこともない。

 やがて、息子が兵隊検査で帰省したときの1週間だけが、親子みずいらずの生活となった。温泉につかり、渓流で釣りを楽しんだ。その旅の終わり頃に、父は心筋梗塞で倒れた。旬日経ないうちに、父は永眠する。

 その今際の際で父は一言。「仕合せだったよ」幸せが薄い人生だったゆえ、その言葉が悲しい。
私なら、死ぬ間際にあんな言葉を吐くことができるだろうか。きまりが悪いやら、幸せだったと手放しでは言えないやらで、きっと「痛い、痛い」と叫んでジタバタしながら死んでいくに決まっている。そんな私を見て、残された家族はどう思うのか。やはり、うちのオヤジは気が小さくて最後まで死ぬことを怖れていたのだなと、うちの息子なら言いそうだ。娘はセンチメンタルなふりをしたかったのじゃないとか、しらっと言うだろう。死んだあとがどうなるかを見てみたい気もする。人間は不自由だ。死んだあとのことは分からないのだから。

満足げに死んでいった父とは違って、息子は一度はいっしょに暮らしたいと願っていたが、それも叶わなかったと小さく嘆く。
「僕は子供の時から、いつも親爺と一緒に暮らすことを楽しみにしていたんだ。それがとうとう一緒になれずに死なれてしまった。
でも、よかった。たった一週間でも一緒に暮らせて。その一週間が今までで一番楽しい時だったよ」

此の映画が製作されたのは1942年。小津は支那事変で1937〜39年まで中国大陸に従軍。復帰の第一作は「戸田家の兄妹」で、これは第2作にあたる。軍国主義が次第に声高になっていく風潮のなかで、よくこれだけ「女々しい」作品が作ることができたものだ。ついでに書けば、この作品を作った翌年1943年には軍の映画班の仕事としてシンガポールに小津は派遣され、そこで敗戦まで止まることになる。

 映画を見ていて不思議なことに気がついた。父と子が水入らずで楽しむ温泉宿のシーンだ。二人が泊まっている部屋に襖があって、3文字の漢字が黒々と書かれてある。「南山寿」とある。この言葉に私はすぐ反応した。
かつて、向田邦子の恋文をドキュメントしたときに、恋人バブの日記にこの言葉を見つけたことがある。たしか、脳卒中を発症して闘病していたバブが愛飲していた薬の名前だったはずだ。
早速、ネットで調べた。案の定、姫まつたけから採取する漢方薬品の名である。と、同時に、これは漢詩に現われる常用句で長命を表すとある。
不落の南山のように長寿でという意味なのだ。

とここまで調べて、気がついた。この襖の文字は小津の演出なのだ。長寿を祈る言葉の部屋で、父はまもなく倒れる。そのことも知らず、父と子は互いの思いやりを感謝し、長命を祈る。
この父の死は、おそらく60歳ぐらいにあたるのではないか。当時としてもやや早すぎる死となるのだ。その死が迫る部屋に墨痕淋漓と「南山寿」。

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by yamato-y | 2010-10-24 12:25 | Comments(0)

靴下のアナ

靴下のアナ

靴下は15年ほどサミットのものを使用している。1足2000円の高価な健康靴下だが丈夫で長持ちするから、結果としてお得な買い物だと思っている。30足はあるだろうか、だいたい10年以上履いている。ハイソックスで、圧力が特にふくらはぎにかかり、血圧を下げる効果があると言われている。15年前に脳出血を発症した私としては、欠かせない健康衣料アイテムだ。

繊維が特殊で丈夫なのだが、10年も履いていると綻びが出てくる。一昨年あたりからときどき靴下の底の繊維が細くなり穴が開きそうな気配となりはじめた。そのまま、実家へ帰ると、母がそれを見つけてつくろいをしてくれた。アナが開いたら捨ててもいいと思っていたが、きちんと繕ってくれると、そういうわけにもいかない。有難くおし頂いて履くことにしていた。

昨夜、家に帰って靴をぬぐと、靴下の底に穴が開いていた。ぽかりと、さだまさしの「雨宿り」の歌詞どおりの大きな穴になっていた。
♪ 5月のとある水曜日に彼を呼びまして
自信たっぷりに紹介したらば
彼の靴下に 穴がポカリ
あわてて おさえたけど しっかり見られた・・・

今朝、洗濯機の前で、その靴下を眺めながら、母の繕いする姿を思い出した。料理は苦手であったが、編み物や繕いものは得意だった母。アナの開いた靴下を捨てようかと言ったら、きっと勿体ないというだろう。去年の今頃はまだ生きていたのだが、もうそんな小言を言う人もいなくなった。

本日は2時から「秋季健康診断」がある。靴下にアナが開いていたら恥ずかしいから、よく調べて黒の長靴下にした。ジャケットは昨日久しぶりに西武渋谷で買ったジョセフの黒。パンツはカルバンクラインの黒。インナーもセオリーの黒。全部黒。靴下にアナが開いたらマジックの黒で塗りつぶせばいいじゃないか、とコント気分で身をかためた。
さて、去年はこの健康診断で胃がんが発見されたのだ。今年は何もないと思いながら、いや60を越せば何が起きてもおかしくないからと、自分に言い聞かせる。

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by yamato-y | 2010-10-20 11:29 | Comments(0)

原城の秋

原城の秋

 私の長崎時代は昭和57年からの4年間になる。今から25年ほど前のことだ。長崎大水害の年に赴任してバブルの年に東京へ戻った。ディレクターとしての本格的な修業を始めたときだ。

 赴任してまもなく、秋のはじめに「くんち」を見て感激した。あの大水害で打撃を受けたにもかかわらず、長崎の人たちはみな総出で祭を盛り上げていた。キリシタンゆかりの町と聞いていたが、唐寺や真宗のお寺の甍が広がり、至るところに墓地があった。エロスとタナトスが豊かに混在していた。長崎の町が珍しくて1年ほど見て回った。浦上天主堂、大浦、唐寺群、グラバー園、大波止、・・・。市内の移動はちんちん電車を使った。「蛍茶屋」「正覚寺」行きの電車が好きだった。春秋の修学旅行シーズンをのぞけば、電車はいつも空いていた。
 バスの行き先で「女の都」という不思議な名前があった。まるでギリシア劇のような名称だと、一人でほくそ笑んでいた。「女の都」。めのと、と読む。

3年ほど経ったころだ。長崎の町にも少し飽きて、島原へ出向くようになった。前取材のため、局車で現地を訪れることが2度3度続いた。電車で行くとなると、諫早まで出てそこから島原鉄道に乗り換えることになる。行き帰りだけで8時間近くなり、日帰りということにはならない。効率が悪いので、車利用となったのだ。それでも往復5時間はかかったと記憶する。島原半島に入ると、長崎や諫早と地質が違い、風景も変化に富んでいた。海のすぐ側まで山が迫っていた。島原へ向かうとき、小浜温泉から雲仙の山間に入って、山越えして島原へ行くコースをとったと記憶するが、はっきりしない。

島原湧水と島原そうめんの取材で出かけた帰りに、原城へ寄ったことがある。あの島原の乱の舞台となった古城だ。
一応、観光地になってはいたが、私が訪れた昭和60年当時誰もいなかった。城内は畑になっていて、農作業する人が数人いただけだ。天守閣も櫓も何もない。
城の石垣が残る岬の突端まで行くと、前方に海が広がっていた。有明海だ。この海の果てに天草があるはず。
1時間ほど、城跡の草わらに座って海を見た。ぼんやりしていると眠くなった。寝転んで空を見上げると、秋のうろこ雲が空一面に流れていた。

 城の中に、矢じりか鉄砲の弾跡でもないかと探したが、むろんそんなものは見つかるはずもない。ここで幾万という人たちが命のやりとりをしたとは思えないほど、穏やかで静かな場所だった。小1時間ほどいて城山をくだった。一般道まで出る行程を覚えている。段々畑に草が生い茂り、白ちゃけた細い道があった。がたがた車に揺られながら、ひなびた城内の悲哀を見ていた。

城を出たのは夕方近かったのか、長崎の町に帰り着いたとき、陽はとっぷり暮れていた。

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by yamato-y | 2010-10-18 09:27 | Comments(0)

映画と読書

映画を見ながら読書もしつつ

週末に2本の映画を見た。エリック・ロメールの「恋の秋」とドナルド・サザーランド主演の「赤い影」だ。前者は、ロメール四季4部作のひとつ。中年の女の恋を描いた作品。フランス女性の自己主張の強さに驚いたとつぶやくと、そっくり日本の男の裏返しだよと娘から厳しく批判される。我がままで自分勝手な女たちという見方そのものが、これまでの日本の男たちがやってきたことではないかという真っ当な議論。反論もできず泣き寝入り。
とはいえ、ロメールの対話の面白さには畏れ入る。男と女の機微みたいなことを日常の会話でさらりと深く描出するのだから。
しかし、冬ソナのユン監督がこの4部作から影響をうけたことがありありと分かった。

夕方になって、レンタルしてきた「赤い影」を見る。こちらは、作品の内容よりも舞台となったベネツィアの街路を見たくて借りた。
ジュリー・クリスティは美しく、その妖艶な肢体、表情にうっとりするが、なにより雨期のベネツィアの袋小路、闇小路にどんどん引き込まれて行った。この作品は最近ビデオ化されたもので、長く幻となっていた作品だと知って、感銘はより深まった。

久しぶりに目黒図書館で9冊借りた。
永井龍男「秋」、太宰治「津軽通信」、「新約聖書の誕生」、「ユダヤ教の本」、「ダ・ヴィンチの暗号を解読する」、青地保子「サラディンの日」、中野孝次「閑のある生き方」「我らが生けるけふの日」、鈴木真砂女「お稲荷さんの路地」、「ブーバーを学ぶ人のために」。借り出し期限は今月の末まで。

鈴木真砂女の著を手にとったのは、なかに備後の俳人木下夕爾のことが書かれてあったからだ。広島時代、この人物の番組を作ったことを思い出した。
家々や菜の花色の灯をともし
久保田万太郎門下のいい俳人だった。本職は薬剤師であり児童詩人。疎開時の井伏鱒二のよき釣り友でもあった。今度、この人についてきちんと書いてみよう。

ユダヤ、キリスト教関係が多いのは、来月撮影を予定しているローマのバチカンに関する情報を得ておくため。

永井龍男の「一個」を読みながら、ロメールの世界とまったく真逆の日本的な関係性ということに惹かれていく。

合間を縫って、教育テレビの「短歌フォーラム」を視聴する。全国から寄せられた短歌を披露されるのを見ていて、母の短歌作りを思い出した。

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by yamato-y | 2010-10-17 23:55 | Comments(0)

演劇の新しい風

演劇の新しい風

 友人がつかこうへいの「熱海殺人事件」以来の衝撃を受けたから、この芝居見ろよと「映像」を渡された。劇団ポツドールという聞いたことのない劇団だ。下北沢の本多劇場にかかっている芝居だと聞いて、ふーんいまどきのお笑いのような芝居だろうぐらいになめて、「顔よ」という作品を見始めた。
 ぶっとんだ。芝居の間延び感はほとんどなく、まるでテレビドラマのようなテンポで展開する。複数のセリフがかぶるもしくは交互になるが、そのタイミングは実にこまかく演技される。相当の訓練を積まないと出来ない技を、すべての団員がもっている。そんなテクネーのようなことは二の次だ。芝居の物語がすさまじい。ニンゲンのうちにもつヤナ部分がこれでもかと露出される。どろどろ。こりゃ、どんな人間がやっているのだと、ネットでしらべた。

1996年に早稲田大学演劇倶楽部10期生の三浦大輔が中心になって結成された演劇ユニットとある。第1回公演『ブサイク~劣等感を抱きしめて~』は、タイトルからすると、今回見た「顔よ」と類似の主題のようだ。いわゆる演劇的な過剰なドラマを得意とすると解説がある。2000年7月に公演した『騎士クラブ』はとんでもない芝居だったらしい。ヌキキャバという性風俗の場で起こる客と店員のドタバタの前段があったあと、後段ではその芝居をめぐって役者自身が役作り設定などをめぐって議論するという、メタ芝居的なドキュメンタリータッチの作品に挑んだとある。この作品は〈セミドキュメント〉と称され、メディアに取り上げられるようになり、このあたりからメジャーになっていったようだ。
13回公演『愛の渦』では、「裏風俗」を舞台に人間の性欲に真っ向から向かい合い、この作品で第50回岸田國士戯曲賞を受賞する。2008年に「顔よ」を本多劇場にかけることになる。
現代の若者が、顔の美醜をめぐってこだわるワダカマリのような汚泥がどろどろ出てくるような芝居。それが「顔よ」だ。おそらく第1回公演の『ブサイク~劣等感を抱きしめて~』も同じモチーフで創られたのじゃないか。
ストリップを見ているような過激な性描写もさりながら、テメエの顔の美醜について語る役者の根性と演技に圧倒される。

この芝居の中心にあるのは作・演出の三浦大輔。75年生まれだから35歳か。高校生の頃野島伸司のテレビドラマばかり見ていたそうだ。北海道から早稲田に来た、ほとんど挫折も屈折もなく過ごしてきたとほざく。とにかく芝居のもつ臨場感がたっぷりあるが、けっして新劇風の嘘くさい段取り演出が皆無のこの芝居。生で見たい。

次回の上演は日本ではないと予告されている。いまや国際的な評価も高い。海外では「本番」も辞さないと噂で聞いた。こういう新しい風が吹いてくると、日本のビジュアル文化も少し変わってくるのじゃないだろうか。テレビのドキュメントも少し変わってきてほしいものだ。
ちなみに、ポツドールの芝居はシアターチャンネルにときどきかかるそうだ。


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by yamato-y | 2010-10-15 07:33 | Comments(0)

2010年秋 大磯の里

ツヴァイク道の美しさ

この道の素晴らしさを何度も喧伝したい。本当に誰も知らない山道で、こんなに美しいところがあるなんて、思いもよらなかった。高低差20メートル、全長200メートルにも満たない短い道だが、朝の日差しを浴びている森は信じられないくらい美しい。道端の柿の木にも青い実がぶら下がるようになった。秋酣(たけなわ)
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by yamato-y | 2010-10-13 16:06 | Comments(0)

日常の裂け目

日常の裂け目

日常性――同じことを繰り返す。退屈だが安全でもある。
この日常性も悪いほうへ転がると、生活習慣病というものを引き起こす。糖尿病とか高血圧とかはそういう原因だと聞く。私の本態性高血圧もそういうものから派生しているのかもしれない。塩分高めの食生活という生活習慣。

最近、日常の幕が破れたのは怪我をしたことだった。ひとつは雨の日に転んで背中の皮膚を大きくはがしたこと。もうひとつは一昨日に庭で草刈をしていたときに肩を岩にぶつけたこと。血がたらたらと流れたら一瞬青ざめた。血に弱いのだ。普段とは違うという緊張感がおきた。
そのあと手当てをしながら思った。子供の頃はこんな程度の擦り傷なんてしょっちゅうやっていた。血が出ても、唾をこすりつければ直ると放置した。いつから、こんなことにびびるようになったのか、弱虫になったのか。あまりに弛緩していて、私の日常性の幅が狭くなっていることか。

 今朝の電車のなか。私の坐っている座席の上の網棚に、若い男が重そうな荷物を突然どさっと無遠慮に置いた。脚を広げてえらそうにふんぞり返っている。じろりと見たら、ガンを飛ばしてきた。負けるものかと、ガンを飛ばし返した。そのまま品川まで行った。
品川で降りたら、その男も後ろからついてくる。(喧嘩になるかも・・)と思ったが、仕方あるまい。できるだけ、やばい部分を殴られないようにするかとカバンを握りなおした。
男は私を睨み付けながら去っていった。
 緊張したが、久しぶりに燃えた。

駅からセンター街をぬけて裏道を歩いていくと、前から3人の警官に包囲された男が来た。手錠さえないが、明らかに監視されて歩いている。すれ違うとき見たが、短髪のあごひげを生やした遊び人風の屈強な男だった。おそらく同行を求められて警察に行くのだろう。何をやったのだろう。ワイドショー的好奇心がわいた。

1週間前、センター街の入り口の路地で、血を流している少女を見た。そばに警官がいて、トランシーバーで連絡をとっていた。次の日、その場所に花束が供えてあった。致命的とは思えなかったが、少女は死んだのだろうか。事のドラスティックな展開に驚いた。

日常が(私なりの日常が)ときどき裂ける。

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by yamato-y | 2010-10-13 12:08 | Comments(0)


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