定年再出発  


懐かしい空
by yamato-y
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雨の日であっても

雨の日であっても

今朝は、目黒で円谷プロのMさんと会って打ち合わせをした。Mさんはこの夏大病をして危ぶんでいたが、すっかり恢復していた。言語も明瞭で、やや左足が不自由なぐらいだ。仕事への意欲も溢れていた。私も年初に大病した間柄。同病相憐れむではないが、互いにいたわりあっている。雨の、足元が不自由ななかMさんは凛凛とやって来て、去った。朝から嬉しい出来事だった。

出社して、メールを開くと、「清元」の番組に対する暖かい評価ばかり。有難い。半年の苦労が報われる気がする。それにしても、ハイビジョン放送でこんなに反響をいただくとは思いがけなかった。確実にハイビジョンの視聴者は増加していると実感した。

京都からも嬉しい便りが届いた。以前、このブログでも触れたHさんからの小包だ。なかにマルティン・ブーバーの『我と汝』と彼女が書いたエッセーが同封されていた。前に、Hさんの影響で『我と汝』を購入したが、悪い訳でとこぼしたら、このみすず書房の良訳を送ってくれたのだ。気遣いに感謝する。
それにしても、エッセーを読んで25歳のHさんの深い思想に驚く。彼女はブーバーに大きな影響を受けて、今を生きている。彼女の言及する事柄で、関係性、応答、責任ということがずしりと私に響いてくる。この問いについては、もう少し考えていくことにする。

昨夜の鍼治療での代理先生は、私の番組をよく見てくださるのだが、愛読書が神谷美恵子の『こころの旅』と聞いて驚いた。意外なところで読者を発見した。なんとなく、今私の関心の周りに、神谷、ブーバー、がある。らしい。布置しているというべきか。
荘周は道を説く。だが、「道」は明らかに表現されたら、道でなくなると、西脇順三郎が記している。

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by yamato-y | 2010-09-30 12:38 | Comments(0)

思わぬ反響

思わぬ反響

あの番組を終えて、息をつめて事態を見守っていた。反響が怖かった。特に内部の人たちはどんな思いか不安だった。
本日、4名の生の声を聞いた。私の先輩にあたるNさんは番組の深度を褒めてくれた。あの登場する人たちはみな大人だ。これを見て感動するのも大人だろうという。そこはかとなく、自分のそんざいを伝えて行こうとする気性は、もはや60代以上だということか。

鍼に行った。本日は大先生は出張で、代理先生だった。その人は、私のこれまでのドキュメンタリーをよく見て暮れている人だが、事前の連絡をしていない。だが、本日、診察室で会うなり、「昨夜の番組見ましたよ」「予告を見たときから、きっとこれはYさんが作っていると思っていたら、やはり最後に名前が出て、私の勘は正しかった」と褒めてくれる。嬉しい。素直にその評価を喜ぶ。

でも、驚いたのは、日本の演劇界の大御所が、この番組に感動して涙したということを聞いたことだ。
芸を伝えるということの厳しさを日頃から痛感しているなかで、この番組に出会って感動したという評価を与えてくれたそうだ。

こんなふうに、内外のいろいろなところから反響が来る。私たちのメッセージが曲がって受け止められることがなかったことに喜ぶ。
清元榮三さんのポルトレが、実に江戸っ子で爽やかであったと聞くと、この数日、骨身を削ったことが報いられる。

ネットの反響もおおむねいい。なんと有り難いことか。

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by yamato-y | 2010-09-29 22:14 | Comments(1)

そして、翌日となり

そして、翌日となり

無事、放送が流れた。番組が終わってすぐ、両家元にはお礼の電話をした。
ほっとした。張り詰めていたものがばさりと落ちた。なんだか、深い疲労感のようなものがあふれ出た。
8時から9時29分まで、オフィスの大画面で視聴しながら、いろいろなことが去来した。
ともに見ていてくれた同僚といっしょに、10時過ぎ新宿へ行った。小さな祝杯をあげにゴールデン街とんぼに行った。まっかりで乾杯。ディレクターのF君は体に異変が出たと聞き、少し心配になる。

半年追いかけてきたことが形になったことで安堵している。とにかくデリケートな主題なので、画の組み立てやナレーションなど表現に相当気配りをした。けっして、ゾンザイな月並みな表現は避けたいと考えた。きっちりと大人の表現をしたかったのだ。

今回、何度も「隅田川」を聴いた。あらためて、古典の言葉の美しさにも目を開かれた。
「聞くより心乱れ髪 櫛けずるらん青柳の愛しわが子を尋ねわび千里行くも親心」
「わが子の姿と見えたるは 塚に添うたるさし柳 すいと塒を立つ白鷺の残す雫か露か涙か」
 今も、延寿太夫の声と梅吉の三味線が、耳朶から離れない。

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by yamato-y | 2010-09-29 11:03 | Comments(0)

2つの恋愛小説

2つの恋愛小説

なにげなく2冊、若い女性作家の恋愛小説を読んだ。
『ストーリー・セラー』有川浩
『49日のレシピ』伊吹有喜

読みやすい。最近の若者言葉の表現が秀逸なので、その会話体を楽しめた。読後は悪くない。「49日」は半ばですこし話がだれるが、まあテレビドラマのような作品と思って読み通した。
感心したのは有川の作品。筋の運びやキャラクター作りもうまいが、構成が実に巧み。さらに、言葉づかいが多彩でかつ今風でもあって、その才能に驚いた。前から東浩紀らが評価していたことを思い出した。
東と有川の共通点はSFではないかと推測する。それとネットで検索したら、彼女は歌人であり俳人でもあるとか。道理で、言葉が「猥雑」だ。

たしかにライトノベルと呼びたいほど、軽さがあるが、これは何も人生に対して軽いということではない。神谷美恵子の説く「こころの旅」を生きている若者の、今の姿だと思った。

それにしても、今の若い男の内面がこれほどナイーブだということが、私にはどうも実感できない。電車で脚を投げ出して、ケータイしか見ていない男、ネクタイをして営業しているような男の尊大さ、からほど遠く、ここに描かれている若い男は、女性から見た理想像ではないかと言いたくなるのだが。

 今回の清元の編集の間、ほぼ毎日居酒屋へ通った。升酒とイカの刺身だけという滞在30分の晩酌。そこで見たのは、女同士の客や中年男の不倫カップルだった。たまに若い男たちのグループもいたが、声が大きく騒がしいだけだった。そこからかいま見る今の男女だが、それほど繊細には見えない。

 でも、『ストーリー・セラー』に出て来るような男女が、現代に生まれているとすると、世の中はかなり変わっていくだろうし、面白そうなのだが。とにかく、私のような男と違って、家事、炊事が出来る男というのは不思議で仕方がない。
そういえば、うちの豚児も料理をするのが好きだといっていたか。

 昭和40年代の「映倫」に関するドキュメントを手に入れた。ピンク映画の審査の裏側が知れる。猥褻とは何かということもさりながら、当時の男女の心のありばえにも迫っていて面白い。今の男女とは違う、野卑な性愛がそこにはある。現代のそれと比較したいという欲望がわいてくる。

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by yamato-y | 2010-09-28 11:11 | Comments(1)

番組の案内

清元の清き流れ

いよいよ明日となった。
ハイビジョン特集「若き宗家と至高の三味線 ~ 清元二派 88年ぶりの共演 ~」
本放送:NHK-BShi 9月28日 20:00~21:30 (89分)

歌舞伎や舞踊音楽として知られる浄瑠璃「清元」には2つの流派が存在する。延寿太夫率いる清元宗家=高輪派と、三味線の梅吉が率いる清元流=梅派。戦前に両派は袂を分かったまま、以来同じ舞台に立つことのなかった。その両派の共演が、一昨年に決定された。88年ぶりに両派が同じ舞台に上がるのだ。そして、2010年、年が明けてすぐに稽古が始まった。
流派の規模格式から言えば宗家が圧倒的に大きいのだが、七世延寿太夫(52)は父の急病のため役者の世界から突然清元へ転身した若き宗家。もう一方の家元、四世梅吉(78)は物心が付いた頃には自然に三味線が弾けたという逸材。天才肌の三味線弾きとして知られる。宗家は梅吉に教えを乞う。それに応えて私欲を捨て指導する梅吉。やがて二人の間には芸の継承を通して親子のような情愛が芽生える。
しかし、88年断絶の壁はけっして小さくない。両派の側近たちの思いは家元とは微妙に異なるのだ。二人だけの稽古が終わり、人間国宝ら側近が稽古に加わった時、さまざまなことが露わになってくる・・・・・。
番組は、二人の最初の稽古から大本番までの217日間を追う。

この出来事を、句にしてみた。
清元の流れひとつやななかまど

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by yamato-y | 2010-09-27 19:57 | Comments(1)

陋劣なこと

その気持ちは分かる

ある研究者から聞いた。
Aさんは、長くこつこつと研究してきたテーマをある機会に発表することになった。その主題には他にも賛同するものがいるということを示すために、共同の提案者をたてた。その人Bさんに内容の理解を得ておくために、研究してきた事柄や資料を送った。発表は無事行われた。

しばらく経って、その主題と酷似した研究が国の助成を受けていることを偶然知った。国に申請したのはBさんである。50字ほどの要点を書いた文章には、Aさんがあたためてきたコンセプトが少しだけ形を変えて記されてあった。Aさんの悲しみと怒りは推測してあまりある。
ひどいものだ。学者の良心なんてことはまったくBにはないらしい。
他の研究主題をパクるということは、自分のメリットにするばかりでなく、元の研究者の可能性も奪うことになるのだ。

このブログを見ている人から時々言われる。業界の人も読んでいるから、あまりネタについて書かないほうがいいのではと。ご親切なことに感謝するが、私は気にしていない。正直にいえば、ここで書くということは、ある程度知られていたり、私自身の取材が進んでいるときに書いたりしているから。

テレビの世界では、パクリというのは珍しいことではあるまい。ヒットしたネタであればすぐに「柳の下の2匹目のどじょう」を狙う輩が出てくるのだ。逆にいえば、パクられるほどのネタを作り上げろということもある。

Aさんよ、気を落とすな。むしろ、その研究を早く進めて、早めに発表してみたら。この主題は私が先行してきた研究ですということを、書籍にして満天下に示せばいいのだ。
喧嘩して泣いて帰ってきた子に、もう一回行ってやりかえしてこいと、檄を飛ばしたい気分だ。

そういえば、去年、私もよく似た気分を味わったな。少年サンデー、少年マガジンのドキュメントを作っているときだ。放送の直前に同名の新書が出たのだ。まさか、内側から出るとは思わなかったから、怒り心頭に達した。番組で取材したことを、まるで自分が調べたように記してあったらしい。それを読んだ知人が教えてくれた。

番組には傷がつかなかったから良かったが、この出来事は忘れていない。もうしばらくしたら、この少年週刊誌の誕生の経緯をどんなふうにして調査して、情報を手に入れたかの顛末を書いてみようと思っている。そのための、小学館、講談社のOBのみなさんへの追加取材は終えている。
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by yamato-y | 2010-09-27 12:51 | Comments(0)

禁、輾転反側

禁、輾転反側

 やっと清元の番組が出来た。昨夜遅くだ。加賀美さんの味のある語りを吹き込んで、番組は「生き物」になった。
大風邪をひいていた加賀美さんが必死の恢復を期して臨んでいただいたコメント入れは、実に素晴らしいものとなった。この番組のPRは短いものが昨日あたりから出ている。

 ところで、木曜日の大雨の日に大けがをした。夕方の試写のため、編集室に向かおうと、東急本店通りを歩いていた。ナレーションのコメントのあれこれを考えていた。雨の日だからと、ポール・スミスの古い靴を履いていた。雨粒はますます大きくなり降きふりになった。途中、小腹が減ったのでうどんでも食べようかと店をのぞいた。店には誰もいなかったので、きびすを返した。その店先から公道に降りるところに段差があって、鉄製の羽目板が架かっていたので、それを踏んだ。途端にツルリと滑った。あっと思って左手を差し出したが、体が落ちるほうが早く、左脇腹をコンクリートの階段に打ち付けた。

 息がつまるほどの痛みが走った。まずい、肋骨が折れていると厄介なことになる。すぐに負傷したところを、手でぐいぐい押して確かめた。骨折していればその手の圧力で痛みが激しくなるはず。幸い、それらしい痛みはない。擦過した手のひら大の傷が痛いだけだ。どうやら出血もあるようだ。触ると少し濡れていた。

 その痛みのまま、道玄坂の編集室に行くと、作業が追い込みでみんなばたばたしていた。
一段落したところで、スタッフたちに脇腹を見てもらった。「ひりひりするのだけど、血が出ているか」と聞くと、一同、ぎょっとした顔となる。「それほど多くないが、血は出ている。それよりも皮膚がかなりはがれていますよ」と心配そうな口ぶり。夜の8時を廻っているから医者もやっていない。しかたがないから、家にもどる。
家人に見せると、傷の大きさに唖然としている。そんなに大きいのかと、体をよじって鏡で見ると、ハガキ大の傷があった。出血はたいしたことがなさそうだが、膿みが少し垂れていた。明日の朝、早く医者へ行くべきと心配げに苛立つ。とにかく、傷口をシャワーで洗い流して、消毒だけでもやるべきと、マーキュロを振りかけられる。飛び上がるほど、薬液がしみる。ガーゼを上からあてて、絆創膏を貼った。あまりの痛みに声もでない。折りあわせた娘が大きな声で呆れる。「こんな年齢になって、こんな大きな怪我をするなんて信じられない」
うるさい。何もしないで見ているだけで、ぎゃあぎゃあ言うな。と内心で悪態をつく。

金曜日の朝、駅前のムトウ皮膚科に行った。ひどい傷だが骨折はなさそうだから、レントゲンは撮らなくてもいいでしょうという医者の見立て。塗り薬と抗生物質だけもらった。その日一日、傷はうずいた。
土曜日つまり昨日も、10時半からナレーション録りで出社。一日スタジオにこもっていた。夜遅くに帰宅。
一通り仕事も終わったということで、寝酒にハイボールを一杯やった。久しぶりに11時には床についた。
夜中に寝返りをうつと、脇腹に痛みが走り目が覚めた。以後、体の輾転反側が気になって眠られず、今朝となる。とんだ災難だ。
忌々しいのはあの鉄製の羽目板とポール・スミスの靴。どうやら、靴の裏はラバーでつるつるしていたようだ。3年前にパリで買ったものだが、ださくなって雨靴として履いていたが、これからはもうやめよう。

 なぜこんなことになったか。元々、歩いていて考え事をする。ぼーっと歩くのが好きなのだ。通いなれた道だから、脚は自動化させて歩く。頭のなかでは、仕事のことやら映画、漫画のことやら、友人のことやらをあれこれ考える。いきおい注意力が散漫になっている。それが証拠に、物忘れがひどい。電車のなかに傘を忘れ、切符の精算機で定期券を忘れ、会議室に眼鏡を忘れ、そば屋のテーブルに財布を忘れるシマツである。これまでも幾度もぼーっと歩きでひどいめに遭っているのだが、いっこうに治らない。治そうとする気が、実はない。

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by yamato-y | 2010-09-26 11:26 | Comments(1)

山場にさしかかり

山場にさしかかり

連日遅い日が続いている。昨夜も10時過ぎまで東銀座にまで出動した。
今夜も、作業は10時から始まる。明日から、いよいよマルチ・オーディオ(MA)作業となる。その準備に余念がない。だが、心に波立つことがあれこれ続く。

今朝も心を落ち着かせるために、神谷美恵子の「こころの旅」の向老期を読んだ。50歳を超えて65歳ごろまでを、神谷は向老期と呼んで、老年期とは区別している。ちょうど老年に入る準備期ということだろう。このときこそ、自分の生き方に対してエポケー(判断停止)を与えるべきだと書いている。自らの人生の意味を問うたり、意味づけしたりするのでなく、おおいなる他者にその判断を委ねるべきだというのだ。

俺が俺がとやってきた私自身のテレビ人生もたしかに終わりが近づいている。その汀にいることは老眼になったりトイレが近くなったり癌になったりすれば、いっそう明らかなことだ。制作する本数もめっきり減った。
とにかく徹夜ができない。ポスト・プロダクションに入って、編集作業の後半になってくると体がへばってくる。今も、コメントの直しをやっているのだが、3時間詰めると、息切れしてくる。気分転換のつもりで、しばらくご無沙汰していたブログに向かったのだ。

神谷は、向老期に入ったら、「執着のない関心」をもって若い世代と交わることをすすめている。たしかに、自分の損得利害などをうち捨てて、新しい人たちのために何かを「お手伝い」するなにがしかを自分のなかに打ち立てるべきかもしれない。

昨日より気温が10度以上下がった。豪雨が降って、カーディガンが必要なほど寒くなった。これで一気に秋が進むのだろうか。秋分の日。人生の秋の出だしであったりして。

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by yamato-y | 2010-09-23 18:36 | Comments(0)

映像や漫画など

いろいろな映像や漫画を参照しながら

戦争の記憶という主題で、この1週間講義したり考えたりしていくなかで、ずいぶんたくさんのテレビドキュメンタリーや映画、書籍、漫画を見たり読んだりした。
授業で使用した映像は、「農民兵士の声が聞こえる」「忘れられた女たち・中国残留夫人」「耳鳴り」「ヒロシマに一番電車が走った」「夕凪の町・桜の国」「調査報告・地球核汚染」。「ベトナム戦争サワダ」は別の場所であったが学生たち共に見た。
そして、この3日間に、家にこもって見たのは、日本映画「雲ながるる果てに」(家城巳代治)、「戦ふ兵隊」(亀井文夫)「ジョナス・メカス、リトアニアへの旅」「マイセン幻影」。
そして、漫画「この世界の片隅に」(こうの史代)の上中下巻だった。
あ、そうだ。何気なく手にとった古井由吉の「白暗淵(しろわだ)」も読んでみると、あの戦争の記憶がモチーフとなった作品であった。

「雲ながるる果てに」を見て気づいたのだが、ラストシークェンスの特攻機が沖縄に飛び立つ日に駆けつけるパイロットの両親と恋人の話。最後の対面もなく、機影が南の空に去っていくシーンは、「紫電改のタカ」のラストとそっくりだということ。特攻の物語化のパターンを垣間見た。さらに、飛び立つ前夜に、兵隊たちが大騒ぎする場面。ある兵隊が鴨居にとびついてぶら下がるのだが、この宴会芸はある伝説的カメラマンの酔ったときの習性だということを思い出した。若死にしたそのカメラマンは、きっとこの映画を見て、その座興を覚えたのだろう。彼こそ、名作「耳鳴り」を撮影したフィルムカメラマンだ。

ジョナス・メカスの作品は、前に一度ざっと見たことがあるが、今回ムサビのアーカイブスにあるのを知って、じっくり見てみることにした。とにかく性能の低いカメラをぶんぶん振り回しながら「帰郷」を撮っていて、とても商品に耐えうるものとは思えないのだが、おまけに編集も直感的につないでいて、かなり独断的なモンタージュなのだが、見ていると不思議なノスタルジーが湧いてくる。なにより、作者の声が終始流れるのがいい。作者の心情が言霊と痙攣的な映像の交錯から浮かび上がってくるのだ。私らのようなテレビドキュメンタリーの人間にはけっして許されない、超絶的な技法だ。

げっぷが出るほど映像や画像を見たが、もっとも心に残ったのは、こうの史代の漫画「この世界の片隅に」だった。メカス同様分かりにくい漫画だ。一読では掴めないものが多くある。だが、読み終えたあとの深い感動は否定できない。戦前の広島で生まれた主人公すずが嫁いで呉に行き、そこで空襲を体験し、数ヵ月後に広島の原爆を遠望することになるという物語だが、私の心を捉えたのは、次の場面の齣だった。
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新妻であるすずの所へ、幼馴染の水兵の水原が訪ねて来て、ふたりだけになったときに起こした水原の行動。志願兵として死ぬことを覚悟した水原がとった態度。幼馴染の人妻への超接近。いとおしげにすずの顔を撫で回す。だが拒否され、水原はすずの夫を愛しているということを聞かされて諦める。その理由が、「夫を好きだなんて普通じゃのお」という言葉で諦めるのだ。世間が普通でないことばかり求めるなかで、普通の態度をとるすずに水原は感動をもする。と同時に、拒まれたやるせなさもそこはかとなく漂わせもする。屈折した水原の思い。ふとどきで怪しからぬという倫理にはおさまらないものが画面のなかから溢れて来るのだ。
漫画がかくも深い表現をなしうるということを私は改めて知った。この漫画についてはもっと研究する余地がある。

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by yamato-y | 2010-09-20 14:34 | Comments(0)

穏やかな日差しが

集中講義を終えて

昨夜、戻って、編集の最終チェックに立ち会った。古典芸能の独特の言葉遣いなども、関係者に見てもらって、丁寧に89分の番組は仕上げられた。ディレクターはよくやった。東京と京都を往復しながら、なんとか編集を乗り切ることが出来た。
この週末には敦賀へ戻って、久しぶりに実家の空気の入れ替えでもしたいと願っていたのだが、やはり本番放送を控えた番組の編集作業を優先することにしたのだ。

朝6時。ベランダに秋の陽が差し込んでいる。穏やかで静かで、鳩の羽ばたきすら聞こえてくる。
メールをチェックすると、訃報がいくつかあった。直接知っている人たちではないが、業界関係者だ。年齢は60前後ばかり。同世代が駆け足で去っていくのだ。こんな長命の時代なのに、早い人は早い。だが、休日の朝に鳥の囀りを聞いてぼんやり来し方を思ってみると、人生の終わりなんて自分で決められるわけでなしと、呟いてもみたくなる。

 学生たちと混じって映像のことを話し合うということは、どれほど元気をもらえるものか。京都からの帰りの新幹線のなかで、彼らが書いたリポート「この講義を聴いて」を読みながら、高まるものを抑えることができなかった。

 今回の授業のテーマは、映像は戦争、原爆をどう描いてきたかである。7本のドキュメンタリーをまるごと視聴し、5本ほどを部分見して、映像のもつ特性、限界などを考えた。
「農民兵士の声が聞こえる」という80年代の番組を見て、こんな感想をある女子学生はもった。
《その番組の構成、描写、BGMにも注目してみました。その番組で何が伝わるか、何が伝わらないかをぼんやりではありますが感じることが出来たような気がします。農民兵士のドキュメントでは女性の目線が一切省かれていたり、という風に。》

 ある男子学生は、戦争のドキュメントには原爆を扱ったものが圧倒的に多いことにこんな疑念をもらしている。
《全国各地で空襲の被害はあり、それらの被害はテレビでほとんど取り上げられないように思う。たしかに広島、長崎に比べれば被害は少ないかもしれないが、なぜそうした被害をとりあげようとしないのか。どうも広島・長崎が特権化されているのではないかと思う。》

映像表現で、ヤラセと演出のハザマについて考察する人もいた。
《映像は作る際に、必ず作者の意図やメッセージがあるはずだ。それを作るために工夫をこらすわけだが、時としてそれはヤラセになってしまうこともある。しかし、どこからがヤラセであって、非難されるべきであるかは、判断が非常に難しい。・・・この問題は、これからも番組製作につきまとうであろう。だが、作り手側はヤラセというレッテルを恐れてはいけないと思う。番組制作に意図が必ず介在する以上、ある程度は開き直るしかないのかもしれない》プロとしても傾聴したい言葉だ。

1970年代から現代までの40年間ほどに制作された番組群。そのなかで、若い学生たちを捉えたのは、72年放送のフィルムドキュメンタリー「耳鳴り」であった。広島の被爆歌人正田篠枝の余命1年と宣告された、最晩年の日常を記録した静かなヒューマンドキュメンタリーだ。30分のフィルム構成である。
《すごく激しいシーンやショッキングな映像があるわけでもない。にもかかわらず私にとってはすごく衝撃的なものであった。例えば、化粧のシーン。何歳になっても女性という生き物は「女」である。化粧のシーンによって、主人公の女性の「女」の部分を感じ、そしてそこから彼女の「生命力」つまり「生きたい」という気持ちを感じた。》被爆者のもつ人間性を通して、原爆のもつ「反人間性」を学生はしっかり把握した。

この人は最後にこんなことも書いてくれた。《私は戦争というものについてあまりにも知らないと思う。まずは自分の国が起こした戦争について知ろうと思う。》

この学生たちの親も、私と同じように戦争を知らない世代である。でも、戦争の記憶というバトンを受け継いでいこうとする意志を、学生たちは持っていた。
《親も戦争体験者でない私たち世代にあって、後の世代に、もっと具体的には将来の自分の子供に対して、どのように戦争・原爆について伝えていくか、考えていこうと思った。いいかげんな伝わり方を防ぐためにも、生の声を現時点でストックしておくべきだし、ひとつの価値観によりかからずいようと思った。》

こんな声がリポートのなかからいくつも見出すことができた。教える側としては最高の評価をいただいた気になった。

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by yamato-y | 2010-09-18 09:22 | Comments(0)


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