定年再出発  


懐かしい空
by yamato-y
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馴らし運転

馴らし運転

昨日は足ならしに渋谷から護国寺まで出歩いた。構想している企画「マイケル・ジャクソンの生き方」についての議論をするため、
午後1時半に渋谷の西武地下のレストランで打ち合わせ。入院する前に、示しておいた私のアイディアがどこまで煮詰まったかを確かめるための打ち合わせであった。この企画の発想は面白いのだが、主人公となる経済学者が、どこまでテレビという表現を理解してくれるかがポイントになる、という点においてスタッフ一同共通理解となる。

その後、講談社に移動した。そこで待っていてくれたのは、旧知のタカハシさん。彼が音頭をとってくれて、マイケル・ジャクソンの著作権を日本で管理する人たちと打ち合わせの機会を作ってくれた。むろん、私のようなテレビ屋だけでなく講談社の書籍部の人たちも参加している。

史上もっとも成功したといわれるエンターテイナー、マイケル・ジャクソン。CDやレコードの売り上げは7億5千万枚。彼の残した遺産(著作物、財産)はあらゆる意味でギョーカイの大きな関心事となっている。しかも、彼は莫大な借金を一方で残していて、そちらにおいても係争中のものがかなりある。大きなタカラではあるが、触ると非常に危険な”遺産”。それに関わる、日本のエージェントの説明が、この席で行われたのだ。

年末に公開され話題になった「THIS IS IT」。彼の最後の公演を前に撮影されたリハーサル風景のドキュメントだ。この映画を制作した側は莫大な利益を得たようだが、その利益はマイケル側には一銭も還元されていない。同様に、年末に日本で出版されたマイケルの写真集は1万部限定で定価11000円の豪華本だが、誰が筆者なのか分からないあいまいな著作物だが、これとてかなりの売り上げをあげている。エンターテイメントの世界というのは、部外者にとっては不気味な暗黒世界である。

そういうなかで、一人の日本人ファンが、ジャクソン家の信頼を得て、1年間の期限付きである著作物の管理を任せられた。その代理人が昨日のミーティングの中心プレゼンターだった。商談の中身については触れないが、流行の出来事をビジネスにするというのはずいぶん肝っ玉の要るものだと、素人の私は感心した。

午後5時にミーティング終了。私はその足で神保町に出て、書店巡り。10冊ほど面白そうな本を購入。『平凡パンチの時代』は今朝読み終えた。加藤周一の戦後史談義の本を今から読む。

さて、渋谷で会ったスタッフにも、講談社のタカハシさんにも、今回の入院騒ぎの顛末をとくとくと述べた。「いいかい。早期発見だよ。そのためにはきちんと健康診断を受けなくては」
聞くほうは、私の顔を見てにやにや。
(バッカだなあ。なってから悔やんでも遅いのだぞ。いつまでもあると思うな、年齢(とし)と健康)

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by yamato-y | 2010-01-30 14:06 | Comments(1)

神秘の人びと

神秘の人びと

家の書棚をのぞいていたら、1996年発行の『神秘の人びと』という古井由吉の小説を見つけた。買ってはみたものの頭だけ読んで放っておいた本だ。古井という作家は難解だがなにか気になるところがあって、新刊が出る都度購入だけはしている。

今回、読んでみて分かったのは、この小説を書いたとき、古井は大病を患ったばかりだったのだ。闘病四ヵ月というから、かなり篤いものだったのだろう。当人も死ぬか生きるかの病と記している。その回復期に書かれたという文章は、今の私にとって親しい。つい、夜が更けるのも忘れて読んだ。

神秘思想というのは気になる。この小説の中心には13世紀のドイツの宗教思想家エックハルトの説教をめぐる言説というか、この言説をめぐる筆者の思いのようなものだ。
こんな話がある。ある修道士が神をあきらかに見たので、信仰を失ったという。普通なら神を見れば信仰が深まるわけではないか。なぜ、信仰を失うのか。信仰を失ったからといって背教者になったわけでなく、その人物は聖人になったという。聖なる背理というべきかと古井は書いている。神というはたらきというのは人智で計り知れない。その存在を認知することは常人ではありえない。ところが、歴史上、ときどきその神を見たという人たちが出現する。そういう人々のことに関心をもつ古井がこの書を表した。古井はドイツ語の教師でもあった。実は、私の教養部時代に講師として金沢に赴任していたことがある。そういうこともあって古井に親しみをもつ。

古井はこの作品のテキストとして、エックハルトを選んだ。私も前からこの中世の神秘思想家のことが気になっていたので、この本はジャストミートというところか。読了したところで、この本の感想を書くことにして、冒頭の章のなかで気になった箇所を抜書きしておく。
神を識ることと、神を信ずることは違うという指摘。この箇所にわたしは感じ入り、思わず目からウロコであった。神は見えず、聞こえず、触れずだからこそその存在を“信じる”のだ。見えて、聞こえて、触れて識ることが出来るなら、それは信じることではない。
昨年の母の通夜の折、牧師から教えてもらった東方教会の密教。「人には考えてはならないこともある」という言葉が甦ってくる。

古井が紹介するエピソード。ある労働することに熱心な女の座右の銘。神が語った言葉だと、その女は言ったという。

「病みくるしみほど、そなたはわたしにとって愛しき者となる。
 人から蔑まれるほどに、そなたはわたしに近くなる。
 貧しくなるほどに、そなたはわたしにひとしくなる。」

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by yamato-y | 2010-01-29 12:15 | 魂のこと | Comments(0)

春に来る人

春に来る人

長い間、音信が途絶えていたニューヨークの友人から連絡があって、春になったら日本へ戻って来るという。10年以上、連絡がとれなかったから心配していたのだが長い滞米生活をたたんで日本に帰って来るのだ。まずは、連絡があったことだけでも喜ぶ。

1995年の秋、私はニューヨークヒルトンで、エミー賞の表彰を受けた。そのときの通訳、コーディネートをしてくれたのが春来くんだ。非情に繊細な人で、いろいろなことに気配りできる人だった。本業はオペラ歌手である。彼の素晴らしい歌声も聞いたことがある。得意は啄木の「初恋」だった。当時、若かった彼も今では40代。やはり、故国が恋しくなったのであろうか。

 彼の思い出として、全米多発テロがある。あの日、知人はニューヨークにいて、ラガージア空港を飛び立つ直前に事件に遭遇し、およそ2週間あまり足止めをくらった。ニュージャージーの高校の体育館に収容された。その間、春来くんはなにかとこの知人の世話をしてくれた。このことも忘れがたい。

20年近く、異国に暮らした人が帰国するというのはいろいろな苦労もあるだろう。なんとか力になりたい。
今、東海道線の戸塚あたりでこの記事を打っている。体の馴らしのために湘南電車に乗っている。空一面にあつい雲が垂れ込めている。夕方から雨らしい。寒さは少し緩んでいるが、冬がれの風景は殺伐としている。

こうして、雨もよいの大磯に着いた。紅葉山はひっそりとしていた。家に入り、一階の私の部屋にもぐりこむ。部屋のなかが冷え切っていたのでガスストーブと電気座布団にスイッチを入れる。部屋が暖まると、目がとろとろしてきた。座布団の上に体を丸めて寝込む。
なんだが、安心した気分ですっかり寝込んだ。

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by yamato-y | 2010-01-28 18:50 | Comments(0)

雨の匂い

雨の匂い

1月に入ってずっと晴れている。私の足にも2度ばかりあかぎれが切れた。乾ききっている。夕方の天気予報を見ていたら、明日は久しぶりの雨という予報が出ている。
そういえば、ベランダに出て見ると雨の匂いがした。しけっているようなぐすんという感じ。しかも冬の氷雨でなく、春のやわらかい雨の匂いだ。

しばらく勉強していなかったから、2,3日まとまった本を読もうと思う。戦後史、特に昭和20年代後半から30年代末までを中心に読破しよう。ちょうど、藤子不二雄Aの「まんが道」の上京からトキワ荘に至る時代だ。まだ、敗戦の傷を持ちながら、新しい文化が胎動していた時代だ。この頃の「戦争の記憶」はどうなっていたのかを、改めて調べよう。

さらに、ベトナム戦争の歴史も押さえる必要が出てきた。今年秋のベトナム戦争開始五十年の特番の企画書の練り直しもあるから。少しずつ、頭が仕事モードに移行しつつある。

これまで見た映画で、雨がよく描かれたと思った作品は、成瀬巳喜男の「浮雲」の最終シーンだろう。胸苦しいばかりの驟雨の屋久島が忘れられない。今夜、成瀬の名作「流れる」を見ようと思う。

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by yamato-y | 2010-01-27 19:12 | Comments(0)

退院の日

1月26日 退院の日

いよいよ退院の日が来た。昨夜、主治医の中村ドクターから組織検査の結果も通知され、肝臓、腹膜、リンパ節への転移は見られなかったとのこと。おおむね良好に推移して、本日無事退院という日をむかえることができた。ほっとしている。

振り返れば、12月22日、母の亡くなった日に胃に不調があり要手術と通告されたときからおよそ一ヶ月。長いようで短い期間だった。
14日の手術以来、夜に目が覚めることは5回以上あったが、昨夜はまったくなかった。小用にしても切迫感もない。まあ、退院を得るにふさわしい状態まで復帰したということか。
1月一杯は自宅療養をめざす。寒い時期でもあるので、焦って職場に出ないほうがいいだろうというのが医師のアドバイス。
午前中に、荷物の整理をして、病院の支払いをすませ、昼から家に帰ることにした。

外の風は冷たかった。頬を切るような寒さだ。それでも、外を動き回ることができるのは嬉しい。

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by yamato-y | 2010-01-26 17:29 | Comments(4)

ふるさとは消えた

ふるさとは消えた

大江さんがインタビューでこんなことを答えている。
問い:この先、四国の故郷に戻られる計画はあるのでしょうか
「ありません。母親が亡くなって、私に故郷はなくなりました。」

この件を読んでどきっとした。私もそういう心境だ。母がいない故郷へ帰ってみたとて何があるか。何が待っていてくれるか。
21日の夜、末弟が見舞いに来てくれた。先週、敦賀へ帰って、母のことで近所に挨拶回りをしてきてくれた。その報告も兼ねて、面談室で、田舎の家のことをどうするかという話におよんだ。

三人の息子があっても、もはや誰も敦賀に帰る者はないだろう。いつまで、実家を空き家のままにできるだろうか、と弟は心配する。実際、今冬は雪が多く、庭の雪釣りの木もかなり傾いていたそうだ。ひょっとすると、庭木の1本や2本は雪折れするかもしれない。
いろいろな形見が家にはある。父母の写真、記録、父の茶碗、母の短冊、息子たちの品々。その一つ、一つの処分の吟味をすれば、いくら時間があっても足りない。私は弟にこう言った。「いざとなれば、一切合財をブルドーザに任せるしかない」
荒っぽいこととは重々知っているが、こうでもしなければ未練を断ち切ることはできまい。できれば、私だって実家を残しておきたい。あの町のことを胸に置いておきたい。
私のパソコンの壁紙は野坂山遠望の景である。幼い頃に親しんだ山は野坂山でなく、天筒山だった。テツツヤマ。つぶやくと、山の風景、父母の若い顔、ともだちが浮かんでくる。そういう思いを抱いたまま老年をむかえ、500キロ離れた湘南で故郷慕うことは辛い。
いっそ大江さんのように、「私に故郷はなくなりました」と宣言すべきでは。

大江最新作「水死」のなかで登場するコギーの母とコギーの合作の詩。
コギーを森に上らせる支度もせず
川流れのように帰って来ない。
雨の降らない季節の東京で、
老年から、幼年時まで
逆さまに 思い出している。

 森を散歩した。半時間ほどの散歩だったが、すっかり気分が一新した。オペラグラスをもっていったが、今日はなんと3羽ウォッチングできた。しじゅうからを目の前で見ることが出来たのは嬉しかった。

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by yamato-y | 2010-01-24 17:41 | Comments(2)

ちょっと嬉しいこと

ちょっと嬉しいこと

一時外泊で家に帰ってきた。メールをチェックすると、新年番組の評価がいくつか入っている。宮崎駿さんと養老孟司さんの対話番組の評判がいいのだ。総合テレビで放送した43分番組は再放送したらという声すらあがっている。

制作者が言うことでもないが、2バージョンのうち、面白かったのはハイビジョンの84分のほうだと思う。
実際、ネットで記事やコメントを拾ってみると、かなりみなさんは楽しんでくれたようだ。
厳しい予算のなかで作った番組が、こうして受け入れてもらえると、作るほうも励みになる。

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by yamato-y | 2010-01-22 19:59 | Comments(0)

遡って登録

遡って登録

18日に作成した記事を遅ればせがら、ここに提出しておく。

1月18日(月)快晴
今日も夕暮れは美しい。うす青くなった空に茜がうっすらと射している。午後4時45分。かくてまた日が終わる、新しき日をむかえることとなる。
三好達治の「冬の日」・・・
冬の日 しづかに泪ながしぬ
泪をながせば
山のかたちさへ冴え冴えと澄み
空はさ青に
小さき雲の流れたり

友人の高尾さんが見舞いに来てくれた。入院する前夜に、いっしょに国立遺伝子研究所の責任者を取材したことがあった。まさか、あのときあなたがそういう状態にあるとも知らず、打ち合わせに付き合わせたとあって・・・と、氏は恐縮していた。
そんなことはない。とても知的好奇心をかきたてられる主題だったから、自分にとっても苦ではなかったのだと、釈明。この人と、これから一緒に考えて生きたいと思う、重要な人だ。私と同じ昭和45年に入局、同期である。かの有名なNHKスペシャル「人体」を一貫して作り続けてきたサイエンス・ジャーナリスト。学生時代の専門はドイツ文学で、卒論にノバーリスを選んだという、大教養人でもある。

彼から学びたいものがたくさんある。今、二人が共通して思っているのは、他者の欲望で作られる番組ではなく、本当に伝えたいこと、描きたいことを作品したいということだ。
先日、阪神淡路大震災の関連で放送された、ラジオ「心の時代」の西橋さんがインタビューしていることに感動した。深い心の傷をもったインタビュイー(インタビューを受ける人)に対して、実に丁寧にかつ本質的な質問、共感を表す西橋アナに感動した。急くでなく誘導するのでなく、インタビュイーの気持ちを損なわずに、二人で協働して主題を作り上げていく姿勢に、西橋さんの長い経歴と気高い人格が美しく反映されていた。
と、そのことを高尾さんに語ると、彼も興味深そうに一冊の本を提示してくれた。
『寡黙なる巨人』(多田富雄・集英社)。高尾さんが長く交流してきた世界的免疫学者である。彼は十年ほど前に発作を起して、右半身不随となり嚥下障害となり、言葉を発することを奪われたのである。私が考えるなかの最大値に近い地獄を体験している人だ。その人の発病から新しい人として生まれ変わるまでを描いた(ワープロを使って、自身で執筆した)エセーだ。

彼から借りたこの書を、今夜早速読むことにする。その心の余裕がやっと私に生まれた。というのは、長く腹部から出ていた2つのドレーンを撤去し、頚椎の痛みどめの仕掛けも外された。今、私の左腕に一本点滴が刺さるまでの身となり、やっといくらか開放感を持ちえた。それだけではない。多田の新生はどうして可能となったのかを、ぜひとも知りたいという思いがあるのは言うまでもない。

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by yamato-y | 2010-01-22 19:29 | Comments(1)

1月20日(水)晴

1月20日(水)晴

今日は気温が上がって、4月上旬の19度にまでなるらしい。先週の寒波から一転した陽気となっている。
昨夜の就眠までの点滴を最後に、私の体からすべて“付属物”が消えた。
昨夜11時、ナースが来て、私の右腕に刺さっていた、栄養と抗生物質の混入した点滴の管を外した。「もう、この後の液はないですからね」とナースが伝えた。消灯で暗がりになっているが、ちらっとみえた笑顔が天使にみえた。
ということで、昨夜は両手両足が自由になったまま眠ることができた。

午後3時過ぎ、ちょっと外出して、このブログを打ち込んでいる。

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by yamato-y | 2010-01-20 16:08 | Comments(6)

マイバースディ

1月19日(マイバースディ)快晴

昨夜、点滴1本になったので睡眠がかなりとれると期待したが、外れた。
深夜零時以降、1時間毎に排尿で起きた。だから5回ほど目を覚ましたことになる。
そして、6時起床。意外に目がきちんと覚めた。日は明けていなかったが、今朝も青空になるだろうと予感させるような澄み切った大気。
本日、私の誕生日。62歳になる。病院でむかえることになった。

昨夜床について、寝床のなかでふと思った。小津安次郎は60歳の自分の誕生日に死去した。ぴたり六十年の人生であったのだ。60であのような人生を描く作品を50本も製作していたのだと思うと、私は気が滅入った。なんと馬齢を重ねていることだろうか。
去年の夏、母が発病した頃に夢が現か忘れたが、母は年内の命であり私は61歳で死ぬという直感をもった。だいたい、私はそういう勘は働かないほうであるが、実際に母が歳末12月22日の他界したときにはいささかぎょっとした。このデンでいけば、1月の19日の誕生日までに俺も逝くかもしれないなという、強迫観念が深々と刺さった。
正直に言って、昨夜は深夜を越えるまで不安があった。12時までに、術後の異変でも起きてぽっくり逝くのかと思った。日頃、死んでもいいなあなんて言っているくせに、いざ近づいてきたら慌てふためく自分を軽侮し、かつ憐れんだ。
11時45分に排尿を終えてベッドに入って眠りにつくまで、一抹の不安を胸に眠りにつこうとしていた。お笑い種の所業ではあるが、当人はきわめて真面目に悩んでいた。

今朝から食事が始る。絶食を始めて5日目、食事再開にあたって、ナースからいろいろ注意をされる。特に、最初の食事はできるだけゆっくり食べよと指示される。
8時、来た。重湯、味噌スープ、プロティンマックス(メロン味)、ブイクレスベリーズ(ブルーベリーの果糖)。
最初に口にしたのは味噌スープ、味噌汁の具のないものだ。久しぶりに食の香りをとりこむ、やや感動。続いて重湯。味噌スープの鋭い味と違って包容力のあるぬくい味、米の炊き上がる匂いのようなかすかなものがあった。母性の味とでもいうか。風邪をひいたときに母が作ってくれたお粥を思い出していた。

62歳。思えば遠くに来たものだ。お爺さんだ。ついこの間までアイビーだ、テイメンだと騒いで、自分でもガキだと思っていたが、今では29歳と24歳の子どもの父で、定年後を生きている。今も、私が70年代当時の意識を引きずることを可能にさせたのは2004年に出会った「冬ソナ」にちがいない。あのユンさんの作り出した光景は、まさに私の青春風俗と重なるものだったから。いや、いささか違うか。私たちはもっと貧しかったかもしれない。いずれにしても、「冬ソナ」というのが挟まったおかげで、62歳の私にはまだ青春の残滓がある。

午後3時過ぎ、二人の客があった。アナウンス部の岸さんと渡邊さんだ。明20日に、大江さんと打ち合わせをすることになり、その事前の準備をしておきたいと来たのだ。岸さんは「こんな時に申し訳ないのですが」と盛んに恐縮していたが、私のほうで了解をしたのだから気にしなくていい。打ち合わせは予定の1時間を大きく越えて4時半過ぎまで続いた。

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by yamato-y | 2010-01-20 16:02 | Comments(0)


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