定年再出発  


懐かしい空
by yamato-y
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女ひとり大地を行く

女ひとり大地を行く

娘が来て、DVDを見るというので、そばで見た。ヴィムヴェンダースの「アメリカ家族のいる風景」だ。ご相伴で見始めたのだが、この映画は私の映画だと思った。
サム・シェハードの主演する60前後のB級西部劇映画スター、ハワード。若い頃は好きなことをやりつづけてきたくせに、人生の終わりが見えてきた途端に人生が分からなくなり、仕事の現場であるロケ地から逃亡する。そして、生まれ故郷に帰り、30年も会わなかった母親と再会。
そこで、意外な事実を知らされる。彼が放埓な映画スターだった頃、西部劇のロケ地モンタナで知り合った女との間に息子がいると、母親から知らされるのだ。

この60前後の男が故郷へ帰って、母から叱られる光景は、ここ数年京都の帰りに立ち寄ったふるさとで、母と対話したものと似ていて、身につまされる。
好き勝手なことをやってきた60歳の男が、死ぬということがみえてきた段階で人生に悔いを持ち始めるというストーリー。こんなに格好いいものではないが、番組作りに打ち込み、家族や親のことなどお構いなしに走って来て、定年と同時に自分を見失ったという私。・・・娘の映画ではなく私の映画だと言ったのはそのことだ。

映画の物語は、まだ見ぬ息子を探していく旅となっていく。西部のうらぶれた中都市、そこに昔の女はいた。今はウェイトレスになって店を任せられている女ドリーン。この役を中年となってさらに味わい深くなっているジェシカ・ラングが演じている。ドリーンは30年前に映画スターのお手つきにあって子供を身籠り、そして生んだ。子供が生まれたときだけ、ハワードの母に連絡してきたが、その後は、未婚の母でありながら、息子をよく育て、人生を誇り高く生きている。そこへハワードはのこのこ顔を出し、おまけに彼女にいっしょに暮らそうかと言う。それに対するジェシカの反撃がいい。
今更なんだ、自分が逃げたくなると利用しようとする根性。ハワードでなくカワード(卑怯者)だと罵倒する。
―そして、別れ際に、男に寄って、最後の口付けを与える。そして、未練もなくさっと振り切っていく。この未婚の母の誇り。人間としての勝利。

ここで、私は太田静子、治子の母子を思い出した。戦時下に太宰治と出会い、戦後まもなく結ばれた静子と太宰。そして、子早い女はこどもを身籠った。それを知ったときから太宰は静子を遠ざけていく。邪険な態度をとられても、静子は毅然と治子を生み、育てていくことを決意したのだ。
私はドリーンの美しい生き方に感動した。同様に、太田静子の選んだ生き方にも感動する。
あとで、調べてみると、主演のサム・シェハードとジェシカ・ラングは本当の夫婦だという。さすがだ。見事な演技であるし、サムもジェシカも最高の知性だ。

缶ビールを片手にこの文章を書いているから支離滅裂となってきた。だが、今も昔も、未婚の母を生きぬく困難は並大抵ではないはずだ。未婚の母という体験ではないが、アグネス・スメドレーという女性もまた独立的(インディペンデント)に生きた人だ。彼女の著書に「女ひとり大地を行く」があった。この映画、そして太田静子の生き方を思っていると、この本のタイトルが頭に浮かんだ。

この映画の原題は「Don't come knocking」。英語は苦手だが「ノックしに来ないで」とでもいう意味だろうか。これってドーリーのセリフにちがいない。ところで、この映画にはもうひとり魅力的な女性が登場する。それはもうひとりの隠し子の娘スカイだ。

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by yamato-y | 2009-08-30 14:55 | 魂のこと | Comments(1)

おいなりさん

おいなりさん

あまり大きな声ではいえないが、母は料理が苦手だ。幼い頃はそんなものだと思っていたが、長じて他所サマのごはんを食べると、母は料理は下手だったなあと分かるようになった。娘時代から家事手伝いより本を読むのが好きだったと、料理が下手なことは自認している。一つの理由として牛肉が怖いということがある。子供の頃、遠足で牧場に行った。そこで弁当を食べていたら、友だちが「美代ちゃん、あんたの食べてる肉は後ろのあの牛やで」とひやかした。振り返ると、肉牛が大きな舌を垂らしてよだれをいっぱい溜めていた。この不気味が母のトラウマになった。以来、一切肉類は口にしない。自分が食べないものだから、肉料理はほとんど作らなかった。考えてみれば、私の小学生時代はベジタリアンだった。

その母だが、運動会の弁当などはそれなりに作っていた。校庭で食べるいなりすしなどは、私の幼年期の思い出だ。

結婚して、妻はすぐに母の料理が下手なことを悟った。母は作るより、作ってもらったのを「おいしい、おいしい」と言って食べるのが好きだったから。
私が運動会の思い出を語ると、妻は内心不思議に思っていたそうだ。
ある日、妻は母に尋ねた。
「運動会のお弁当のいなりすしって、意外に難しいですよね。おかあさんはいつもどうやっていました」

すると、母はけろりと言った。
「ああ、あれか。あれはなあ、お隣のカタオカさんの奥さんに作ってもらっていたんや」と。

ええ!私はおふくろの味と信じて、運動会のおいなりさんを思っていたけど、それはまっかな嘘。50年間、あの母の笑顔に騙されていたのだ。

そんな母だが、唯一おふくろの味がある。「にしんなすび」だ。京都のおばんざい料理の一つで、ちょうど今頃の茄子の季節の煮物だ。みがきにしんと茄子を甘辛く煮込んだもので、私は田舎へ帰るとそればかり食べている。
母も、これだけは自信があるとみえて、バカの一つ覚えでこればかり作っている。

その「にしんなすび」を、今年の秋は食べることができない。

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by yamato-y | 2009-08-29 12:27 | Comments(0)

生と死の欲動

生と死の欲動

人間を行動に掻き立てる精神の働き、無意識の衝動をフロイトは欲動と呼んだ。生に向かうものと死に向かうものがある。太宰治は死の欲動に憑かれた人であった。2回の自殺未遂を犯し挙句心中を敢行する人生。たえず、心のどこかに死にたいという願望が渦巻いていた。それは否定さるべきものと太宰は倫理としては分かっていたが、欲動はじりじりと彼を死の側に追い込んでいく。

 昭和16年、戦争が始まる直前に、太宰は太田静子と出会う。太宰の鎌倉情死事件を題材にした『虚構の彷徨』という作品は静子の心を捉え、静子は太宰にファンレターを書いたことから二人は出会うのである。死の欲動を主題とする『虚構の彷徨』に惹かれた静子も、当時死の淵にあった。愛のない結婚から生まれた子供を失い、離婚をして自分を責めていた。そんなときに、心中で生き延びた男の呵責を描いた『虚構の彷徨』は、静子の心境とぴたりと重なったのである。

とはいえ、太田静子は元来は生の欲動の側にある人である。正直で文学の好きな女はコケティッシュでもある。妻子のある太宰に恋をし、まっすぐぶつかっていく。一途なエロス(生の欲動)は太宰を苦笑させ面白がらせ、やがてその恋の演劇に太宰も積極的に加担し没入していく。その極致が、静子の書いた手紙「赤ちゃんがほしい」である。赤子の誕生こそ生の欲動の果実にほかならない。

この二人の戦時下の緊迫したなかで交わされた対話を、二人の子である太田治子が読み解く。それが、現在制作中のETV特集「斜陽への旅」である。昨夜、2回めの編集試写が行われた。番組の尺は90分だが、昨夜のバージョンは3分オーバーの93分あった。前回は110分だったから、だんだん番組の輪郭が露になっている。太宰生誕100年を記念して企画されたものだが、そういうちなみものだけではない作品になりつつあると、プロデューサーとしてひそかに考えている。だが、佳作となるまでまだまだ道は遠い。編集アップまでまだ1週間ある。気を緩めてはいけない。最後まで、太宰と静子の真意は何であったかを追求しつづけ、二人の恋の真相を浮き彫りにするなかで、番組は成長するはずだから。

この二人の恋を背景にして生まれた小説が『斜陽』である。没落した貴族の母と娘の話であるが、未婚の母となった娘は最後につよく生きていこうと決意するところで幕を閉じる。これは、太宰のなかでも「明るいほうへ」向かった数少ない作品のひとつとなる。
明るいほうへ――生の欲動の勝利になる。

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by yamato-y | 2009-08-29 10:23 | 登羊亭日乗 | Comments(0)

大気がある星で

大気がある星で

 下町の住む人からリクェストされたことが心に響いた。母の詠んだ短歌が、私以外にも感じてもらえることがあるということを、私ははじめて知った。
歌の背景や環境、事情が分からない人には、この歌が伝えようとしているところなど見えてこないだろうと、私は思い込んでいた。

 文学というのものは普遍的なものをもっているということは、文学理論を勉強してきた者として知ってはいたが、まさか母の短歌がそれにあたるとは到底思えなかったから、そんな大それたことは考えてもいなかった。

 高度な表現を備えておらず、身の回りのことしか詠んではいない。それでも、雪の日のクリスマスのことや、遺影に向かう夏帽子のことなどを、わがことのように感じとっていただけることがあるのだということを今回知った。それを知ったときは驚きであり喜びともなった。この出来事を早く母に伝えてやりたい。下町の人、ありがとうございます。よかったら渋谷神山町までご連絡ください。

 元気だった頃に短歌について母に聞いたことがある。あんたはどんな歌が好きなのか。ちょっと思案してから母は言った。
「斎藤史さんのような短歌は立派だと思うけれど、私はやはり石川啄木のような分かりやすい短歌が好きだし、そういう歌を詠みたい」斎藤さんは現代を代表する歌人で、高い教育を受けた女性らしく人生の深淵を詠んだ歌が多い。2.26事件にも関わったことがあり高い調子の歌が特徴である。母はそういう短歌は尊敬するが好きではないということだった。
今、まとめて母の歌を読むと、たしかに調べがよく分かりやすい歌が多いことに気がつく。

 前にも書いたが、ダンテの「神曲」には天国と地獄と煉獄が出て来る。地獄には大気がなく業火が燃え盛ったままだが、煉獄には大気があって雨が降り風が吹く。だから緑がある。
私たちが生きている此の世界にも大気がある。夏の暑い日差しがあって汗をだらだら流し、秋風が吹いてくしゃみをする。憎らしげに夾竹桃の赤い花が咲き誇る。こんな何気ないことでも、生きているということにつながっていく。

 この数日、テレビを見ても映像がしっかり入ってこない。町を歩いていても、ときどき昔の思い出がフラッシュバックして顕われる。昨日もりんかい線に乗ってお台場のほうへ向かっているとき、揺れる電車のつり革越しに少年時代のラジオ体操の姿が浮かんだ。私ということではなく、こどもたちが体操をしている早朝という光景のようなものを見た、というか感じた。

 残暑がきびしいせいもあるかもしれないが食欲がない。これといって食べたいものはない。昨夜は仕事仲間と久しぶりに焼き肉を食べるには食べたが、酒もそれほど呑まなかった。これから、ETV特集「太宰治」の最後の正念場にさしかかるのだが、いつものような闘志がわいてこない。来月の集中講義のためのノート作りも身がはいらない。奮い立たせなくてはと自分に言い聞かせているのだが、どこか他人事のように思えてしまう。
 
 昨日の朝、藤沢駅で人身事故が発生し、電車のなかに50分閉じ込められた。走行時間も含むと2時間電車に乗っていた。冷房がきつかったので、途中から下腹がしくしくした。我慢していると冷たい汗が流れた。窓の外の線路脇の夏草が風に揺れていた。
このとき、妙にはっきりと、私は生きていると実感した。

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by yamato-y | 2009-08-28 10:19 | 魂のこと | Comments(2)

みずむしの歌

みずむしの歌

大磯の家でぽつねんとパソコンの前にいる。思い立って、ユーチューブを開いた。
「池上線」と「渡良瀬橋」を聞いてみる。20年前30年前に流行った歌謡曲だ。
ぽかんと聴いていると、なんだか思い出がほろほろとこぼれてくる。

母は若い頃、手にひどい水虫をもっていた。石鹸を使えばすぐ手が荒れた。いろいろな病院を渡り歩いていた。なかなか治らなかった。夜になると、クレゾールだろうと思われる消毒薬のぬるま湯に1時間ほど手を浸していた。時には痛かったのだろう、涙ぐむこともあった。小学生だった私はその姿を見るのが辛いというより恐かった。なんとか、治らないものかと、まだ小さかった真ん中の弟と相談をしたこともある。幼い二人でどうしようもないのに、なにかしなくてはという気分に襲われていたのだ。

そんな頃だったのじゃないだろうか、家庭新聞を作ったのは。学校で、新聞つくりを覚えてきて、うちでも作ろうと言ったら、厳格な父が珍しく相好を崩して賛成した。主に私が記事を書いたり4コマ漫画を描いたりした。幼い弟は一言下段に字を書いただけだったと思う。父が少し寄稿したかもしれない。
タイトルは「つくしタイムス」としたから、制作時期は冬の終わりか早春だったのだろう。
そこの、大きな記事は「かあちゃんの水虫」だった。いつもいつも洗濯ありがとう、早くよくなってほしいと書いた。

しばらくして、我が家に電気洗濯機が運び込まれた。近所でもまだ数軒の家にしかなかった頃だ。ナショナルの洗濯機は、あのロール式絞り機だった。安月給だった父がきっとはりこんだにちがいない。私は、うちに洗濯機が入ったということが嬉しくて、近所の悪がきたちに自慢して歩いたことを思い出す。

あれから、母の水虫がどうなったのか記憶にない。ただ、私が4年生になる頃には夜の消毒などはなくなっていた。この消毒の夜のことは、ずっと忘れていた。だが、今夜の湘南ライナーで夜景を眺めているとき、ふっと思い出したのだ。あの100ワットの電灯の下で、新聞紙を敷いて、その上に消毒薬をうすめたぬるま湯の入った洗面器。そこに手をひたしている母。心配そうに見る私と弟。そんなことを思い出したのだ。


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by yamato-y | 2009-08-26 22:44 | ふるさとへ | Comments(0)

秋風

秋風

とうとう母が入院した。検査の日、朝から痛みが激しく、受付時刻を早めてもらった。
午前中に検査を終えて、昼過ぎに医師から所見を聞いた。重篤な状態だ。さらに精密に検査するべきという助言を得て、入院となった。こちらとしては治療してほしいのだが、病状がきちんと把握できないと、本格的な治療には至れないそうだ。
といっても、前途は暗い。打ちのめされて、戻った。

 何か鈍器のようなもので胸を叩かれたような、言い様のない痛みを覚える。
けっしてマザコンではないと思うが、これまでかけた苦労の数々が思い起こされて胸が痛む。母の体が急速に萎んでいく。
 
 母の歌集を作ろうと思い立ったのは5日ほど前。句会の仲間、ぽんたさんは元デザイナーということで、洒落た個人句集を作っていたのを思い出した。そうして、デザイナーのダイゴさんを紹介してもらい、昨日原稿を渡した。歌集の題名は、母と相談して「五条坂」とした。大津生まれの母は、京都がフランチャイズ。キリスト教に出会ったのは、五条坂教会。大津から逢坂越えをすれば五条坂に出る。そういう意味合いをこめて、タイトルを決めた。NHK歌壇に入選した作品と、「信徒の友」歌壇で掲載された作品、合わせて110首ほど。それぞれに「折々の歌」「信仰の歌」として分類した。
 嬉しいことに、作家の太田治子さんが歌集によせて、「愛の短歌」という文章を著していただいた。母が聞けばおおいに喜ぶにちがいない。
30ページにも満たない小さな歌集。
明日あると思ひ信じて米を研ぐ三百六十五日今宵も変らず
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by yamato-y | 2009-08-26 15:19 | 登羊亭日乗 | Comments(1)

風の色が変わった

風の色が変わった


 今朝はたしかに冷気が混じっていた。戸を開け放しておいたので、思わずタオルケットを肩まで引きずりあげた。
昨夜の眠る頃はまだ汗ばむようなものがあったのだから、この一晩で季節が動き風の色が変わった。そういえば、窓から見える青空も高い。秋がゆっくりと来ている。

 だいたいにおいて、オフェンスは得意だがディフェンスは弱い。今こそ人生の防御(ディフェンス)を堅めねばならない時期だと、自分に言い聞かせるものの、つい弱虫になっている。津田恒美のときに発見した言葉、「弱気は最大の敵」をなんとなく思い出した。

 去る木曜日の夕刻に、体調がよくないと感じて急遽タケ先生のところへ駆け込んだ。鍼をうってもらって、ふらふらで金曜をむかえ、土日と自宅にこもって養生した。その甲斐があったのか、やっと今朝になって食欲がもどった。おそらく、この週末は私は未病の段階にあったのだろう。

 蝉が鳴き始めた。日差しがつよくなってきたようだ。夏を惜しむかのように激しく鳴いている。この夏はしんどかったな。早く秋が来てほしい。
 いや時間が止まってほしい。
・・・心が千々に乱れる。

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by yamato-y | 2009-08-24 08:10 | Comments(0)

紫電改のタカ研究

紫電改のタカ研究

 昨夜の「タモリ倶楽部」はちょっとした驚きがあった。切手のあれこれを論じていたのだが、今の切手ブームは40年前のそれから大きく様変わりしたということを伝えていた。
1950年代の終わりから60年代初頭にかけて小中学生を中心に大きな切手ブームが起きた。浮世絵の美しい切手などがきっかけになったといわれるが、子供たちの間で人気があったのは、「見返り美人」と「月と雁」で数千円の値段がついていたと思う。西周や新渡戸稲造や初日カバーなどを必死で交換しあったものだ。なにより使用済みはノー価値だった。
当時は、古い切手で「文化人シリーズ」「国立公園シリーズ」などの未使用が高い価値をもっていた。その後に登場する「第2文化人シリーズ」や「国定公園シリーズ」は価値が数段落ちるというような評価基準だった。
ところが、昨夜の番組を見ていたら、現在では通常切手でスタンプがあるほうが価値があるということらしい。驚いた。評価基準がコペルニクス的変動を起こしていた。その「タモリ倶楽部」のゲストにはなぎら健壱や鴻上尚史といった私と同世代からマイブームのみうらじゅん とお約束のキャスティングになっているのが嬉しい。往年の切手マニアたちは現在の様変わりに一様に驚いていた。
なぎらは東京下町だしタモリは博多、鴻上はどこか知らないが、あの時代、全国でみんな夢中になっていたということに、あらためて感動する。

おそらく、その同じ頃に戦記ブームも巻き起こるのだが、その立役者のひとつが、ちばてつや「紫電改のタカ」だったはずだ。昨日、その紫電改のタカの単行本全4巻を入手した。と、ここまで書いてちょっと中断する。
これから、外出する。この続きは帰ってから書くことにする。

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by yamato-y | 2009-08-22 14:36 | Comments(0)

夕暮れの空をみながら

夕暮れの空をみながら

やはり、ちょっと体が疲れている。広島弁でいえばタイギイ。この週末によく休んで英気を養いたい。今、ここでつぶれるわけにはいかない。

ちょっとした言葉に惹かれる。『キャパになれなかった男たち』のなかで、筆者の平敷さんが開高健から聖書をもらったというくだりでどきっとする。ベトナムの戦場のなかで、聖書を離さなかった開高の姿に晩年の「破産」した姿が重なり、心動かされる。

今、編集中の太宰治のことにおいても、聖書が重大な意味をもっている。

田舎から東京へ母を連れて来ることになった晩、荷造りをしている母を見ていたら、新約、旧約の厚い聖書をそっとカバンに入れていた。

つくづく、大江さんが語った言葉「文学は人間を励ますものでなくてはいけない」が沁みて来る。
陽が落ちるのが早くなった。ついこの間までは、7時を過ぎても明るかったのに。
家の前の公園のヒマラヤ杉がシルエットとなり、やがて夜の闇に呑まれていった。

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by YAMATO-Y | 2009-08-21 19:05 | 魂のこと | Comments(0)

茂原の仙人

茂原の仙人

私の都合でアポを取り消してしまった人と昨日お会いした。茂原に住むiさんだ。iさんは今年67になるが、いつも情熱的な企画をもちこむディレクターである。今回もキュ―バの話をもってきた。今年で、日本とキューバの国交が開かれて80年になる。それを記念して、日本人の手で初めてのファッションショーが開かれる。そのイベントを軸に、今も社会主義の旗をおろさず、愚直に理想を貫こうとするキューバの人々を描こうという企画である。
この話は春先に聞かされていたが、同じネタを別のプロダクションから預かっていたので、いったん私は断った。その後、そのプロダクションは降りたということで、iさんは捲土重来再提案してきたのだ。
なぜそれほどキューバにこだわるのですかと訊ねると、30年前に取材でハバナに入ったとき人々のおおらかな逞しさが忘れられないからだと答える。iさんは60年安保世代で、かつて北海道での学生時代に理想を掲げて闘ったことがある人だ。

持ち込まれた企画は正直言って実現の難しいものだ。話が遠いのである。空間的なことだけではなく、今の日本社会にとって関心が薄いと思われるのだ。iさんの熱い思いは分かるが、今年度の終盤は外交より内政に関心が向いていく気が私にはして、海外のお金のかかる番組より国内の社会問題を企画として掘り起こすべきではないかと思われ、iさんに私は難色を示した。が、いっこうにiさんは気にしない。「中米でもチャベス政権など、親キューバの国が増えるなど、社会主義の理想を追求するキューバは今や旬ですよ」とひげ面でにこっと笑う。笑顔がいい。

7時を過ぎたので、二人で渋谷駅まで帰った。途中で、立ち飲み屋に寄った。先日のアポ取り消しのお詫びを兼ねて、酒代は私がもつと宣言。といっても立ち飲みだからたいした金額でない。それでも私がそう言ったのは、iさんの仙人のような清貧生活を慮ったからだ。
数年前まで都内を引き上げて、千葉の茂原に移り住んだ。家族とも別れ、一人でひっそり生きているiさんはつつましい生活を送っている。どうやら家のなかは書籍で埋まっているようだ。日がな一日、読書三昧。茂原の草深い庵に住んで世間をじっとみつめている。かといって偏屈でなく、人なつっこい人柄。尊敬する先輩だ。
午後8時、これから茂原までどれくらい時間がかかるかと聞くと、「3時間」と答えた。

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by yamato-y | 2009-08-19 08:44 | Comments(0)


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