定年再出発  


懐かしい空
by yamato-y
カテゴリ
以前の記事
2017年 02月
2017年 01月
2016年 12月
2016年 11月
2016年 10月
2016年 09月
2016年 08月
2016年 06月
2016年 05月
2016年 04月
2016年 03月
2016年 02月
2016年 01月
2015年 12月
2015年 11月
2015年 10月
2015年 09月
2015年 08月
2015年 07月
2015年 06月
2015年 05月
2015年 04月
2015年 03月
2015年 02月
2015年 01月
2014年 12月
2014年 11月
2014年 10月
2014年 09月
2014年 08月
2014年 07月
2014年 06月
2014年 05月
2014年 04月
2014年 03月
2014年 02月
2014年 01月
2013年 12月
2013年 11月
2013年 10月
2013年 09月
2013年 08月
2013年 07月
2013年 06月
2013年 05月
2013年 04月
2013年 03月
2013年 02月
2013年 01月
2012年 12月
2012年 11月
2012年 10月
2012年 09月
2012年 08月
2012年 07月
2012年 06月
2012年 05月
2012年 04月
2012年 03月
2012年 02月
2012年 01月
2011年 12月
2011年 11月
2011年 10月
2011年 09月
2011年 08月
2011年 07月
2011年 06月
2011年 05月
2011年 04月
2011年 03月
2011年 02月
2011年 01月
2010年 12月
2010年 11月
2010年 10月
2010年 09月
2010年 08月
2010年 07月
2010年 06月
2010年 05月
2010年 04月
2010年 03月
2010年 02月
2010年 01月
2009年 12月
2009年 11月
2009年 10月
2009年 09月
2009年 08月
2009年 07月
2009年 06月
2009年 05月
2009年 04月
2009年 03月
2009年 02月
2009年 01月
2008年 12月
2008年 11月
2008年 10月
2008年 09月
2008年 08月
2008年 07月
2008年 06月
2008年 05月
2008年 04月
2008年 03月
2008年 02月
2008年 01月
2007年 12月
2007年 11月
2007年 10月
2007年 09月
2007年 08月
2007年 07月
2007年 06月
2007年 05月
2007年 04月
2007年 03月
2007年 02月
2007年 01月
2006年 12月
2006年 11月
2006年 10月
2006年 09月
2006年 08月
2006年 07月
2006年 06月
2006年 05月
2006年 04月
2006年 03月
2006年 02月
2006年 01月
2005年 12月
2005年 11月
2005年 10月
2005年 09月
2005年 08月
2005年 07月
2005年 06月
2005年 05月
2005年 04月
2005年 03月
2005年 02月

最新のコメント

<   2009年 04月 ( 23 )   > この月の画像一覧

光さんの曲だ

光さんの曲だ

8時45分からの関東ローカルニュースを見ていた。新型インフルエンザの話題ばかりだ。しかもフェーズは4になったばかりと思っていたら今日はフェーズ5になった。いささかうんざりしていた。

ブレイクで季節の花の話題に変わった。りんごの花の盛りという話題だ。
美しい曲が流れてきた。どこかで聞いたことのある曲だと首をひねった。まもなく分かった。大江光さんの曲だ。曲名は忘れたが、このメロディは忘れはしない。
ゆったりと美しい曲だ。完奏はしなかったが、およそ1分ほど続いた。りんごの白い花の風景にぴったりだった。
誰が、この曲を選んだのだろうか。報道局にしては、珍しくリリカルなバックグラウンドミュージックだった。
たったこれだけのことだが、春の宵を心地よくしてくれた。

来られた記念に下のランキングをクリックして行ってくれませんか
人気blogランキング
 
[PR]
by YAMATO-Y | 2009-04-30 22:07 | Comments(0)

4月の晴れた日に

4月の晴れた日に

どうだい、山中は若葉、青葉だ。
ツヴァイク道の山の畑にはムラサキハナナが美しい姿を見せている。
裏山の背後には、夏の空のような青さが広がっている。

我が家の庭を真上から撮影した。カラーの白い花があった。
c0048132_12462370.jpg
c0048132_12464338.jpg
c0048132_1247557.jpg
c0048132_1247211.jpg


来られた記念に下のランキングをクリックして行ってくれませんか
人気blogランキング
 
[PR]
by yamato-y | 2009-04-29 12:47 | Comments(0)

航海の無事を祈る

航海の無事を祈る

「崖の上のポニョ」を見た。つまらなかった。なーんだ、この程度のことを宮崎駿は文明論だとか堀田善衛だとかを引き合いに出して語っていたのかと思うと、やや肩透かしをくらった気分。宮崎自身、山あり谷ありのパターン化した物語を作っていると腐ってしまうと自戒してこういう作品を目指したという意見は分かるが、その乗り越えた作品がこれだといわれると腹がたつ。こんな程度だったら黙ってやっておけといいたくもなる。

水の汚染、人間文明の退廃、人魚、半魚人、などなど。こういう目障りな表象はやめてほしい。宮崎は最近“道”を説きすぎる。ある人から聞いたが、彼の本性に強烈なロリータコンプレックスがあったり、戦争軍事オタクがあったりするというではないか。だったら、その本性をもっとさらしたらいいのに。老年の自分が人生を悔いて嘆きつつ、青春を生きている者たちへ愛惜(ジェラシーも含まれる)をもつという等身大の物語をもっと描けばいいのに、と私などは思ってしまう。そうだ。今思いついたが戦前の「少年倶楽部」の名作なんかをアニメ化したらどうだろう。「アジアの曙」とか「敵中横断三百里」「長靴の三銃士」「吼える密林」なんていうものが映像化されたら楽しいだろうになあ。

「ポニョ」の中で、宗介という男の子はよかった。5歳にして船舶について詳しいというこの子が信号灯を使ってモールス信号で父親の船に合図するシーン。彼が最後に送ったメッセージは「航海の無事を祈る」。この言葉は、木下恵介の「喜びも悲しみも幾年月」でも使われていた。なんだか、この言葉を送るという行為だけでじーんときた。近年、宮崎はオリジナルの物語をよく描くが、原作ものもいいのではないか。いずれにしろ、アニメ界の巨匠となった宮崎はこれからどうやって店じまいをしていくのだろう。

品川パシフィックホテルで大伴さんのお母さんを囲む昼食会があった。朝日ソノラマの名編集者だった村山さんと、大伴の学生時代のミステリー仲間仁賀さんと私の3人が陪席した。退院してから、お母さんはすっかり元気になって、中華のバイキングもぱくぱく食べている。デザートのアイスは2個もたいらげた。その席で、大伴さんが今生きていたら何をやっているだろうかという話になった。もう、雑誌のグラフィカルな仕事はやっていないのじゃないかということでは全員一致。では、何をやっているか。おそらくitの世界にでも足を突っ込んでいるだろう、きっと新しいことがすきだったから、というのが村山、仁賀さんの意見だった。この二人は大伴昌司と同年だ。そうか、大伴さんが生きていれば73歳。白髪、または禿頭のおじいさんになっているのだ。でも、大伴さんは爺さんになっても好奇心と妄想は、けっして若者に負けないぐらいふつふつと燃やしているだろうなあと想像する。


来られた記念に下のランキングをクリックして行ってくれませんか
人気blogランキング
 
[PR]
by yamato-y | 2009-04-29 11:45 | Comments(0)

名匠の手遊び

名匠の手遊び

忙しければ忙しいほどDVD映画が見たくなる。夜中に目をこすりながら往年の作品を見ている。先日は、韓国のソン・ガンホが出演する「シークレット・サンシャイン」を見て感心した。まだまだ隠された名作があると思って心強く思った。

そういう期待をもって、昨夜市川崑の「その木戸を通って」を見た。原作は山本周五郎で、この作品を私も読んだことがある。内容は忘れたが周五郎の武家もののなかでも好きな作品だったはずだ。原作がよく、映画の監督が市川なら、それなりのものにちがいないと、一昨日渋谷のツタヤでレンタルした。どうやら、最近DVD化されたようで準新作扱いになっていた。

一方で少し不安もあった。市川はけっこう外れることが多いのだ。映像の作り方は重厚で華麗なのだが、作劇が物足りないという作品は少なくない。映画に詳しい友人によれば、市川は妻でシナリオライターの和田夏十がいなくなってからは駄目になったという。まあ、そこまで厳しく評価はしないが、たしかに尻切れとんぼの作品が散見されるのも事実だ。三谷幸喜のような見かけ倒しの作品とまではならないが、もっとシナリオの段階で練ってくれよと言いたくなるものもある。

「その木戸を通って」もやはりその危惧したような作品だった。主演が中井貴一と浅野優子と知ったときに、あっと軽く失望した。映画スタアの重みが少ないキャスティングなのだ。ワキはよい。フランキー堺、井川比呂志、岸田今日子。主演の二人はまるでテレビドラマのような軽い芝居なのに比べて、特にフランキーなどは大地にしっかり根をおろした芝居が光った。

ある若者武士平松正四郎の家に、記憶を喪失した女ふきがやってくる。平松の名前だけがたよりで、それ以外はすべて闇の中という女だ。この理由ありの女と平松は結ばれるのだが、いつも隠された過去が重圧となっていて、その闇が判明すれば二人の婚姻も破綻するのではないかと、二人ともおびえている。やがて、その破綻の日が来た・・・。というような物語だ。

謎の女のもつやさしさに、平松が惹かれていく、という設定が全然うまくいっていない。浅野のような大柄の女では情の細やかさがまったく浮き出てこない。それに心奪われる平松の若侍の風情も、とってつけたような演技でしかない。加えて、物語のサスペンス、破綻への予兆などの作劇があまいのだ。やっぱり、市川の手遊びの作品だなと思ってしまった。

画面は凄いのだ。武家屋敷の質素でぜいたくなしつらえのなかでの、人影のウゴキはいい。さすが、市川だとうならせるところは多々ある。市川の危ういのはそういう映像主義に陥ったときだ。
「弟」とか「炎上」のような名作を撮る一方、「細雪」や横溝ミステリーのような軽い作品をほいほいと作り上げる、市川の”軽さ”。この後者の流れに本作品はあった。

映画を深刻ぶって語ったり製作したりするのでなく、映画を作ることを楽しんでいる市川崑の生き方そのものは好きだが、やはりシナリオはもっと練り込んだものを作り上げてほしい。と、まるで市川が生きているような要望を私はもった。

ネットで知ったのだが、この作品は1993年フジテレビで作ったハイビジョンドラマだった。だから、これまでの市川のフィルモグラフィに上がってこなかったのだ。これは昨年再発見されて、第21回東京国際映画祭(10月18~26日)で日本初上映された。

来られた記念に下のランキングをクリックして行ってくれませんか
人気blogランキング
 
[PR]
by yamato-y | 2009-04-27 10:37 | Comments(0)

雨の日に

雨の日に

久しぶりの休み。外は冷たい雨が降っている。昨夜は、タケ先生のところで鍼をうってもらった帰りに、久しぶりにゴールデン街のとんぼに寄った。ちか、という北海道の珍しい魚を食した。ワカサギのような姿のいい魚でなかなか美味だった。

帰途、紀伊国屋に立ち寄る。内田樹の新作『街場の教育論』を手にとる。そこで興味深い一節に出会う。「学校というのは、そもそも親から子供を守るために生まれたようなものだ」。
資本主義が勃興してきた時代、子供は小さな労働力だった。過酷な児童労働があちこちで行われた。ディケンズの世界だ。そういう劣悪な環境から子供を守るために学校という制度が生まれたという点を内田師は注目している。

このところ頻発している児童虐待の話を見聞するにつけ、親は子供を「食い殺す」面ももっていることを痛感し、先の内田の言葉に納得する。

ところで、内田といえば去年亡くなった内田勝少年マガジン元編集長の一周忌がまもなく行われる。先日、奥様から法要へのお招きをいただいた。
内田さんの一周忌の時期に、内田さんたち少年週刊誌の編集者をモデルにした人物が活躍する作品「ザ・ライバル」が放送されることになる不思議を思う。

大伴昌司の盟友であった内田さんは名編集者として数々のエピソードを残している。その伝記「奇の発想」に、梶原一騎を口説いたきの苦心譚が出て来る。
小説家志望だった梶原は、内田から漫画原作の依頼を受けた時いい顔をしなかった。漫画の原作を考えるのは、男子一生の仕事にあらずと考えていたようだ。なかなか首を縦に振らなかった。そこで、発した内田のセリフ。「漫画を通して、新しい国民文学を作ってください。”ああ玉杯に花受けて”のような作品を書いてください。梶原さんに現代の佐藤紅緑になってほしいのです」現代の佐藤紅緑という言葉に、梶原はつよく反応したということを内田さんは記している。

「ああ玉杯に花受けて」は、戦前の名雑誌『少年倶楽部』に連載された。編集長は内田さんが尊敬した加藤謙一である。彼が、はじめて佐藤紅緑のもとを訪れて少年小説を書いてほしいと頼んだときだ。癇癪もちの佐藤紅緑はこういった。「君はハナタレ小僧の読むものを、俺に書けというのか」
すかさず加藤編集長はこう答えた。「恋愛小説を書く作家は掃いて捨てるほどいます。しかし日本の将来を担うハナタレ小僧のために筆をとる作家はいません。ハナタレ小僧に勇気を与える作者は、紅緑先生をおいてほかにありません・・・・・」そして、コーロクは忽ち説得され。書く気になった。これは、佐藤紅緑の娘である愛子の『血脈』に書かれてあるエピソードだ。
奇しくも、梶原一騎と佐藤紅緑は少年誌に対して同じような見解をもっていたが、編集者の熱い心に揺り動かされることになるのだ。

来る5月5日の「ザ・ライバル」では、このあたりの逸話をドラマ化している。こういう事実を元にしてフィクションとして、視聴者に味わってもらいたいと工夫を凝らした。

週が明けたら、大伴のご母堂にお会いして、内田さんの一周忌について相談することになっている。

来られた記念に下のランキングをクリックして行ってくれませんか
人気blogランキング
 
[PR]
by yamato-y | 2009-04-25 13:33 | Comments(0)

武者震い

武者震い

久しぶりに大きな番組を手がけているから緊張もある。一言一句に神経を使う。表記にしても然り。
今月に入ってからずっと続いているから、疲れも溜まった。おまけに気候が不順だから体調をくずしやすい。だんだん、声がかれてきたから要注意だ。タケ先生の診療は29日の予定だが、今夜あたり行ってみようかな。

定年以後、新たな番組作りに挑んでみたいとやってきた。実際に、作業に入ってみると、体力がかなり落ちていることに気がつく。15年前だったら、4、5本番組を平行して制作することはなんでもなかったが、今では2本はいっぱい一杯だ。
実際の編集における構成を立てること、インタビューすることなどは、長年のトレーニングでけっして若い世代にも負けない。だが、徹夜を続けたり、パソコン作業となったりすると、体も知力ももたない。特に、パソコンを初めとする新しいテクノロジーの使用はしんどい。録音、編集などでも機器の進歩は日進月歩。この3年ほどの間に長足の進歩を遂げている。なにより、映像の圧縮技術はすごい。映像を圧縮というより、データ化された映像が扱われるのだが、そのデータを如何用にも圧縮変形できるのだ。たしかに、これを使いこなすことができれば、取材力がなくてもなんとかカタチにはなる。
だから、最近の番組は中身が薄いのかもしれない。

大きな仕事のために、あちこちに不義理をしている。京都の大学、大伴さんのお母さん、国際交流の会、句会、田舎の実家。これらのことも、この特番が終わったらと考えている。
一つだけ、大伴さんのお母さんとは、月曜日にお会いする約束をした。

さあ、この週末。いよいよ、第一番目の作品が出る。

来られた記念に下のランキングをクリックして行ってくれませんか
人気blogランキング
 
[PR]
by yamato-y | 2009-04-24 09:34 | 少年誌の青春時代 | Comments(0)

マルチ・オーディオ作業

マルチ・オーディオ作業

近接する2本の番組を同時に作成しているので、猛烈に忙しい。ここにたどり着くのがやっとという状況。
昨日は「ザ・ライバル」、本日は「マンガのタカラ」、のナレーション録りと連続作業となった。類似の番組なので、テキストや情報は共通しているから、まだ混乱は少ないほうだが、それでも90分と45分の番組のコメントを作成し、一つ一つ吟味しながら録音していくことはかなりしんどい。「ザ・ライバル」のナレーション録りは午後2時から始まり、7時まで続いた。

それにしても、局アナというのは「アナウンス」のプロだなとあらためて、高橋美鈴アナと仕事をして思う。全体で200を越えるコメントの量を、最初から最後まで(およそ5時間)少しも乱れずかつ美しい日本語で発語するのだ。しかも、文字段階で文章表現の不自然さを察知すると、こなれた言葉に改善するという技術もある。
この作業は、企画、取材、映像編集、を経ての最終段階だから、むろんそれまでの作業をふまえディレクターやプロデューサーの意向を尊重しながら、美しい言葉への移行をアナウンサーは目指すのだ。この細い体のどこにあるのかと思うほど、スタミナも切れない緊張感も凄かった。

今回のナレーションの難しいのは、ドキュメントとドラマという二つの種類のコメントがあることだ。それぞれのテーストは微妙に違うことをいかに表現するか、これは大変なことだが、高橋アナは見事にやり遂げてくれた。

そして、本日は「マンガのタカラ」だ。こちらも男性の局アナ小田切さんだ。「爆笑オンエアバトル」などで歯切れのいい司会をみせてくれた若手の実力派。こちらはクイズ仕立てのバラエティなので、思い切り楽しく語ってもらうつもりだ。このナレーションはドキュメンタリーのように外側の語りでなく、番組の出演者と同じ位置で語りこんでいくという種類で、それなりに技術が必要となる。彼の読みっぷりが楽しみだ。

忘れてはならないのは音響効果だ。マルチ・オーディオ作業では、ナレーションと効果音、音楽の録音作業がある。その後者は番組の「土壌」を作り上げ、視聴者の無意識部分に働きかける重要な作業である。今回、作業をしてくれた効果マンは初めての人だったが、実に華麗な音作りをしてくれた。音の設計がしっかりしてある。

しかし、疲れが溜まっているのが分かる。声がかすれ、肩が張り、体がだるい。欠伸ばかりしている。

来られた記念に下のランキングをクリックして行ってくれませんか
人気blogランキング
 
[PR]
by yamato-y | 2009-04-23 08:32 | Comments(0)

偶感

偶感

大磯の行き帰りに、坪内の『四百字十一枚』を面白く読んでいる。世のしがらみをばさっと切る小気味よさに思わず快哉をあげたくなる箇所がずいぶん多い。

1987年、坪内祐三は雑誌「東京人」の編集者をやっていた。今では手塚治虫の特集を組むなど在野性のある雑誌となったが、当時は東京都の肝いりの雑誌で、役人の目線で作られる傾向にあった。そのことに坪内はこう書いている。
《そういう学者系や役人系の筆者の原稿を、私は上司からの押しつけで、いつも担当していた(もちろん学者系でもとても素晴らしい筆者ー例えば建築史の藤森昭信さん―がいたけれど役人系はたいていクズだった)。

たいていクズだった――なんと大胆で小気味いい言葉。
が、他所事と笑ってはいられまい。自分の周辺を顧みれば、この言葉にびりびり感応するような出来事は少なくなく、この言葉は例外でない。
番組制作の道に入って、何年も経とうというのに、まともに一人で作れない者が少なからずいるのだ。企画書は書けない、取材は口先ばかりで実のあるものはない。編集は際限なく続く。

こういうのにかぎって、自分のことを棚にあげて、人の番組批判だけはする。自分の不出来は人のせいにする。人の作った番組のなかへ入ってきて、自分もやったやったと言いたがる。
おそらく、坪内が指摘したような人種と同じなのだ。

まあ、こういう輩は、どこへ行ってもいるには違いない。昨日、TプロのMさんと歓談していて、そういう口先だけのものがどれほど多いか、どれほど表現の妨げになるか、ということを知った。Mさんは日本映画の名作を何本も制作した人物で、香港映画の草創期やハリウッドの経験もある練達のプロデューサーだ。1本の作品を作り上げるのに、どれほど苦難と苦悩があるかということを知らない、映像関係と自称するふてえ輩が業界にはいるということ。話を聞いていて、Mさんのこれまでのご苦労がすこし分かった気がした。

Mさんと今大きな企画を練っている。その取材のために、朝早く山の手のお屋敷に入ってリサーチした。その後のランチで、先の話題でおおいに盛り上がった。

来られた記念に下のランキングをクリックして行ってくれませんか
人気blogランキング
 
[PR]
by yamato-y | 2009-04-21 06:28 | Comments(0)

ひっそりと

ひっそりと
c0048132_2123435.jpg


赤塚不二夫の取材をして、心に残る一群の人たちがいた。横田とくおであり横山孝雄で、トキワ荘以前からの赤塚の漫画仲間だ。みんな働きながら漫画を描いていた。中学を卒業してすぐ社会に出た勤労少年である。当時の漫画投稿誌「漫画少年」の住所欄を媒介にして発生したトモガキだったと思われる。横山も横田も漫画の道に進むが、それほど大きな名前とはならず地味な人生を送っている。昔の仲間である赤塚が60年代から80年代にかけて大活躍していくことも陰で喜んではいたが、妬むようなこともない人たちだ。
今月、椎名町にトキワ荘のモニュメントが立てられたとき、横田も参加した。その折にインタビューしたが、昔の友を暖かく語る姿に感動した。この様子は4月26日の午後3時から放送される特番「マンガのタカラ」で見て欲しい。

17歳で上京した赤塚は小松川の化学工場で働いた。かなりハードな肉体労働だったらしい。小柄だったが、逞しい肉体をもつことになった赤塚は仲間には知られていた。なにせ、腕相撲であの梶原一騎を倒したことがあるほどの力持ちだった。町工場で彼がどれほど勤勉に働いたかを彷彿とさせる。
そういう頑健な肉体をもつ一方、赤塚は工員時代から女性にはまめに交際していた。よくもてたのだ。どんな少年だったのか知りたいと思っていた。

今日読んだ「隣の女」(つげ義春)で、これかあと納得する作品「少年」を目にした。メッキ工業所につとめる“少年”義坊は、先輩たちの薫陶を受けて性に目覚める頃をむかえている。自転車修理屋の中学生の娘、貸し本屋の女店員カズ子、その本屋のおばさん、などとちらちら接触する。が、うまくいかず憤懣がたまり、腹いせにネズミをネズミ捕りに入れてメッキ液につけるという毎日。
この義坊がつげの自伝かもしれないが、女性関係の事柄のほとんどは赤塚不二夫に重なる気がしてならない。
というのは、つげ義春と赤塚不二夫は古くからの仲間だったのだ。赤塚が小松川の工場で働いている頃からのマンガ仲間である。貸し本マンガの出版元を最初に紹介してくれたのもつげだったのだ。
先日、私の担当した「全身漫画家~真説・赤塚不二夫論」が放送された後、若い日の赤塚とつげの関係をもっと知りたいという反響がずいぶんあった。おおぜいのファンたちもこの事実に注目している。この二人の出会いは、昭和の漫画史においてもかなり重要だと思うが、そこまで取材を深めるのは教育テレビの予算では困難であった。だが、気になる。
いつか機会があれば取材してみたい。
横田、横山、つげ、…赤塚の無名時代に出会った人たちは、その後もひっそりと生きているが、さまざまな形で姿が残されている。このつつましく貧しく美しく生きた人たちよ。

ところで、番組の予告をしておこう。次の日曜日、4月26日。そろそろ連休に入る頃だが、この日の午後3時から45分、特集「マンガのタカラ」というバラエティが放送される。実は、「ザ・ライバル」の前宣伝のような番組だが、内容は漫画ファン必見のお宝を紹介する。こういう番組を作ることが出来たのも、この3年間につちかってきた少年週刊誌のネットワークのおかげである。ちょっとだけ予告すると、名作の原画が次々に登場するのだ。

来られた記念に下のランキングをクリックして行ってくれませんか
人気blogランキング
 
[PR]
by yamato-y | 2009-04-19 20:51 | 少年誌の青春時代 | Comments(0)

サブカルというリングにあがって

サブカルというリングにあがって

2007年に出た坪内祐三の『四百字十一枚』を昨夜落手。思想的には、私と合わないのだが、坪内祐三という人の文章が好きで、新しいものが出るとつい手が出る。

福田恒存を評価し、丸山真男を批判するという坪内のスタンスは、私ら団塊の世代の下の世代で起きてきた思潮だ。つまり、右傾化の流れということだけど。シラケ世代といわれた人たちから現在の右指向がつよまっていく。彼の代表作に『靖国』というのがある。

が、かといって、ゴリゴリの右ということでなく頑迷なところが少ないというのが、私のお気に入りの理由。風通しのいい文章を読むのがとても好きだ。
自分の主義とは別に、左派であっても能力をもつ者に対しては敬意をきちんとはらう。イギリスの左翼の評論家テリー・イーグルトンについて、坪内がこんなことを書いている。
《ゴリゴリの左翼ではあるが、普通のその種のゴリゴリ左翼には見られないふくらみもある。》

この言葉はそのまま右と左を変えれば、坪内にあてはまる。なにせ、彼とは反対の陣営に属する久保覚のことをきちんと目配りし、久保のもっとも評価する花田清輝やベンヤミンをもきちんと読了、読解しているという公平な態度が好もしい。
で、私が彼に親近感をもつのは、彼がプロレスへの造詣が深いということだ。ブッチャーが初来日したときの、後楽園ホールの試合を12歳で見ているのだから。どうも、彼は全日本プロレスが好きなようだ。私も数年前まではフリークであった、親日の。ある事件をきっかけにその熱は冷めたが、今もプロレスは嫌いではない。
昨日から読みはじめた坪内のエッセーのなかに「ターザン山本の語り下ろし対談集の第2弾」というのがある。ターザンはファンなら誰でも知っている「週刊プロレス」の元編集長。そのターザンがプロレス八百長論に真っ向から立ち向かっている事象の現在性を、坪内は的確にとらえている。彼のプロレス観がきらりと光る一言がある。
《ある程度キャリアを積んだプロレスファンは、プロレスがただの真剣勝負でないことを知っている(それが嫌なやつはボクシングか柔道を見ていれば良いのだ)。にもかかわらずファンがプロレスを見続けてきたのは、それはただの八百長でないことも知っていたからだ。いわば虚実の皮膜。》
プロレスというものを、例の胡散臭さに埋没させない。きちんと捉えて、その限界も批判的に捉えている。彼の生き方が分るというものだ。
一方でバルトやピエール・ノラを語り、他方でプロレスや佐々木守をみつめる、坪内の「余談好きにして筋を通す折り目正しさ」。

と、ここまで語ってきたのはマクラだ。この坪内のやり方を考えていたら、私がこの3、4年の間、漫画、メロドラマ、フィギュア、SF,ウルトラマン、などサブカルチャーにのめりこんできた理由が、なんとなく分ったような気がしたのだ。

番組作りに35年。ほとんどが、障害を持つ人やヒバクシャといった、社会的に意義深いと思われる事象に私は目を注いできたが、最近の3年間はほとんどその路線とは違う番組制作を続けることとなった。自分でも、なぜそうなっていくのか不思議でならなかった。

が、考えてみれば、社会派ドキュメンタリーというのは総合格闘技のような「真剣勝負」で自分のために戦っている。比べれば、漫画やフィギュアなどを扱うサブカルドキュメンタリーはプロレスと同じで、勝つためだけに戦うのでなく、相手の技をすべて受けて相手の魅力を引き出し、かつ観客を喜ばせることができなくてはならない。これは、坪内が紹介するブッチャーの言葉を借りれば、「非常にプロフェッショナルな仕事だ。プライドを持つべき」ということだ。

今、制作している『ザ・ライバル』は、ひょっとすると、数年続けてきたサブカル路線の集大成を目指すことになるかもしれない。少年週刊誌の出版社、その編集者、漫画家、評論家、ファン、それぞれの取材を積み重ねてきたことを、このドキュメンタリードラマに精一杯盛り込みたい。この闘いは波乱に富んでいて面白かったが、私のこのリングでの戦いも終りに近づいている。最後となるかもしれない。最後の一踏ん張りだ。


来られた記念に下のランキングをクリックして行ってくれませんか
人気blogランキング
 
[PR]
by yamato-y | 2009-04-19 12:13 | 少年誌の青春時代 | Comments(0)


人気ジャンル
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧