定年再出発  


懐かしい空
by yamato-y
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軽いショック

軽いショック

昨日は、荒編集した「ちばてつや最後の連載に挑む」を局のプロデューサーたちに見てもらった。局試写だ。先週からちょこちょこと繋いできて、1昨日には私も参加してカタチにして作り上げたものを見せたのだ。ちばさんが69歳という年齢、網膜はく離の不安を押して、最後の連載漫画に挑む日常をそれなりに描出していると、確認をして、昨日提示したが、講評は厳しいものであった。

日本の現場というドキュメンタリーのスタイルはできるだけ起きている事実系で勝負してほしい。今の編集バージョンはコメントで番組を転がすスタイルになっている。いささか古いスタイルだと批評された。私もディレクターも編集マンも黙って俯くしかなかった。再度、試写をして、出来上がりをチェックすることになった。期日は10月1日、すぐだ。それまでにもう一度しゃかりきに編集しなくてはならない。

局のプロデューサーたちが帰った後、チームで今後の方針やスケジュールを確認した。現在のバージョンはあまりに内容が内部に留まっている。もっと外部に向かって開かなくてはなるまいということで、スタッフの意見は一致。その方針に従って、編集やり直しが昨夜から始まった。今夕、私は再び試写をする。そこで、だいたいの「上がり」を見る。もしうまくいっていなかったら、今夜は徹夜の作業となるだろう。

毎度のことだが、楽に番組が出来上がることはまずない。取材がうまくいっても編集で、編集がうまくいっても対出演者との関係で、など必ず問題点が浮上するものだ。この蹉跌を乗り越えて、初めて作品として生まれるのだ。頭では分かっているのだが、やはりダメだしを食らうとショックではある。
ただ、これが嫌なら現場を離れるしかない。このショックに耐えて、先にいくことができる者だけ、表現という行為が許されているはずだ。

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by yamato-y | 2008-09-30 11:15 | 新しい番組を構想して | Comments(0)

天空の星から帰ってきたのかい

天空の星から帰ってきたのかい

今日1日、大伴昌司の世界だった。
午前10時、池上の駅で京大のS先生と院生のK君とまちあわせをする。
3人で大伴昌司の仕事部屋を撮影することにした。99歳の大伴のお母さんは元気よく我々を迎えてくれた。応接室に入るなり、お母さんが嬉しそうに報告する。
「今朝、不思議なことがあったのですよ。誰もいないあのアトリエに行ってみたら、あの子が使っていた机のライトがともっていたのですよ」
また、大伴さんが舞い降りて来たようだ。彼の「霊」がイタズラっぽくやって来ることは、故内田勝少年マガジン元編集長から何度も聞かされていたからだ。私自身も25年前に彼の番組を制作するときにいくつか経験している。

正午までアトリエ撮影をして、午後から鎌倉に移動した。大伴さんのお墓の撮影をするためだ。25年前に、私は大伴さんのウルトラ星のお墓は詣でているが、もう一つ、新しく出来た個人の墓は知らない。その個人墓とウルトラ墓の二つとも鎌倉にあるということで、撮影も兼ねて墓参することにした。

鎌倉の駅には知人で鎌倉在住のMさんが待っていてくれた。地元の案内をかってでてくれたのだ。4人で、まず妙本寺にある個人墓を訪ねた。駅から7、8分の場所に妙本寺はある。街中とは思えないほど森閑とした寺域だ。ここは比企一族が滅ぼされた歴史的に有名な地でもる。
大伴さんのお墓は墓地の奥、佐竹矢倉と呼ばれる洞穴の隣にあった。私ですらこの個人墓の存在は数年前に知ったのだが、どうやって知ったのだろうか、おおぜいの大伴ファンが墓参に訪れているらしい。墓前に怪獣やウルトラマンのフィギュアがいくつも並べられてあった。さぞ、大伴さんは喜んでいるだろう。

その寺から逗子のほうへタクシーで移動。鎌倉と逗子の境にある鎌倉霊園に行った。ここは西武が開発した広大な墓地。その19区画に大伴さんのウルトラ墓がある。1973年の4月、大伴の死後3ヵ月後に建てられたこの墓には墓碑銘が刻んである。
「大伴昌司 怪獣生みの親大伴昌司は 1973年1月27日 天空の彼方ウルトラ星に旅立つ」
どんより空は曇っていたが、塩梅よく雨に降られることはなかった。鎌倉小町通りにもどったのは午後3時を回っていた。京都から来たS先生とK君は今夜の新幹線で戻る。

私は分かれてから、東海道線で大磯に戻り、夕闇のなかを帰ってきた。

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by yamato-y | 2008-09-28 21:43 | 大伴昌司の遺産 | Comments(0)

なんとか現象

なんとか現象

土曜の朝の布団のなか、窓から朝日が差し込んで来る。光の直進する部分だけほこりが立つ。極小の糸くずがゆらゆらと舞い上がる。
たしか、チンダル現象といったのではなかっただろうか。いや、光のことを指すので、このほこりはコロイドとかいったのではなかったかな。

昔、聞いたある文豪のエピソードを思い出す。明治から大正にかけて活躍した作家だったと思うが、名前は思い出せない。

彼が朝の都電に乗った。車内に光が差し込んで、彼の座席にも光があたった。目の前に無数のほこりがゆらゆら立つ。思わず息を止めた。そして、横の暗がりのほうへずれた。そこで深々と彼は息を吸った。

バカだよなあと嘲笑できない。私もときどきそうするから。

詩人の石原吉郎が一時期俳句に熱中していたと聞いてうれしくなった。「断念の海から」とか「望郷と海」などという書名から、てっきり石原は短歌好みかと思っていた。なんとなく塚本邦雄のような言葉遣いだと思っていたのだ。

石原は30歳のときにシベリアに抑留される。反ソ行為で重労働25年の刑を処せられた。ひどい暮らしを強いられた。38歳のとき特赦で日本に帰って来る。当然、この体験は彼を苛むことになった。

彼の混乱が、3冊のノートに残されている。
《生きて行くことは、どうしてこんなに難しいのだろうと、ため息をつきたくなる。》
《酔って自分がどうしたらいいだろうということばかり考えるようになった。酔えば酔うほど自分が不自然でたまらないのだ。》
42歳の石原のつぶやきである。人生論的な側面においてのみ、60歳の私が直面していることと同じだ。
むろん、石原には実存の深い亀裂のなかから発しているのであって、柔な還暦が愚痴るのとは違うのではあるが。

石原は酒におぼれていった。「世界がほろびる日に かぜをひくな」と記して、62歳で死去した。
む、今の私と2つしか違わない。

今朝、パソコンを付けたら、昨日までデスクトップにあったアイコンが消えていたが、一瞬そこにあるかのように見えた。残像のように。蕪村の句を思い出し、ふざけてバレ句を作った。
アイコン昨日の画面の在りどころ

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by yamato-y | 2008-09-27 09:27 | Comments(0)

津田プレート

津田プレート

広島カープの市民球場での試合がだんだんなくなっていく。あと2回とか。
このところ、市民球場は毎日3万のファンが詰めかけていると聞いた。現地広島は熱い。

この球場、ブルペンに津田恒美さんの記念プレートが設置されている。32歳で夭折した悲運の投手を記念したもので通称津田プレートという。自慢めくが、私たちが制作したドキュメント「もう一度、投げたかった」を契機に津田さんを見直す機運が高まり、放送から半年ほど経てこのプレートが出来たと記憶する。この設置のセレモニーには出られなかったが、彼の母校の新南陽市の中学校での同様のプレート設置には、東京から私も駆けつけた。

市民球場に掲げられたプレートは、その後カープの選手、とりわけ投手に勇気と励ましを与えてきたようだ。このプレートは手で触ったあとが重なって、磨り減っていたと知人が教えてくれた。これほど現役から慕われていると、天国の津田さんは知って、どんなに喜んでいることだろう。まさに、津田恒美は記憶に残る投手となった。
市民球場跡地利用市民研究会という団体が、現球場が移転に伴って解体されようとされていることに対して、カープファンの聖地で、復興遺跡として、ライトスタンドとブルペンと津田プレートの保存とエントランス外壁、ホームベース、ピッチャーマウンドを残そうと、案を作っている。その記念セレモニーに、津田さんの遺児、大毅君に投げてもらおうという企画を読んで、目が熱くなった。

私たちが取材したときは幼稚園の年中だった彼は、今は大学生。東京の大学でピッチャーをやっているそうだ。

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by yamato-y | 2008-09-26 17:35 | Comments(1)

まもなくボーメ展

まもなくボーメ展

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10月3日から、澁谷パルコで、ボーメさんの展覧会が始まる。
題して「ニューヨーク発~パリ経由~東京行き」。大阪海洋堂の伝説の原型師ボーメが、ニューヨークのSOHOで衝撃のデビューをしてから今年で10年になる。それを記念して今回東京で彼の個展が開かれることになったのだ。

今、私はETV特集で、フィギュアの世界を追っているが、その中心人物がこのボーメさんなのだ。
ボーメ、1961年大阪生まれで、本名は非公開。幼いときから、プラモデルショップ海洋堂に出入りしていた。その頃の綽名が帽子をいつもかぶり目がねをかけていることから、海洋堂の宮脇現社長が「ボーメ」と呼んだことから、この異名をとることになった。

彼の作品は、美少女フィギュアのカテゴリー。2次元でしかなかった、アニメや漫画の美少女がボーメの手によって立体物に作り上げられた世界。不思議なエロスの世界だ。
カルティエ現代美術財団は、彼の作品を見て、まさに「キング・オブ・オタク」とうなったという。むろん、日本のオタクたちはボーメさんのことをよく知っているが、一般の人にはそれほど知られていない。が、海外ではとても大きな名前として知られているのだ。
この転倒した現象を、「ニューヨーク発~パリ経由~東京行き」というキャッチで表してある。

私たちの番組の放送は12月を予定している。だから、10月のこの展覧会も撮影して、番組の構成要素にしようと考えている。その日程はもう来週に迫っている。

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by yamato-y | 2008-09-26 12:09 | Comments(0)

秋のてふてふ

人生の秋

横浜の叔父さんが亡くなった。今朝のことだ。89歳になっていただろうか、ここ数年は寝たきりに近い状態だった。年齢からみれば天寿を全うしたといえる。

パンナム(パンアメリカン航空)に勤務していた頃はたいそうはぶりがよかったそうだ。その頃のことは知らないが、アジア管区の副支配人まで勤めて、大相撲の千秋楽にパンナム杯を力士に授与したこともあった。家族全員で海外旅行もたびたびしていた。世界を一周したこともあると聞いた。

私が遭った30年前には、パンナムという社名もなくなり、叔父さんも引退していた。いつもにこにこと笑みを絶やさない人だった。クリスマスなどで呼ばれて行くと、あれも食べろこれも食べろと気前よく振舞ってくれた。横浜反町の小高い丘の上の家は生垣がある住み心地のよさそうな家だった。

その家を建て直した頃から、叔父さんの人生は少しずつ淋しいものになっていった。2世帯住宅の暮らしは晩年の叔父さんにはそれほど居心地はよくなかったのではないかと推測する。10歳年下の叔母さんがずっと側にいてくれたことだけが幸いだった。その叔母さんに見取られて、今朝叔父さんは逝った。

それほど深い付き合いをしたわけではないが、暖かい人柄にはいつも感心していた。けっして愚痴をこぼさず怒らず、穏やかな口調でだがけっして自分の考えは引っ込めないで意見を堂々と述べる人だった。

今朝、ツヴァイクの道で揚羽蝶の死骸を見た。羽を大きく広げたまま死んでいた。おんぼろ蝶になりはてる前に命が尽きていた。羨ましい気がした。
麓で、やはり揚羽を見つけた。飛んでいた。よろよろと低空を飛んでいく。秋の日を浴びながら、コスモスの群生するほうを目指して飛んでいく。

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by yamato-y | 2008-09-25 12:47 | 登羊亭日乗 | Comments(0)

目にはさやかに

目にはさやかに

朝の瞑想の間、風がポプラの梢を渡っていくのを聞いていた。時期はやや遅れるのかもしれないが秋の訪れを風で知るというあの短歌を思い出す。
ついでに、本歌取りした俳句のことも思う。どんな句だったか気になったがなかなか思い出せない。ググルったらどうなるかと思ってやってみると、これが当たり。きちんとその句に突き当たる。

秋来ぬと目にさや豆のふとりかな 大伴大江丸 (江戸後期の俳人)

これは川柳に近い味なのだろうが、俳味がたっぷりあると思う。さやかとかさわやかというのは秋の季語だそうだ。春先にも爽やかと感じることがあるが、歳時記的にはおかしいことになる。ということは、湿気のない空が澄んだ日というのは秋に多いということか。たしかに春は爽やかといってもどこか湿度を含んでいるようなところもある。

梢を渡る風というのはほんとうにいいものだ。耳にしているだけで心が落ち着いてくる。
小学校の頃、同級生で梢ちゃんという子がいた。当時、××子とか○○子とかばかりだったので子のない名前は珍しかった。顔に赤毛のアンのような可愛いそばかすがあって、駆けっこの早い女の子だった。梢は木末という意味だということを、今朝の風で突然判った。
木の端っこのほうを言うのだ。その先端部分を風が触っていく。
今、また風が吹いた。

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by yamato-y | 2008-09-24 07:40 | 登羊亭日乗 | Comments(0)

よりみちパンセ

よりみちパンセ

若い人のための“教養書”が最近目につく。気になるのが、「よりみちパン!セ」
小熊英二の「日本という国」。明治以降、侵略される国から侵略する国に変わっていったその姿を判りやすく小熊が書いている。この本がきっかけになってこのシリーズが気になりはじめた。
鈴木邦男「失敗の愛国心」、伏見憲明「さびしさの授業」、多田文明「ついていったら、だまされる」など。多田の本は、キャッチセールスのルポだ。前から、センター街で勧誘を受けている女子が気になっていた。こういう視点の本を若い人向けに出すという心意気に引かれる。

その編集長の清水檀という人へのインタビュー記事を興味深く読んだ。
このシリーズにはとてもルビが多い。かつて編集長が少年刑務所を取材したとき、受刑者はルビが多いとよく読むということを知って、そういう措置をとったという。ルビの基準は小学4年以上で習う漢字には振っている。こういう工夫は見過ごされやすいが、とても大切なものだ。番組作りでも、そういう意識をもつ制作者はどれほどいるだろうか。

「さびしさの授業」は読んでいないが、梗概だけ読んでも引かれる。小学校時代にいじめにあって居場所を失くした青年が、人と関わりながら、「生きられる場所」を探すという内容らしい。本日、ホテルを出たら、京都ジュンク堂へ行ってこの本を購入しよう。

このシリーズすべての本に、谷川俊太郎の4つの質問というページが巻末についている。
「何がいちばん好きですか?」
「誰がいちばん好きですか?」
「何がいちばんいやですか?」
「死んだら どこへいきますか?」
この問いを見てうなった、迷った。好きなものはあるけど、好きな人はあるけど、いやなものはあるけど、いちばんと言われると何と答えるか難しい。そういうことって決められないことじゃないかと内省する。谷川俊太郎は、そういう問いの前でドギマギすることを読者に求めているのだろうか。
それにしても、よりみちパンセとは美しい言葉だ。

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by yamato-y | 2008-09-20 09:57 | 魂のこと | Comments(0)

孫の句は最低

孫の句は最低

俳句と川柳はよく似ている。どこが違うかというと、おおざっぱに言えば滑稽なものが川柳、季語をきちんと入れるのが俳句、というぐらいしか私には分からない。だが、俳句と川柳の差というものを探求すれば、俳句というものの在り様がかえって分かることになるかもしれない。と思って、ちょっと川柳の世界をのぞいてみた。

読んですぐ分かる滑稽さを表した川柳の句を挙げる。
屁をひってもおかしくない独り者
家族がいたり伴侶がいたりすれば、おならをすることで笑い転げることもあろうものを、わびしい独身ではそれもない。
夏の夜は明くれど開かぬまぶたかな
明けると開けるを重ねたこの句は川柳。駄洒落が入っているが、気分はこの句かなり俳句に近い。
いざさらば雪見に転ぶところまで
これは芭蕉の有名な句だ。それをもじってひねれば――
いざさらば居酒屋のあるところまで
こうなると川柳。まず季語がないし、芭蕉の句のもじりだから。

孫を詠んだ句は俳句として碌なもんじゃないと言われる。孫は禁句という。
書初めの筆力孫のたくましく
ゴンドラの孫声弾む春の風
たしかに、こんなことは自分の家の中だけにしてくれと言いたくなる。こういう句は俳句として尊重されず、むしろ川柳の世界に近い。
この流れで言えば、お涙頂戴俳句もよくないとされる。
仏前に卒業告ぐる子となりぬ
亡父母いづこ在(おわ)しますかや盆の月
なるほど、自分の感傷に溺れてしまうと、句の作品性を失うということが分かる。

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by yamato-y | 2008-09-16 11:56 | Comments(0)

月のこと

月のこと

ここ数日は月が大きかった。一昨日あたりは山吹色がかってやや赤味を帯びて、見るからに暑苦しい月の色だった。
昨夜は遅くなって一雨来た。それから涼しくなった。月は消えたかもしれない。
昨夜の雨は台風の影響かもしれないが、しぐれのような雨にも思えた。しぐれは冬の初めのものだが。・・・安住敦の句を思う。
しぐるるや駅に西口東口
この句は田園調布の駅らしい。今は地下駅になってこの風情はないが、昔はこの句どおりだった。上掲の句は、私にはいつも池袋を連想させる。西口に東武百貨店があって、東口に西武百貨店があるというテレコの位置取りが面白いので。

俳句を読んだりするのは老いの遊(すさ)びだけではない。古人の思いも重ねて、自分の気持ちを量ろうとしているところもある。
歳時記を繰れば、秋は月が大きな位置を占めている。月のことを思った。
日本の歌謡曲に「月がとっても青いから」というのがある。青い月の光というのは古今東西普遍だと思っていた。ところが違うらしい。

英語で青い月(bluemoon)は嘘という意味をもつということを昔聞いたことがある。月は青いと思ってよく見ても、けっして青くはない。どこまでも黄色い月だ。だから青い月というのはありえないこと、嘘のことという意味合いだという。
この話を聞いたとき、日本人と欧米人の認知はやはり違うものなのだと、自分なりに勝手に納得理解した。
昨夜、bluemoonをネットの辞書で引いてみたが、嘘という意味合いはなかった。ただ単に青い月としかない。私が聞いた話はでたらめだったのだろうか。
この辞書を見て回っていたらmoonblindという言葉を見つけた。月盲とある。馬の病気の一つらしい。症状は分からないが、細菌がついてかかる馬の病気なのだ。月盲症という語は英語の直訳らしいが、ずいぶん美しい言葉だと思った。

秋の夜。牧場に月盲症にかかった馬がいる。月の光があまりに青々と照らすので、馬はすっかり目をやられ見えなくなってしまった。突然のことで馬自身が驚いて、恐怖で高ぶってしまい、牧場の柵内をぐるぐる走り回っている。・・・と、こんな妄想を抱かせる言葉ではないか。

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by yamato-y | 2008-09-15 08:06 | 登羊亭日乗 | Comments(0)


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