定年再出発  


懐かしい空
by yamato-y
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内トラ

内トラ

しかし、よく降るよなあ。毎日、夕方になると雨模様になり、バケツをひっくり返したような大雨が降る。
昨夜は、その雨のなかを歩いてエスニック酒場で飲んだ。
座の中心は、円谷プロの満田かずほ監督。彼から、特撮映画のあれこれを聞き取りしたあとの打ち上げだ。

円谷プロ草創の頃の名作といえば、初期ウルトラシリーズ」でQマンセブンの3シリーズだ。つまり「ウルトラQ」「ウルトラマン」「ウルトラセブン」。この初期の作品から満田さんは参加している。
仙台の高校を卒業後、早稲田大学に入学。学生時代からTBSでアシスタントディレクターとして働く。そのときに社員だった円谷一に可愛がられ、ドラマのあれこれを間接的に指導される。満田さんは円谷一を師匠と呼ぶ。一は円谷英二の長男で、円谷プロの最初のテレビ映画「ウルトラQ」を作ることになったとき、TBSから出向する。そのときに、満田は円谷プロに所属するよう、円谷一から勧められた。
最初はQの助監督だったが、シリーズの後半に第21話「宇宙指令M774」で最初の監督作品を担当する。円谷プロ生え抜き監督が誕生したのだ。その後、ウルトラマン、ウルトラセブンで活躍する。ドラマの本編部分と全体の統括を担当するのが監督で、特殊撮影のパートは専用の監督がいた。それ以外にポストプロダクションの光学処理を担当するものもいた。とにかく忙しかったそうだ。
監督をするのは必ず2本同時にスタートさせるカップリング製作を行っていたが、それでもスケジュールはぎりぎりということが相次いだ。

シリーズの1本目とか最終回を担当するのは監督にとって名誉なことだ。「ウルトラセブン」の最終回を担当したことは満田さんの誇りだ。モロボシ・ダンがアンヌ隊員に自らの正体を告白するというストーリーは1話では語れないと2回にわたって描いた。その告白の場面で見せた、逆光を使った演出は今でもファンの間で語りぐさとなっている。
ロケの苦労話を聞いた。現場は都心から車で30分ほどの生田が多かった。今では考えられない田畑や崖や林があった。毎朝、世田谷でロケバスに乗り込み現場に出かける。エキストラを集めておいても必ず2、3人来ないのがいる。そういうときは、身内のスタッフがエキストラ代行する。これを「内トラ」というんだよと、満田さんはいたずらっぽく微笑する。
そういえば、満田監督はよく画面に出ていることはファンの間では知られている。

後年、満田さんは熊本県荒尾市のウルトラマンランド初代館長に就任する。

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by yamato-y | 2008-08-31 12:54 | 大伴昌司の遺産 | Comments(0)

落合

落合

一昨日のことだ。雨で濁流になっている妙正寺川のそばをぬけて、フジオプロに行った。
西武新宿線下落合駅から歩いて5分のあたりだ。番地をたよりにプロの建物を探して、川沿いでうろうろしていた。
橋がかかっていて、女の子とおばあさんらしい女性の二人がいた。何かを下の川に落としている。橋の柵の間から女の子が落としている。その背後でおばあさんが見ている。

突然、私の頭の上で大きな罵声が響いた。
「何をするんだああ。子供に悪いこと教えるやつがいるか」中年というか老年か、男性のだみ声の大音声だ。
女性は最初きょろきょろしていた。自分たちのことを言われているのではないと思っていたようだ。罵声がやまないので目をあげて声の主を確認したようだ。途端にそわそわして橋から離れようとする。女の子は怪訝な顔で女性を見上げるが、とっとと行こうとする女性のあとを追う。女性は目をそむけたまま女の子と手をつないで、反対岸のほうへ消えた。
おそらく、橋の上の二人は水かさを増した川に不法投棄していたのだろう。それを住民がみつけて叱ったというわけだ。女性の風貌はどこにでもいそうな穏やかなおばあちゃんという感じであったが、悪いことと見とがめられてから顔が歪んだ。

女の子の顔が心に残った。どこかで見たことがある。・・思い出した。
秋田連続児童殺害事件で、母親に殺害されたとするあの幼女に似ていたのだ。あの子とそっくりの女の子が橋の上でおろおろしているのを見て、胸が衝かれた。むろん、橋の上の二人がしていたことは悪いのだが、やらされていた女の子のあどけない表情に胸が痛んだ。

フジオプロの建物はすぐ分かった。入り口に黄金のバカボンパパの像があったのだ。
喪中とあって、事務所はひっそりと静まり人影が少なかった。担当のTさんと取材の内容についての打ち合わせを30分ほどした。2階にお骨を安置していますのでよかったらお線香をどうぞ、と誘っていただいたので、私はお参りした。簡素な机の上にお骨箱と写真が載せられ、周りには赤塚さんの生み出したキャラクターの図が所狭しと並べられていた。
私は生前の赤塚さんとは面識がない。こんな形でお目にかかるとは思わなかった。1本線香を手にとって火をろうそくから移し、台に立てた。ひとすじの青い煙が立ち上がっていく。合掌。

帰途、ふたたび濁流の妙正寺川のほとりを行く。落合という地名を思った。川の合流することを指すはずだ。後で調べたら、神田川との合流点だった。

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by yamato-y | 2008-08-30 12:06 | Comments(0)

ドキッ ヒヤリ

ドキッ ヒヤリ

昨夜、平塚で湘南ライナーを降りると、潮の匂いがきつかった。懐かしい思いにとらわれ、句を作りたくなった。
小田原行きの普通列車が来るまでベンチに座って、句をひねった。
潮風の町に立ち、いや潮風の駅やがいいかな。それとも潮風やでいったん詠嘆するほうがいいだろうか。
だんだん夢中になっていく。傘はけっして忘れないようにしておかなくてはと散漫な意識ながら注意は怠らなかった。

電車が来たので、立ち上がり乗り込む。シートに座っても句の続きだ。句帳につけようとトートバッグを引き寄せる。ない。
ショルダーは肩にかかり、右手には傘。左手にもっていたバッグは――。
駅のベンチに置き忘れたことに気がついた。慌てて、電車を降りようとするとドアがしまった。やばい。
トートバッグには今日にかぎって定期入れの財布を入れた。図書館の本も一冊入っている。夕方取材した赤塚不二夫さんの取材メモもその中だ。電車は加速し、平塚駅の明かりは遠のく。焦った。
もし、悪意の人に拾われたら、財布だけとられるかもしれない。現金6千円はいいとして、銀行カードが2枚、アメックスカード、定期券(切り替えたばかり)、運転免許証、そして会社の身分証明書が人手に渡ると厄介だ。銀行とアメックスにはすぐに停止の連絡をいれなくてはなるまい。となると再発行の手続きになり回復するまでに3週間はかかる。免許証も警察に行かねばならない。身分証明書は顔写真付きだから悪用されることはないだろうが、これとて始末書と再発行手続きが必要となる。これから先のことを考えたらうんざりする。
大磯の山並みが見えてきた。駅に着いたらすぐケータイ電話で平塚駅にかけて、バッグの保全を頼もう。電車がホームに滑り込む。
ケータイで番号案内にかけ、駅遺失物係の番号を聞く。050で始まる電話はどうやら集中管理の係のようで平塚駅に直接繋がるというわけにはいかない。その係も混んでいるようでずっと話し中になっている。これを待っていてはだめだ。

戻ろう。上りの次の電車で平塚駅に戻ろう。
電車はこんなときにかぎって来ない。じりじりする。10分以上は経過した。誰かに拾われているかもしれない。
やっと電車が来た。乗り込んだものの心が逸る。車内はガラガラだが腰掛ける気にもならない。馬入川の鉄橋を越え平塚貨物ヤードに入る。15分以上は経っている。ベンチのバッグに誰も気がつかないなんてありえないだろうなあ。だんだん絶望的な気分になる。誰かが拾って、駅員にでも届けてくれているならいいが・・・・。祈りたくなった。

平塚に着いた。跨線橋までダッシュ。階段はエスカレーターで片側があいている。そこを2段飛びであがり、隣のホームの階段を小走りで降りた。
ベンチはたしか5号車の前にあったはずだ。3号車、4号車と息を切らしながら駆ける。
5号車前のベンチ。黒々とした椅子が3つ連結している。目をこらすと。
あった。バッグが大きな口を開けてあった。
財布がのぞいている。よく盗られなかったものだ。ほっとした。
途端、どっと疲れがでた。

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by yamato-y | 2008-08-29 08:35 | 登羊亭日乗 | Comments(1)

駅前居酒屋

この星にいること

渋谷駅前に、九州系居酒屋がある。博多名物モツ煮込み。それを肴にして熱燗を飲む。
元来、酒席は好きだが酒が好きなわけではない。それが、最近だんだん晩酌風に毎夜飲むようになった。

夏の終わりに夜空の下で酒を飲む。
今夜は一人で飲んでいる。ちばてつやさんの番組の構成表を片手に飲む。
・・・うん、うん、良く書けている。飲む酒がだんだんうまくなる。うれしくなって、ケータイでSプロデューサーにねぎらいの電話をいれる。「頑張って、この調子でロケアップまでもっていこう」


昼間、社員食堂で珍しい人と会った。24歳から27歳のときによく遊んだHくんだ。彼は私より3歳下だから今年57歳。去年、定年をむかえ現在は関連団体でライフプランナーとして働いているとか。やあやあということで、お茶を飲みながら近況などあれこれを話し合った。

当時、私は荻窪に住み彼は西荻窪で暮らしていた。隣町ということで、四六時中つるんで遊んでいた。主に天沼八幡前にある喫茶店「ぽろん亭」を中心とする交遊だった。クボカク、チー坊、ドピロー、ミヨ、カズオミ、モコと愛称で呼び合っていたなかで、生真面目なところがあるHくんはHくんのままだった。「あの頃、夜遅くまで遊びました。ああ、そうだ。現代史の勉強会も数回もったこともありましたね、みんな真面目だったな」と懐かしそうなHくん。「でも、みんな早々と死んじゃいましたね。ミヨさんもクボカクもカズオミも・・」

「今どこに住んでいるの」と私が聞くと、千葉の内陸部で渋谷から2時間のところに妻と子供といっしょにいるという返事。
「ぼくね、前の妻と別れてから、40歳の頃に再婚したのです。前は子供がなかったのですが、50歳のころに出来ましてね」と言うではないか。「じゃあ、子供さんいくつ?」「7歳の男の子。一次定年した身としてはきついすよ。あと20年は働かないと」
仰天した。彼は77歳まで働くつもりだ。昔はオトナシく無口なほうだったHくんはすっかり変わって世慣れた口をきく人に変身していた。

長く営業畑にHくんはいたのだが、子供が生まれる頃に総務へ移った。そこで、退職対象者の人生設計のアドバイザーとしてキャリアを積んだ。
「退職して迷う人たちに指針を与える仕事でしょ、だんだん喋りがうまくなりました」なるほど、それでよく話すようになったのだ。

30分近く話し込んだ。懐かしい昔話もあったが、老後の人生設計のケースについてもあれこれ聞いた。詳細は書かないが、気楽そうに見えているがみんな意外に苦労しているのだと知った。

昔は胃弱でいつも胃薬ばかり飲んでいる若者だったHくん。
「まあ、先のことはなんとかなるでしょと思うことが一番ですよ」と言って呵々大笑した。

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by yamato-y | 2008-08-28 08:45 | Comments(0)

ドラマの美意識

”内心の声”

昨夜も「冬のソナタ」を見た。10月から始める講座のために、再度見直しをし、ノートをとっている。
昨日見たのは17話「障害」。全巻20話の物語は終わりに近づいている。それぞれの立場やキャラクターが確立されていて、そのうえの葛藤だから、物語は人物たちの出入りだけでなく心理深い部分まで描かれる。
ユジンと異母兄弟であることを密かに知ったチュンサンは、ユジンを連れて海岸へ出掛ける。それを最後の思い出とするためだ。このとき、ドラマで初めて”内心の声”が使われる。
<ぼくは、ここで今彼女を手放そうとしている・・・>チュンサンの内心の声だ。
表面は彼女と海に来たことを喜んでみせるが、内心は違うという情景だ。私の記憶でいえば、この「冬のソナタ」で”内心の声”が使われるのはここともう一箇所しかないはずだ。最初、この場面を見たとき他の描き方と遊離しているので違和を感じた。さすがの名手ユン・ソクホでもこういう手法を選ばざるをえないのだと、ある意味で感心もした。

一般にドラマは対話としてのせりふはあっても、心のなかのつぶやきは表さずに、観客に胸の内を想像させるという手法をとる。むろん、モノローグつまり”内心の声”を最初から織り込んで作られるドラマはあることはある。倉本聡ドラマなどではよく使われる。だが、冬のソナタはそういう形式をとらずに内面を描いてきたのだが、この海辺のシーンではさすがに必要となったのだ。

もう一つの”内心の声”が使われるのは第20話「冬の終わり」だ。アメリカに去ったチュンサンとは別にユジンがパリへ旅立ったことを、たしかサンヒョクの声がボイスオーバーしたはずだ。これはサンヒョクの”内心の声”というより、物語の登場者が観客に報告をしているといった感じを与えた。それまで、そういう演出がなかったから、これも見たとき違和感をもった。

こうして考えてくると、恋愛ドラマといういわば心の物語にもかかわらず、冬のソナタは驚くほど禁欲的に対話だけで内面を描いていることに気づく。つまり、外見の遂行的せりふは語っても、心の内側は発言させなかったことに、制作者の美意識と力量を感じさせる。

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by yamato-y | 2008-08-27 12:11 | 冬のソナタの秘密 | Comments(0)

月光仮面は誰でしょう

月光仮面は誰でしょう

今から50年前、1958年(昭和33年)に、画期的な漫画作品が生まれていた。少年たちの絶大な支持を得て、国産テレビ映画第一号となった「月光仮面」である。探偵の祝十郎が月光仮面に変身して南方から侵略してきた悪と戦う少年ドラマだ。物語にはサタンの爪、どくろ仮面や幽霊党という個性あふれた「悪人」が跋扈した。
あの頃は正義の味方月光仮面に憧れたものだが、よくよく調べ今から考えてみると腑に落ちないことが浮かび上がってくる。

サタンの爪は極悪非道の憎むべき悪人とずっと思ってきた。ところが、物語を詳細に見ると彼は必ずしも悪人だったのだろうか。疑問が湧いてくる。第2部の「パラダイ王国の秘密」ではこんな話が展開する。
太平洋戦争真っ盛りの頃、日本の兵隊が東南アジアと思われる南方からある重要なものを密かに持ち帰った。現地で古代に栄えたといわれる王国の秘宝を解く鍵だ。この鍵を奪い返すべく「サタンの爪」というグループが暗躍し、月光仮面との争いとなる。
これってサタンの爪のほうに大義があるのではないだろうか。南方の国の昔からあった宝の鍵が日本人によって持ち去られたので取り返しに来たのだ。現地の正当な権利でもある。サタンの爪が現地出身であったかどうかは定かでないが。だが、物語では非合法な手段に訴えて取り返しを狙うサタンの爪たちは、当時の私たちの目から悪い奴にしか見えなかった。

このドラマが始まる前の部分(アバン)に不思議なスローガンが掲げられていた。「憎むな!殺すな!赦しましょう!」
もし現地人の権利を回復させるためにサタンの爪たちが働いているとすれば、彼らは当然憎むべき相手ではない。むしろ、彼らから見れば略奪した日本人こそ赦しましょうという他者からの寛容を説くことになるのではないか。これは結構深い問題を示している。

戦後長く、日本は東南アジアの戦後処理を、現地からの要求がないままに放置してきたと思われる。むしろ、経済大国という態度で開発途上にある彼らをサポートしたと恩着せがましく考えているが、最初に侵入したのは日本であって彼らではない。たまたま経済開発に日本が戦後手を貸し貢献したとしても、その前の占領に対しての「負債」が消えたわけでもない。何か、月光仮面に大義があるように考えたことと似ていないだろうか。

長く、子ども番組のシナリオを書いてきた佐々木守は、月光仮面は変身をしないで、変装をするのが特徴だという面白い説を唱えている。変身するのはウルトラマンや仮面ライダーであって、月光仮面は変装する。変装は生身の人間が行い、変身は超人か宇宙人か特別の能力をもつ者と佐々木は分類する。
そういえば昔から日本のヒーローはみな変装だった。鞍馬天狗や怪傑黒頭巾も。「変装するにはアイディアと器用な技術が必要で、それを駆使できる者は正義であった」(佐々木守『戦後ヒーローの肖像』)変装という能力は正義の味方に与えられていたというわけだ。だから、「怪人20面相」もドロボウでありながら悪人として扱われていない。
だが、本当に正義の人なら顔を隠す必要がないのではないか。素顔を知られたくないという心理は、自分の行動に後ろめたいところがあるからではないか。

祝十郎は敵と戦うときにだけ白いマスクに白いターバンという白装束でサングラスをかけ、額には三日月を貼り付けた姿に変装するのだ。だから祝十郎はどこかで着替えて現われてくることになる。つまり素面では現地勢力には出られないということにならないか。

月光仮面は登場するとき、いつもホンダのスーパーカブに乗って現れた。今、考えるとダサいのだが当時は疾走感があって格好いいと思った。

月光仮面の作者は、森進一の「おふくろさん」騒動のあの頑固一徹の川内康範だ。この人物は不思議だ。こういうヒーローものや歌謡曲「骨まで愛して」などを作り上げるかと思うと、保守派の論客として名を馳せたりもした。
「月光仮面」の主題歌も川内が書いている。
♪疾風のように現れて 疾風のように去っていく
月光仮面は誰でしょう 月光仮面は誰でしょう


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by yamato-y | 2008-08-26 16:16 | Comments(0)

愚直にして超絶な取材法

愚直にして超絶な取材法

テレビの世界に身を置きながら私は番組制作が専門だから、いわゆる報道のことは存外知らない。特に、記者という人たちの方法論というのは分かっているようで分からないことが多い。横山秀夫の傑作『クライマーズハイ』は御巣鷹山に墜落したジャンボ機事件を背景とした、地方紙の記者たちの物語で、これを読んで報道記者たちの矜持とか方法というものを初めて知ったことがたくさんあった。

以前から「夜討ち朝駆け」という記者が警察や検察の幹部を朝晩訪れる取材というのが、なぜそんなことをするのか理解できなかった。事件発生した直後の深夜や早朝に記者たちが訪問して何か変わったことがありませんかと問いかける取材というのが、いかほどの意味をもつのか、少なくとも気休めとしか思えない”取材”にエネルギーを費やすことが分からなかった。

横山の小説のなかで、2つのヤマ場があるが、最初のヤマ場にあたるのが、墜落原因の「抜きネタ」を得たときのことだ。主人公である群馬の地方紙「北関」のデスク悠木。彼のもとへ新人記者玉置が事故原因に関するあるネタを持ち込んでくる。事故調査委員会が原因は機体後部にある圧力隔壁が破裂したと考えているという話を聞き込んできたのだ。それまでまったく言及されていない新しい説だ。これが真実であれば大スクープとなる。この話が本当かどうか確証をとる、つまりウラ取りをやることが、この特ダネを物に出来るかどうかを決めるポイントとなる。ところが、ネタを掴まえた玉置は理系の出身で工学的なことには強いとしても、記者としての経験は浅い記者だ。デスクの悠木はこの裏取りをベテランでサツ回りの経験豊かな佐山に当たらせることにする。ここで、ベテランのもっている夜討ち朝駆けの体験ノウハウが生きてくるのだ。

 悠木デスクは佐山に事故調査委員会が宿泊しているホテルに潜入して、首席調査官に「事故原因は圧力隔壁の破裂か?」という質問をぶつけるよう指示する。このきわどい取材方法を横山はこう説明している。
《まともに答える公務員などいない。だからイエスか、ノーか、その感触を瞬時に掴み取るのがウラ取りの技ということになる。》
上の質問をされて、調査官は「ぼくは知らない」とか「それを決定するのは、他の人だ」とか答えるだろう。その答えた内容が意味のあることではない。その答えをするときの態度、様子、もしくは言外の表現などの感触を、職業的直感で真実は奈辺にあるかを判断する。これがベテラン佐山に与えられた任務だった。

そして、実際に佐山は首席調査官にこの質問をぶつけ、これは真実だという心証を得る。そのことを悠木デスクに伝えてスクープとして発表してもいいと進言するのだ。ところが、佐山は最後の最後の段階でこの特ダネを諦めるのだ。その理由は、サツ回りでの心証なら普段付き合っていてその人物の「表現」が把握できるが、事故での急な担当官ではその人物の「表現」は真実か否か危うくなると、主人公の悠木は考えて、(無意識に誤報することを怖れて)このネタをボツにしてしまう。

不思議な手法だ。ニュースという一分一秒を争う場では、こういう取材の仕方があるのだ。
テレビ”番組”の世界では、首席調査官に質問をぶつけて、「ぼくは知らない」などという発言しか撮れなかったなら、この映像は意味のない映像にしかならない。否定はしているが、事実は質問するあなたの言うとおりと言っているという表現内容にはならないのだろう。だから、ドキュメンタリーの番組であれば、こういう取材対象から受ける心証で結論づけるのは困難だと思われるが、記者の世界では、普段からの関係性のなかで発言内容の真偽を計るということをやるようだ。

この手法は、番組でのインタビューにすぐ応用できるわけではないが、何か参考になるというか使える手法だとうっすら思う。

こうなってくると、普段の付き合いが大事になってくる。人間的な付き合いをしているからこそその人物の性格や特徴が把握でき、そこから類推して、話していることが事実かどうかを見極めるのだ。

友人からこの「クライマーズハイ」を熱心に勧められて読んだ。「半落ち」などで作者の横山秀夫はうまい人だと思っていたが、これほど緻密に構成する作家とは思わなかった。とにかく面白かった。

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by yamato-y | 2008-08-25 19:36 | 新しい番組を構想して | Comments(0)

スコールのような雨を浴びて

スコールのような雨を浴びて

アポの時刻まで30分。突然、雨に降られた。
様子を見ようと近所の軒先で雨宿りした。最初は歩道を濡らすほどのものだったのですぐ上がるだろうと思っていたら、雨脚はどんどん強くなる。そのうちに周囲の景色も白く霞んでいくではないか。雨がたたきつけられて、地上で跳ね返るしぶきはまるで急流のようだ。呆然と雨を見ていた。

約束の時刻が次第に迫ってくる。歩いて10分はかかるはずだから、この雨宿りから脱出せねばならない。あいにく、タクシーもいない。交番があった。飛び込んで、傘を貸していただけないかとお願いすると、交番にはカッパしかなく応じることができないと言われてしまった。

仕方なく、雨がやや小止みになったところで飛び出す。頭にハンカチを乗せてカバンをたすき掛けにして坂道を走った。木陰はやや雨が弱いが、それでもシャツはズブズブになる。
ようやく、目指す建物のところに出たが、どうやら裏口のようだ。ドアがロックされている。かたわらのインターフォンを何度も押すが誰も出ない。約束の時間まであと5分。

慌てて、表玄関を目指す。雨は依然激しい。坂道をあえぎつつ走った。
そして、約束2分前に着いた。
口惜しいことに、たどり着く頃に雨はやんだ。雲が流れていく。遠くにうっすらと青空が浮かぶ。

建物の受付に行っておとないを入れ、約束していた人物に面会を申し込む。受付の女性は濡れネズミの私を気の毒そうに見ている。
先月、買ったばかりの靴が歪んでいることが気になった。こんなことならぼろ靴で来るべきだった。それにしても、すさまじい雨だったな。降り方といい、短時間であることといい、南国のスコールみたいだった。

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by yamato-y | 2008-08-24 09:03 | Comments(1)

直感はまんざら・・・

直感はまんざら・・・

今年の3月に出版された『韓流の社会学~ファンダム、家族、異文化交流』(イ・ヒャンジン、岩波書店)はとても優れた冬ソナの研究書だ。いくつも教えられる点がある。著者のイ・ヒャンジンさんは李香鎮と書くそうだが、イギリスの大学の準教授で、2005年から7年にかけて立教大学へ客員として招かれている。本書はその時期に研究されたものをベースに書かれたものではないだろうか。

冬のソナタを支持した人たち、私の言葉でいえばソナチアンという人たちはどういう存在だったかを明らかにし、冬のソナタという物語の優れた叙事構造をほどいている。これまで、保守的な男性を中心に偏見をもたれてきたこのドラマを見事に解放している。その知見の一々はいずれまた紹介するとして、冬のソナタのファンから始まってぺ・ヨンジュンのファンダムを形成している人たちについての分析にちょっと耳を傾けたい。

その主体は60年代70年代に青春を送った女性たち、つまり私と同世代かやや年長の世代とイは見ている。AVや漫画、アニメ、といった男性と若者にしか対象にしない日本のコンテンツの隙間にいた層だ。メディアは「韓流おばさん」と揶揄した。
このおばさんの日々とは――毎日、ス―パーで買った惣菜ばかりを食卓に並べても、文句を言わずに食べてくれる夫、子供たちと遊ぼうとせず、電球一つ取り替えないうえ、休日には野球中継を見ながらごろごろしている夫。部屋にこもりきりの子供、など妻として母として与えられたジェンダー的役割をこなしてきた女性たち。それが韓流に出会うまでの身の上だった。ところが、韓流ドラマに出会って、”文化的覗き見”をしてからは、その日常からしたたかに脱却していく「サイバーノマド」となっていったと、イはみている。

このおばさんたちはこれといった政治的な意図ももたない存在だが、韓流という大衆文化を通じて、性や階級や国家という境界を大胆に崩した。この現象を無視したり揶揄したりするのではすまないのではないかと、イ・ヒャンジンは説いている。

これは、2004年に私が冬ソナ特番を制作するにあたって取材を重ねているときに感じたことだ。たかがテレビドラマのファンというふうにソナチアンを見るのはミスリードになるのではないかと、私は周囲に語った。が、メディアの多くは当初タカをくくっていた。特に男性系メディアの新聞や保守的雑誌はこの現象を揶揄ばかりしていた。
そして、あれから4年。この書を手にして感慨をもつ。あのときの直感はまんざら外れてはいなかったのじゃないかと。

ところで、本書に私と高野悦子さんでコラボしたブックレットが参考文献として載っているのを見た時、この本によって教えられるところが多かった私としてはなんだか変な気がした。

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by yamato-y | 2008-08-21 11:19 | 冬のソナタの秘密 | Comments(0)

先輩の死

先輩の死

昨夜、敬愛する先輩ディレクターのKさんが死んだ。72歳だった。
世間的にはまだ若いといえるが、テレビの世界では標準の寿命かな。結構みな早く逝くのだ。
Kさんは昔から体が丈夫でない人だったが、なんとなく細く長く生きる人と思っていたから、私の予想よりは5年早い死だ。

20年前、教育テレビの「ETV8」という番組を制作していた。10人ほどのベテランがそろっていて、私などは若造だった。
「ETV8」は番組制作局を横断する番組枠だったから、教養、サイエンス、洋楽、青少年などの各部のつわものが集まっていた。
そのなかで、Kさんは実力者だがけっして自己主張をしない控えめな人だった。社会の片隅にある物語を見つけて来て丁寧に構成する人だった。

Kさんは前職があり、夜間中学の教師であったという噂を聞いたことがある。本人からは聞いていないが、そういう仕事をしていた人かもしれないと思わせた。人間に対してけっして好き嫌いで判断しない。けっして激さない。穏やかな人柄だが信条は曲げない人だった。

鳥取の局に勤務したことがある。若いディレクターたちの兄貴格だった。若い制作者たちはすっかりKさんの魅力にまいった。みな、彼の影響を受けたドキュメンタリストになる。8人ほどのこの若者たちはK学校の生徒といわれた。今では、テレビ界の中枢たちだ。


ETV8時代の先輩たちがこの数年次々に亡くなって行く。急な訃報だから驚きはするが、意外なほど悲しみは少ない。なんとなく、私以上の世代には死は遠いところにあるとは思えず、そこにあるような気がしている。そんな気になったのは、1年ほど前からだ。

Kさんの通夜は金曜日。お別れに行こうと思っている。(しかし、今年私は何回葬儀に出席しただろうか。やや多いという気がしている)

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by yamato-y | 2008-08-20 23:41 | 魂のこと | Comments(0)


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