定年再出発  


懐かしい空
by yamato-y
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別れと旅立ちのとき

別れと旅立ちのとき

今朝のワイドショーで鹿児島の離島の小学校の卒業式の様子を伝えていた。
言いふるされてはいるが、3月は別れと旅立ちのときだ。これまで、ずっと卒業していく心の側から見てきた。40になっても50になっても、旅立つ不安に心寄せながら卒業ということを考えてきた気がする。

今年の心境はいささか違う。卒業してから30年40年経ったときの立場に身を寄せているのだ。
あの頃、別れるのは寂しいが、これから先を考えると不安と緊張はあるが、それでも何かが始まり人生が動いていくのだという期待のほうが大きかった。だから別れの悲しみは一時のものでしかなかった。

金沢の友人が、「おまえ、仏教が教える『愛別離苦』という言葉を知っとるか。愛する人と別れる苦しみやぞ。」
この友と30年ぶりに再会したときに、この話が出た。友は、この四字熟語はもう一つ対句があるのだという。
怨憎会苦—怨み憎む者とこの世で会わなければならぬ苦しみ、という言葉もあるのだ。

なるほど、旅立ちの不安というのはこの怨憎会苦が待ち受けているかもしれないという直感が働いていたのかもしれない。だが、卒業して40年、定年まで勤め上げて振り返ると、愛別離苦のほうが思いとして勝ってくる。

卒業にともなう愛別離苦は、一時の別れかもしれない。だが本来は愛する者を喪失する悲しみ、幽冥境を異にすることを指すのだろう。今回の旅では、知らないうちに幾人もの知人が旅だっていたことを知った。


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by yamato-y | 2008-03-31 09:55 | Comments(0)

さよならも言わないで別れたよ

さよならも言わないで別れたよ


「ノルウェーの森」ではないが、ぼくが乗った東京行きの飛行機はぐんぐん雨雲の中を駆け上がってゆく。ヘッドフォンから流れてくる機内放送は、ガロの「学生街の喫茶店」。そのなかのフレーズが「さよならも言わないで別れたよ」。
窓ガラスに上から下へ流れ続ける雨のしずくを見ながら、この言葉を繰り返しなぞる。声に出さないで。小松の町が小さくなり日本海が見えて、大きな中部山脈に向かって飛行機はぐんぐん迫ってゆく。僕は東京へ帰って行く。

・・・ぼくらの学生時代、学生運動が負け戦になりはじめた頃だったから混乱していた。昭和44年から45年の頃だ。安田講堂が落城し、よど号が赤軍によってハイジャックされた。研究室の中も対立していた。顔を付き合わせると互いの路線を主張する不毛な議論を続けていた。代々木支持のゼミ仲間とも敵対していたから、学生生活の終わりの頃はほとんど研究室員とも口をきいていない。何のけじめもつけないまま別れ別れになった。45年3月、卒業式にもぼくは出ていない。ぼくの両親は式に来てはみたものの息子は見当たらず、仕方なく息子の親友と記念写真を撮っている。

ぼくは金沢の町にアンビバレンツな思いがある。恋をした街であり恋を失った街だった。
だから、長くさまざまな思いを封印してきた。
昨夜、浅野川のさらさら流れる瀬音を聞いて、東山のシジマを見ているうちに、懐かしさがこみ上げてきた。初老のセンチだ。いいじゃないか。60になって、青春を顧みて沈んでいるなんて。

今回の旅は、「舞踏会の手帖」だ。でも予想に反して(内心分かっていたが)、たくさんの人が物故していた。まだ死ぬ歳でもないのにたくさんの知人仲間があの世へ旅立っていた。60を前の死だから自然死ではない。ある者は自死であり、ある者は植物状態のうえでの死であったりした。
センチな思いなんてすぐ消えた。空漠たる思いが3月末の空に舞い上がる。懐かしい思いが吹き飛ばされることになる。口惜しい。「さよならも言わないで別れたよ」
きちんと、さよならを言わないで別れたよ。ジローさん、イシカワさん。

東京に着いたら、東京も雨だった。しかも肌寒い雨だった。息を吐くと白い。寒さがぶり返したようだ。桜はこれで終わるのかな。
今回の体験を、今夜じっくり考えてみよう。


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by yamato-y | 2008-03-30 18:40 | Comments(0)

2つの疑問

2つの疑問

昔から、映画を見ていて不思議に思っていたことが2つある。

一つは時代劇の”切られた人”。主人公によってバッサバッサ切られる侍たちの人生だ。おそらく下級武士だろう。
悪い家老のとりまきでいて、大団円になると、まるで大根のようにスパスパ切られる。少なくとも二十歳を越えたいい大人だ。時には中高年となった者もいる。この人たちがまったく顧慮されずに斬殺されるのだが、この人たちだっていろいろ苦労があって青雲の志を抱いて成人したであろう。その生涯がこんなに簡単に紙より軽く扱われるということが理不尽に思えて仕方がなかった。

もう一つはラブストーリーのその後である。若い男女が苦難を越えて最後にいっしょになるというハッピーエンドの物語。
この後、二人はどうやって生きるのだろう。黄金時代が老人となり神が二人を分つまで続くとは思えないのだ。途中で飽きるなどは当然だし別れることだってあるじゃないか、と映画の終幕を見ながらいつも思っていた。

一つ目のことは藤沢周平を読むようになって、下級武士にもそれなりの味わい深い人生があると知って、なんとなく納得できるようになった。

二つ目のことは、昨夜なにげなく見たバラエティ番組から思い出した。若い男はフリーターだったが、今度仕事についた。それを契機に8歳年上の女性に結婚を申し込もうとしている。ところが、かつて喧嘩して男が2ヶ月間失踪したことがあって、その女性は結婚に対して踏み切れない気持ちでいるらしいと、男が番組に相談する。そこで、その男の思いを実現するために、大掛かりな仕掛けで女の心を捉えるような「夢」を作り出す。
最初は半信半疑だったのが、最後に男がエンゲージリングを差し出すと、女は大つぶの涙を流して「私はほんとうに幸せだ」と大泣きする。その間、若い男は本当にやさしい。自分の前非を悔いて「きっと幸せにするからね」と何度も告げる。

見ているうちに憮然としてきた。「神田川」の一節が浮かんで来た。
♬何もこわくなかった ただ、あなたのやさしさがこわかった

この歌は以前から悲恋を描いているとなんとなく思っていたが、その理由がやっと分かった気がした。(本当に鈍いな)

ラブストーリーの人生の結末はどうなるのか。これらのなかで、最後まで添いとげるのは幾組あるだろうかと、スクリーンのエンドロールを見ながら思ったものだ。

ただ、納得したケースもある。「ローマの休日」だ。身分の違いからいっしょになれるなんてことはないにしても、王女も新聞記者も遠い将来ふとしたときに、このラブアフェアーを思い出すこともあるだろう。そんな「想起」のなかに生きて行くことはあるだろうなあと思った。

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by yamato-y | 2008-03-29 09:48 | 登羊亭日乗 | Comments(0)

桜尽くし

花、花、花

うらうらと日が照る正午、風に誘われて代々木公園に花見に出掛けた。
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公園にはおおぜいの人が出ていた。やはり、桜は人の心を躍らせるのだろう。
一枚一枚の花はそれほどでもないが、集まるとすごい。万朶の花か。
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どこかの局が中継車を出していた。今週末が花見どきになるのだろう。
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春がすべての人にとって喜びとはならないこともあろう。華やかであれば余計に悲しみが増すこともあろう。でも、せめて、花でも眺めて・・・

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by yamato-y | 2008-03-28 15:33 | 登羊亭日乗 | Comments(0)

かえるくん

かえるくん

ミスターレッドを見舞って、13年前の自分の境遇をまざまざと思い出した。
脳出血の発症から一ヶ月、出血は止まったものの、体の一部が麻痺した。意識がもどるにつれその不自由な体に我慢ができず苛立った。少しでも立ちたい、歩きたいとリハビリに精を出すのだが、作業療法室へ行くとうまくできず落胆の日々が続いた。

ベッドにあっては、何でこんな目に俺一人が遭うのかと運命を恨むばかりであった。自分のことしか考えていない。あのとき妻、息子、娘たちがどんなに心細くあったかなどということには思いが及ばなかった。

レッドが「夕べ、かみさんにこっぴどく叱られて落ち込んだよ」とさみしそうに言った。
聞けば、ようやく杖をつきながらも立てるようになったので、あれもやろうこれもやろうとしてパソコンやカメラなどの道具を夫人に運ぶようリクエストしたらしい。そんなに焦っても仕方がないじゃない、もっと時間をかけなくてはとレッドはきつく諭されたのだ。

あらためて自分の現実を知って彼は不運を嘆き、絶望した。
「あんなに落ち込んだことはなかったな」レッドの目に光るものがある。

だが、私と話しているうちに、表情が生き生きとしてきた。
見舞った私が過去に同じ病で倒れてここまで快復したと知って、希望が湧いたと語る。

息子から言われた言葉を今理解したよとレッドは告白する。
 「俺は一回死んだのだな。新しく生まれ変わったのじゃないかと息子に先日言われたのさ。よかったじゃないと励ますのさ。そのときは素直に聞けなかった。」「そうだよな。再生するということは一度死ぬ必要があるものだ。」

早くよくなりたいと逸る気持ちは分かるが、一定の時間もかかるものだ。それに耐えるのも今の闘病の課題だからと、私は昔の自分に言い聞かせたことを彼に告げた。あの頃、人からそう言われても「おまえなんかに俺の気持ちが分かるか」と内心反発していた。だからレッドも素直に受け取るのは難しいと思うが、せめてそういう慰めでも耳を少し傾けてくれたらいいなと思って私は話したのだ。

私が退院して大磯の自宅にもどったとき、広島時代の仲間から蛙のぬいぐるみが送られてきた。緑色のカエルはヒョウキンな形をしていた。その首にネックレースがかかっていて2,3枚紙片が付いていた。
「ふーっ苦しかった」「生きかえる」「よみがえる」と書きこまれていた。

稚拙な表現だなと苦笑したが、なぜか気になった。心に深く刻まれた。だから、レッドと対話しているときにそのかえるのカードが蘇ってきた。

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by yamato-y | 2008-03-28 11:08 | 魂のこと | Comments(0)

友あり

友あり

二人の友のことを書こう。
一人は30代のバッキー、もう一人は私と同年のミスターレッド。

昨日、バッキーが突然訪ねてきた。5年ぶりかな。かつてはプロダクションのディレクターとして、私といっしょに葉祥明さんの課外授業などを制作した仲だ。当時は長い髪の格好いい気鋭の放送人だった。
でも私生活が荒れていて、彼自身精神が不安定だった。感情の起伏が激しかった。

ある番組を作り終えたときだ。最後の局試写に臨んだ。クライアントに「商品」を見せて納品する重要な儀式だ。試写室では、作り手である我らはとても緊張するものだ。
その番組の試写で佳境に入った頃だ。突然、携帯電話のコール音が流れた。慌てて、部屋の外へ出てゆく者がいた。バッキーである。

試写は大過なく終えた。これといったクレームもなかった。仕事がうまくいったので新宿で打ち上げすることになって、タクシーに分乗して会場に向かった。私はバッキーといっしょだった。私は、彼に試写中に携帯の電話が鳴らないようにするのがプロの姿勢だろうと叱った。
うな垂れて聞いていたバッキー。頬が強張りまぶたがひくひくした。突然、携帯を取り出して強く握った。何をしてるんだろうと怪訝に思った。
バキッ。携帯を折った。魂消た。そこまですることないじゃないか。「すみません。僕が至らなかったのです」大粒の涙をバッキーはこぼした。
以来、私は彼をバッキーと呼ぶようになった。当時、彼はパートナーとの関係で苦しんでいて精神が不安定だったのだ。

昨日、会ったバッキーは坊主アタマになっていた。痩せてはいたが終始にこにこしていた。
「今、プロデューサーをやっているんですよ」と照れくさそうに名刺を差し出した。あれから前の女性と別れ、去年再婚したと語っていた。幸せそうな顔に、こちらも嬉しくなった。新年度番組でこれから1年間レギュラーをプロデュースすることになっているそうだ。

もう一人の友、ミスターレッド。芸大の楽理科卒という「芸術家」だ。赤い色が好きで、必ず服装のどこかに一点赤を取り入れている。ネクタイやベストなどという分かりやすいアイテムだけではない。見えない靴下、ベルト、ハンカチ、などいろいろな小物にあしらっているのだ。彼独特の美意識だ。はっきり言って変わり者だ。今、私が所属する部で4年前に同席することになった。
歯に衣着せない物言いは、私とよく似ていて、すぐ友達になった。つまり、私も変わり者なのだ。

3月の初旬、彼は脳出血で緊急入院した。命には別状ないと知らされたが、半身が不随になっていると見舞った者から聞いた。3月20日の本番を抱えていた私はすぐには見舞いに行けなかった。直後の見舞いは本人もそうだが、家族に負担が大きいということは、自分の体験で知っていたから、半月ほど待って、本日初台にある病院へ見舞いに行ったのだ。

レッドは車いすで迎えてくれた。顔が少し小さくなっていたが、気力は失せてはいない。まずよかった。14年前に、私も同じ病気で倒れたことを話すと、熱心に耳を傾ける。
「足の麻痺がしだいに薄らいで来るのを感じるよ、最近。」半月ぐらいでそんなによくなるはずがない。彼は焦っているようだ。

私はまあ急ぐな、時間というのも必要なのだと、やんわりたしなめる。たしなめながら、私もそうだったと回想していた。少しでも良い兆候を探し出して、自分は快復しているということを確認したがったものだ。そう思わないと自分が崩れていくという恐怖感があったのだ。現役で倒れることの口惜しさを、私は包み隠さずはなした。でも、苦難はあったが、今日ここまで快復しているぞと、私は自分の体を誇示して励ました。彼は、時折、目に涙を浮かべた。

病室を出るとき、「また来てよ。待っているからね」とレッドは私になんども声をかけた。
当たり前だ。何度でも来て、ウルサイと言われるほど話してやるよと、憎まれ口を私はきいた。

病む友へ花たよりせむ代々木かな

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by yamato-y | 2008-03-27 17:04 | 魂のこと | Comments(0)

桜を見つつ

桜を見つつ

センター西口前の桜はほぼ開いた。春の穏やかな夕日のなかでひっそりと、だが華やかにたたずんでいた、桜は。
花の向こうに薄いもやのかかった空が広がっていた。

そのまま会社の書店に行ったら、立ち読みをしている若い女性がいた。よく見ると、Kさんの娘さんだ。声をかけた。驚いた顔が、亡くなったお父さんとそっくりのまなざしとなる。懐かしい、あのKさんの目だ。

在りし日の師のまなざしや春の雲

日が暮れる。渋谷、神山町、懐かしいような風景となってゆく。桜は花を付けたばかりで、しっかり立っている。

友人が選んだ題は、「またふたたびのいきがい」であった。
おこがましいが、私が「定年再出発」と名づけたことと通いあうのではないだろうか。

ありふれたことだが、悲しみに沈んだとき、周りの風景も蒼ざめるという。
たしかにそういうものを見たことがあった。

今、夕間暮れのなか、ひっそりと、だが華やかに立つ桜を見ていると、この風景の有難さを思う。忝い(かたじけない)ということか。

独り居るかたじけなさや夕桜

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by yamato-y | 2008-03-26 17:43 | Comments(0)

生きがいについて

生きがいについて

友人が今月号の「世界」に寄稿していて、それを読んで粛然とした。事情があって番組を制作することから外れることになり、その喪失感でこの間長く苦しんできたと書いてあったのだ。
自分の頭のハエすら追えない私だが、彼の境遇については気にはなったので、酒を酌み交わす機会があったときそれとなく物言いをしたことがある。彼は、そんなことなど気にはしていないという素振りで豁然と笑っていたので、私は大丈夫なのだと勝手に解釈していたのだが、今回の文章でその苦悩を知るところとなった。

その脱出の手がかりに彼は神谷美恵子の「生きがい」を手にしたと書いている。そういえば、酒を呑んだとき彼は私が神谷に関心をもっていることにとても興味をもっていた。あの頃、彼は自分のなかの空洞と闘っていたのだ。鈍感な私はそこまでの苦悩を理解していない。

この出来事に呼び覚まされるようにして、昨夜私は神谷の『こころの旅』(日本評論社)を久しぶりに読んだ。《人生とは生きる本人にとって何よりもまず心の旅である。》胸に沁みる言葉だ。幾度読んでも褪せない。

《『しごとの量をこなす』ことだけを人生の目標にしてきた人にとっては、『時間が足りない』というあせりと徒労感もでてくるだろう。それよりもゆうゆうと自分のペースでしごとをたのしむ境地こそ老年にふさわしい》まるで、私に向かって書かれたように思えてくる。

悠々と生きている人を観察すると、若い人から愛し敬われる老人というのは、「愛されることを求めるよりも愛することによろこびを感じるこころが」長く育まれた人が多いと神谷は記す。一見、通俗の言葉に見えるが、今の私には心の深淵にまで下りてくる言葉だ。

朝6時、日がのぼって、窓の外があかあかとしてきた。床のなかにあって一昨夜の大島の星空を思っている。乳を垂れ流したような星雲の彼方ーー。

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by yamato-y | 2008-03-26 07:17 | 魂のこと | Comments(0)

24の瞳の卒業式

24の瞳の卒業式

「仰げば尊し わが師の恩」と大きな声で24の瞳つまり12人の卒業生が歌っていた。
伊豆大島、波浮小学校で昨日卒業式が行われ、そこに私は出席した。男子が4人、女子が8人一生懸命ピアノに合わせて歌う姿に思わず目ぶたが熱くなる。

この学校は伝統があって133回目の卒業式となる。12人全員による「わかれのことば」が講堂いっぱいに広がった。全校生徒百名あまりと先生、保護者、来賓が集った式だった。小1時間、1年生から卒業生まで誰も身じろぎしない。無駄口もきかない。管理されての態度ではなく、明らかに、この学校の風土と伝統なのであろう。

式の最後、卒業生退場となる。6年担任の男先生を先頭に、在校生の拍手のなか一人一人講堂を出て行く。
私はその出口の近くにいて様子を見ていた。
会場の外に担任が待機して、卒業生を待ち受けている。出て来た生徒たちは、それまでのお行儀のいい顔ではなくやんちゃな楽しそうな表情になって、担任と手を合わせていた。その姿が実に子供らしかった。

式のプログラムを見ると、卒業生の進学先とあって、「11名 大島町立第3中学校・1名都外公立中学校」と記されていた。どうやら、一人は県外へ転校して行くようだ。この小さな小学校で6年間ともに学んだ子供たちも、これから新しく、ひょっとすると時には厳しい人生を歩むこともあるかもしれない。みんながんばれよと言ってやりたい気がした。

実は、この学校は今年で終わり、来年は統廃合されて新しい小学校になる。その最後の1年間をカメラで見つめることができないだろうかと考えて、今回、休暇をとって調べるためにやって来たのだ。

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卒業式を終えた生徒たちが雨のなかを走って帰ってゆく。
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by yamato-y | 2008-03-25 18:53 | 新しい番組を構想して | Comments(1)

波浮の港

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波浮の港
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雨上がりの岬を降りてゆくと、青みどりの美しい海が見えた。伊豆大島の波浮の港だ。
戸数にして2、30軒だろうか。がらんとして人影がない。路地に入ると、昔懐かしい食堂やよろずやが並んでいるが店は閉じられている。

魚市場の前に、波浮の港の歌碑がある。
♪磯の鵜の鳥ゃ 日暮れにゃ帰る
  波浮の港にゃ 夕焼け小焼け
  明日(アス)の日和(ヒヨリ)は
  ヤレホンニサ なぎるやら

野口雨情の作詞だ。残念ながら海には鵜の姿はなかった。漁船の数も少ない。海洋高校の立派な練習船が停泊している。
両手を広げたような波浮湾はカルデラ湖。ここは鹿児島錦江湾と同じ、つまり火山島なのだ。

この港には名所として踊り子の里として旧港屋旅館・旧甚の丸邸などの建造物が保存されている。川端康成の「伊豆の踊り子」に出てくるたび芸人の一座は、大島の出身となっている。当時、漁業などで栄えた波浮の港にはみなと屋という大きな旅館やくるわもあって芸事が盛んであったのだろう。
だが、今の港にはその俤はほとんどない。うらぶれた寂しい港町だ。その風情がまたいい。

港から岬の上まで登るには今では大きな舗装道路があるが、往時使われた階段道もあった。そこを息を切らしながら上がると、椿の深い森になっていた。

夜、知り合いの車に乗って、真っ暗な丘まで行くと、空には大粒の星がまたたいていた。星雲までくっきりと見える。大気がどれほど美しいか、あらためて知った。

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by yamato-y | 2008-03-25 16:55 | Comments(0)


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