定年再出発  


懐かしい空
by yamato-y
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科学者が夢見ること

科学者が夢見ること

東大の物性研50年記念フォーラムは面白かった。最先端の科学者の「放談」だが、これからの地球を憂い人類を思い、熱い議論が繰り広げられた。心に残った言葉をメモしておこう。

今の小学4年あたりから大学のジュニアくらいまでの日本の若者は、外国に比して冷めている、というかしらけきっている、ということをかなり深刻に科学者たちは受け止めている。その原因の一つは大人が夢見ていないことであり、科学は解決されることが望まれている事柄に立ち向かってはいないのではないかと自問していた。

1543年、コペルニクスが地動説を説いた本を刊行したとき、その部数はわずか600だった。ヨーロッパの知識人の規模がそれぐらいだったのだ。それでも、その影響は世界的歴史的に広がっていったという事実をどう受け止めるか。今は日本の大学生だけで250万いる。ついでに言えば、紀元0年のとき世界の人口は3500万。1950年で25億。2007年で61億いるという。

 過日、東大130年の記念講演で、大江健三郎が語った言葉が科学者たちの心を掴んでいる。
「言語は、どんな言語であれ普遍的かつ個性的である。」個別か普遍かではなく、個別かつ普遍という道筋があるということを教えられたと、科学者はいう。

科学は若者に科学の地図を指し示すべきだ。何が分からないのか、何が必要なのか、ということを、科学は具体的に語らなくてはいけないという声があった。例えば、燃料電池をさらに進展させるにはすぐれた触媒が必要、その開発が焦眉だとか、エアコンの性能を上げるにはいい磁石が必要とされるとか、具体的な科学マップが今求められていると、科学者はいう。そういう意味で、温暖化とか環境異変という抽象でなく、地球の光合成が限界に達しつつある、という具合に語るべきという。

科学者の役割として、既知を未知にすることだという。未知を既知にするということではない。一つのことが分かれば十の分からないことが出てくるということ。そのことを社会に伝える「表現」を科学者の側から考えなくてはならないと、茂木健一郎も中村桂子も語ったことが印象に残った。

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by yamato-y | 2007-11-30 18:19 | 新しい番組を構想して | Comments(0)

本日フォーラム収録

本日フォーラム収録

久しぶりに本番収録に臨む。
昼から六本木にある政策研究院大学のホールで「これから50年の科学は?」というフォーラムが開かれる。東京大学 物性研究所設立50年を記念して行われるのだ。その様子を1月放送の番組にするべく、本日中継車収録するのだ。

パネリストの顔ぶれがすごい。現代日本を代表する科学者がずらりと顔をそろえた。脳科学の茂木健一郎、生命科学の中村桂子、進化生物学の佐倉統、東大総長の小宮山宏ら総勢7人だ。

日本が敗戦をむかえたとき、科学研究はぼろぼろだった。なんとかしなくてはということで1957年にできた研究所の一つが物性研だ。当時、ソ連が人工衛星の打ち上げに成功した。東海村の原子炉に火がともったのもその年。つまり宇宙時代、原子時代の幕開けの時代だったのだ。注目されるのは、科学者たちは1959年に放送されたアニメ「鉄腕アトム」の存在を重視していることだ。大衆レベルで科学の成功を夢見させてくれたものとして高く評価しているのだ。

さて、このフォーラムの眼目は50年後の科学の予見だ。科学者は未来をどうみているのか。知りたい。「20世紀は電子の時代、21世紀は光の時代」という言葉が世紀末頃から言われていたそうだが、そのコンセプトが今も有効だとはかぎらないと学者たちは考えているそうだ。大衆知識社会がやって来て、一億総科学者になることもあるが、いろいろ厄介なことも起きてきそうだ。科学は社会的責務をしっかり負う必要がある。科学的合理性と社会的論理性のおりあいが大切になってくるのだ。例えば、人類にとって重要な地球温暖化に対して、科学はどういう貢献が出来るのだろうか。常温超伝導は実現するのだろうか。

本日のフォーラムは高邁で重大な主題を論ずるのだが、なにせ時間が少ない。その限られた時間内で実りのある議論が生まれたらいいのだが。

尚、東大物性研究所は現在移転して千葉に行ったが、元は六本木にあった。跡地には国立新美術館がある。南隣には国立政策研究大学院があって、本日はそこが会場となる。

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by yamato-y | 2007-11-30 07:52 | 新しい番組を構想して | Comments(0)

社会保険事務所

社会保険事務所

60歳の誕生日の一ヶ月前になると緑色の厚い封筒が届く。年金裁定書というものだ。これに必要事項を記入して届けないと将来年金が取得できなくなるという。私は1月が誕生月だから先日届いた。

封を切って書類に目を通すと一度読んだだけではチンぷんカンだ。複雑に記入事例があるがさっぱり分からない。月給から年金分として天引きするときは何の挨拶もなく勝手にもっていって、返却するとなるとそれなりの申請書を出せというやり口は気に入らない。どう考えても役人が自分らの整理をするために都合よく作り上げたシステムであって、利用者のことは後回しになっているとしか思えない。

仕方が無いので社会保険事務所に行って直接聞いてみることにした。渋谷パルコ近くにある事務所だ。朝早く行ったせいか来訪者はまばらだった。受付に行くと愛想がいい。懇切に話を聞いて窓口を指定してくれる。
待機コーナーにものの2分も経たないうちに呼ばれた。担当の女性は「長い間、お待たせしまして申し訳ありません」と深々とアタマを下げる。えらい丁寧だな。

やはり直接聞いてよかった。一人で考えていては分からないことばかりだった。担当は1ページごと説明してくれた。そして、最後に分かったのは添付する戸籍や住民票は、誕生日の一日前の日付からでないと受け付けられないはということだ。まだ、手続きをするのは早いということが分かった。おそらく、去年だったら私もこんなに早く動かないだろうと思うが、なにせ消えた年金で社保庁のでたらめを知った以上は信用できないと思って立ち回ったのだ。

そういう厳しい批判がこの事務所にも相当寄せられているのだろう。事務所では気味悪いほど丁寧に応答してくれた。でも、まだ信用できない。

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by yamato-y | 2007-11-29 18:34 | Comments(0)

突然死んだら

秘めたもの

大江健三郎『臈たしアナベル・リイ総毛立ちつつ身まかりつ』は面白い。この10年培ってきた文体と明らかに変わったし、物語も新しい流れが生まれたという気がする。
その作品論はまたの機会に語るとして、ある一節に引かれた。

《マガーシャック教授のブラックボックスは、まさに特殊なコレクションでね、サクラさんに見せていいものと、そうでないものとを、おれは念入りに選別している。》
映画プロデューサーが、大女優の亡き夫の遺品を整理しているということを伝えた会話の一部だ。人は見せたくないものをかかえこんでいるものだ。死後、それを見られたくないという品々はあるものだ。まして、表現することに関わる人間であればさまざまな「禁制品」をブラックボックスに仕舞い込んでいることは十分ある。そういうものが残された場合・・・。

仮に、癌を宣告されたとして、治療に入る前にその品々を処分することは可能であろう。または、ある年齢に達すれば人は徐々にその品物を消してゆく作業を推し進めているものだろう。だが、老いてもいない時期に突然死が襲ったら、その準備もできないまま、品物は宙に浮く。

上野たま子の新著『雑誌記者 向田邦子』を手にして、向田の残したものについて考えた。
上野は、向田の20代から30代にかけて勤めた出版社の同僚だ。その頃、向田は秘めた恋をしていた。その男性のことを知っている数少ない証言者が上野たま子だ。むろん、向田は親友の上野にすら存在を明かしていない。上野も後年になってあのときのあの人がそうだったのだと知ったのだ。そのバラバラに向田が消した断片をつないで、その恋人のエピソードを上野は本書で語っている。その恋は悲劇で終わっていた。

放送作家として独り立ちを始めた向田は周到にこの記憶を消していったので、誰も知らない出来事となった。実弟や実妹ですら知らない。

突然、向田は飛行機事故で急死する。それから10年後、彼女の遺品の中にフシギなものがあることが発見される。茶封筒に入った手紙と日記である。ここに、彼女の若き日の恋が記録されていたのだ。おそらく、すべてを廃棄した上で、残した最後の品物であろう。

その品物の主人公の像が、今回、上野によって語られている。
《細面ではなく、がっしりした顔をしていた。笑うと大きな黄みがかった歯が並んでいた。煙草のせいかと思われた。年齢は私たちとは十歳以上離れているように思われる。》
この上野が会った人物が向田の恋人だった。向田がオリンピックの年、実家を出て一人暮らしを始めるのもその人物との関わりであった。その年の初め、人物は非業の死を遂げていた。この若い日の恋について向田はいっさい口をつぐんだ。

その人物にまつわる品々を向田はいっさい処分したと思われる。ただ面影が彼女の書いたシナリオにこっそり登場していたのだが。それ以外、すべて闇に葬られた。と思われた。

向田は2,3回転居を繰り返している。最後になったのが青山通りに面した表参道のマンションだ。その部屋の「隠し」にその茶封筒が残された。もし、彼女が生きていたら、いつか人の目に触れる前に処分したかもしれない。いや、それまでも処分する機会は何度もあったはずだが、向田はその品物だけは隠しもっていたのである。

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by yamato-y | 2007-11-28 16:31 | Comments(0)

後期の仕事だって、大変だあ

後期の仕事だって、大変だあ

大江さんの新作『臈たしアナベル・リイ総毛立ちつつ身まかりつ』を読み始める。後ろの扉を見ると、初出は今年の6月から10月号にかけて「新潮」に連載されたとある。11月に早くも単行本として出版されたのだから、いかに新潮社が力を入れているかがうかがえる。

長い間、大江さんは新潮に書くことがなかった。おそらく10年近い時間が流れているだろう。かつて、坂本忠雄という優秀な編集者がいた頃は信頼して執筆していたのだが、彼の退職や新潮社のあり方に疑問を抱いて、大江さんは寄稿を中止していたのだが、ようやくその束縛が解けたようだ。個人的には嬉しい。文藝専門の出版社を舞台に活動するということは文学活動の活性をさせるものだから。

序章と第1章を読んだだけだから早合点かもしれないが、ここ5、6年書いてきた主題から少し離れたものが起き上がってきている気がする。帯にはチャイルド・ポルノグラフィと農民蜂起という言葉が躍動している。農民蜂起は『万延元年のフットボール』を思い浮かべさせるが、チャイルドPとはいったい何だろう。そういえば表紙には「ロリータ」風の少女の裸像がある。もしかして、『同時代ゲーム』のときのようなグロテスクリアリズムが蘇ってきているのだろうか――。

先日、朝日新聞に沖縄ノートをめぐる裁判について書かれたエッセーを読んだとき少し心配した。文章が衰弱している気がしたのだ。大江さんは疲れたのか老いたのか、それとも絶望しているのだろうか、大江さんの憂鬱な顔を思い浮かべた。

本書には、少女というエロスが侵入して物語を撹乱するのではないだろうか。であれば、久しぶりに大江文学をPとしても読むことができる。これが楽しみなのだ。この10年、大江さんは死者のことばかり言及してきた。が、元来大江さんの資質はヴァイタルなことだと私は思う。ひょっとすると、大江機関車は70代をノンストップで疾駆するつもりなのだろうか。期待が高まる。

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by yamato-y | 2007-11-27 12:46 | 登羊亭日乗 | Comments(0)

岡目八目

「点と線」

この連休中に見たテレビ番組は「点と線」だけしかない。読むべきミステリが多かったせいもあるが、どこの局のドラマも見る気がしなかった。「しゃばけ」にしても「海峡」にしても最初の10分でため息をついてしまうようなものだった。

「点と線」は昭和30年代ブームにあやかり、CGで時代再現をという魂胆にはあまりのれないが、原作がしっかりしていること、ぜいたくな配役、テレビドラマの名手石橋冠が手がけている、などがあいまって作品の「質」が高いと冒頭から思わせた。この作品の脚本も竹山洋だ、彼は最近藤沢周平作品でよく目にする名前だ。

過去の物語というだけでなく現代につなぐという意味で主人公の娘と若い刑事の40年後から始まり、終結もそうしているが、これはうまくいっていない。宇津井健、池内淳子などという大物がそれを演じれば、その若い時代の役者がかすんでしまう。「タイタニック」のように老人役は知られていない人選にすべきではなかったか。シナリオもオリジナルの味をせばめていた。

主役二人、ビートたけしと高橋克典。高橋はよかったがたけしは息切れ気味だった。長い台詞が続かない。存在感だけでもたせている。映画のように細かいカットで重ねていくならともかく、テレビの長い芝居であればうまい橋爪功のような役者と比するとその差が歴然とする。たけしは伴淳にはなれない。老刑事を演じた「砂の器」の丹波哲郎と比べればさらにはっきりする。娘役の内山理名はよかった。博多女のさっぱりして情のある娘が清清しかった。

ワキの役者は久しぶりにうまい人がそろっていた。橋爪功にしろ市原悦子にしろ達者だ。樹木希林、平泉成、でんでん、深水三章、斉藤洋介らは安心する配役だ。伊佐山ひろ子はいいなあ。意外に良かったのが坂口良子だ。あのアイドルがこんな芝居ができるようになったのだ。
かたせ梨乃の扱いなどはもったいない気がした。彼女にこんな役をふるほどぜいたくなキャスティングなのだとあらためて思う。

だが悪役がつまらない。江守徹では政治家にならない、魚市場の大将だ。役つくりが平坦だと思わせたのが官僚たちだ。事務次官の竹中直人、局長の本田博太郎、課長補佐の大鶴義丹らだ。利権にたかる人間らの卑しさがステレオタイプ化している。竹中のパターンは勘弁してほしい。ここが現代の防衛省疑獄を彷彿とさせる肝のはずなのに。大鶴はむしろ主役の若い刑事に置くべきではなかったか。

よかったのはCGだ。かなり成功していた。駅頭の場面などは納得できる。だが、最小限にしてほしい。もっと人間ドラマに踏みこんでほしいものだ。犯人の夫婦の情愛などは通り一遍の気がした。柳葉敏郎は悪さが出ない。かつて演じた山形勲は傲岸不遜を絵に描いたような本当に嫌な奴だった。

久しぶりに語りを入れたドラマを見たが、相変わらず石坂浩二はうまい。しっかり物語にからみつく。この名手をシナリオは生かしきれてなかった。特に前編は最初に用いられただけで後半ほとんどない。だったら、ナレーションを削って字幕で処理すればいいのにと思ったが、後編でやや持ち直していたので、これをやりたかったのかと思った。

二夜連続で見るほどトータルではこの作品を気にいっているが、不満がいくつも出るのは、おそらくあの名作映画が頭にあるからだろう。30年以上前に制作された東映映画「点と線」だ。これはすばらしかった。主役の南広の青臭さ、山形勲のふてぶてしさ、高峰三枝子の妖しげなはかなさ、が頭にこびりついているのだろう。

リメイクというのは大変だ。過去の幻影とも闘わなければいけないのだから。この秋、黒澤明のリメイクものが次々に出てくるが、私は期待しない。そういう作品に比べれば、「点と線」はかなりハイレベルであることは認めるのだが、どこか歯がゆい。坂田晃一の音楽はあの時代を思わせてさすがだと思った。

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by yamato-y | 2007-11-26 12:50 | ブロギニストのDJ | Comments(0)

黄落や

黄落や
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昼下がりの湘南電車は日差しがいっぱい。熱海行きの先頭車両には乗客もまばら。さがみ野はすっきりと見え、相模川も馬入川も水が美しい。

ツヴァイク道を登ると汗ばむ。やはり、暖かい冬だ。でも冬は来ている。落葉がはじまっている。尾長がせわしく飛んでいる。

石段で蝶の羽がバタバタ揺れているので、目を凝らしたら蟻が巣穴に引き釣りこもうとしていた。まさに冬仕度だ。
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吾身たる踏みしだかれし黄落や
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by yamato-y | 2007-11-25 14:39 | 登羊亭日乗 | Comments(0)

笑いながらに 別れたが

バカ田大学 フジオくんとタケイくん

赤塚不二夫――平成14年に脳出血で倒れ、以来こんこんと眠っている。昭和10年生まれだから今年で73歳になるはず。「眠る男」だ。
そうなった人を私は二人知っている。1人は岩波の安江さん、もう一人は河合隼雄さんだ。だが、二人とも結局3年以内に亡くなったから、フジオ先生の眠りは長い。余程内臓が丈夫なのだろうか。
前の二人は明かに持病に過労が重なって起きた事故だが、フジオ氏は長い間アルコール依存症になり緩慢な自殺ともいうべき行動をとってきたから比較にはならないかもしれない。

「もーれつア太郎」に登場するあのタケイ記者が書いた本「赤塚不二夫のことを書いたのだ」(武居俊樹著)を読んでジーンと来た。フジオ先生の出鱈目ぶりも凄いがそれに付き合いそそのかしてきたタケイ記者の放埓、無頼も凄い。互いに許しあった底抜け的友情には、泪チョチョ切れる。

フジオ先生はひばりが好きだった。というより崇拝していた。ひばりの息子がフジオファンだったことから対談することになり、揚げ句新宿ゴールデン街まで出撃してデートまでした。そのとき、息がかかるほどの近さでひばりの「津軽のふるさと」や「悲しき口笛」を聞いたという。ああ、何と言う組み合わせ、フジオ至福の時間にカメラを持ちこむことができたらと、タケイ本を読みながら地団太を踏む。

しかし、フジオ先生はギャグの天才にして、ギャグの人生を生きた。(過去形にするのは文章の成り行き上であって)
まことに純真無垢、というか子どものように邪気に満ちた無邪気ぶりだ。この本で知ったのはギャグを発想する苦難たるや並大抵のことではないということだ。それを、シェーからケムンパス、ウナギネコ、イヌまで思いつくのだから、フジオ才能と支えたスタッフの努力に頭が下がる。
イヌ
バカボンのパパたちが、イヌをからかう。イヌに「おまえはネコだ」と。もしかするとイヌはネコかもしれないと思いはじめる。鳴き声が「ニャーニャー」になる。すると、周りは「おまえは本当はイヌだ」と言い始めると、イヌは迷う。そして鳴く「ニャワン ニャワン」。
どうだ、この馬鹿馬鹿しさは。天才のなすところである。

かくして作家と編集者という固い契りで生きてきた二人が平成14年に別れることになり、その別れはいまだに続いている。タケイ記者はひばりの「悲しき口笛」の一節を引用する。

  いつかまた逢う 指切りで 笑いながらに 別れたが
  白い小指の いとしさが 忘れられない さびしさを
  歌に歌って 祈るこころのいじらしさ


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by yamato-y | 2007-11-25 10:57 | 少年誌の青春時代 | Comments(0)

濫読乱読

濫読乱読

この連休に業務用と娯楽用に読む本があわせて10冊15作品ある。

業務用、4冊、6作品。
「ありがとう笑名人」高田文夫。
三木のり平、由利徹、東八郎を必ずチェック。のり平は凄いと喧伝されるのだが、文章ではなかなか分かりにくい。やっぱ、映像でチェックかな。この人を通して「アチャラカ」を理解しようと思って、読んでいる。
東八郎は欽ちゃんの師匠にあたるというのは初めて知った。ぼけの人だと思ったら浅草時代はけっこうツッコミの名人だったとか。
のり平にはのり一、八郎には貴博という後を継ぐ息子がいる、という点はちょっとポイントだ。チェック。由利徹は未読。

「地球の上に朝がくる・川田晴久読本」未読。

「アチャラカ」高平哲郎。
アチャラカというのは定義が難しそう。あちゃら(異国、外国)から来たドタバタなんだが、やがて日本独自のめちゃめちゃ喜劇とでも見られるようになったとか。半分読んだところ。ここでものり平が第一人者になっている。彼と八波むと志のアチャラカ、「最後の伝令」は伝説化している。最初の3章だけ読む。

「赤塚不二夫のことを書いたのだ」武居俊樹。
おそ松くんに登場するあのタケイ記者だ。36年間、漫画の編集だけをやり続けた人。さすが記者だけあって文章がうまい。おちゃらけながら、現在闘病中の赤塚を思いやる情にほろり。ただいま4分の3読んだ。

娯楽用、6冊、9作品。
「江戸川乱歩全集2 孤島の鬼」現在5分の3。
久しぶりに乱歩を読んだのだが面白い。はまった。ずいぶん丁寧なプロット作りをする人だと感心しながらチューハイ飲みつつ、腕枕して読む。

「化石の街」島田荘司。読了。
 川本三郎『ミステリと東京』を読んでその気になった本。これは意外と私はのらなかった。ややトリックに無理があってミステリとして弱い。本当は島田の「火刑都市」を読みたいのだが会社の図書室にも目黒図書館も大磯図書館にもない。

「クリヴィッキー症候群」逢坂剛。
以前読んだことがあるが、三郎さんの本でまた読みたくなっている。未読。

「いきものの殻」松本清張。
定年退職者の嫉妬という、私にとって関心浅からざる視点の作品。清張は妬み劣等感を描くのがうまい。乱歩同様、うまい作家だ。読了。

「駅路」松本清張。
これも定年者が、かつての勤務地広島へ向かって失踪という、私の境涯を重ねたくなるような作品。読了。共感しきり。
清張の二冊はおまけで、本当は「空白の意匠」を三郎さんは薦めていたのだが、物語の出だしでストップしている。

残り3冊は三郎推薦本。すべて単行本。それぞれ面白そうだ。本日まとめて読もうとウィスキーと落花生を手元に準備した。
「土俵を走る殺意」小杉健治。
相撲取りが主人公で集団就職がからむという、回向院での死体発見、話の冒頭から快調だ。

「浅草エノケン一座の嵐」長坂秀佳。乱歩賞受賞作。
業務のアチャラカの勉強も兼ねて読む。これはトチカン、時代背景を知るに格好のミステリだ。

「虚無への供物」中井英夫。
序章サロメの夜から、妖しいムードいっぱい。あの中井英夫だ、結構期待できる。中井は短歌誌編集者で寺山修司を見つけた人物だったはず。

3連休の中日というのは楽しい。これが明日の夜ともなれば、また明日から仕事かとうんざりした気分になるのだが、とにかく今日を楽しもう。なーんてことを言って、ミステリ三昧。

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by yamato-y | 2007-11-24 09:47 | Comments(0)

マイラーメン

マイラーメン

JR目黒駅から大鳥神社向けてなだらかに下ってゆく権之助坂。その沿道には200店ほどの飲食店がある。その坂の途中、川に向かって右側にラーメン店が20軒ほどあり、ラーメン通りともラーメン坂とも呼ばれる一郭がある。

ラーメン好きなら誰もが挑戦するだろうが、私もこの10軒ほどを食べ歩きしたことがある。
楊州飯店。迎賓楼。この2軒は中国料理店だ。
つけ麺のづゅる麺。まあまあ。
らーめん藤平。いつも客がいない。
麺家黒、横浜ラーメン武蔵家の分店と看板にある。だからなんだというの。
沖縄なんちち食堂。ソーキそば、1000円。ちょっと高い。
大陸食堂、あんかけラーメン。880円。
蒼龍唐玉堂、くろごまたんめん。フシギな味。
よく知られた野方ホープの分店もある。

あれだけラーメン食べ歩きの番組があるが、実際に行ってみると全然たいしたことがないことが多い。
年を重ねたせいか、脂っこい味はだんだん敬遠するようになったが、それにしても背油ギトギトのラーメンは美味しくない。

私のこのみで言えば、まず熱いこと。ぬるいラーメンなんて許せない。有名店とか言っているくせに生ぬるいスープを出す店が何軒もある。
麺は細麺がいいのだが、概して細麺の店のラーメンはあまりうまいというのはない。太麺ちぢれ系にうまい店が多い。
あえて細麺の一番を挙げるとすれば、平塚の海側にあるNASAラーメンだ。店名は出さない。知られて今以上に混雑するのが嫌だから。お冷がNASAの水を使っているから、通称NASAラーメンという。ここは和風ダシさっぱり細麺。ス―プもほどよくこってり、麺は行儀のいい細麺。ここのチャーハンと合う。

とんこつの九州系よりサッポロ系が好きだ。それも本場の北海道ではなく、大阪梅田地下街にあったサッポロラーメン北斗が好きだった。一度食べるとくせになる味だった。その店はラーメンの専門店ではなく、副業ではじめたと聞いた。残念ながら10年ほど前に姿を消した。あの味噌ラーメンをもういちど食べたいと夢想する。
なにげない味だが、金沢の八番ラーメンの塩ラーメンも好きだ。8と入ったナルトが歯ざわりがよくスープもバターとよくあった。

荻窪にいた頃はラーメン屋のハシゴをしたものだ。でもやっぱりうまかったのは丸福の玉子入りだった。今も荻窪に同名の店が場所を変えてあるが、同じ系統とは思えない。あのうまい中華そばは頑固そうなオヤジでないと無理だと思う。さっぱり系だったら春木屋のかつおだしのラーメンがよかった。

池袋も永福も蒲田も、定評のある場所に足を運んだが、なかなかうまいラーメンに出会わない。
渋谷は私にとっては最悪。若者向けのアバウトで脂っこいかつぬるいラーメンが多い。さらに厨房を垣間見ると、あまり清潔とはいえない店が多い。屋台のラーメンだったら多少不潔でも気にならないが、店だと食器の扱いなどが気になる。あえて挙げれば、金龍のたん麺かな。この店も二年ほど前に閉めた。

今日食べたのは目黒の勝丸。目黒川の橋を渡って大鳥神社に向かう途中にある。図書館の帰りに寄った。中華そばの店とある。塩ラーメン、630円。うまかった。スープが熱熱。麺は普通。メンマとチャーシューとのりだけといたってシンプル。厨房はきれい。店員がしゃきっとしていて、出来あがりが早い。けっこう満足した。

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by yamato-y | 2007-11-23 14:36 | 登羊亭日乗 | Comments(0)


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