定年再出発  


懐かしい空
by yamato-y
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3丁目の夕日

3丁目の夕日
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オフィスに憮然と居るより現場のほうがいいと思って浅草に出た。渋谷から地下鉄銀座線で17個目、終点から終点までだ。地下から上がって浅草通りに出ると、渋谷とまったく違う町の匂い。雷門を越えて田原町方向に歩く。商店街の端にあるブロマイドの店マルベル堂へ行く。ここでの最近の傾向と大衆芸能の話を店の主人から聞く。20分ほどノートをとった。

浅草演芸場に向かう。夜の部が始まっていた。落語が5人、漫才2組、ボードビリアン1人、か。看板写真以外にも出演者はいるかもしれないが、木戸をぬける客の数もぱらぱら。入場料、大人2500円は映画に比べると高いが、これぐらいの料金でないと劇場(こや)も芸人もやっていけないだろう。テレビの「笑点」のような賑やかさはここでは無縁だ。劇場の様子、人の流れなどを1時間ほど調べる。日がかげって商店街にも灯がはいる。

久しぶりに隅田川を見た。満潮だろうか水量がたっぷりある。おりしも夕焼けとなった。空が高く大きなうろこ雲が長く続いていて、端の方から少しずつ焼けてゆく。ゆったりとした気分になる。観光水上バスが帰って来る。外国人の姿が目につく。墨堤と呼ばれた対岸はすっかりコンクリートで覆われ上を高速道路が走っている。墨田区にも足を伸ばすか。アサヒビールのうんこビルを目指して吾妻橋を渡る。

押上方向に歩く。閑散としている。車ばかり走っていて人影はない。町工場もほとんど閉めている。佃煮屋が2軒ほど店をあけていた。居酒屋らしいものもない。かに道楽がなんでここにあるのだろう。清澄通りに向かう。

町は夕焼けになっていた。ギンギンギラギラの夕焼けが大きく町を染めてゆく。逆光が人も町もシルエットにする。たちまち、昭和30年代にタイムスリップして、3丁目の夕日の町が現れた。

日はとっぷり暮れた。時計を見ると6時を回っている。再び浅草にもどり、雷門そばの蕎麦屋の暖簾をくぐる。天麩羅ちらしとビールを頼んで、パソコンを取り出し取材メモを整理する。えびの大きな天麩羅もいいが、茄子がうまい。熱燗を頼むと大関が来た。ガラスのビンに入っていて熱い、レンジでチンしたものか。こういう燗はすぐ冷めるから好きでない。

地下鉄の駅をめざして行くと、人力車の腹掛けをした若い男たちが威勢よく行き交う人に勧誘の声をかけていた。
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by yamato-y | 2007-10-30 12:17 | 登羊亭日乗 | Comments(0)

期間限定の考え方

期間限定の考え方
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嵐の後のもみじ山。秋晴れのもと、穏やかな日差しが森に差し込んでいる。
久しぶりに海に行った。台風のあとの大波が寄せていて、たくさんのサーファーが出ていた。かなり大きな波が来るから、サーファーにとって乗り心地がいいのだろう。気持ちよさそうに長い軌跡を描いてゆく。

相模湾は澄み渡り江ノ島や遠く三浦半島まで見える。沖合いの空にはハングライダーが2機浮かんでいた。

大磯図書館で8冊借りた。そのなかの「炎のスプリンター、人見絹江自伝」をもみじ山の中腹で草わらに腰を落として読みふけった。昔から、この人の短い生涯が気になってしかたがない。
アムステルダム・オリンピックの800メートル決勝の場面が心に残った。まったく経験のない800メートルレースに出場したときのエピソードだ。レース中盤まで8人中6番だったのが、最終コーナーから一気に加速して、前を次々に抜き去り、ついに3位にまで上がる。前を行く選手がふらふらの状態であることを見極めた人見は、それを抜いたと思う瞬間から意識をなくしている。
《私は目がみえなくなった。それから先は、何事も覚えていません。》
どういうことか。実際には人見は走り続けてトップのラトケ夫人とその差2メートルまで詰め寄る死闘を見せてゴールしているのだが、見えていないと人見は書いている。そしてゴールインしたところ、

《誰やら手をとってくれたのを意識しました。審判台を手探りに支えながらフィールドに入った私は、一刻もはやく自分の敷いておいたオレンジ色の毛布と、そこにおいてあるレモン水が欲しくてならないが、目が見えないのでどうしても見つけることが出来ない。やっと見つけ出して、これだ!と思うと、バッタリそのうえに倒れて再び意識を失ってしまいました。》

こんなことがあるのだろうか。まさに死闘を尽くしたのだろう。精魂果てた人見だった。そして、スタンドのマストに日章旗がへんぽんと翻ったとき、人見は人前をはばからず泣いた。「国家の名誉のためにも、また自分の名誉のためにも・・」この愛国心に、私は同意する。

私たちの世代は《愛国心》というものになんとなく胡散臭さを感じてきて、戦前の愛国心といわれると怯むところがあるものだが、このとき人見や織田幹雄、南部忠平が懸命に守ろうとした「愛国心」には素直に引かれるものがある。

一方、沖縄の集団自決をめぐる文部科学省の諮問委員会の、歴史の捉え方を思うと、そういう形での「愛国心」こそいかがなものかとペンディングにしたくなる。

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by yamato-y | 2007-10-28 15:18 | 登羊亭日乗 | Comments(1)

惜敗

準グランプリ

昨夜、六本木ヒルズのハリウッドホールで開かれたATP賞授賞式で、私の作品「闘う三味線 人間国宝に挑む」は総務大臣賞とドキュメンタリー部門の最優秀賞はいただいたものの、グランプリは惜しくも逃した。

午後4時から始まった各賞(新人賞、特別賞、長寿番組賞)などの発表が続き、6時前にATP加盟の70のプロダクション各社によるグランプリに向けての投票が行われた。優勝した情報部門「海猿」と五票ほどの差で私の作品は準グランプリでとどまった。この模様が9時のニュース9で流れた。私が挨拶するところが一部出たらしいが、恥ずかしくて見ていない。

負け惜しみで言うのではないが、グランプリまで行かずにほっとした部分もある。というのは受賞スピーチだ。総務大臣賞、最優秀賞と2回スピーチの機会があって、総務大臣賞のほうはプロデューサーのMさんにお願いして、私は最優秀賞を担当することにした。この授賞式の冒頭に総務大臣賞の表彰式があって、そこでMさんは「この番組は3度いいことがあった。ひとつは文楽三味線のリサイタルが成功したこと、二つ目は三味線の鶴澤清治さんが人間国宝になったこと、3つ目が今回受賞したこと」とスピーチしたのだ。それを聞いて私は内心慌てた。私のスピーチの内容も清治さんが人間国宝に選ばれたことを中心に話を組み立てていたからだ。

 式の後半で最優秀賞として登壇したときは、もう一つ用意していた企画論のようなことを語ってスピーチをしのいだ。これ以外にもはやスピーチのネタはなかったので、もしグランプリにでもなったらどうしようと心配していた。

この授賞式は中継録画されていて、舞台は照明ががんがんあたり、4台の中継カメラが登壇者をねらっている。ほかにも取材カメラが幾台も入っている。ドラマに出演した役者や、特別賞の欽ちゃんや徳光アナ、たちは気のきいたコメントをさらっと残してゆく。私のような裏方の人間にとって、こんな晴れがましい場所は大の苦手なのだ。まして、グランプリとなったら相当エスプリのある短いスピーチが期待される。もし決定されたらどうしようとそればかり心配していた。やけくそで「オッパッピー」でもやってやろうか。「そんなのカンケイない、そんなのカンケイなあい」と叫んでみる。なんて妄想が頭の中を渦巻いていた。

まあ杞憂に終わりほっとした。会場にはカメラのKさん、音声のIさんも駆けつけてくれたので、受賞の記念撮影は総勢6人でお立ち台に立った。

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by yamato-y | 2007-10-24 02:33 | 登羊亭日乗 | Comments(2)

二つの魂に

福島正実と大伴昌司

21日に放送した「21世紀を夢見た日々~日本SFの50年~」は、今静かに反響があがってきている。なにはともかく無事放送できたことが嬉しい。

この番組は二つの魂に捧げたいと、私個人は考えていた。福島正実と大伴昌司である。この日本のSFの礎を築いた二人は長く等閑に付されてきた。いささか不当だと思っていたので、この二人の名誉を回復しておきたいと思ったのだ。

この二人の人生を思うとき、じつに愚直でぶきっちょな生き方と断じざるをえない。しかもこの人たちが今も生きていたら、煩いじい様になっていただろうなあと推測する。

しかし、この二人のSFに対する態度は正反対であった。福島は文学としてのSFを確立しようと、純文学に対抗の炎を燃やし、漫画やアニメに対しては冷淡であった。
一方、大伴はSFのビジュアルティに注目して、児童文化からSFのマインドを広げてゆく戦略をとった。
当初、福島が庇護する形でSF作家クラブの実務を大伴に任せていたが、次第に路線が違うことを認識し互いに遠ざかるような生き方となっていった。

しかし、大伴は1973年に36歳で、福島は1976年に47歳でこの世を去っている。早い。

昨夜、映画「ドリームガールズ」を見た。あの女性3人グループ、シュープリームスの伝記映画だ。貧しい少女たちが億万長者になるまでの苦悩を描いた佳作だった。そのラストシーンで、3人の引退の公演で、リーダーのディーナ(ダイアナ・ロスがモデル)が「私たちは本来は3人でなく、4人だったのです」と引退してショービジネスから去っていたメンバーを紹介する。感動的な場面だ。

この場面を見ながら、私は福島と大伴の二人を思った。今、世界の文化現象に大きな影響を与えている「日本のSF」の幼年期に、この消えていった二人がどれほど力を尽くしたことか--。

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by yamato-y | 2007-10-23 11:20 | 大伴昌司の遺産 | Comments(0)

荒地の恋

荒地の恋

ねじめ正一の最新作「荒地の恋」は面白い。戦後の詩壇を風靡した同人「荒地」のなかでの出来事を描いた作品だ。北村太郎と田村隆一は府立三商時代から友達で、荒地の同人でもあった。

北村が田村の妻明子に恋をして、田村から明子を奪うとともに、自らの妻治子との関係を破壊する。その顛末が描かれている。
前に、北村の詩集を読んだとき、後書きでそういうことが書かれてあったので、関心はあった。北村は朝日新聞の校閲部に25年在籍していたことや、最初の妻と子を海難事故で失ったことなど、小説的興味が以前からあった。それに応えてくれるような小説だ。

この小説はまだ三分の一しか読んでいないので、トータルな評価はまだしないが、労作であることはうすうす感じている。

さて、私もこの出来事の詳細をリサーチしていたら、どう表現するだろうと考えてみた。ここには登場人物はすべて(おそらく)実名で書かれてある。だから、事実関係については実際にあったことであろう。だが、これはドキュメントではなく「小説」だと思う。

主たる登場人物の二人の詩人の内面が書きこまれているからだ。彼らが語った言葉はかなりな程度まで本当に語ったことかもしれない。だが、そういう折の心境は少なくとも作者のねじめには知り得ないはずだから、そう表現されていることはねじめの忖度、類推、憶測で描かれているのだ。

「荒地の恋」を読んでいて、テレビで多用される再現ドラマのような印象を受けた。ねじめも詩人だから、かつ主人公たちと同年輩になったから、その推理はかなり当を得ているかもしれないが、でも、それが当事者の思いであったと確証はとれない。そうである以上この作品はフィクション(小説)と読むのだが、読んでいる最中には、登場人物の意識に私自身も重ねていて、これはあったことと読んでいる自分にはたと気づいて驚くことになる。

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by yamato-y | 2007-10-16 23:14 | 登羊亭日乗 | Comments(0)

取材源秘匿

取材源秘匿

奈良で起きた医師宅放火殺人事件で、容疑者の少年の鑑定をした医師が供述調書を漏らしたとして逮捕された。

この調書を引用した単行本が先ごろ出版され、そこに情報を提供したという疑いだ。単行本の著者は情報を入手した経路を明らかにしていないが、傍目から見ればその医師から出たとしか思えない状況だ。著者のフリージャーナリストは「取材源は命をさしだしても言えません」と言っているそうだが、その取材源が逮捕された以上、その言はあまりに空しい。

この話はどこから得たのかというニュースソース(取材源)の問題は、表現者にとっていつも大きな課題となる。楽しい話や嬉しい話であればともかく、嫌な話や権力犯罪などを取り扱うときは、取材者、被取材者、周辺関係者、の距離のとり方は難しいものだ。

新聞報道によれば、単行本「僕はパパを殺すことに決めた」は本の装丁といい調書の取り扱いといい、センセーショナルに扱われていて、取材源を消したり隠したりする配慮がきわめて薄いとある。このフリージャーナリストは少年事件の再発を少しでもなくそうと思って立ち上がったという動機だというが本当だろうか。きれいごとでなく、本当は目立ちたかったのじゃないか。その結果、取材させてもらった方を逮捕に追い込んだとすれば、それは没義道ってことじゃない。

 第3者としての意見をかっこうよく言うつもりではない。自分がその立場だったらどうするだろうと、この新聞記事を見て考えているのだ。実は、取材をしていて、この事実を世に知らせたら反響があるだろうなあと野心がむらむら起こることはよくあるのだ。
ただし、その情報源が明らかになるとすれば迷惑がかかる、ということで別の情報源を探してウラをとりつつ取材源を秘匿するという高度な戦術が必要とされる。それは手間も暇もかかることなのだ。

取材源秘匿のもっとも有名なエピソードは、ディープスロートだ。あのウォーターゲート事件のときの大統領の陰謀をワシントンポストの記者にリークした人物だ。最近、そのポストの記者はディープスロートの娘からの要請で、その当人を明らかにしたが、元来、その秘匿は地獄までもってゆくつもりだったのだ。少なくとも記者は30年にわたって、取材源を秘匿したのだ。

この秘匿ということはもう一つの危険も生む。つまり、架空の取材源ということも起こりうるのだ。ありもしないことをあるかのようにして取材源について口をつむぐ、という「ヤラセ」起こりうるのだ。その疑いをもたれないために、日日の取材が真実であることを示しておかねばならないのだ。

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by yamato-y | 2007-10-16 16:13 | テレビって何だろう | Comments(0)

大衆のエネルギー

大衆のエネルギー

次の企画の資料調べを始めた。大衆芸能という主題だ。演劇、演芸、歌、バラエティなどを網羅することになるが、どこから始めるか見当をつけるための参考書として、花田清輝の「大衆のエネルギー」を読んでみた。戦後民主主義の革命イデオロギーの時代に活躍した評論家の弁が今の時代とはずれていることは知ったうえで、それでも読んでおきたかった。

案の定、花田の「前近代を否定的媒介にして近代を超える」という理論はポストモダンもかなり進んだ現代では相当陳腐化しているといえないこともないが、切れ味鋭い片言はなんとなくポイントをついているような気もする一節を見つけた。

花田はなぜかミュージカルの可能性を高く評価している。

さて、大衆芸能ということであれこれ手を出すのでなく絞り込んだほうがいいと思い始めている。とくに「お笑い」ということで、浅草系の大衆演劇、演芸に注目してみようかな。
榎本健一、古川ロッパ、アキレタボーイズ、森川信、南利明、岸井明といったところは以前から気になっていたから、この機会に勉強してみようかなと思っている。この人たちは浅草ミュージカルの系譜にあたる人たちだ。明日が第1回のミーティングだから今晩中に滝大作さんの著書を読んでおこう。

衛星第2放送で、韓国映画史とチャン・イーモーが語る中国映画史を見た。双方とも苦難の近過去(韓国は軍政、中国は文化革命)を克服しながら現代の隆盛を得ていると、二つのドキュメンタリーは語っている。では、日本映画はそういう物語がこの20年、30年にあるだろうか。大衆のエネルギーといえば、アニメ、漫画、ゲームに象徴されるオタク系の文化に込められたのだろうか。

半日かけて草むしり。冷たい秋風も忘れて夢中で草をはらった。赤ままの花が咲いていた。カラス瓜も赤くなり始めている。
子供とも遊ばずなりぬカラス瓜              相生垣瓜人

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by yamato-y | 2007-10-14 18:13 | Comments(0)

ユーラシアの彼方へ

ユーラシアの彼方へ

久しぶりの大磯の森にいる。まったく音がない。虫の音もない。静かだ。

 5ヶ月に及ぶ仕事から離れて、ようやく自分の席にもどったという思いだ。
昔の資料の入った古い箪笥の引き出しを開けて、古い写真や記録を読んでみた。スェーデンに行ったのもこんな時期だった。大江さんのノーベル賞受賞の取材だった。現地は夜が長くなっていた。午後3時で夜のとばりが降りた。

授賞式は午後4時から始まり、6時過ぎには晩餐会となったが、その頃になると真夜中まで夜更かししているような気がしたものだ。

ストックフォルムの郊外に足を伸ばすと霧が出ていて、ハイウェーが幻想的だった。オレンジ光の街灯が美しかった。同行の親友のKカメラマンが撮影した映像を後で見ると、美しさは際立っていた。10月末のスェーデンは寒くはなかった。

ホテルの前がバルト海だった。港の石畳が霧で濡れて光っていた。コツコツと音をたてて歩くのが楽しかった。
「ノーベルの旅」は番組を2本制作しただけで、これまで何も書いたことがない。大江さんと家族の身近で取材したので、たくさんの資料を持ち帰ったが、帰国後から仕事に追われ、さらに翌年脳内出血を発症したので、書く機会を失したのだ。

リタイアして時間が出来たら整理しようと思いながら現在に至っている。
このとき買って来たイコンが私の部屋にかかっている。聖母子像だ。これを見ると、長夜のストックの街の燈を思い出す。あのときの大江さんと同じ年齢に今私はいるのだが――。

三好達治の詩を思い出す。
春逝き 夏去り 今は秋 その秋の、と始まる「汝の薪をはこべ」という詩だ。中ほどの連にこんな一節があるのだ。
ああ汝 汝の薪をとりいれよ 冬ちかし かなた
遠き地平を見はるかせ
いまはや冬の日はまぢかに逼(せま)れり

冬は近づいているのに、まだ私は薪を運び込むことができていない。

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by yamato-y | 2007-10-14 00:59 | 登羊亭日乗 | Comments(0)

難読症

難読症

頭がいいけど文字が読めない人がいる。というか、文字を分節化できないのだ。
考古学のジャック・ホナー博士は、恐竜が鳥類に近い生物だと証明して大反響を呼んだこともある大学者だが、難読症のため大学は7回も落第している。読み書きは小学生レベルだったそうだ。どうやら、アインシュタインもエジソンも同じ障害をもっていたようだ。

こういう天才は子供のころは暗愚としてしか見られないため、ずいぶん不利益を蒙っている。

難読症の原因が今解明されつつある。言葉がどこで切れているかが分からないことから読むことが困難になるのだ。これは脳の39野というところが司っているらしいのだが、そこに不具合があると難読症になると近年突き止められている。
I expect him、とあるとする。
expectがexとpectなのか、expとectとなのか、expecとtとなのか、それともexpectなのかが迷ってしまうのだ。英語の場合は分かち書きされているから、expectとして一掴みするということもまだできるかもしれないが、日本語の場合は大変だ。

日本語の場合は大変だという文章は、一つながりだから難読症の人は、日、本語の場、合は大、変だ。と読んだり、日本、語の場、合は大変、だ。と読んだりして迷ってしまうことになる。この場合、ポイントになるのは音声化ということだそうだ。文字を音声化できるかどうかが読解のポイントになるのだ。この働きを39野は担当しているのだ。

そうか、読むということは頭のなかで言葉が音になって響いている状態を指すのだ。絵本を子供が読んでもらうという表現は、文字を声にしてもらって理解するという意味で正しいわけだ。ナレーションも読むと表現するが、これまで私は「詠む」と記してきたが、読むでもいいと分かった。


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by yamato-y | 2007-10-13 16:45 | Comments(0)

一息いれる

一息いれる

今日、無事にボイスオーバーも収録しほぼ出来あがった。
明日で完成をむかえる。この四ヶ月半きつい仕事だった。なにより久しぶりのディレクターは正直体にこたえた。取材、撮影もそうだが編集がきつかった。深夜12時を越えての作業が3日続くと体がへたばった。

どれほどきつかったかは、編集のカット数を見て分かる。ふだんの3倍あった。もともと番組の枠は90分という長丁場なのに、さらに細かい編集を加えたから途方もないカット数にのぼったのだ。

だが、番組はいいものが出来たと感じている。90分、オタク系カルチャーがてんこ盛りだ。間然することなく番組はいっきに進む。キャスティングも成功した。Oプロデューサーの能力(ちから)だ。まず、キャスターに小山薫堂さんと栗山千明さんを配置したのは正解だった。二人ともこういう番組の司会ははじめてという初々しさに、芯からSFカルチャーが好きだということでコメントに嘘や飾りがない。見た目もいかにも若手作家然としたおしゃれな薫堂氏に対して、番組で特注した「キルビルスーツ」姿の千明さんは華やかでかつアンドロイド風であった。この二人が、小松左京、筒井康隆という巨匠たちとからむのだ。少し種明かしをすると、千明女史はフシギな存在なので、突然消えたり現われたり、空中からカメラを取り出すという仕掛けが入っている。

番組の中で登場する映像だけでも、「鉄腕アトム」「ウルトラQ」「スーパージェッター」「エイトマン」「タイムトラベラー」「なぞの転校生」など過去の名作の数々。そして、SF作家たちの若き日の映像や録音まで。とにかく盛りだくさんなのだ。

そして、番組全体の語りは加賀美幸子さん。普段の加賀美さんとは一味違うシャキシャキしたナレーションと栗山女史のフシギな存在が予想した以上に好い味となっている。と、私は1人で悦にいっている。
今、スポットで番組の予告が流れ始めている。5分の短いものだが、Oプロデューサーが渾身をこめて作った作品だ。

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by yamato-y | 2007-10-12 23:41 | ブロギニストのDJ | Comments(0)


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