定年再出発  


懐かしい空
by yamato-y
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大晦日、2006年12月31日

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大晦日、2006年12月31日
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今日で2006年も終わり。朝刊は一面にフセイン処刑を報じている。どんづまりで「処分」したという後味が残る。アラブ情勢はさらに混迷するのではという予感がする。迎える2007年が仕合せに満ちた年になるとはあまり思えない。

それでも少し前向きに、好きな句を掲げておこう。吉屋信子の新年の句だ。私は正月を考えるといつもこの句が浮かんでくる。
初暦知らぬ月日は美しく

正午過ぎ、裏山を歩いて、大晦日風景を撮って歩いた。山は人気がなく穏やかでゆったりしていた。薄日が射して相模湾が輝いた。

高田公園まで出向いた。わがもみじ山とは2尾根歩いた所の頂にある。エッセイスト高田保の屋敷跡を公園にしてあって見晴らしがいい。今日は空気が澄んでいて、江ノ島も背後の三浦半島も、大島も見えた。

帰りの杉並木に「いのしし注意」の看板あり。一昨日、向かいの家の庭にいのししが出て大騒ぎしたと家人が言っていたことを思い出す。


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高田保は「ぶらりひょうたん」というエッセーで戦後人気を博した。
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by yamato-y | 2006-12-31 13:14 | 登羊亭日乗 | Comments(1)

竜頭蛇尾の映画「THE有頂天ホテル」

ナンダヨー、ガッカリダヨ


テレビで映画を見るもんじゃない。と分っているが今夜三谷幸喜の「THE有頂天ホテル」を見てしまった。

彼の「ラジオの時間」というのをレンタルDVDで見て期待外れだったので、この作品もそうじゃないかと懸念があって、有料で見る気がなかった。フジで今夜長時間で放送するからカットも少ないだろうし、期待以下でもタダなら諦めもつくと思って、テレビで見たのだ。

 当初の予想を裏切らず映画はつまらなかった。毎度思うのだが、三谷は才人だと高く評価されるが私にはそうは思えない。いつも出だしと仕掛けの設定だけの演出者に思えてならない。この映画も最初の10分はおおいに期待をもった。ジャック・レモンの映画のようなテンポがありセリフが軽快で、目くるめくようなカメラワークで楽しませてくれると心待ちにした。

そのうちにカメラの華麗さはかなりCG(コンピュータグラフィックス)に頼っていると分るとなんだか映像が軽く思えてきた。
物語(ストーリー)は中盤からがたがたと崩れだす。エピソードが多い、多牌ぎみの映画だった。これをすべて展開させると収拾するのは相当の力技が要るぞと警戒したところ、案の定安易なご都合主義が次ぎ次と重ねられてゆく。

役者の豪華さと身内の配役が互いに殺しあってしまった。役所公司、唐沢寿明、佐藤浩市、戸田恵子ほかぜいたくな俳優陣と三谷の劇団仲間と思われるなじみのない役者が互角で仕事をする不自然さが気になった。無名の人はやはり華がない。それが役所や佐藤といったネームのある人と対等の芝居をすると、双方にどこか痛々しさを感じるのだ。

元来、俳優の格などということは否定する立場にありたい私だが、こういう映画を見せられると、映画とは荒ぶる神が支配していると思い知らされる。人気というモンスターが咆哮する。
この映画の評価、星5つのうち2つ半。

さて、先日衛星映画劇場のW支配人と今年の邦画ベストスリーの話をした。W支配人は映画番組の司会とともにキネマ旬報の40年来の投稿者でもあるという、筋金入りの映画見巧者だ。彼が挙げたベスト3は、「明日の記憶」「武士の一分」「長い散歩」。最近公開されたばかりの「長い散歩」は一見に値すると絶賛していた。うん、やはり映画は木戸銭を払って見なくては。正月が開けたら「長い散歩」を絶対見に行くぞ。

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by yamato-y | 2006-12-31 01:26 | ブロギニストのDJ | Comments(0)

半日の閑

半日の閑

西行の歌
山里にこハ又誰をよぶこ鳥独すまむとおもひしものを
 この西行の歌を私風に解釈すると。せっかく山里に一人住まいしているのだから、なぜわざわざ友を呼ぼうとするのか、呼子鳥さん。といった意味であろうか。

この歌を引用して、芭蕉が《独住ほどおもしろきハなし》と「嵯峨日記」で書いているそうだ。
安東次男著作集第2巻に書いてある。芭蕉はこの歌に合わせて木下長嘯子の言葉も引いている。
《客は半日の閑を得れバ、あるじハ半日の閑をうしなふと》やってくる友は山里のわびしさを楽しめるが、訪問を受けた主は独りの楽しみを奪われることになる。だから一人住まいも悪いものではない。

さすが人気者芭蕉だ。彼を訪ねてくる者はひきも切らなかったのだろう。同朋連衆といつもいるよりもたまには一人もいいということか。
だが「嵯峨日記」の状況をよく考慮すると違った味わいも出てくる。
この日記は京都嵯峨野の落柿舎で書かれたものだ。つまり芭蕉は向井去来の居候を演じていた。雨で訪れる人もなく「さびしきままにむだ書してあそぶ」芭蕉。楽しんでいる。だが楽しむ芭蕉は客。あるじは去来だ。とすれば、半日の閑を得ている芭蕉は客として当然のことだ。半日の閑を失ったあるじはなんのことはない去来だ。芭蕉というオッサンはけっこう図々しい。

考えてみれば、私も大磯紅葉山に住むというのも閑居のようなものかもしれない。が、私の場合は友を呼ぶのは嫌いでない。ただ遠すぎること、山の上ということで、近所の人以外訪ねて来る者がほとんどない。寂しいような楽しいような心地か。
下界は年の瀬ということで慌しいようだ。(テレビがそう伝えている)ここ紅葉山はおだやかな師走の空が広がり、山のカラスがのんびり鳴くだけだ。

半日の閑をえたる師走かな   光丘登羊亭

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by yamato-y | 2006-12-30 13:41 | Comments(0)

定年という寂しさをみつめて

定年という寂しさをみつめて

このブログを書き始めてまもなく2年になる。最初の日はしっかり覚えている。
2005年2月1日からだ。前日の1月31日で私は勤めていた放送局を定年退職したので、このブログ開始の日付はしっかり心に留まっている。
現役時代ガムシャラに突っ走ってきただけに、定年による一線からのリタイアは私にはこたえるのではないかと、正直なところちらっと不安を抱いた。だからこそ何か新しいことを始めなくてはと思い、その頃から話題になりはじめていたブログに手を出したりした。ハイテクには弱く不器用な私ではあるのだが見よう見まねで少しずつ始めた。そのうち夢中になった。仕事量も激減した私にとってブログは恰好の表現ツールとなった。書くことが好きだったしこれまで書きたいと思っていた事柄を「軽く」書いてみるのにブログはぴったりだった。

懸念した不安も回避できたと思っていた。
が、定年から半年も経たない7月の深夜に恐れていた不安が現実となった。こんな情ないことを告白したくない気持ちもあるが、やはり書いておくべきという思いのほうが今は強い。
その夜、私はいいようのない喪失感に襲われ、圧迫されるような息苦しさを覚えて家を飛び出してしまった。家出といっても2時間ほど深夜の町を徘徊してきただけのプチ家出でしかないのだが、私の行動は異常だったようで家に戻ると家族が心配そうな顔で私をむかえた。床についても興奮はなかなか収まらなかった。
このような“危機”はこの2年の間に2,3回繰り返した。

私より一月遅れて退職した友人がいる。第2の人生の職場で席を並べることになったのだが、彼の言った言葉が忘れられない。彼はいつも弁当を持参していた。あるとき昼食を誘ったら、なぜ弁当を持ってくるかということを彼は語ってくれた。数年前に仕事の担当が変わって新しい職場になったとき、昼飯をいっしょに食べに行く者がいなくなったことがある。ひとりで蕎麦屋へ行って食べるのはあまりに味気ない。そんな外食をするぐらいなら自分ひとりで弁当を広げたほうがいいと思った。以来、弁当持参で孤食を楽しむことにしていると彼は淋しそうに笑った。

たかが昼食ぐらいと言うなかれ。定年というのはこういうみじめな思いを至るところで感じることになるのだ。

世の中は今、2007年問題で大量退職の影響ばかり語られているが、実はもっとも大きな問題はその当事者の心に開く大きな穴ではないかと、体験者の私は思う。この冬休みは、これまで書いた1200件のブログを読み直して、私の「穴」をしっかり見つめて、ある塊にまとめてみたいと考えている。
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by yamato-y | 2006-12-30 02:00 | 魂のこと | Comments(0)

太棹三味線の魅力

名人、鶴澤清治
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昨日、太棹三味線の名人鶴澤清治さんをご自宅に訪ねて、あれこれ話をうかがった。番組化のための事前リサーチである。

麹町の自宅にくつろぐ鶴澤さんは63歳と思えない若々しいスタイルで、ちょっと面くらった。聞けば、趣味はドライブとスキーだという。愛車は真っ赤なマセラッティ。スキーも40過ぎから始めたのだが、毎冬ゲレンデに出ているそうだ。

鶴澤さんは来年5月に国立劇場で大きなリサイタルを開く。それに向けての練習、作曲がこれから始まるのだが、その日程と内容について聞いた。なにせ当方義太夫節はまったくの門外漢。ぶしつけな質問を怖いもの知らずでいくつもぶつけた。

三味線には、太棹(ふとざお)、中棹(ちゅうざお)、細棹(ほそざお)の三種がある。太棹が一番大型で音が低くて大きいため、腹から声を出す義太夫節に使用され、力強い音色を聞かせる。

義太夫節というのは、17世紀後半に竹本義太夫によって創始された三味線音楽で、主として人形芝居つまり人形浄瑠璃の音楽として洗練されてきた。
義太夫節は、太夫の語り(浄瑠璃)と三味線の演奏で構成され、その義太夫節三味線は、太棹を使用して、迫力ある重厚な音色を特色とし、単に語りの伴奏というだけでなく、絃の音色と抑揚、緩急で太夫の語りをリードし引き立てるという重要な役割をもつものだ。

太夫の語りが音楽性よりも物語の内容の表現に重点を置くように、三味線もまた曲の心をこめて太夫の語りを助けることが大切といわれる。
いかに美しい音色を出し、鮮やかな撥(ばち)さばきを聞かせても、浄瑠璃の気持ちとかけはなれた演奏では、義太夫の三味線として適切ではないのだ。三味線弾きは太夫とまったく一つの心になっていることが理想。夫婦(めおと)に似ているといわれる。

今度のリサイタルで鶴澤さんは「弥七の死」というのを弾く。弥七とは鶴澤さんの師匠でかつては名人といわれた十世竹沢弥七だ。鬼才竹本綱太夫とコンビを組んで一世を風靡した人だ。その綱太夫が死んだ後、後を追うようにしてこの世を去った。その出来事を山川静夫さんが文章に著したものに、鶴澤さんが作曲して演奏することになったのだ。このあたりの芸事の厳しさを知りたいと思って質問をぶつけるが、鶴澤さんはいたって温和で芸術家の気難しさなどこれっぽちもない。

ところが、最後に三味線の話になったとき、突然目が厳しくなった。「三味線は生きものです」と言い切った。猫の皮と絹糸から出来ている三味線はたえず変化するので、その環境に合わせてチューニングが必要となる。演奏しながら調音するなどとは、西洋楽器にはない苦しみだとぽろりと、鶴澤さんはこぼした。でもそこまでで、顔はまた穏やかな初老にもどっていた。

およそ1時間半にわたり取材してお暇した。さっそく本日から関連資料を読み込んで企画の案を練るつもりだ。

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by yamato-y | 2006-12-29 14:19 | Comments(1)

本日、店じまい

本日、店じまい

昨夜は相当冷え込んでいたが、今朝はよく晴れた。気持ちがいい。

新宿で若い仲間とミニ忘年会で終電まで、久しぶりに飲んだ。御用納めということか新宿歌舞伎町は若い人たちでごったがえしていた。目黒に降り立つと、ここでも人が出ていた。

オフィスは年末年始の休日に入っているので、今日はゆっくり出社して資料の片付け、持って帰って処理する書類の分類をするつもりだ。夕方にはタケ先生のところで、鍼納めとなる。

1月4日までの休暇の間は、読書、映画鑑賞、企画の下調べと予定しているが、気をつけないとテレビのバラエティに目と時間を奪われるから、しっかり計画を立てておこう。

読もうとしている本は、ガルシア=マルケス『わが悲しき娼婦たちの思い出』、角野光代『夜とぶ飛行機』、吉本隆明『共同幻想論』、太宰治著作集4。後は今年読みかけにした数冊の新書など。
見ようとしている映画のビデオは、山口百恵の「霧の旗」、「五番町夕霧楼」、「おとうと」、「桜の園」、「国士無双」、「ピアニストを撃て」、「新幹線爆破」などだ。
本も映画も、新しいものだけでなくこれまで見たり読んだりしたものもある。なんとなく新しいものに目を向けるより、積み残したものを確かめたいという心境に今ある。

目黒の家のベランダに出て、目黒川方向に向かってカメラを向けてみた。冬の木立が美しい。

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by yamato-y | 2006-12-29 08:40 | 登羊亭日乗 | Comments(0)

絵本の絵

伊丹市立美術館で開かれる

半月ほど前、見知らぬ人から電話があった。大阪、伊丹の美術館の人からだ。
何だろうと思って出てみると、先日放送した「椎名誠・絵本を旅する」について聞きたいということであった。

その番組で、山下洋輔さんがピアノを弾きながら絵本を朗読したというのは本当ですか、と電話の女性は問うのだ。あれ、この人は番組を見ていないのだなとすぐ思った。気が重く「はい、それが何か」とぶっきら棒に答えた。今になれば、ずいぶん冷たい声音だったと思うが、こういう問い合わせが一番苦手なのだ。というより好きでない。番組を見てもいないで情報だけ聞かれるのは、制作者として口惜しいのだ。

「その絵本は元永定正さんが描いた『もけら もけら』でしょうか。」「その通りです。」
今度、伊丹の美術館でその元永定正の展覧会を行うので、その番組を見せてもらえないかというのだ。まいったな。原則としてそういうリクエストには答えることはできない。そういう具合に応じていると際限なく続くから、ルールとしてそれはやっていないと答えた。
代わりに、その番組のビデオを所有していると思われる人物を紹介した。

その美術館のキューレーターから本日手紙が届いた。そこに元永定正の展覧会の案内があった。

元永さんは今年84歳になる。奥さんの中辻悦子さんもグラフィックデザイナーであり絵本作家だ。はじめて知った。しかも99年には谷川俊太郎さんといっしょに作った「よるのようちえん」で世界絵本原画展でグランプリを受賞していた。つまり、夫婦で絵本を作っている。この二人で絵本の原画展が来年1月6日から伊丹市立美術館で開かれるという案内が届いたというわけだ。

案内をぱらぱらと見るだけで楽しそうな展覧会だ。84歳と69歳の夫婦が作る楽しい絵本の数々。ふたりはもーやんとえっちゃんと呼ばれて、伊丹近郊に住んでいるそうだ。
年が明けたら、一度見に行くかなあ。

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by yamato-y | 2006-12-28 12:05 | Comments(1)

コンコルドと一揆

コンコルドと一揆

明け方、音速ジェット機でとぶ夢を見た。コンコルドに乗って私は西洋に出かけた。行きはしっかり覚えていない。
が帰路はよく覚えている。ハワイのようなところからシンガポールに向けて、日本から見れば右に向かって飛んだ。それから機首を北に向けて日本をめざす。
その最後のルートが鮮明だった。とにかく早いのだが途中で反転する。頭に海が来て足に空がある。ぎょっとする。失速するのではと恐れると案の定このジェットが減速し着陸態勢のようなふりをした。思うやジェットの天地はもどり、まもなく日本へ到着。所要時間はわずか40分。地球はずいぶん狭くなったと思う。
普通の飛行機と違って、飛行機が停止するとすぐ乗客はベルトを外しててんでバラバラに降りてゆく。じっとしていると危ないといわんばかりに、ジェットから離れていくのだ。マナーが悪いなあと思っているうちに目が覚めた。

別にこの夢に意味があると思わないが、珍しく起床しても覚えていたのでここに記した。
昨夜、映画「郡上一揆」を最後まで見た。緒方直人主演で岐阜県が協力して作られた、「良心映画」だ。配役は他に山本圭、永島敏行、加藤剛といった面々。
郡上八幡の盆踊りは今ではよく知られているが、そもそもこれは一揆の悲劇を偲んで作られたものと、どこかで読んだことがあった。郡上踊り・白鳥踊りの時に「宝暦義民伝」としてが踊られているそうだ。その故事を映像化したのがこの映画だ。

この映画を目にしたのは、べつに封建時代の苛斂誅求の百姓の暮らしを見たいと思っていたわけではない。農民の反抗に正義をたしかめたいと見たわけでもない。ただ、一揆の生態というものを知りたいという好奇心だけだ。講談社の「日本の歴史」のなかで、一揆を描いたある絵を見て以来、その群像が目に焼きついている。

映画はよく健闘していたが、どこか説教くさく出来がいいとは思えなかった。よく似た農民の生態を描いているのだが、黒沢明の「七人の侍」のような生き生きしたところがないのだ。かといって、脚本にそれほど不備があるわけでもないし、役者の演技もがんばっているのだが、映画としての魅力がない。こういう違いというのは何に由来するのか。

ひとつだけ面白いことを知った。百姓を代表して訴えをした者というのは、大明神として村人から神様扱いされるということだ。そういえば、国定大明神といって国定忠治をまつっていたことを思い出した。
私が興味があったのは、お上に百姓が訴える訴状に署名をする、傘連判状だ。署名を順番に書くと、首謀者が特定されるので円状に書いたという。それも「日本の歴史」で知ったのだが、この映画でもきちんと描かれていた。ただ、詳しい説明もないので知る人ぞ知るといったところだが。
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しっかりと覚えていないが、ヨーロッパの日本紹介の文章に不思議なことが書かれてあることを思い出した。
日本列島の中ほどの山間部には、他の日本民族と異なるものがいて、彼らは知性的で手先が異常に器用だというのだ。「飛騨の匠」に代表される人々をさしている。この説を聞いたとき突拍子もないことと驚いたが、でもじっくり考えるとまんざら変でもないと思ったりもした。この映画の舞台郡上もその飛騨の一画だ。一揆に立ち上がった百姓らは、どこかみな自己犠牲的で知性にあふれているように見えた。

日本が単一民族だということは虚妄であるというのは戦後しだいに明らかになってきた。沖縄しかり、アイヌがしかり。高度成長によって住民がかなり移動したので、地域特定化は難しくなったが、かつてそういう民族・文化で地域を形成していたかもしれないと感じるのだ。私の学んだ金沢の大学には高山から来た学友が何人もいた。今考えると、北陸の頑迷さに比べて闊達なものが多かったかなと思う。私のそのころのたった一人の友人も高山出身で、現在中学校の校長先生をしていて、たしかそろそろ定年をむかえるはずだが。

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by yamato-y | 2006-12-28 08:45 | 登羊亭日乗 | Comments(0)

畳の家

畳の家

仕事に就いて各地を転々とした。社宅に住んだが畳中心の部屋ばかりであった。
この10年、畳のある家に住んでいない。幼い頃はむろん畳のある家、日本家屋に住んでいた。木目の床があるような家に住みたいと思ったものだ。

12年前に大磯に家を建てたところ、1階に畳の部屋を作ったが湿気がつよく辛気臭い部屋になっていたので畳をはいだ。其の畳は縁のない上等の畳だったので勿体無いからと、私の書斎に三畳分だけ床の間のように5寸ほど上げてそこに畳を入れた。それ以外はすべて畳なしの部屋だ。目黒に住むようになってもここも洋室で畳がない。

畳がないと湿気が減ってここちよいが、冬は底冷えする。それと何となく部屋が寒々しい。だから床暖房にした。これが畳であればそれだけで暖かいのだが。

こどもにとっては畳がどれほど良いかということを、ある本で知った。
1933年に来日した佐藤エンネさんは、戦争中岐阜に疎開して伝統的な農家に住んだことがある。彼女の弁である。
「西洋の部屋をみてごらんなさい。家具も床も子供の敵ですよ。どこにぶつかってもあぶない。日本の畳はどうでしょう。広い畳の家具のない家はこどものあそび場ですよ。うちの孫は、そこで逆立ちをしたり、寝転んだり、日本の家はこどもと一緒に暮らすために作られています。」
エンネさんは『日本に住むと日本のくらし』という本を書いている。この本を読んであらためて畳の良さを思う。たしかに西洋の家であれば、乳児らにとっては危険な空間が多いが、畳は少々転んでも落ちても怪我などしない。なにより、そのままごろりと横になれるのがうれしい。

昔は空が高い晩秋の日曜日などは大掃除に家族全員で取り組んだ。その掃除の華は畳たたきだった。一枚ずつ畳をはぐって外に出し、畳を日干しにしたうえで2本の棒(例えばものさし)を使って畳をたたき、ほこりを取るのだ。ぱんぱんという音が小気味よく空いっぱいに広がったものだ。

そして暮れになると障子を張替えしたものだ。破れた障子のまま年を越すわけにはいかないと家族総出で作業にあたった。盥に水を張り、そこへ障子を入れて濡れた紙をばりばり引っ剥がしてゆく。紙をべりっと破るのが楽しく、12月の冷たい水も苦にならないのであった。

年末の大掃除が終わると、こたつに入ってみかんを食べながら漫画を読む。こどもの頃の至福の時間であった。

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by yamato-y | 2006-12-27 17:02 | Comments(0)

嵐一過

嵐一過

昨夜は雨風がひどかった。11時ごろにはカミナリが何度も光り轟音が鳴った。
テレビニュースによれば、東京では34年ぶりの暮れの大雨だという。昨年だったらこの雨は雪に変わっていたはずだが、やはり今年は暖かいのだ。地球が心配だが、暖かい冬のほうが年寄りや病人は過ごしやすい。故郷(くに)の母を考えると、暖冬をよしとせざるをえないのは複雑だ。

 嵐の間、私は日本映画を2本見ていた。「曾我兄弟・富士の夜討」と「郡上一揆」だ。
曾我は昭和30年代の東映オールスター映画、郡上は数年前に作られた独立プロダクションの映画だ。毛色はまったく異なる時代劇だが、それなりに面白かった。

曾我は以前見たことがある、ということを見始めて思い出した。曾我十郎が東千代之助、五郎が中村錦之助である。敵役の工藤祐経はあの月形龍之介と、主要な役者がみなスケのオンパレードで、いかにも歌舞伎のような演技の映画である。あまりの大衆娯楽映画でややゲンナリしたが、観ているうちに、私たち団塊が少年時に刷り込まれた集合イメージがいちいち確かめることができて面白かった。兄弟が夜討に出かける前に竹を切って水杯を交わす場面は、少年時代の気分を誘発させてくれた。

少年時には気がつかなかったことを、今回発見した。十郎の愛人の虎である。高千穂ひづるが演じていて、いかにも気が強く男勝りの遊女である。彼女は大磯にある遊郭の女で、大磯に住んでからその存在を知ったのだが、この映画でもきちんと十郎の恋人で大磯在ということを名乗っていた。
十郎が敵討ちで死んだ後、虎は仏門に入り冥福を祈って暮らしたといわれている。梅雨時の雨は虎ケ雨と呼ばれ涙雨とされている。

この虎のことを大江さんと話したとき、大江さんは、虎は「グレートマザー」を果たした人ですね、と言ったことが忘れられない。ということで、曾我物語は私の住む相模湘南に縁の深い作品なので、この映画をあらためて興味深く観た。

かつては「曾我物語」は「忠臣蔵」と並んでいやそれ以上の人気のあるあたり狂言だったが戦後はほとんど力を失くした。なぜだろう。

一夜明けて、晴れた。光がまぶしい。気温がぐんぐん上昇している。ツヴァイク道で道端から湯気が沸き起こっていた。
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c0048132_11563157.jpg湯気が立っているのが見えるだろうか。
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by yamato-y | 2006-12-27 11:55 | 登羊亭日乗 | Comments(0)


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