定年再出発  


懐かしい空
by yamato-y
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新宿の赤い半月

新宿の赤い半月

今夜は新宿だ。タケ先生のところで痛い鍼をうってもらって、イーグルへ行った。
新宿の昔からの大人のバーだ。20年前にはよく通った。久しぶりに足を運んだが以前と変わらないインテリア、サービスだった。一人で飲む酒はウィスキーに限る。サントリーの「北杜」と言う酒をダブルで水割り、あては的矢の牡蠣を頼んだ。美味であった。
ここで30分時間をつぶして、ゴールデン街の「とんぼ」へ出かけた。

どうやら口開けの客になったようだ。ママの秋子さんのサービスがいい。
昔は一緒に飲み歩いた仲だが、聞けばこの店も創立が今年で10年になるという。驚いた。まだ4,5年で、秋子さんも素人ママと思っていたら、今やこの世界で知られた顔になったそうだ。

この店で知り合ったウメさんという初老の気のいい叔父さんがいる。私と気があう。最初に私が大きなスプーンを2つ目にあてて、ウルトラマン!と演じたことを喜んでくれたことから付き合いが始まった。えらくこのパフォーマンスをウメさんは気に入ってくれたのだ。
後から聞けば、ウメさんはあるテキスタイルの会社の社長だそうだ。とてもそうは見えない。2年ほど前に現役を引退して、今は悠々自適だとか。元気だといいな。たまには新宿のこの店で会いたいものだ。

9時過ぎ、新宿東口に行った。相変わらず人は多い。おまけに暑い。今年は暖冬傾向だろうか。

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by yamato-y | 2006-10-31 22:11 | Comments(0)

忘却

忘却の穴

ハナ・アーレントが忘却の穴と呼んだものがある。そこへ入り込んだらけっして表へ記憶が出て来ないものを指すのだ。
《だれもがいつなんどき落ち込むかもしれず、落ち込んだら最後、かつてこの世に存在したことがなかったかのように跡形もなく消滅してしまう、まぎれもない忘却の穴。》
アーレントの場合、それはアウシュビッツのガス室を指していた。ガス室はなかった、あれは人間を殺すものでなく害虫を殺すために作られたという様な説明が出現して歴史を修正しようという動きが出てきたときに、ユダヤ人であるアーレントは忘却の穴と呼んでそのウゴキを批判したのである。

今朝の読売新聞の社説で「問題の核心は『強制連行』だ」と書いている。いわゆる従軍慰安婦問題で、軍の関与があったかどうかが問題の核心だと言うのだ。それを説明するに、先年河野官房長官が発言したお詫びは科学的根拠がないもので外交的配慮でなされたものだと、指摘する。そのためには歴史家の研究に委ねるべきで、軍の関与があったかどうかを明らかにすることがまず重要ではないかと社説子は書いていた。

慰安婦についてはその証拠や記録がことごとく破壊されたと伝わる。民間の記録は一部残ったが、軍が関与したと推測されるようなことはすべて消えたと言われる。関与があったと伝えた全国紙は、その事実に関わったとされる人物の証言を根拠とした。ところが、彼が語ったことは虚偽であったため、この言説はそういう国外の言説におもねる人間らの捏造ではないかと疑われることとなった。だから、この事実の検証が急務であると読売新聞は書いたのだ。

記憶がないとか忘れたとかということではなく、その記憶は消されたのではないだろうか。というのは、昭和20年代から30年代初めの大衆雑誌には慰安婦の存在があたりまえのようにして登場してくる。有馬頼義の「兵隊やくざ」には物語の主要人物としてまで描かれている。それは民間の「業者」によって組織されたというだけではすまないものを感じるのだ。一定の指示や便宜供与があったのではないだろうか。そういう都合の悪いものは、終戦時すべて破脚されたのではないだろうか。

これは忘却の穴に落ち込んだのではないだろうか。戦争が終わったときの混乱と湮滅はいろいろなところで聞く。母も勤務していた飛行学校の食糧やトラックなどが、古参の兵らによって無断で大量に持ち去られるのを見たと、私に教えてくれたことがある。8月15日から数日、国会周辺の官庁街ではあちこちで書類を燃やす煙が立ったことは、おおぜいの人によって証言されている。

アウシュビッツでも退却時、ドイツ兵が施設を徹底的に破壊していった。それでも生存者の証言や周辺の住民の情報によって、そこが殺戮の場であったということは浮き彫りになった。
が、ガス室だけは立証することが難しかった。そこを体験した者はほとんど大半この世に帰還できなかったのだ。証言することができない。「忘却の穴」となった。
《「扉の向こう側にあるのは、喪失である。声の、生命の、知識の、意識の、真理の、感じる力の、語る能力の喪失。この喪失の真実こそは、まさにホロコーストの内部にいるということの意味なのだ。しかしながら、この喪失は、その内部の真実を内部から証言することの不可能性をも規定しいる。》

人類の歴史は、これまでいくつ「忘却の穴」をもってきたのだろう。おそらく無数といっていいかもしれない。むしろ歴史はある偏りでもって語られてきただけであって、顕在化していない、できない事実というものが、私たちの後方にあるということを念頭に置いておくべきではないか。  

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by yamato-y | 2006-10-31 12:10 | 魂のこと | Comments(0)

嫌いなこと、腹のたつ奴

嫌いなこと、腹のたつ奴

昔、佐良直美が歌った歌で、「私が好きなもの」というのがあった。ボサノバのリズム、夜明けの渚、三味線の爪弾き・・・と、好きなものを並べた歌だ。日本人お得意の「××尽くし」だ。
私も好きなもの尽くしはあるけれど、今夜は嫌いもの尽くしをやってみよう。

○電車の床にべたりと座り込むこと。特に女子高生がパンツのまま座っていると、汚らしくてかなわない。
○靴の後ろを踏んづけて履くこと。なぜ、きちんとかかとをいれないのか。赤ちゃんならまだしも中学生ならまだしも、二十歳前後の男や女がそうやっていると、苛苛してくる。
○道の真ん中でお喋りに興じて、他の人の邪魔になることなどお構いなしの状態。モット端っこに寄れ。
○やたらコピーをとること、そういうのに限って余分にとって、捨てることが多い。自分の家ではトイレットペーパーすらケチるくせに。
○シルバーシートに当然のように座る奴。
○食器に平気でタバコの吸殻を入れる奴。
○ハイヤーに平然と乗って運転手にドアを開けさせる奴。
○支払いのとき、小銭を放り投げる奴。
○もらった名刺を、本人の前で折ったり畳んだりする奴。  
○電車が遅れて怪しからんと、最寄の駅員をつかまえて文句を言う奴。(その駅員のせいではないだろう)
○電車の中で、子供がぐずっていたら「うるさい!」と怒鳴る奴。  
○ワンマンバスで、説明をはっきり言わずにムニャムニャ言う運転手。
○行き先を告げても返事しないタクシー運転手。
○みんな我慢して待っているのに、いつまで待たすのかと怒鳴る患者。 
○東京の地下鉄の路線。大阪のように系統性がなくわかりにくい。名前を見ても、銀座だって千代田だって日比谷だって同じような地域を指すではないか。営団と都営の切符の買い方が紛らわしい。
○コンピュータ予約になって、なかなか電話がつながらなくなったANA,JAL。 

なんだか、小言幸兵衛みたいだ。だが、腹がたつことはこんなことですまない。しょっちゅうある。そんなことで腹を立てていると、また前みたいに脳の血管が切れるぞと家人にバカにされようと、腹が立つものは腹が立つのだ。 
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by yamato-y | 2006-10-30 21:25 | 登羊亭日乗 | Comments(1)

異説、外伝、スピンオフ

異説、外伝、スピンオフ

先日視聴した映画「容疑者、室井信次」は「踊る大捜査線」のスピンオフ作品だ。スピンオフとは人気作品のサブキャラクターをフィーチャーしたもので、元の作品のバックボーンや後日譚を描いたりするものである。

映画「踊る大捜査線」はそもそもテレビから生まれて人気を博した。織田裕二演じる青島巡査部長が主人公の警察ドラマだ。従来の刑事ドラマとは異なり、警察機構を会社組織に置き換え、署内の権力争いや本店(=警視庁)と支店(=所轄署)の綱引きなど人間味あふれる警察官の姿を、湾岸署を中心に描いている。
主人公の青島以外にも、恩田すみれ(深津絵里)・和久平八郎(いかりや長介)・真下正義(ユースケ・サンタマリア)などの湾岸署の同僚や湾岸署の署長ら三人組(通称『スリーアミーゴス』)、更には警察庁のキャリア・室井慎次(柳葉敏郎)らもそれなりに描かれる群像劇でもある。
この群像の中のある個性を取り上げて、別物語を仕立てるのがスピンオフというわけだ。私が先日見たのはキャリア室井の物語で、この映画自体は最悪の評価だったが、この物語を連動(リンク)させていく手法には感心した。

このように本筋の物語から少しずれて物語を生み出すという手法は映画であれ文学であれ、私は好きだ。映画で代表的なものは「ベンハー」だろう。

キリスト誕生から26年、ユダヤがローマ帝国の圧政下、ローマ進駐軍に新しい指揮官がやって来る。ユダヤ人の豪商の息子ベン・ハーの幼友達メッサラである。二人は友達であったが、ベンハーは祖国を踏みにじるローマへ走った親友メッサラとは相いれず、絶好状態となる。のみならず、ベンハー一家は反逆罪に問われ、母と妹は地下牢に、ベン・ハーは奴隷としてローマの軍船に送られる。
そして3年、ベン・ハーは、数奇な運命を経て、ローマきっての剣闘士ともてはやされるようになる。故郷へ帰ってみると、母と妹が地下牢で病に冒され、メッサラの手で死病の谷へ送られて死んだときくことになる。ちょうどそのころ、キリストが十字架を背負って刑場へ向かっていた。
といった具合に、ユダヤ人ベンハーの運命が実はキリストの生涯と交差するものであったという、キリスト伝説外伝である。

文学でいえば、丸谷才一の『横しぐれ』が私のお気に入りだ。主人公が父から聞いた話から物語が解き明かされる。父と、黒川先生とが、あの日四国の道後の茶店である人物と行き会う。酒飲みの乞食坊主だ。その男は「横しぐれ」という言葉を発した。たった一つの言葉を残して男は雨中を去っていった。後になって考えてみると、彼は放浪の俳人山頭火だったのではないだろうかと、父が口走る。そこから物語のフシギが始まるのだ・・・。

こういう歴史的事象事件の一断面を、さっとすくいあげた小説というのは、読んでいてわくわくする。

本日、植草甚一を読んでいて、山田風太郎にそういう作品があることを知った。タイトルは忘れたが、国定忠治の息子の話だ。捕えられた忠治に忘れ形見があった。長じて、息子もいっぱしの悪党になった。上州で食い詰めて江戸に悪仲間とともにやって来る。そしてある夜、富裕な家に押し込みに入る。家族を脅しているときに、籠に入っていた赤子が泣き喚く。忠治の息子はうるせいとばかりにその籠を蹴っ飛ばす。という話だ。

愉快なのは、この後だ。この蹴っ飛ばされた赤子こそ夏目漱石だと、山田風太郎は書く。そのことは、漱石の「硝子戸の中」に書いてあるとか。

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by yamato-y | 2006-10-30 16:56 | テレビって何だろう | Comments(0)

寺山修司の俳句

寺山修司の俳句

寺山修司は高校時代俳句に熱中していた。一ヶ月に100句作っていたというから相当なものだ。

だが青年期に入って句作をぴたりとやめた。何かあったのだろうか。句は発表していないが、書店では俳句雑誌をよく立ち読みしていたと回顧しているから、俳句を忘れたわけではない。
晩年、対談などで俳句形式がどれほど優れているかを、口角泡を飛ばして語ったところを見ると、時間が残されていればまた俳句を手がけたのではあるまいか、と惜しく思う。

青年期の彼の表現形式は短歌で、私も20代に愛唱した寺山の歌がたくさんある。なかでも好きなのはーー。
 
マッチ擦るつかの間の海に霧深し身捨つるほどの祖国はありや

この歌の原型の句があった。
凍蝶とぶ祖国悲しき海のそと

さらに、影響を受けたと思われる富沢赤黄男の句もおさえておかねばなるまい。
一本のマッチをすれば海がきえ

青春の帰郷を歌ってこれほどみずみずしい短歌はないと、私がひそかに思う寺山の作品--。
ころがりしカンカン帽を追うごとくふるさとの道駈けて帰らむ

この歌にさかのぼって、寺山は俳句を作っていた。
わが夏帽どこまで転べども故郷

中学1年で作った句が心に残る。
便所より青空見えて啄木忌

嘘つき修司の骨頂。父は死んでも母は生きていたが、その母と別れ、さらに殺して句が出来上がる。
母と別れしあとも祭の笛通る
投げてさす孤児のナイフに夜の蝉
母恋し田舎の薔薇と飛行音
夜の海に薔薇捨つ母と逢へぬなり

母を消す火事の中なる鏡台に
暗室より水の音する母の情事
この2句を昇華して、次の短歌が生まれたのか。

大工町寺町米町仏町老母買ふ町あらずやつばめよ

寺山修司の母恋短歌は、早くから俳句で準備されていた。

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by yamato-y | 2006-10-30 00:06 | 登羊亭日乗 | Comments(0)

シーナマコトの世界

シーナマコトの世界


絵本の番組を作った女プロデューサーから聞いた話。
「佐野洋子さんって、いわゆるマッチョな男は嫌いだそうですよ。」
そうだろうなあ、『百万回生きた猫』のようなナイーブな物語の作者だから。
「筋肉質で色が黒くて、シャツをはだけて着て、いい年の癖にジーンズをはいていたりする男って、大嫌いなのだそうですよ。」
なるほど、内剛外柔の繊細な詩人のような人種が好きなのだ。
「でもね、シーナマコトだけは例外だって。シーナマコトだったら、どんな格好でも許すってどこかに書いていましたよ」

「椎名誠の絵本を旅する」で、今回じっくり編集室でシーナ氏と付き合って、佐野さんが言っていることが分かった気がした。二人の子供が幼かったころ、膝において絵本を読み聞かせたということを回想するシーナ氏は、照れていながらも真率で好感がもてた。ポーズでそういうことを言っているのでなく、読み聞かせたという当該の古くなった絵本を持ってきてくれた実直さや、その本が何回も使用されたことを証明するセロテープのつぎはぎから、分かった。

これまで、きちんとシーナ氏の著書を読んできていない。『哀愁の街に霧が降るのだ』や『さらば、国分寺書店のオババ』など、ベストセラーになったときは、「けっ、昭和軽薄文体かよ」と本の表紙だけ見て通り過ぎていた。峰岸達のイラストは気になっていたが。だいたい、旬の本とか流行語というのはすぐ読んだり使ったりするのは抵抗がある。
「萌え」とか「べた」とかという最近のはやり言葉はひっかかる。『国家の品格』とか『バカの壁』とかいったべストセラーにはけちをつけたくなる。ゴマメのやっかみだ。そんなこんなで、これまでパスしてきた本を、ぼちぼち図書館で借りては読みはじめた。
昨日、目黒図書館で借りたのは『新宿熱風どかどか団』、『銀座のカラス』『屋根の上の三角テント』いずれもシーナマコト著、『小説は電車で読もう』植草甚一著、『幻の男たち』淺川マキ著らである。

『新宿熱風どかどか団』を読んでいたら、知っている名前に出会った。「週刊ポスト」の編集者、高橋攻氏だ。どこで会ったか忘れたが20年ほど前に、2,3度いっしょに新宿で飲んだことがある。ちょうど、この『新宿熱風どかどか団』に高橋さんが登場したころだ。高橋さんは、この本ではPタカハシと呼ばれて、シーナ氏の連載を担当していた。「ラーメンの本場中国へのラーメン西遊記」とか「ヘンタイうどん化した町、高松緊急視察団」とか、シーナ初期名作ルポの影の功労者であった。
たしかに、面白く口八丁で有能な編集者だ。その後、「ポスト」の副編集長や他の雑誌の編集長を務めたと思うが、もう定年で家にいるのだろうか。私にとって忘れられないことは、この人は鞄マニアだったということだ。仕事柄必ず携帯するショルダーバッグについて、うんちく、ノーガキがすごい。自分でデザインして特注で作らせたものを、何代も重ねて持っているのだ。鞄機能について、酒を飲んでいる間中はなしていた。その後、タカハシさんから作家やイラストレーターを数人紹介してもらうことがあった。広島へ転勤した頃から間遠になってしまった。

シーナ氏は、こういう異能の人物に囲まれて、一歩一歩成長していったのだな。だんだん、興味が高まってきた。来週は会社の資料室でシーナ本を探してきて、片っ端から読もう。

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by yamato-y | 2006-10-29 12:32 | 登羊亭日乗 | Comments(0)

6万アクセス、ありがとう

今、リポートのカウンターを見たら6006件とあった。
たしか、5万を超えたのが8月だった。1年半かかって5万まで達したのに、わずか2ヶ月で1万のアクセスがあったのだ。これも読んでくださる方がいて成立したのだ。感謝したい。

コメントも最近増えている。もちろん全部読んでいる。が、返事をなかなかしない。
私の悪い癖だが、やや照れくさい。
こうやって、ブログを書きながら、いまさら恥ずかしいでもあるまいと、自分でも思うがやはり出来ないのだ。ご海容を賜りたい。

今日は、夕方からリジョイス・シニアの会がここ目黒で開かれる。異業種の若い仲間と語り合うことは実に楽しい。今回は10名ほどが集まる。

よかったら、この会に来ませんか。歓迎する。11月の会の日程が決まったらここで報告したい。

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by yamato-y | 2006-10-28 12:39 | Comments(1)

多重映画脚本家

多重映画脚本家


桂千穂というシナリオライターがいる。映画化されたシナリオが79本というから、たいした実績だ。
昭和47年、デビュー作「薔薇の標的」、主演は加山雄三。そこから続く作品がすごい。「熟れすぎた乳房」「女高生・肉体暴力」「SEXハイウェー」「海女レポート・淫絶」「暴行切り裂きジャック」「むれむれ女子大生」・・・・蜿蜒と続く。これらは大半日活ロマンポルノだ。53本、最多のシナリオ作家だ。ここで腕をきたえた、女ながらに。
と思ったらオッサンだった。

1929年生まれで、本名島内三秀。シナリオの道に進んだのは大伴昌司の励ましにあると、本人は回顧している。この夏、世田谷文学館で開かれた大伴昌司シンポジウムにパネラーとして参加された。そのとき大伴のシナリオ修行時代の話をうかがったことから私は知った。桂千穂は70過ぎの小柄な「おじいさん」になっていた。

桂さんはシナリオ研究所で大伴と同席したことから、推理小説同好会に誘われた。二人が意気投合したのは、ホラー映画のベストワンは中川信夫監督「東海道四谷怪談」だということからだ。二人とも、社会派、ヒューマン映画は好きではなかった。テンポとかリズムのない映画は嫌い。

70年代後半から、桂さんは商業映画で活躍を始める。「ハウス」「女王蜂」「蔵の中」「俗物図鑑」。80年代になるとヒットを続々飛ばすようになる。「幻魔大戦」「アイコ16歳」「唐獅子株式会社」。そして大林宣彦監督と組んで名作も飛び出してくる。「ふたり」「廃市」「あした」

桂さんの映画の見方、シナリオの書き方がインタビュー集「多重映画脚本家」(ワイズ出版)に出てくる。おもしろいから引用する。

シナリオに流行語は取り入れない、すぐに古くなるから。
「今は、へんな映画しか見ていないオタクが、8ミリとかビデオで自主制作やって、そのままプロの映画とっているでしょ?それじゃいけないんです。オーソドックスな、起承転結のちゃんとした映画をですね、最初に見なくてはいけないんです」
人物描写は一貫性さえあればいい、「人間を描け」も程度問題だ。人間を描くことばかりに足をとられていると、映画がつまらなくなる。シナリオは技術だ。
テレビシナリオは大嫌い。

とにかく、ヒューマンで湿っぽい映画は嫌いなのだ。筋がしっかりしてテンポがいい映画をよしとする。おまけに性的暴力的破壊的趣味が濃厚。これが桂千穂ワールドだ。インタビュー集を読んでいても、過激な発言がぽんぽん出てくる。

ところが現実に出会った桂さんは、文字通り男でなくおばあさんの印象だった。小柄で丸くてぐずぐず言って。著書や映画で示しているイメージとまったく違うのだ。へんな人だ。こういう人と気が合った大伴昌司も相当変だったのだろう。

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by yamato-y | 2006-10-28 12:17 | ブロギニストのDJ | Comments(0)

赤い月

赤い月

映画館を出たら、赤い月が出ていた。
話題の映画「ゆれる」を見てきたのだ。テレビマンユニオン製作、監督・脚本は西川美和、出演が今売れっ子のオダギリジョー、香川照之。

「蛇苺」に次いでの西川監督第2弾、前評判の高い作品。
見た感想は、まず1800円払ったことは後悔しなかった。それなりに面白かった。だが後味がいまひとつ。すっきりしないのだ。映画を見た後の高揚感というか、充実感というか、燃え上がるものを感じないのだ。そこが気になる。

物語は、東京で写真家として活躍する猛は、母の一周忌で帰郷した。
父とは折り合いが悪いが、たった一人の兄・稔とは悪い関係ではない。兄は父のガソリンスタンドを手伝っていていまだに独身だ。幼馴染の智恵子はその店で働いている。
久しぶりの帰郷で、猛は智惠子と会い深い仲となる。
翌日、兄弟と智惠子の3人で渓谷へと向かった。智恵子は猛のいる東京へ行きたいというそぶりを見せるが、猛ははぐらかす。そして、一人でつり橋を渡って撮影して歩く。

そんな彼がふと吊橋を見上げた時、橋の上にもめている様子の稔と智恵子がいた。そして次の瞬間、智恵子の姿はなく、うろたえる稔の姿だけがあった…。

兄と弟の複雑な心模様を、『蛇イチゴ』の西川美和監督が丹念に紡いでゆくのだが、どうも中途半端な部分があって、私はそこに苛立ちをもつ。

脇を固める伊武雅刀、新井浩文、蟹江敬三らはそれなりにいいが、どうもテレビドラマ疲れが伊武、蟹江に見える。圧倒的に香川照之がいい。乾いた、ふて腐れたような放心した表情など卓抜だ。

それにしても、監督、脚本の西川は才能がある。1974年生まれと聞くと、末頼もしい。

この映画5点満点の、3・5。


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by yamato-y | 2006-10-27 18:56 | 登羊亭日乗 | Comments(0)

メディア論的考察

メディア論的考察

村木良彦というテレビ第1世代のプロデューサーが、インターネットが世界的な規模で拡大していくにあたり、3つの事件があったと書いていた。このまとめ方が実にすっきりしていたので、ここで紹介したい。

1つ。1994年、アマゾン・コムの登場である。ネットの本屋だ。使ってみると便利だ。便利なだけではない。使いながら、自分の情報が吸い取られてゆくという構造だ。「見ること」は「見られる」ことだ。

2つめ。1997年、ビデオ録画革命。TIVO社が開発した、内臓ハードディスクでの録画だ。これを使えば、CMをスキップでき、自分の好きなものを見ることができる。オン・デマンドの実現だ。

3つめ。1998年、グーグルの登場。最強の検索システムである。

これらをふまえて、ブログが1999年登場し、あっという間にメディアの基幹に侵入してきた。何十億というブログが世界にはびこる。既成の大手マスコミの顔色をなからしめる、将来メディアの真ん中にくるのは必至。村木はこの流れを、メディアのパーソナル化と見ている。

これから何が欲しいか。私見だが、映像の倉庫だ。だがYOUTUBEのような無整理大倉庫ではない。ジャンル化、カテゴリー化された、利用しやすい倉庫だ。その映像は誰でも作れて誰でも利用できる。
もう一つ、選別システムだ。 情報が溢れかえるほど氾濫すれば、当然これの「選別」が重要な意味をもつ。誰が、何の根拠で語るのか、ある順序で上手に物語られること、ある切り口で編集されること。こういう点をシステム化することが期待される。

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by yamato-y | 2006-10-27 14:24 | テレビって何だろう | Comments(0)


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