定年再出発  


懐かしい空
by yamato-y
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カテゴリ:ブログコミュニケーション( 14 )

ダウンサイジング

ダウンサイジング

「調査情報」というTBSが出している雑誌で、久しぶりに宮台真司氏の論文を読んだ。「政治的なニュースが重要になりゆく中で、テレビがメディアとして持ちうる力とは?」というタイトルのそれは、今、私が考えているメディアの状況とほぼ似た視点なのでとても面白かった。

最近、宮台さんはテレビへの露出が少ないなあと思っていたら、彼はインターネットテレビにレギュラー出演しているのだ。ニュース解説番組「マル激トーク・オン・デマンド」というサイトで、2001年から始めているということだが、次第に視聴者を獲得して、2003年から有料化に踏み切り、順調に成長しているということだ。そこでの体験を手がかりに現在のテレビの状況を、当論文で宮台さんは批判している。

まず、映画の生き延びた戦略と同じことが起こるという。
昨今の映画ビジネスが好調になった理由の一つは、テレビとの連携だ。映画コンテンツがテレビ化することにより、財政的な問題を乗り越えられることになった。つまり、映画はテレビと共存を探ってサバイバルした。同様に、テレビはこれからはインターネットとの連携をなくしてありえないと、宮台はみている。巨大な伝達システムによる、巨大な広告収入という、旧来のテレビモデルでは将来立ち行かないのではという。インターネットのようなフェーストウフェースの情報通信機能が生まれてきた時代には、テレビはどんどんガリバーになっていく。

そこで、彼のネットテレビでの体験を引き合いに出しながら、現在の民放の巨大な制作放送システムの問題点を指摘する。「マスを相手にした価格の高い広告を出す企業」が高度消費社会ではどんどん減っていくというのだ。それは、視聴者、受信者たちはどんどん「島宇宙化」していて、巨大な同一志向というのはもはや時代遅れになっているから。
こういう状況に合わせて、テレビもダウンサイジングの道を探るべきだと、宮台は説く。具体的にネットテレビの1時間の制作費は数十万円。同じものをテレビが手がけると1000万円を越える。これは、機材費、大道具、人件費などにかかっているのであって、番組の質には関係がないと言い切る。

たしかに、機器の進歩、低価格化の勢いはすごい。10年前だったら、テレビ局しか出来なかった映像構成物は、今や個人でその100分の1の価格でできる時代となっている。それは、昨日、映像編集の新しいスタジオで見聞した。とにかく2坪ほどの大きさのそこで映像を編集し、字幕をつけ、ワイプ処理までできるのだ。さらにナレーションや音楽まで付加できる機能を備えている。ITによる映像加工技術の進化は、これからコンテンツの制作サイドだけでなく、受容する側にも大きな影響を与えるにちがいないと、脅威を感じた。このことは、また稿を改めて書きたいと思っている。

この宮台論文を読みながら、彼が示唆している新しいテレビ像に、今まで私が教育テレビのドキュメンタリーでやってきたことに近いのではないだろうかと思った。
視聴率においても他のテレビ局の10分の一。制作費においても格段に少ない。だが、視聴する人たちは、漫然と見るタイプではなく、自分が見たいというものを積極的に選択して番組に向き合っている層で、志向性、嗜好性の高い視聴者なのだ。

先日の「赤塚不二夫」の視聴率が昨日分かった。平均が1・7%、最高が2・2%。これは教育テレビとしてはかなりいい数字だ。民放のゴールデンでは20台という大きな数字が評価点になるが、ETVではその10分の一で十分である。これとて、全国で数百万の人が見ているのだ。しかも、ネットにスレッドが立って、実況されるほど熱心に見てくれる人たちなのだ。

話は宮台論文からずれてしまったが、彼が指し示す将来の映像の在りように、私がこれまで培って来た教育テレビの手法がかなり有効ではないかと、少し自信をもった。

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by yamato-y | 2009-04-02 10:27 | ブログコミュニケーション | Comments(1)

承認

承認

痛ましい事件が続いている。ワイドショーの論調では、常識では分からない若者の闇が在るということ。オピニオン誌の大きな見出しに「若者に気をつけろ」というのがあった。

あんまりではないか。そういう言い方ってあるのか。なんだか、関東大震災のときに流れた「不逞な輩」の都市伝説の反復の気がしてならない。
起きた事件の特異性についてはここでは棚上げして、若い人たちの置かれた状況に目を向けたい。

リア充という言葉を知っていますかと、若い友人から問われた。初めて聞く。リアルが充実しているという意味だそうだ。ネットで文句をいったり悪態をついたりしていても、やはり現実の交遊(友)のなかで自分の存在が承認されることが、若者にも嬉しい心地がするようだ。
どんなに鉄道知識が増加してもアニメの内容に精通しても、彼女が出来て仕事が決まっているような充実した現実があれば、それは羨ましい出来事となるのだ。

このリア充という言葉を遠巻きにしている若者群に思いを馳せたい。
2ちゃんねるで威丈高に物申している若者たちは表面的には行儀の悪い腹立たしい存在だ。だが、その裏側に、リア充を待ち望んでいるという心があると知ると、若者たちの置かれた辛い状況がなんとなく分かる気がする。強がっているその振る舞いが親世代の私にはせつなく思えてくる。

承認といえば、フィギュアを愛する心にそれが含まれているのではないかという仮説を、今もっている。ネオリベの大きな黒々とした手でつかまれ翻弄され、むき出しで世界に放り出されている若者は寄る辺ない。誰からも呼びかけられず、応答することもなく、荒々しいこの世界に立ちつくす”孤児”たち。
であればこそ、目の前にあるフィギュアだけは私を承認していてくれるという安堵感をもたらす。それがなによりという気分が、フィギュアを愛好する者たちの中にあるのではないだろうか。
ひょっとすると、シュミラークルとしてのフィギュアは同じものを所有する人と細くつながっていることになるのではないか。個室に引きこもって自分だけの世界にあるといわれる若者は、ひそかに人と人のつながりを求めているのではないか。その代理として、フィギュアがあるかもしれないと、私は想像してみる。

勉強についていけず、人間関係もうまく作れないヤツって現代ならたいてい漫画を読んで、鬱屈を解消しているという姿ですが、昔の人たちはどうしていたのですか?昔だって、やはりリア充がない”孤児”のような人がいたでしょう?と、若い友人から問われた。
どうしていたかなあ。

浮かんだのは、白波止(白い灯台)に一日中座り込んで釣りばかりしていた級友だ。彼はあのときなぜあの場所に居続けたのだろう。
私だってリア充がいっこうにない存在だった。そんな私に気晴らしとなったのは何かと考えると、二人の弟だった。

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by yamato-y | 2008-07-26 09:40 | ブログコミュニケーション | Comments(0)

お疲れさん、岡崎さん

お疲れさん、岡崎さん

《ちょっと御覧になった方もいるかもしれませんが、コメント欄に、まことにイヤな書き込みがありました。(略) ぼくも長らく、このブログの辞めどきをずっと探していて、これはいい潮時だと考えました。なんだか気楽に生きているようですが、正直言って、相当疲れました。そんなことはなかなか公のブログには書けず、それもストレスになっている。別にもう一本、日記を書くほど余裕はない。やれやれ、です。(略)ただ単に、ひとつの媒体を閉じるだけで、これからも行けるところまで執筆は続けるつもりです。変わらず応援してくださると大変ありがたい。2006年11月13日》という記事を残して、一つのブログが終わった。okatakeの日記という岡崎さんのブログだ。

今日初めて知って私も少なからずショックをうけた。やっぱりこういう悪意と遭遇することがあるのだと。
岡崎さんはよく「世界わが心の旅」を見ていて、話題に挙げることもあって一月ほど前から時々のぞいていた。古本ライターという特殊な職業の持ち主なので興味深いし文章も面白いので、ここ数日よく観ていたのだが、上記のようなあいさつ文を掲げてブログは閉鎖された。

インタラクティブなメディアというのはいいことばかりではないな。互いに意見が交わせるが、その意見が悪意に満ちていれば一挙に相互関係は崩れる。そこへゆくとテレビは送り放しのメディアだ。観た人の感想や思いは簡単に掴めないが、一方中傷もたいしたことがない。あっても手紙などを通じる間接的な伝達なので、受け取っても傷つかない。だがウェブはそんなわけにはいかないのだ。

ところで岡崎さんのあいさつ文のことだが、共感する箇所があった。《なんだか気楽に生きているようですが、正直言って、相当疲れました。そんなことはなかなか公のブログには書けず、》というくだりだ。
そうなのだ。ブログの文章でははしゃいでみせても、実際は結構落ち込んでいるときって多いのだ。私も思い当たる。
でも、このブログを私は続けたい。ゴマメの歯軋りでもいいから世間に向かって声を出していきたいのだ。


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by yamato-y | 2006-11-14 23:38 | ブログコミュニケーション | Comments(0)

ハートのエースが出て来ない

ハートのエースが出て来ない

昨夜、BSでキャンディーズ解散をやっていた。少しのつもりが最後まで見ることになった。
解散から20年以上になるのだな。ファッションや風俗はそれほど変化していないと思っていたが、いやあ、ずいぶん変わっていた。少年たちは今から見ると初々しい。それなりに子供っぽく目を輝かせていた。

ハートのエースが出て来ない、年下の男の子、微笑がえし、などずいぶんヒット曲があったんだ。かなり私も歌える。
ミキ、ラン、スーの3人組というのは大変だったろうなあ。すぐ2vs1になってしまうから。どうしても仲間はずれが出てしまう。
ステージの最後の挨拶を終えた後、ランとスーが抱き合い、遅れてミキが加わったのを見て、チーム事情がなんとなく分かった。ロケでもよくある。ディレクター、カメラマン、技術と3人で長期に取材していると、どうしてもぎくしゃくしてくる。そのとき、どういう組み合わせで「ツルム」かで、チームの雰囲気が変わるのだ。本当に人間関係というのは大変だ。

会場の後楽園スタジアムから周りのネオンサインが見える。いかにも70年代を表す広告ばかりだった。こういう風俗を最近するチェックするようになった。大伴昌司の映画作りのためだ。

さて、今「ぼくはヒロシマを知らなかった」の第2試写を終えてきた。予想以上にストーリーが流れていた。主人公の心の動きも自然だった。それなりに良いのだが、これといった「決め」がない。ハートのエースが出て来ないのだ。

ただいま3時半。これから吉祥寺に出かける。プロダクションの編集室に向かうのだ。途中、「黒木和雄」の伝記を読みながら行こう。雨は小降りになった。


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by yamato-y | 2006-07-18 15:36 | ブログコミュニケーション | Comments(0)

インタビュー雑観

インタビュー雑観

津野海太郎さんと話をしていて、お互いに気づいたことがある。インタビュー一つとっても、文章と映像ではかなり差があるなということだ。
津野さんは晶文社の名編集者であり現在和光大学で表現ということを教えたりもしている。

おそらくディレクターと編集者が同じ人物にインタビューするとしても、インタビューの仕方は違うしインタビュー内容も結果も大きく異なることだろう。

人と出会って、人から話を聞くというのは傍で見るほど簡単ではない。

例えば、取材ノートを持ち出すか持ち出さないかでもインタビューの場は大きく変わる。
ノートを取り出した途端、相手方が口を噤むことになりかねないので、その場でノートをとらず、終わった後でメモを作るという方法。
反対にノートをとりながら相手の話を一つ一つ確認しながら聞いていく方法。

映像の場合は最初からカメラという「記録装置」が話し手の目の前に置かれてあるから、ノートを出そうと出すまいと関係ないではないかと思われそうだが、そうではないのだ。

カメラの存在は、インタビューを開始して3分もすれば話し手の意識から消える。話し手が意識するのはインタビューする人(インタビュアー)のみになる。

だから話を聞いていると緊張で疲れることがある。相手の目を見ないで話を聞くと、相手は話す意欲を失ってゆくことが多い。だから目を見て話しをしてゆくのだが、これが辛い。
恋人同士ならともかくまったく他人の目をじーっと見つめる、しかも何分も何十分もなどという芸当はなかなかできるものではない。
先年、オノ・ヨーコさんに話を聞いたときは辛かった。あの黒目勝ちの大きな目でじっと見つめられるのだ。身じろぎ一つせずに。

 だから、先輩から教えてもらった方法を私は使っている。それは相手の目のすぐ下を見つめることだ。微妙に真下だ。相手とまともに視線を交わらさないポイントを見つめることだ。これなら長丁場にも耐えることができる。

 映像のインタビューで恥ずかしいのは、聞き手の底意が見えることだ。こういうことを聞き出そうと誘導しているインタビューほど浅ましいものはない。ワイドショーに多い。これは見ていて、こちら側が恥ずかしくなる。
 インタビューがうまいなあと思う人は筑紫哲也さんだ。特に政治的でない野球や芸能のときの好奇心旺盛な場合の筑紫さんはいい。

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by yamato-y | 2006-05-23 11:12 | ブログコミュニケーション | Comments(0)

作家の遺伝子

ユカ姫、もっとぶっ飛ばせ

作家の子供も作家というケースは多い。池澤夏樹や大岡玲、女性でいえば江国香織、吉本ばなな。小説でなくエッセーなら檀ふみ、阿川佐和子や藤原正彦と、その数知れず。皆話も面白ければ文章もうまい。檀ふみ、阿川佐和子らは本職は別にありながらユーモアがにじむ筆使いまで備えている。血は争えない。

斎藤由香も幸福なその一人だろう。しかも彼女の場合、祖父斎藤茂吉、父北杜夫とDNAは二乗の効果をもたらす。
彼女のエッセー『窓際OL,トホホな夜ウフフな朝』を1年前に読んですっかりファンになった。OLとしての日常を描いた作品は、あまりの馬鹿馬鹿しさにあきれるやら感心するやら、さすがマンボーの娘と感じ入った。

サントリーの健康食品事業部に勤めているユカは健康食品「マカ」の自称キャンペーンガールだ。マカというのは精力増強剤である。この新しい商品を売り込む様子が前作ではテンコ盛で書かれていた。商品が商品だけにあられもない話があけすけに、この深窓の令嬢の口から飛び出してくる。おまけに職場の人間模様もここまで書いて大丈夫かと心配したくなるほど、駄目上司や変わり者研究員が次ぎ次と登場する。

昔からやんごとない方の下々の体験というのは物語のパターンの一つではある。特に姫君ものでは、「ローマの休日」の王女とあんみつ姫が燦然と輝く。窓際OLユカ姫も堂々その王道を走っていた。

今回、新しく出た続編『窓際OL、会社はいつもてんやわんや』もおおいに期待した。目次を見ても「蹴りたいチンポ」などと過激な字がある。ぱらぱらセリフに目を通すと「硬化バツグン!愚息ムクムク」など活字が躍っている。

 一読。おもしろくない。つまらない。前作にそこはかとなく漂うユーモアが、今回は押し付けがましいくらい馬鹿ばなしになった。特に海外出張の篇などは、単なるOLの旅行記でしかない。ナンデイ、ビギナーズラックカヨ
血統で能力は決まらないと知って馬の骨としては安心した、と嫌味の一つも言ってみたくなる。

でも当のご本人もそういう口さがない連中がこの世にはいることをようくご存知のようで、以下のようなエピソードを書いてもいる。
これも2世落語家の林家こぶ平のユーモアをユカ姫は紹介しているのだ。
《「競走馬とかけて、林家こぶ平と解く」
「その心は?」
「血統だけでは走らない」うまい!》
このうまい、という掛け声はユカ姫でありまする。姫、なかなかやりますなあ。それじゃあ次作に期待しようかな。

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by yamato-y | 2006-02-04 13:33 | ブログコミュニケーション | Comments(0)

パンクラス

総合格闘技

木曜日に後楽園ホールへパンクラスの試合を見に行く。先日、パンクラスの尾崎社長やレフリーの梅木さん佐藤光留選手と会っていろいろ話をうかがい、その縁で取材を兼ねて見学することになったのだ。現在、静かなブームとなっている総合格闘技についてその理由を探ってみたい。
むろん、格闘技好きの私としては、個人的な興味もある。偶然だが先日帰郷したとき、実家のCATVで佐藤選手の試合を見ていい選手だなあと感心したばかりだった。試合は負けたがけっして諦めずに闘う佐藤選手の姿勢が好もしかった。

 実際の佐藤さんも穏やかでユーモアがあって感じのいい青年だ。
彼からちょっといい話を聞いた。障害をもつ人に格闘技ファンは多い。そういう人と親睦が深まり、昨年夏に筑波山に合同登山をした。選手たちが障害をもつ人の介護をしながら登ったのだ。筑波山というのは思った以上に峻険だ。最後70メートルで垂直の崖にここまでかと断念しかけた、そのときリーダーの鈴木実が頂上まで行かなければ登ったことにならないと発言。日は暮れかかるしさすがの選手たちもばて気味を見て遠慮する障害をもつ人たちに、鈴木は逆に励ましたのだ。最後の一踏ん張りを選手全員がみせた。佐藤さんもある人をおんぶして登りその人に夕日を見せた。「でも、ぼくはずっと自分の足元しか見ていません。」とぼそっと言うのが愉快だった。

この会見の最後に私は一昨年制作した「比類なきリングの輝き」をパンクラスの人たちに見せた。力道山の110分のドキュメンタリーだ。森本レオさんのナレーションで私のお気に入りの番組だ。ぜひ見させてくださいと、うれしい依頼があって貸してあげた。

1993年、アメリカで「何でもあり」の格闘技UFCが生まれた。リアルファイトはこの13年間に長足の進化を遂げた。ただの殴り合いの喧嘩だったものが、打撃に関節技に技術を磨いた。そして数々の名勝負が生まれ、総合格闘技が全盛をむかえたのだ。ここを支えている人や選手は実に心やさしく紳士的か、もっと多くの人に知らせたい。

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by yamato-y | 2006-01-24 16:39 | ブログコミュニケーション | Comments(0)

オーエケンサンロー

ケンサンロー

今から、70年以上前、評論家の花田清輝は鹿児島の七高に入学した。
新歓コンパの自己紹介で、彼はナポリ近くの町の出身で祖先はイタリアの貴族だと
言い放った。家が没落し流れ流れて、日本のここ鹿児島に来るにいたったと、
朗々と演説したのだ。席にいた全員あっけにとられた。
そして、花田の顔を見てさもありなんと納得したという。彼は当時の人気俳優
ビクター・マチュアそっくりの美男だったのだ。
後年、彼についた文壇のあだ名はハナハダキオッテル。

大江健三郎さんが東大に入学して友達同士で名乗りあったとき、彼は自分の名を
「オーエ・ケンサンロー」と発音した。友がいぶかしむと、
「四国の山奥では、こういう発音をするのです。そこには独特の文化があるのです」
といって煙に巻いたそうだ。
大江さんは謹厳な人と思われているが、実際はなかなかユーモアに富んでいてサービス
精神の旺盛な人物だ。
このエピソードも、そういうサービスだと思っていたが、夕べ伊丹十三の著作を読んで
いて、あっと思った。
伊丹は高校時代の大江さんの友人。京都から転校してきた伊丹は制服も着ずランボーの詩を口にするような早熟の少年だった。その彼は大江さんのことを「ケンサンロー」と呼んでいた、のだ。

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by yamato-y | 2005-12-26 11:35 | ブログコミュニケーション | Comments(0)

アナクロと言われても

 開き直ったブログ

1972年生まれの社会学者、北田暁大『わらう日本のナショナリズム』は面白い。
現代社会がこれまでにない視点から把握されている。(いや、ひょっとしたら新しい世代は
もはや既知のことかもしれないが)

彼はマルクス主義が幅をきかせた時代を、まず60年代的なものと措定する。そして60年代末から70年代初頭にかけて起きた連合赤軍事件や内ゲバを通過したのち、日本は消費社会へと大きく右旋回していったと見る。そこで登場した70年代現象のシンボルとして糸井重里を、北田は呼び出してくる。

糸井は私と同じ1948年生まれ。学生時代は党派の活動家として60年代末を体験した。つまり60年代的のものを出自に糸井はかかえている。
その彼がパルコ文化と「寝る」ことを確信犯的に行いながら、記号の戯れ社会の内部深くに侵入してゆく。というか、彼自身がその王宮の中心に君臨していったと、北田は見ている。
(というふうに私は理解したが、速読半解なので正確さに欠けているかも)
現在の2チャンネル的アイロニーの前段階を糸井や「元気がでるテレビ」が用意していくことになったと、北田はとらえたのだ。

糸井的なもの、60年代的なものはまさに前世紀の遺物と化していて、新しい文化はさらに進化(それが良いか悪いかは別)している。
この「定年再出発」というブログも前世紀の遺物的で、なるほどカテゴリーランキングの中では異質だ。ほかのブログの表現や内容を見ても、この「定年再出発」は堅く古くさい。語られるモラルや言説も、現代とやや遊離した古いスタイルがこびりついている。だが、それこそ私がのぞむところだ。そういうことにこだわりたい。先日書いた、現在(いま)の若者論などはそういうことだ。

21世紀もやがて二桁台に突入する。世の中、デジタル化が進み、国際関係はますます相互依存を強める。ナショナリズムをかきたて他国をこき下ろしても、事態は解決しがたいものになるだろう。にもかかわらず、疾走しますます蔓延する「アイロニー現象」に対して、私は抗い、こういうことではやっていけないと警告していきたい。真面目に一生懸命的に「努力」することをあざ笑い揶揄するアイロニー。でも、私はアナクロと思われても、この「アイロニー現象」を批判していきたい。

アナクロニズムは「時代錯誤」と解される。時代の空気も読めず、頓珍漢な感性と見られる。
だがプルーストはアナクロニズムを、時を越えて過去へ行ったり未来に跳んだりする大切なツールとみていた。このアナクロという“タイムトラベラーのツール”に私も乗り込んで、ブログ時空間を浮遊でなく自由に飛翔しバッサバッサと切り込みたい。
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新しい時代は、新しい文化を次々に生み出す、ツタヤにて。

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by yamato-y | 2005-06-29 17:13 | ブログコミュニケーション | Comments(1)

ブログのDJから向田邦子を思う

向田邦子を考えた1

今朝、山道を下りながら、薫風を感じた。5月の新緑の中でうける風は
薫風といいたい。香りがそれほどあるわけではないが、風薫るという言葉に
ふさわしいと思うのだ。
5月の歌といえば、昔「みんなのうた」で放送された小森昭宏の名曲「風よ吹け吹け」が好きだ。
 ♪風よ吹け吹け 風よ吹け吹け 私も小鳥と駆け出そう
  
軽快なリズムと亜輪唱というか、さいごのフレーズをくりかえす合唱がさわやかだった。
さわやかという言葉はさやかという語源をもち、秋の言葉という。でも、私としては
5月の風薫る頃にも似合うと思うのだが。

30年前ラジオで「ひるやすみのおくりもの」というDJ番組を担当したことがある。
月から金まで日替わりで童謡、ポップス、歌謡曲、クラシック、ロックをかけながら、パーソナリティがこどもの話題を話した。パーソナリティの一人は今も活躍する小森まなみさんだ。
当時、彼女は大学生だった。青春の心を失わず、若い人の悩みによく耳を傾けた。
現在も深夜の番組でリストカットやプチ家出を繰り返す若者たちの友として頑張っている。

そうだ。このブログもDJ形式をねらったらどうだろう。単なる日記、日乗にするのではなく、レコードの代わりに写真を用い、おしゃべりの代わりに地の文を書いてコラボレートさせたら、おもしろいのではないかと発想した。それは昔やった手法じゃないか。DJの台本をたくさん書いていたんだ、私は。

向田邦子はかつてTBSラジオで「社長読本」というデイリーのDJ番組の構成を一人でやったことがある。森繁久弥の一人語りで評判になった。
ガムシャラに向田は書きまくったが、これが彼女の文章を鍛えたと言われる。
長い間で、一度だけ向田は自分が書かずに、別のライターに代わってもらったことがある。
昭和39年初頭、向田の恋人が自死したときのことだ。
この事実は、ほとんど知られていない。

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by yamato-y | 2005-05-16 15:58 | ブログコミュニケーション | Comments(0)


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