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カテゴリ:少年誌の青春時代( 34 )

団塊世代のサブカルノート

団塊世代のサブカルノート

私が番組作りに関わりはじめたのは70年代半ばのこと。当時は、エンターテインメントと教養がくっきりと分かれていた。マンガや映画、流行歌などは大衆文化、下位(サブ)文化としてみなされ、いわゆる教育テレビのドキュメンタリーにはふさわしくないと考えられていた。近松半二の世界、近代日本の足跡~大原美術館~、移民群像~瀬戸内の村の100年、近代日本の足跡「造幣局」、といったタイトルが並び、出演者も加藤周一、石川淳、ライシャワーといった大文字の文化人ばかりだった。

流れが変ったのは80年代に入ってからで、パルコ文化やJALパックなどツーリングという消費文化が注目されはじめた頃だ。私の所属するチームは「ETV8」という枠を担当していた。チームのリーダーであったミヤタCPはいち早く時代を読み、「ポップカルチャーを考える」というシリーズを打ち立てた。ここにシンガーの佐野元春や桑田佳祐などを引っ張り出したときは驚いた。ミヤタ氏は日本の戦前のアニメや小津の映画論などをどしどし取り込む手法をとった。
そういう流れのなかで、私は「少年誌ブームを作った男」(1987年11月17日放送)というドキュメントを制作。大伴昌司伝説の嚆矢となる番組を作るという“幸運”を手にいれる。
放送の世界でもサブカルに関心が向きつつあったにもかかわらず、私はその流れとは距離をおいていた。当時の私の関心は障害者と原爆被爆者のほうへ向かう。大江健三郎さんと出会ったことが大きかった。ヒロシマ、ナガサキそして障害をもった人たち。その威厳に満ちた生き方に圧倒され、その人生を記録することに没頭していく。

それから17年。私は56歳となり、定年の1年前をむかえていた。なんとなく、それまでやってきたヒューマンドキュメンタリーの締めくくりになるような番組を作ってみたいと野心をいだいていた。そこへ、春3月に椿事が起こる。ひょんなことから、メロドラマ「冬のソナタ」のキャンペーン番組を作ることになるのだ。最初は1本だけのつもりが、ブームが招来してその年に5本の「冬ソナ」特番をつくることになった。大衆文化が時代を動かすのだということを実感した。
以来、3年余。制作した番組の大半がサブカルものとなる。

“冬のソナタ”へようこそ  2004年3月27日
スーダラ伝説 植木等・夢を食べつづけた男 2005年11月1日
あしたのジョーの、あの時代 団塊世代 “心”の軌跡 2007年3月24日放送
21世紀を夢見た日々 日本SFの50年 2007年10月21日
ちばてつや再びの“マンガ魂” 2008年10月11日
新しい文化“フィギュア”の出現~プラモデルから美少女へ~2008年11月30日
全身漫画家~真説・赤塚不二夫論~ 2009年3月29日
ザ・ライバル~少年サンデー少年マガジン物語 2009年5月5日

ここに挙げた作品群については、ブログのなかで何度も取り上げてきた。この夏の間にそれらの文章を「団塊世代のサブカルノート」としてまとめてみようかと、思い立った。取材して得た貴重な情報の記録、サブカルチャーが社会へ与える影響の測定、かつカルチャルスタディーズの手法確認などを、テイクノートしようかと考えたのだ。


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by yamato-y | 2009-08-12 13:52 | 少年誌の青春時代 | Comments(0)

本日オープン!サンデー・マガジンのDNA展

本日オープン!サンデー・マガジンのDNA展

今日から、川崎の市民ミュージアムで、少年週刊誌の「週刊少年サンデー」(小学館)と「週刊少年マガジン」(講談社)の半世紀の歴史をひもとく企画展「サンデー・マガジンのDNA~週刊少年漫画誌の50年~」が開かれる。
それに先立って昨夜、内覧会が開かれ出席した。およそ100名の関係者が参加し、小学館、講談社の関係者や夏目房之介さんやさいとうたかをさんらが華を添えた。

企画展の展示は見ごたえがある。「巨人の星」「タッチ」など両誌を代表する作品の原画数百が並んでいる。本物の絵は迫力が違う。

会場で、元編集者の丸山昭さんと会った。「全身漫画家・赤塚不二夫」で取材した、伝説の編集者である。サンマガの初期のエピソードをたくさんご存知の方だ。ちばてつやさんが手にケガをして連載にアナをあけるかもしれないとき、トキワ荘に走って、代筆を呼びかけた人こそ、マルさん丸山昭氏だ。私の作った「ザ・ライバル」を褒めていただいた。「でも、ああやってテレビにされると、書こうと思っていたネタがなくなるよ」と笑いながらクレーム。
といいながら、まだまだネタを持っていそうだ。水を向けると、ちばさんの争奪をめぐっていろいろあったんだよと、また思わせぶりな一言。私のなかの取材アンテナがピピと動く。

会場ではプレス関係者があちこちでフラッシュを焚いていた。新聞雑誌で話題を呼ぶことになるはずの展覧会だ。夏休みいっぱい催されている。
場所は東横線、武蔵小杉下車。JR口を出た前のバス停。40番のバスで川崎市民ミュージアム下車。そんなに遠くない。

「サンデー・マガジンのDNA ~週刊少年漫画誌の50年~」
主催: サンデー・マガジンのDNA実行委員会/川崎市民ミュージアム
共催: 講談社/小学館
会期: 2009年7月18日~9月13日
会場: 川崎市市民ミュージアム


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by yamato-y | 2009-07-18 11:35 | 少年誌の青春時代 | Comments(0)

茄子と胡瓜

茄子と胡瓜

昨日は2つの会合に出た。一つはソナチアンの会。もうひとつは「ザ・ライバル」のお礼の会。
昨年、カルチャーセンターで数度にわたり、冬のソナタの広がりについて話をした。そのときに知り合った中年女性の方たちとの昼食会に出た。メンバーは凄腕のソナチアン。ペ・ヨンジュン氏についてよく知っていた。一人の方は、最近、生ヨンジュン氏を見たと報告。意外に細いと驚いていた。それは、私も感じていた。2004年に「素顔のペ・ヨンジュン」を制作したときに会ったヨンジュン氏はもっとふっくらしていたが、歴史時代劇に出演する頃から急激なスリム化が起こったような気がしていた。

しかし、驚いたのは「ペ・ヨンジュンツアー」というものがあるということだ。ソウルへの旅に、ヨンジュン氏を見ることが出来るというイベントを付けたパック旅行のようだ。これのために、現地でヨンジュン氏の外出先をチェックする要員が配置されている。今回も、彼の行きつけの美容院で、出会うことができたと、ソナチアンは語っていた。これは幸運なことで、なかなかそういうチャンスはないということもソナチアンの間では常識らしい。

夜7時半から、青山2丁目のレストランで、「ザ・ライバル」のお礼の会が開かれた。この番組の主役、小学館の少年サンデー、講談社の少年マガジンの関係者8人の方たちとの夕食会である。サンデーの林編集長、マガジンの森田編集長らに、無事放送が出来たことへのお礼を申し上げた。全員、ジャーナリストなので、話題はあれこれ飛び交い、楽しい会となった。
少年サンデーと少年マガジンの序列の話題になった。どちらの名前を先に挙げたらいいのかと、最初は思案したと私が言うと、これは雑誌の場合は、サンデー、マガジンという並び、社名であれば講談社、小学館という並びに数年前から統一されていると教えてもらった。

そこで、小学館の常務が面白い話を披露。辞典作りの担当者というのは一生ものだということ。膨大な言葉と意味の海で格闘する社員が出版社にはいるそうだ。その人はたえず言葉の並びを考えている。デパ地下に行っても頭から離れない。なすとキウリが並んでいると、キウリ、なすと並び替えたくなるという。なるほど、日本語の辞書はなにより「あいうえお順」だもの。少年サンデー、少年マガジンのみなさんは、「ザ・ライバル」は面白かったと評価してくれた。17日に行われる、川崎市民ミュージアムの「少年週刊誌のDNA展」の内覧会でまた会いましょうということで、10時前にお開き。

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by yamato-y | 2009-07-16 07:38 | 少年誌の青春時代 | Comments(0)

少年週刊誌のDNA

少年週刊誌のDNA

 今月の18日から少年週刊誌のDNA展覧会が、川崎市民ミュージアムで開かれる。ささやかながら私もこのイベントに関わっている。
少年サンデー、少年マガジンの両誌の創立50年を記念する展覧会である。つまり、「ザ・ライバル」の50年展となる。主催は50年展製作委員会となっているが、小学館、講談社が中心になってこの展覧会が行われる。実際のプロデュースは、ウルトラマン展で活躍したイイジマさんだ。この1年、彼が全力で集めてきたものが、このたび公開されるのである。

 立派なカタログが先週出来上がったということで見た。すごい。さいとうたかを、安孫子素雄、つのだジロー、ちばてつや、・・・、両誌で活躍した巨匠たちの原画がずらりと並んでいる。むろん、評判となった作品のキャラクターの当時の原画である。およそ100点ある。50年分が並ぶと壮観である。現在の漫画文化の礎を築いた作品ばかりだ。なかでも、ちばさんの「あしたのジョー」の大ラストのカットはすごい。生の画の迫力を存分に味わうことができるはず。私の番組「マンガのタカラ」でも紹介した、あの伝説のカットだ。コーナー展示として「トキワ荘の作家たち」、「『あしたのジョー』と『巨人の星』」、「『タッチ』と『うる星やつら』」、「漫画雑誌と読者・編集者」 などがある。特に最後の編集者のコーナーはこれまでほとんど知られていない文物だ。両編集部の関係者、歴代編集長や編集員から借り出した写真や資料などが陳列されることになっている。5月5日に放送された、私の「ザ・ライバル」の展覧会版にあたる。当然、いろいろなカタチでわたしは応援をしている。

 3年前に、この少年週刊誌50年の企画を構想してから、ずっと取材、編集を重ねて、「ザ・ライバル」を制作した。200人にのぼる関係者の助力を得て、いい番組に仕上がったが、この番組の最初から最後までカバーしたのは私しかいない。その意味で、私にはこの少年週刊誌のDNA展はかけがえのないものだ。

 この展覧会のオープンに先駆けて、前夜の17日に内覧会とパーティが開かれる。私は4時開始に合わせて、早めに会場に入るつもりだ。講談社のタカハシさんとも時間調整を昨日行った。どうやら、賑々しい会になりそうだ。

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by yamato-y | 2009-07-14 09:26 | 少年誌の青春時代 | Comments(0)

まさる

まさる

内田勝3代目少年マガジン編集長。30万部しかなかったマガジンを150万まで押し上げた立役者。そのことばかりが喧伝されているが、実は牛のような粘り強さと沈着な思考で時代をいつも読んできたのだ。つまりジャーナリストだった。

読書家で有名だった内田さんは老年に至って、あらゆる書物に目を向けていった。古代史から焼き物、グルメ本まで幅広いが、とりわけ自然科学へは深く参入していった。彼が座右の書にしてのはメーテルリンクのノーベル賞対象作となった「ミツバチの世界」だ。内田さんに言わせると、「青い鳥」のメーテルリンクとして知られるが、彼の本領は昆虫3部作であるという。この昆虫の生態研究というのが、内田さんの社会観に大きな影響を与えていたようだ。

内田さんが亡くなる直前の2008年1月16日に職場で行った講演の原稿を、昨日入手した。演題は「個衆化世代の生態と市場性」。その詳細の紹介は別の機会にするとして、気になった点をメモしておこう。
タイトル通り、現代を個衆化世代の時代だと内田は見ている。
戦後の大衆化時代から、団塊世代による群衆化の時代を経て、オタクを中心とする個衆化世代の時代になったというのだ。その世代は情報に対してきわめて敏感である。それを、大伴昌司とともに制作した巻頭図解「情報化社会」で内田は掴みとった。二人はビジュアルジャーナリズムということをめぐって相当議論したようだ。その成果は、同じ巻頭図解の「劇画入門」で表された。個衆化世代のさきがけとなるのはオタクと呼ばれる世代で映像に敏感であるとみる。その特性は「一枚の絵は1万字にまさる」という有名なテーゼになる。映像の優位性を説いた。これは大伴が作ったコピーだが、うちだまさる、という名前に敬意を表して、まさるを織り込んだのだ。
さて、この映像人種であるオタクたちの特徴は「お産革命」の影響が大きいと、内田はユニークな説を立てる。団塊以上の人たちは自宅出産で、生まれてすぐ抱きしめられるという体験をする。母の存在が刷り込まれる。ここでローレンツのインプリンティングの論を内田は持ち出す。この体験は赤ん坊に他者があるという刷り込みを施す。一方、無菌室で出産を体験した60年代以降に生まれたものは他者がなく、自分の生命は自分ひとりで成り立っていると理解するようになった。この他者性のなさがオタクに代表される60年代以降に生まれたものの特長だと、内田は考えたのだ。この層をあてこんで作ったのが、情報誌「ホットドッグプレス」であったと自賛する。このあたりの目の付け所は、ライバルであったKサンデー編集長が情報誌「レコパル」を創刊したこととよく似ている。優れた編集者は時代を見事に読むものだ。

内田さんはインテリで無類の読書家であるが、けっして象牙の塔にこもる青白いインテリではない。実用的な体験値を中心にして具体的に発想するのだ。ともすれば講談調の痛快譚になりかねない危うさもある。だが、ぎりぎりのところで独特の知性が、時代の風を読み取らせる。だからこそ、高度成長期に次々と雑誌のヒットを飛ばすことになった。
その内田さんは、今のわかものはどこにいるのかという問いに対して、ケータイの前にあるということを力強く語っていた。おそらく、これが次世代への遺言となった。

内田さんを偲ぶ会が、六月二十六日に銀座のホテルで開かれる。事務局から協力を求められて喜んで応じた。ちょうど、この日は講義がある日だが、私はとんぼ返りをしてでも会場に駆けつけるつもりだ。
今夕、やはり少年週刊誌の編集長として活躍したTさんにお会いする。「ザ・ライバル」でもインタビューさせていただいたが、夏に開かれる「少年週刊誌のDNA展」でも資料を提供してもらおうと、展覧会のIプロデューサーと一緒に二子多摩川で会う。

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by yamato-y | 2009-06-02 12:40 | 少年誌の青春時代 | Comments(0)

雨の墓参

雨の墓参

 5月29日の記事への広島のMNさんからのコメントは嬉しかった。この30年の間、制作してきた私の番組群を通して見てくれた人がいると知って、何か報われたような気がした。
実は、独りだけ私の番組を長年にわたり見ていただいている人がいる。私より5歳ほど年長の職業女性だ。その人は20年ほど前から、私の番組を系統的に見ていて、私の「文体」が好きだといっていただいた。10年前に偶然その人の存在をしった。そういう人は一人にきまっていると思っていたら、ここに新しく私の番組を支持してくださる人がいることを知って嬉しい。
MNさん! 次の私の作品は9月に放送する「太宰治/斜陽論」です。よろしく。

うっすらと雨が残っている。本日は埼玉県の越生まで墓参に行く。少年マガジン元編集長、内田勝さんの一周忌法要が内田さんの故郷越生の寺院で行われる。そこへ参加するつもりで、9時に出発する。越生は池袋からおよそ1時間ほどかかる。

内田さんが急死して、もう一年になるのだ。ちょうどひと月前、「ザ・ライバル」の最後の編集中に奥様から本日の法要のお知らせをいただいた。あの「ザ・ライバル」が内田さんの供養のような番組だったから、とても不思議な気がしたものだ。そういえば、内田さんは死者たちと交歓する人だった。大伴昌司が亡くなったときも、原宿のジャズ喫茶で思いがけないことがあったと、楽しそうに語っていたことを思い出す。今度は、内田さんが私にメッセージしてくれないかなあと、期待している。

昨日、朝一番で少年サンデー3代目編集長,Kさんのところへお礼に出かけた。「ザ・ライバル」では、実に貴重な情報をいただいた方だ。2度にわたり長時間インタビューを私はした。そこで知った事実を番組の枢要な部分として組み込んだ。そのお礼に行ったのだ。Kさんは番組は面白かったよと褒めてくださった。いろいろとご迷惑をおかけしたことを、私は謝罪した。

Kさんこそ、内田編集長のよきライバルだ。内田さんの思い出話になった。「内田くんは、重戦車のようにどしゃどしゃと動き回っていたな。けっして早くはないが、なめくじみたいにゆっくりだけど確実に跡を残す人物だった。とにかく、ねちっこくてね。いつも、風呂敷包みを小脇にかかえてぼそぼそとかつ雄弁に語った。」
Kさんは葬式はともかく、それ以外の仏事には参加しないことにしている。「だって、ぼくの胸のなかにウッチャンがいれば、死んではいないのだよ」鬼編集者の顔がにこっと微笑む。

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by yamato-y | 2009-05-30 08:12 | 少年誌の青春時代 | Comments(1)

見た人の感想

ザ・ライバルの反響から

「ザ・ライバル」はアンコール放送も好感をもってむかえられたようで、いろいろなところから「面白かったよ」という声を聞く。特に私と同じ世代では、ずいぶんたくさんの人が視聴していただいたようだ。実感では同世代の視聴率は20%ほどあるような気がする。これはあまい推測だと思うが、それほどたくさんの反響をもらったのだ。各地各界からの声がぽつぽつ私の手元に届いて来ている。

鳥取県の61歳の男性(つまり私と同じ団塊世代)の手紙。
《・・・懐かしく面白い企画だった。昭和を思い起こさせる映像に思わず引き込まれた。ライバルとはああでありたいと唸らせる内容であった。》
30代、大阪の女性の声
《熱意をもって仕事をする素晴らしさを感じた。ライバルと競いあうことで、互いに向上していく様子や、刺激を受けながら成長していく姿にワクワクした。》
 嬉しいではないか。制作する側のメッセージがきちんと伝わっている。

ドキュメンタリードラマという手法についても概ね好評だ。
40代の人のはがき。
《ドキュメンタリーとドラマという2本立ての新ジャンルともいえる構成が新鮮でよかった。》
別の40代の男性は、予算は少なくとも、膨大な資料と高い構成力でこういう手法をどんどんやってほしいという声を寄せてくれた。
《編集者の奮闘ぶりはドラマの展開で、また当時の映像、当事者のコメント、思い出話はNHKにふんだんにある資料から、そして現代の映像と、しっかりポイントが押さえてあり、年配も中年も青年もそれぞれの楽しみ方で視聴できる室の高い娯楽番組になっていました。》
こういう便りを読むと、3年かけて構想してきた苦労が報われる。

少年誌ということで、女性たちはどう感じたのだろうか。
30代女性。
《実際、少年誌は幼少の頃に読んだこともなく、正直興味もなかったのですが、ところどころ時代背景もありで、60代の母と見ていましたが番組に入り込みやすく、休日のまっただ中、リラックスしながら見られる番組でよかったです。》
きびしい30代女性からの声。
《「子供の好きな野球・・・」とか「子供の好きな相撲・・・」という表現がありましたが、「子供」は男の子のことで、女の子は別に野球とかは好きではないので違和感を感じました。》
なるほどと思いつつ、これは少年誌にかぎっての話なので、と言い訳をしたくなる。「今度は少女漫画の歴史を取り上げてほしい」という声が女性からかなり来ている。参考になる。「少女フレンドVSマーガレット」とか「りぼんVSなかよし」なんていうテーマもあるなあと早速スケベ心が出て来る。

ドラマの主役の二人に対する反響も興味深い。
40代の女性
《成宮寛貴さんの爽やかさと伊藤淳史さんの暖かい演技が印象的だった。》
こんな女性の声もあった。
《どんなダサイ洋服もモードにしてしまう成宮さん。どんなモードもダサクしてしまう伊藤さん。この二人の対比がとてもよい。》はがきを読んで思わず笑ってしまった。視聴者はいろいろなところを見ているのだなあと、あらためて思う。

この番組の時代が近過去ということもあって、ディープな見方をもってくれる人もいた。50代男性の声。
《二人が飲んでいるバーの壁に貼ってある映画のポスターで時の変遷を感じさせるなど、小道具の使い方は巧く、時代の雰囲気をよく出していたと感じられる。》この声を、美術ディレクターに届けたら相好を崩していた。 

こういうライバル関係をとりあげるときは慎重であってほしいという、貴重な意見があった。
《下手をすれば、相手への誹謗や中傷、相手の失策やスキャンダルもそこに浮上してくる場面もあり、また、登場する企業の宣伝にもなってしまう。なかなか難しい問題がある。》

こういう反響がおよそ200件ほど来ている。これからの参考にするうえでも、しっかり声を分析して、次回のチャンスに備えたい。

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by yamato-y | 2009-05-28 09:09 | 少年誌の青春時代 | Comments(0)

マスクの人が増えている

マスクの人が増えている

 杉並にあるアニメミュージアムに行くため、新宿駅で乗り換えた。コンコースに白いマスクをつけた人が目につく。

アニメミュージアムに入ると、受付の係の人は全員マスクを装着していた。たしかに窓口は不特定の接客だからやはり必要だろうなあと同情する。平日の午後1時過ぎ、館内には客の姿はない。さっそく館長室に向かう。鈴木伸一館長だ。「全身漫画家〜赤塚不二夫」で2月にインタビューをしていて、お目にかかるのは2度目である。「全身漫画家〜赤塚不二夫」のお礼を申し上げて、番組のDVDを進呈。鈴木さんは相変わらず温厚でにこにこしていた。「先日のライバルも面白かったですよ。ぼくの友達のことがたくさん出てきますから、興味をもって見ました」とお褒めの言葉をいただく。

 そして本題。1963年に「鉄腕アトム」が放映されて、アニメの世界(当時はテレビマンガといっていた)に与えた衝撃、影響についてあれこれ伺った。鈴木さんは、その数年後にトキワ荘グループでスタジオゼロを結成している。最初に手がけたアニメは、アトムの一話「ミドロヶ沼の巻」 である。手狭でスタッフも少なく苦労したことを具体的に語ってくれた。

アニメとマンガの比較で、鈴木さんが語った言葉が心に残る。
「マンガは読者が時間を支配できますが、アニメは作り手の時間が物語を支配する。その間(ま)とかせりふの時間とかの感覚が非常に重要なのです」
「日本のアニメがここまで発達した大きな理由は、マンガがあったからです。あらゆるジャンルのテーマにあらゆる手法で挑みつづけてきたマンガ雑誌がなかったら、アニメはここまで発達しなかったのではないでしょうか。」
トキワ荘にいて、当初マンガ家を志して、後にアニメのおとぎプロに向かった鈴木さんだからこそ言える、重い言葉だった。

 鈴木さんを通してのアニメの予備取材は、いくつかの企画のヒントを与えてくれた。帰社後、さっそく取材ノートをまとめる。そろそろ、「ザ・ライバル」の総括をして、次の企画への助走に入る段階に来たようだ。


 新型インフルエンザの関西での感染拡大がじりじりと影響を与えている。職場でも出張に関する通達が出た。関西方面の出張については届けが必要となった。業務ではないが、明日から私は京都へ行く。世の中が感染症で騒ぎすぎという気がしないでもないが、一応防衛ということでバイオマスクを購入した。それにしても、関西でのイベントが次々に中止されている情報を目にすると、えらいことになっていると気にしてしまう。ところが、今朝のワイドショーでは、過剰の反応は経済の収縮につながりまずいのではないかという口ぶりに変わってきている。アッそう総理まで政府広報で登場して、「冷静な対応をお願いします」とやっている。


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by yamato-y | 2009-05-20 09:13 | 少年誌の青春時代 | Comments(1)

再放送 決定 !

再放送 決定 !
「ザ・ライバル~少年サンデー少年マガジン物語~」(88分)


5月24日(日) 衛星第2放送
午前10時から
「サンデーアンコール」で。

桜井洋子アナも、懐かしいあの時代に感動。

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by yamato-y | 2009-05-19 17:23 | 少年誌の青春時代 | Comments(0)

放送を終えて

善戦の7%

先夜の番組「ザ・ライバル」の視聴率が発表された。5日の夜10時から90分の平均が7%だった。この数字をどう見るか。例えば、横並びで比較してみる。
4ch 魔女たちの22時 10時から11時まで10・4% 11時台7%   
6ch リンカーン    10時から11時まで9・5% 11時台5・7%
8ch 白い春      10時から11時まで12・5% 11時台8・7%
10ch報道ステーション 10時から11時10分 13・1%
12chガイアの夜明け  10時から11時まで8% 11時台4・8%

こうやってみると、90分で7%はけっして悪い数字ではない。60分サイズと90分サイズでは当然視聴率が不利になる。だから、8がけから7がけほど落ちるだろうから、負け惜しみでなく9%近い数字とみたい。実際、分刻みの視聴率で見ると、最高視聴率10%、最低が4・8%だった。
だから90分、平均7%は善戦だといえるのではないか。私が視聴率にこだわるのはむろん営業効果をねらっているのではない。この番組を通して何か商品を売りさばくわけでないから。そうではなく、一定の人口が番組に接触してくれることは世論形成力に大きく寄与してくれるからだ。
ビデオリサーチの1%は関東地域では17万4千世帯、1世帯を仮に3人とみると52万2千人。7%であれば365万人となる。全国に拡大すれば500万から700万ほどになるのではないだろうか。これほどたくさんの人があの番組を見て、漫画に理解してくれるようになるかと思うと、うれしくなる。

この企画が成功となると、次も類似企画が作りやすくなるからだ。例えば、少女漫画のライバル関係、ゲームの世界のライバル関係、家電商品のライバル関係といろいろやってみたい主題があるから。

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by yamato-y | 2009-05-07 22:01 | 少年誌の青春時代 | Comments(0)


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