定年再出発  


懐かしい空
by yamato-y
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カテゴリ:1ヒト・2ウゴキ・3ジダイ( 6 )

近づく本番

ひばり、伝説の東京ドーム③

 3月に入ってひばりはドームを下見する。コンサートのことは話題になっており、この時ほとんどのマスコミが取材に来ていた。ひばりがグラウンドに下りると取材陣がぞろぞろついてきた。スタンドを見回すと改めてその広さに驚く。心に期するものがあったかのように、ひばりはバックスクリーン右上のオーロラヴィジョンの大画面を無言でにらむ。事情をしらない記者やリポーターの目にはコンサートに賭けるひばりの意気込みと映ったであろう。だが、後にひばりが書いた日記の記述からすると違っていたようだ。
《さて、私を待ちかまえていた、「東京ドーム」への挑戦。それは私にとってやはりまだ重荷のようでした。五万人のファンの前で私はスタートを切ってしまった。もう後へは引けない。》(ひばりの日記)

体調が戻らないままひばりは、不安を抱えて本番に向かっていたのだった。

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by yamato-y | 2006-06-17 08:48 | 1ヒト・2ウゴキ・3ジダイ | Comments(0)

揺れる想い

ひばり、伝説の東京ドーム②

 年が改まった63年それまで順調だった体調が崩れた。不安を感じたひばりは63年2月、検査のため福岡済生会病院を訪ねた。検査結果は思わしくなかった。小川医師から見て基本的に快復に向かっているとは言いがたい。病状は少し良くなったぐらいとしか見えなかった。歌手活動を再開することについては慎重であってほしいと進言した。「私は東京ドームとか、活動は難しいと思いました。普通の家庭の主婦のようなくらしにしてほしいとお願いしましたね」

 だが、ドームの準備はちゃくちゃくと進んでいた。衣装は森英恵に依頼したところ不死鳥のイメージにふさわしい華麗なデザインが上がってきた。仮縫いも済ませた。当日歌われる全39曲のアレンジも4人の編曲家に依頼した。チケットも5万枚以上売れていた。空前の大コンサートに向かって歯車はゆっくりしかし確実に動いていった。

息子の和也は悩んでいた。「健康を考えてドームをやめてほしい」と口にしても返ってくる答えが予想できた。ひばり自身はやりたいというのに決まっている。
「固かったですよね。あのまんま終わりたくなかったのでしょう。」実行することは危険があると感じていたが、もう一花咲かせたいという歌手ひばりの気持も理解できた。
和也自身は仕事を辞めて長生きすることに専念してほしいのだが、さりとて歌手をやめてこの人はこの先幸せに生きていけるのだろうか、という懸念もあり、二つの感情の間で揺れていたのだ。

 結局、実施する方向に和也は傾く。歌うことを宿命にしてきた母の想いを無視することはできなかったのだ。

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by yamato-y | 2006-06-17 08:31 | 1ヒト・2ウゴキ・3ジダイ | Comments(0)

最終講義

シンクロニシティ4

河合さんの最終講義で、長新太さんの絵本を使ったと書いたら、さっそくコメントがはいった。

《この河合隼雄先生の有名な最終講義も関わっていたんですか!?またまた、衝撃を受けました。蝶々とは、もともとギリシャ語で、プシュケー(魂)という意味で、心理学者は必死で魂を追いかけているという話だったかと思います。僕は、長新太さんの「つみつみニャー」が好きです。不思議と、今、僕の机の上に長新太さんの書いた平凡社の文庫本(エッセイ)があって、これもシンクロにシティだなと思いました・・・。どうも、今、そんなことが起こりつつあるのかもしれません・・・それでは、失礼します。》

なんと、これも共時性だろうか。
ここに書かれた通りだが、河合さんはこう語った。蝶々とはギリシャ語で、プシュケー。魂もプシュケー。英語のサイコロジーと同じ語源。つまり魂を追う心理学者の姿は蝶を追うブタヤマさんは同じではないかということだ。クライアントの心を探していても、肝心なことはアンタの後ろにあるよ、そういうことを心理学者は考えなくてはいけない、というわけだ。
加えて、河合さんは気配ということを話した。目に見えることばかりでなく気配ということを感じることが大切だと強調したのだ。
そして、コンステレーションに言及した。ステラ、星座。星が繋がって形成するステラ。
この星星はそうなろうと繋がっているわけではない。でも、あるところから見ると偶然の一致のように、大熊、小熊、北斗、カシオペア、に並ぶ。人生にもそうやって意味もないはずなのに偶然に一致することがある、という話だ。
 ここから、最晩年のC・ユングが物理学者W・パウリと共著の『自然現象と心の構造』で触れたシンクロニシティまで、遠くない。

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by yamato-y | 2006-02-14 16:19 | 1ヒト・2ウゴキ・3ジダイ | Comments(1)

ブタヤマさんたらブタヤマさん

シンクロニシティ③
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絵本作家の長新太さんが亡くなった。不思議な絵本を描く人だった。
私にとって忘れられないのは、「ブタヤマさんたらブタヤマさん」だ。ブタヤマさんシリーズでキャベツとブタヤマさんは有名だが、この作品もいい。
ある日、ブタヤマさんは蝶々を捕りに行く。野原で蝶を追っていると、ボワっとブタヤマさんの背後に大きいセミやバッタやネズミや“お化け”が現われる。ブタヤマさんは前方に注意がいっていて気が付かない。そのお化けたちは「ブタヤマさんたらブタヤマさん、後ろを振り向いてよ」とせがむが、気が付かない。
しばらくして、何もいなくなったころブタヤマさんは振り返り、「何もいないな」とつぶやく。こういう話だが、幼い子どもたちは大好きだ。ブタヤマさんたらブタヤマさん、というリズムのある言葉。ブタヤマさんという子どもの好きな名前。長さんは本当に子どもの心を知っている。おそらく、当人もそのまま子どもじゃなかったか。

 この本は20刷り以上版を重ねていて、けっこう品切れになっているほど人気がある。ブタヤマさんに「危険」が迫っていて気が付かず、こどもたちはハラハラして、ブタヤマさんたらブタヤマさんと呼びかけるそうだ。そういう見方もある。ちょっと違う見方もあるのだ。このブタヤマさんこそ心理学者の姿だよと、教えてくれた人がいる。

河合隼雄さんだ。実は、先生はこの絵本を使って大学で講義をした。しかも最終講義である。それを、私は撮影して番組にしたのだ。これを契機に私は河合さんが考えているシンクロニシティというものに開かれていった。
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by yamato-y | 2006-02-14 12:17 | 1ヒト・2ウゴキ・3ジダイ | Comments(1)

偶然の一致

シンクロニシティ②
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擬似科学のように考えてはいけないが、意味のある偶然の一致ということは人生にたしかにある。私自身でも1つ2つはある。こんなことがあった。

 五年前、イタリアアッシジに行ったときのことだ。北イタリアに入り車でアッシジに向かって南下した。最初は何もなかったのだが、アッシジの聖域に近づくにつれ左の手のひらが鈍い痛みを持ち始めたのだ。そして、ラベルナの修道院に入ったときそれはピークに達した。我慢しがたい痛みだ。でも、しげしげと手を見ても傷など見当たらない。

このことを同行した女性ディレクターに話すと、「いやだあ。まるで聖フランチェスコの聖痕(スティグマ)じゃないですか」と嘲笑う。そこで、フランチェスコがキリストと同じ十字架の傷跡をもっていたことを初めて知った。その伝説を真似たか、または意識過剰の状態じゃないですかと、その女史に揶揄された。

 そんなつもりは毛頭なかったのでこの偶然に私はたまげた。むろん、自分がそんな偉人でありたいなどという、大層な野望なんか抱いたことなんかない。かといって、自己暗示にかかるほど感受性がつよいわけではない。何より、聖痕のことは現地に来るまで知らなかったのだから、この事実をどう理解していいか、自分自身もてあました。

 大江さんのエピソードはよく知られている。
光さんが障碍をもって生まれたとき、若い大江さんは手術するか放置するか決断できないまま、仕事で(逃げるように)広島へ行った。そして広島日赤病院の重藤文夫副院長に会って、一つのエピソードを聞かされる。それは被爆直後の病院での出来事だ。

 重藤先生自身も被爆したが、瓦礫の日赤病院で不眠不休の治療看護にあたる。2,3日、先生は修羅場の中で生き残った医師や看護婦らとともに必死で働いた。
その中で、眼科の若い医者が衝撃を受けて、治療もできないまま、誰彼かまうことなく、「こんなことがあっていいんだろうか」と聞いて回っていた。重藤先生の元へも来た。すると、
 先生はこう言った。「傷ついて苦しんでいる人たちがここにいる。治療するより他ないじゃないか」と。若い医師はうなだれて聞いていたが、数時間後、郊外の山中で自殺した。

 この話は手術の決断ができない大江さんに響いた。「傷ついて苦しんでいる人たちがここにいる。治療するより他ないじゃないか」
重藤先生は、大江さんの個人的な状況を知っていて話したのではないことはもちろんだ。原爆病院の実相を世間に知ってもらいたいと願っているときに、たまたま若い作家が取材に来たのだ。そのとき、ほかのジャーナリストとは違うエネルギーを感じたと、重藤さんは奥さんに語っている。そして、その若い作家に問われるままかつてのエピソードを語ったにすぎない。眼科医の話もその一つだ。だが、その言葉は大江さんに響いた。

これを契機に、大江さんは東京へ帰り光さんの手術を決意する。こうして共生をすることになる光さんは、のちに大江さんの重要な文学のテーマともなり、ノーベル文学賞へともつながってゆくのだ。だから、この広島体験を大江さんは後に人生にジャストミートすると、書いている。

このジャストミートこそ、シンクロニシティとではないかと、私は思う。

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by yamato-y | 2006-02-13 14:12 | 1ヒト・2ウゴキ・3ジダイ | Comments(0)

シンクロニシティ

シンクロニシティ(共時性)

ものごとは因果関係で成り立っている。風邪をひくのは誰かにうつされたため、試験に受かったのはよく勉強したから、失恋するのは相手に嫌われたから、の結果である。この世はすべて因果応報。
――とは、限らないこともある。

祖父が死んだ夢を見たら、翌朝祖父が死んだという知らせがきた、というようなことが人生には起こる。ここには因果関係と考えられるものはない。偶然としかいいようがない。夢を見たから死んだわけでもなく、死んだから夢をみたわけでもない。説明仕様がないからと言って、簡単に日テレ的超常現象風に解釈するのを少し待って考えてみよう。

久しぶりに、学生時代の友人のことを考えていたら出勤途上でその人物に遭ったというようなことをどう考えればいいのか。互いに因果関係がないことが同時に起こることを、シンクロニシティ(共時性)という。

この言葉を私は河合隼雄さんの著作で知った。河合さんの師匠筋にあたるユングが晩年研究したとして知られている。どうも、この現象が起きやすくなるのは魂の「水位」があがったときと言われるが、もう少し具体例をとりあげてみる。
次回は、大江さんの広島体験について考えてみる。


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by yamato-y | 2006-02-13 00:19 | 1ヒト・2ウゴキ・3ジダイ | Comments(1)


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