定年再出発  


懐かしい空
by yamato-y
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カテゴリ:冬のソナタの秘密( 104 )

私の心を 持って行ったから

 私の心を 持って行ったから 

 とうとう冬ソナを全部見なくてはいけない羽目に陥った。この連休の最初に、いくつかDVDを準備しておいたのだが、雪が都心を直撃した日から無性に此のドラマを見たくなり、ちょっと触りだけと思って、本棚の隅に隠しておいた冬ソナDVDセットを引っぱり出したことが、すべての始まりであった。おそらく、水曜日頃までかけて最後の第20話まで見ることになるだろう。

 今日現在、第10話「決断」まで来た。ユジンは本意でもないのに、心を病んだサンヒョクの傍らにいることになってしまう、あの話だ。この回の最後が、冬ソナアンケートでも、好きなセリフ第2位のあれが出て来る。そこを、つい楽しみにして深夜遅くまで画面の前に居座った。
 ソウルのサンヒョクの元に帰る前に、スキー場の雪の公園で、ユジンはミニョンに告げるあの場面だ。
 「私、ミニョンさんにはごめんなさいなんて言いません。だってミニョンさんは私の一番大事なものを…私の心を 持って行ったから。
だからミニョンさんには謝りません。(長い間)愛しています」

「謝りません」から「愛しています」までのサイレンス(間)がすごい。およそ7秒はあるだろうか。まったくのノンモン(音なしという意味)だが、目はすごい芝居をしている。ユジンの熱い気持ちが伝わって来る。

 と、夢中になって見ているのは、我が社から発売しているDVDセットだ。最初、VHSのビデオセットを購入したのだが、嵩張るということで、敦賀で一人暮らしをしていた母に譲り、私はDVDセットにしたのだ。
最初は、見るのを渋っていた母も、一度見ると、みるみるはまった。一昨年に他界するまで、母の趣味は短歌と韓流になった。今振り返ると、冬ソナのビデオセットをプレゼントしたことは、少し親孝行をしたことになったかなと思ってもいる。

 このドラマを通して、それまで行き来のなかった近所の女性と、母は友だちになった。Yさんは60代後半の一人暮らし。回覧板を持ってきたときに、母は冬ソナを見ていて、そこから交流が生まれた。
 年金暮らしのYさんはビデオもDVDも持っておらず、ときどき放送される冬ソナを楽しみに見るという人だったから、母のビデオを羨ましがった。だったら時々貸してあげたらと言ったら、母はきっとした顔でこう言った。
「他のことならともかく、冬のソナタだけは絶対に貸さないことにしているの。私のタカラだから。Yさんには、うちに来てもらって一緒に見ようって言っているの」と答えた。あまりに子供っぽいので、私は苦笑するしかなかった。

 母が亡くなったとき、私はYさんのお宅を訪ねて、冬ソナのビデオを差し上げた。「母はいつもYさんと冬ソナについて話をするのを、ことのほか楽しみにしていましたから、母の形見としてもらっていただけますか」と。
Yさんは恐縮しながら、「きっと大事にして、お母さんのことを思い出しながら、これからも冬ソナを見ていきますから」と答えてくれた。

つい、この間に、冬ソナ特番の仕事をしたと思ったら、もう5年以上経過しているのだ。
母も死んだ。パク・ヨンハさんも死んだ。ユンさんは結婚した。人の世の移り変わりは激しい。


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by yamato-y | 2011-02-14 00:37 | 冬のソナタの秘密 | Comments(0)

影の国

影の国

 [いつまで、死んだ人のことを思っているのですか。
こんなに世界は明るく輝いているのに。]

 上のセリフは、言わずと知れた冬ソナの一節だ。ミニョンが、初恋の男を忘れないでいるユジンに向かって発した言葉。
2005年の冬ソナ特番のときに、どれほど繰り返し聞いたであろう。あの当時も、良いセリフだと分かってはいたが、これほど人の心に染みる、月並みな言い方をすれば「珠玉の言葉」だったと思いはしなかった。この言葉だけ抜き出しても、その珠玉ぶりはなかなか分かってもらえない。何と言っても、ドラマは文脈だから。ある流れのなかで、その言葉の重みをもつのだ。その流れというものが、冬ソナは実によく出来ている。
 今こそ、この言葉を私の古くからの知人に伝えてあげたいと思う。

 私の知人は、数年前に連れ合いを亡くした。子供のいない夫婦であったから、夫が末期のガンと知ったときから、妻である知人はその運命を呪い悲しんで来た。夫が死ぬ前から、その離別を悲しみ、死後もずっと悲しんで来た。あなたが逝くとき私も連れて行ってほしいと哀願したこともあった。それを聞いた連れ合いは激怒したと、淋しそうに残されたその人は電話で私に告白した。その知人は、一時は行方が不明になったこともある。後追いを計ったのではと私は狼狽えて四方を探した。なんとか所在を探り当てではみたが、その人はすっかり人格が変貌していた。直に会うことを避け、住所も教えず、一方的に向こうからケータイに架かって来るという関係が、ここ数年続いている。それでも、連絡をくれるぐらい恢復したと、少しだけ安堵しているが。

2月に一度ぐらい、電話が入る。
どうだろう、もうそろそろ会いませんかと私が呼びかけても、まだそんな心境になれないという。もし昔の仲間と顔を会わせたら、今の私はひとでなしになってしまう。見れば、なぜこの人たちが生きているのに自分の連れ合いだけがそんなに早くに召されたのかと、天を恨みたくなりますから。と、その知人は電話の向こうで泣く。この人はいまだに影の国に住んでいる。

この出来事を体験してから改めて冬ソナを見るとドラマの見方が少し変わった。死んでしまったチュンサンのことを思い続けるユジンの心の傷が前にも増して共感するようになった。チュンサンを思い起こして、すぐに涙ぐむ場面が陳腐でなくなった。いや、よりリアルに思えてきた。
「忘れたいと思っているのに、此の目がチュンサンの姿を覚えている。この心がチュンサンの言ったことを覚えている」というユジンの言葉が私の胸をうつのだ。

 連休の初めから見始めた冬ソナは、今第9話「揺れる心」まで来ている。スキー場でアクシデントがあって、ユジンがサンヒョクに婚約解消を申し出る回だ。ユンピョンスキー場の美しい風景が、物語をさらに神話化させている。

今回の視聴で、これまでと違う見方になったのは、サンヒョクの表情や動きへの注目だ。彼を演じたパク・ヨンハさんが一昨年だったか自死したということを念頭において見るせいか、これまで見たサンヒョクとは違う、影の薄い若者に見えてならない。彼もまた影の国の住人であったのだろうか。

このスキー場の映像を見ながら、ユンピョンまでロケに行ったことを思い出した。5年前の2月末。ちょうど冬が終わろうとする季節だった。春川には雪はなかったが、ユンピョンにはまだたっぷりあった。だがシーズンも終わりということで、スキー客は疎らだった。夜になると、寒さは厳しく、とても山の上まで上がることは可能ではなかった。が、スキー場の協力を得て、降雪機による雪降らしの場面は撮影した。その光景を見守りながら、雪のなかで震えていたことを思い出した。

ところが、このスキー場でのシーンは、ある事情が起きてすべてお蔵入りとなる。私には苦い思い出だ。


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by yamato-y | 2011-02-13 14:45 | 冬のソナタの秘密 | Comments(0)

冬ソナは冬見なくては

冬ソナは冬見なくては

早世した友のことや、人間関係で悩んでいる若い友のことを考えていると、人の世の悲しさを思わずにいられない。

朝から白いものがチラツイテいたと思ったら、すっかり雪になった。
実は、昨夜から冬ソナのDVDを見始めている。このドラマの切なさを今だからこそ味わいたいという気になった。2年ほど見ていなかったが、この3連休を利用して見てみようという気になった。
最初は、字幕で韓国語音声で見ていたが、やはり日本語吹き替えに変更する。通の人は現地語でないとリアリティがないというのだが、私は吹き替えのほうが情報量が字幕より多いから、吹き替えのほうが良いと考え、日本語音声にして見ている。

今第4話「忘れ得ぬ恋」を見ている。ユジンがミニョンの仕事を請け負って、仕事場のスキー場まで出かけていく件。まだ、ユジンがミニョンといっしょに仕事していることを隠しているために起こるさまざまなトラブル。このあたりでは、過ぎし恋を現在のミニョンにダブらせて切なくなるユジンのけなげさが心に染みるパートだ。

それにしても、音楽が素晴らしい。「マイメモリー」が流れるごとに切なさが深まって行く。これから、5話、6話、7話あたりまで見ると、明け方の4時近くになるかもしれない。明日は眠いぞと思っても、もうやめられない。なんとか、日曜日の夕方までに全部を見ようと思っている。やはり、「冬ソナ」は冬、しかも雪の降る季節に見てこそいい。

今回も久しぶりに見て感じるのは、役者たちのまなざしの強さだ。ユジンとチュンサンの目力はすごい。

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by yamato-y | 2011-02-12 00:48 | 冬のソナタの秘密 | Comments(0)

時間は進む

時間は進む

突然の訃報で、サッカーの余韻は吹っ飛んだ。
あのサンヒョクが急死した。どうやら自死らしい。詳細は分からないが、個人的な悩みが原因らしい。そのことはいい。死者に対して敬虔でありたい。冥福を祈る。

これで、冬のソナタの別の物語を紡ぐことはできなくなった。6年経ったとはいえ、冬のソナタへのファンの思いはけっして小さくない。私の知るソナチアンたちも、またこの物語の別バージョン――例えば、後日談だったり、パリへ留学したユジンの物語だったり――をいつか作ってほしいと淡く希望をもっていた。それが不可能になったのだ。

パク・ヨンハさんが演ずるサンヒョクは、冬ソナにとってきわめて重要な人物で、代役ということはありえない。また、別物語が生まれたとしても、たえず原物語が参照されることが前提となるから、そこに出てくる人物(キャラクター)と同一性がなければ、物語のリアリティが失われる。例えば、あの山小屋でのゲーム遊びや放送部での活動、バレーボールのライバル意識など高校時代からディレクターとして山小屋での生放送を企画したりするラジオ局時代まで、その「伝説」を土台にして、新しく生まれる物語は成立するのだから、このときの役者がなくなれば、その代わりの役者でしのぐということは、この冬のソナタにかぎってないだろう。
 こうして、冬のソナタは不朽の物語として神話化していくことになる。

 「春のワルツ」以来、沈黙したままのユン監督はどうしたのだろう。結婚した話題以外はとんと情報がない。時々、北海道に現れると噂では聞くが真相は知らない。監督は今回の悲報をどんなふうに受け止めるのだろうか。

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by yamato-y | 2010-06-30 12:12 | 冬のソナタの秘密 | Comments(0)

こんな韓流じゃなくて

こんな韓流じゃなくて

昨夜から総合テレビで始まった韓流ドラマ「スポットライト」。第一回は特別に75分と破格の編成なので期待して視聴した。結果はがっかり。別にこんな韓流ドラマを見たいわけではない。韓国の有力な民放MBCドラマの傑作と聞いていたが、まったくお門違いの番組だった。

報道局社会部の女性記者の職業世界をリアルに描いた専門職ドラマということだが、要するにニュースのワイドショーで働く女性記者が成長していく物語。放送局には政治部と社会部の陰謀が渦巻き、そのなかで右往左往する「ジャーナリスト」の生き様を見せて行く仕掛けになっている。こういう現代風の女性の地位を尊重するということに主眼を置いた啓蒙的なドラマを、日本の韓流ファンが期待しているとは到底思えない。多くの韓流ファンはいささか失望したのではないだろうか。

主演は、「夏の香り」でいい感じだった、かつ映画「ラブストーリー」で好演したソン・イェジン。相手役は「チャングムの誓い」で人気を集めたチ・ジニと聞いたから、すごく期待したのだが、つまらない熱血ものでしかないと知り、落胆した。

嫌な言い方になるが、このドラマは数年前の日本の女性職業ドラマと同じパターン。いろいろな点で、日本のドラマの作りを真似ているのが見え見えなのだ。例えば、「湾岸署」の愚かな3人組を真似たような、放送局の幹部3人組とか。あるパターンが透けてみえる。

たしかに、ソン・イェジンはラブコメディの名手でうまいし、重くないし、かつチ・ジニは質朴にして都会派にイメージがあり、この二人の恋模様をと期待したのだが、まったくそうではない、ギョーカイ内幕もので、かつ格好を付けている分だけウザイ気がした。

ああ、やはりユンさんのラブストーリーが見たいなあ。どうも、ユンさんは結婚して幸せボケしているみたいで、なかなかドラマに乗り出そうとしていないみたいだけど。でも、やっぱり韓流本家のユンさんが出馬しないと、韓流の味がだんだん溶けていくのではないか。

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by YAMATO-Y | 2009-06-20 14:05 | 冬のソナタの秘密 | Comments(1)

物語を作ること

物語を作ること

小川洋子と河合隼雄の新刊『生きるとは、自分の物語をつくること』を読んで、またまた物語のことを考えている。

精神分析のなかで、患者は物語を作って治っていくという話を、河合がしている。患者は、自分という存在がなぜここにいて、どんな理由で病んでいるかということを語ることが患者の恢復につながるというようなことだろうか。この場合の物語とはストーリーのことを指すのか、それともナラティブという語り方を指すのだろうか。「物語論」というものの基本の部分に、まずこだわる。

人は小さいときから物語が好きで、なんども聞く。なんども物語をせがむ。オトナになってもミステリーを読み映画を見続けるのはなぜだ。これはどういうことだろう。
ヒリス・ミラーの「物語」をちょっと噛じる。物語を虚構と転じて、虚構とはアリストテレスのミメーシス(模倣)に該当するとミラーは言う。模倣が楽しいのはリズムをもち秩序だているからだ。さらに人は模倣を通じて学習するからだ。この2つの理由で、人間は物語をあくまでも求めていくというのだ。

たしかに、物語は一つのまとまりのある(秩序だった)ものだ。バラバラになっていたら面白くない。一寸法師の話に鬼が島やお菓子の家が出てきたら、理解しがたい。ある意図のもとのプロット(因果関係の要素)が集められているから、読者は物語を理解し楽しむのだ。
そして、その理解を通して人生の秘密を一つずつ学ぶのだ。
<もし、小説を読んでいなければ、恋をしていると気づくこともないだろう>

物語をなんども味わうのは、いろいろな役を演ずる役者の気持ちと似ているのかもしれない。いろいろな人生を体験(模倣)できる。自分をとりまく文化を学ぶことができる。

ミラーは反復しパターン化する物語は、人に安心を与え、リズムのある繰り返しは本源的な喜びを与えるという、ちょっと意外なことも指摘している。

なぜ、こんなことを考えているのか。明後日、2回目の「冬ソナセミナー」があり、そこでメロドラマ論を話すことになっているからだ。メロドラマも物語で、なぜこの形式を人は追い求めるのかということを考えようとしているのだ。

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by yamato-y | 2008-10-13 14:23 | 冬のソナタの秘密 | Comments(0)

ドラマの美意識

”内心の声”

昨夜も「冬のソナタ」を見た。10月から始める講座のために、再度見直しをし、ノートをとっている。
昨日見たのは17話「障害」。全巻20話の物語は終わりに近づいている。それぞれの立場やキャラクターが確立されていて、そのうえの葛藤だから、物語は人物たちの出入りだけでなく心理深い部分まで描かれる。
ユジンと異母兄弟であることを密かに知ったチュンサンは、ユジンを連れて海岸へ出掛ける。それを最後の思い出とするためだ。このとき、ドラマで初めて”内心の声”が使われる。
<ぼくは、ここで今彼女を手放そうとしている・・・>チュンサンの内心の声だ。
表面は彼女と海に来たことを喜んでみせるが、内心は違うという情景だ。私の記憶でいえば、この「冬のソナタ」で”内心の声”が使われるのはここともう一箇所しかないはずだ。最初、この場面を見たとき他の描き方と遊離しているので違和を感じた。さすがの名手ユン・ソクホでもこういう手法を選ばざるをえないのだと、ある意味で感心もした。

一般にドラマは対話としてのせりふはあっても、心のなかのつぶやきは表さずに、観客に胸の内を想像させるという手法をとる。むろん、モノローグつまり”内心の声”を最初から織り込んで作られるドラマはあることはある。倉本聡ドラマなどではよく使われる。だが、冬のソナタはそういう形式をとらずに内面を描いてきたのだが、この海辺のシーンではさすがに必要となったのだ。

もう一つの”内心の声”が使われるのは第20話「冬の終わり」だ。アメリカに去ったチュンサンとは別にユジンがパリへ旅立ったことを、たしかサンヒョクの声がボイスオーバーしたはずだ。これはサンヒョクの”内心の声”というより、物語の登場者が観客に報告をしているといった感じを与えた。それまで、そういう演出がなかったから、これも見たとき違和感をもった。

こうして考えてくると、恋愛ドラマといういわば心の物語にもかかわらず、冬のソナタは驚くほど禁欲的に対話だけで内面を描いていることに気づく。つまり、外見の遂行的せりふは語っても、心の内側は発言させなかったことに、制作者の美意識と力量を感じさせる。

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by yamato-y | 2008-08-27 12:11 | 冬のソナタの秘密 | Comments(0)

直感はまんざら・・・

直感はまんざら・・・

今年の3月に出版された『韓流の社会学~ファンダム、家族、異文化交流』(イ・ヒャンジン、岩波書店)はとても優れた冬ソナの研究書だ。いくつも教えられる点がある。著者のイ・ヒャンジンさんは李香鎮と書くそうだが、イギリスの大学の準教授で、2005年から7年にかけて立教大学へ客員として招かれている。本書はその時期に研究されたものをベースに書かれたものではないだろうか。

冬のソナタを支持した人たち、私の言葉でいえばソナチアンという人たちはどういう存在だったかを明らかにし、冬のソナタという物語の優れた叙事構造をほどいている。これまで、保守的な男性を中心に偏見をもたれてきたこのドラマを見事に解放している。その知見の一々はいずれまた紹介するとして、冬のソナタのファンから始まってぺ・ヨンジュンのファンダムを形成している人たちについての分析にちょっと耳を傾けたい。

その主体は60年代70年代に青春を送った女性たち、つまり私と同世代かやや年長の世代とイは見ている。AVや漫画、アニメ、といった男性と若者にしか対象にしない日本のコンテンツの隙間にいた層だ。メディアは「韓流おばさん」と揶揄した。
このおばさんの日々とは――毎日、ス―パーで買った惣菜ばかりを食卓に並べても、文句を言わずに食べてくれる夫、子供たちと遊ぼうとせず、電球一つ取り替えないうえ、休日には野球中継を見ながらごろごろしている夫。部屋にこもりきりの子供、など妻として母として与えられたジェンダー的役割をこなしてきた女性たち。それが韓流に出会うまでの身の上だった。ところが、韓流ドラマに出会って、”文化的覗き見”をしてからは、その日常からしたたかに脱却していく「サイバーノマド」となっていったと、イはみている。

このおばさんたちはこれといった政治的な意図ももたない存在だが、韓流という大衆文化を通じて、性や階級や国家という境界を大胆に崩した。この現象を無視したり揶揄したりするのではすまないのではないかと、イ・ヒャンジンは説いている。

これは、2004年に私が冬ソナ特番を制作するにあたって取材を重ねているときに感じたことだ。たかがテレビドラマのファンというふうにソナチアンを見るのはミスリードになるのではないかと、私は周囲に語った。が、メディアの多くは当初タカをくくっていた。特に男性系メディアの新聞や保守的雑誌はこの現象を揶揄ばかりしていた。
そして、あれから4年。この書を手にして感慨をもつ。あのときの直感はまんざら外れてはいなかったのじゃないかと。

ところで、本書に私と高野悦子さんでコラボしたブックレットが参考文献として載っているのを見た時、この本によって教えられるところが多かった私としてはなんだか変な気がした。

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by yamato-y | 2008-08-21 11:19 | 冬のソナタの秘密 | Comments(0)

冬ソナの女性像①

オ・チェリン(パク・ソルミ)①

「ジェンダーで読む〈韓流〉文化の現在」という面白い本がある。2005年、つまり「冬のソナタ」が放送された翌年に城西国際大学のジェンダー・女性学研究所の主催で開かれたシンポジウムの報告が基調になっている本で、そのテーマは「冬のソナタ」である。

いくつも興味ある発言があるので、これから順に取り上げるつもりだが、まずこのドラマの女性の人物像にこだわった部分を引用し、考えてみたい。発言者は東京女学館大学の尾形明子教授。専門は日本近代文学だが、この「冬のソナタ」にはかなり入れこんだと思われる発言が続々と出てくる。

まず「冬ソナ」には八人の女性が登場する。ユジン、チェリン、チンスク。この3人は高校の同級生。18歳の頃から10年後、その3年後が描かれる。つまり28歳、31歳の年齢の女性像が現われてくる。次ぎに、彼女等の母親世代、ユジンの母、チュンサンの母カン・ミヒ、サンヒョクの母と大体最初は40代でドラマの後半では50代になっているだろう。後の二人はユジンの妹ヒジンとユジンの会社の女上司チョンワさんだ。

この女性群で尾形さんはチェリンが好きだという。
まずチュンサンと出会ったときからあなたは私のことが好きでしょうと、背負ってる発言をすること自体が可愛いという。男の私から見ると、可愛いというより偉そうでウザイ女だと思うが、女性から見れば可愛いらしい。このチェリンを尾形さんは以下のように読み取る。そのイメージの膨らまし方は実に細かい。私も無意識に感じていたことを、尾形さんはしっかり顕在化してくれるので、拝聴したい。

《(チェリンは)おそらくは家も裕福で、美人で、頭もよくて。何しろ若いのにパリから帰ってくると自分でブティックを持って、バリバリ仕事をしているのですから、大変に才能があります。おそらくデザイナーとしてだけでなくて、経営者としても、実務家としてもすごい能力があるんだと思います。だってもしかしたらミニョンがチュンサンじゃないかと思ったときに、彼女は真っ先に興信所を使いますよね。そして、ちゃんときちっと調べ上げてしまう。》

尾形さんの洞察は深い。チェリンはきれいなだけでなく頭のいい娘なのだ。おそらくユジンに次いでクラスで2番目に成績のいい女子生徒だろう。1番のユジンに対してもあからさまなライバル意識をもっている。
実は、このドラマを見始めた頃、このチェリンが相当意地悪で恋仲の二人にいろいろあくどい嫌がらせを続けてゆく人物だと思った。ところが、10話あたりから彼女の犯す意地悪は減っていったのだ。サンヒョクがいつまでも二人にとって重荷になったのに比べて、チェリンはかなり早くに三角関係を諦めるのは意外だった。
尾形さんもチェリンは善意なのに、ユジンに比べられて損な役回りだと指摘している。ミニョン(チュンサン)を大事に思っているのに、その恋人が取られそうになれば、不安になりチェリン的行動をとるのは当然ではないかと、尾形さんはチェリンのカタを持つ。

そのチェリンが酔っ払って泣きながら叫ぶ場面は心に残る。「彼の心の中には私の居場所はどこにもないの。もうユジンの場所だけなの。なぜ私が好きな人は私を必要としてくれないの。なぜそばにいられないの」

こういう苦しみをかかえていることに、主役の二人は気がつかない。その鈍感ぶりを尾形さんは苛立つ。「幸福な恋人たちというのは、いつも大変鈍くて、これはもう二人の世界だけを信じていますから、痛みは感じながらも本当に鈍いですね。」(尾形)

ユン監督は、このチェリンの酔った場面で実に素晴らしい演技を彼女は見せてくれたと絶賛した。→続く。

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by yamato-y | 2008-07-02 14:07 | 冬のソナタの秘密 | Comments(0)

ぺ氏、来局

ぺ氏、来局

内田さんのお葬式から戻ると、同僚たちが「行かなくていいの」と口々に聞く。
なんのことかと尋ねると、ぺ・ヨンジュン氏が本日番組に出演するために来局するから、前回の彼の番組を作った私が参加しなくていいのかというのだ。

「素顔のぺ・ヨンジュン」という、冬のソナタキャンペーンの特番は私が制作した。
だが、今回は新しい時代劇のキャンペーンで、そこには私は関係していないから、お声はかからない。ただそれだけだ。

昼下がり、局へ行くと、正面玄関も西口玄関もおおぜいの中年婦人で溢れていた。
あれから3年以上経つのに、ぺ・ヨンジュン人気は依然すごい。

ソウルのホンさんからメールが入った。4年前に二人でぺさんの番組を作ったとき、関係者の整理番号をつけたが、そのとき私が1番で、ホンさんが60番だったということを思い出したと伝えてきた。
懐かしいと、私も返事をすると、今日はユン・ソクホさんの誕生日ですよと教えてくれた。


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by yamato-y | 2008-06-04 17:33 | 冬のソナタの秘密 | Comments(0)


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