定年再出発  


懐かしい空
by yamato-y
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カテゴリ:ブロギニストのDJ( 243 )

やっぱり、こんな人もいる

やっぱり、こんな人もいる

ハイデガー問題というのがある。
ドイツの哲学者、マルティン・ハイデガーの生き方の問題だ。
彼は20世紀最大の哲学者と評価される一方、その生き方は実に狡すっからい。
時勢の流れるまま、カトリックからプロテスタントへ、神学から哲学へ、と宗旨を変えている。そればかりか、ナチスが台頭してきたときに、彼を引っ張ってくれた師匠であるフッサールがユダヤ人であったということで白眼視され冷遇されたときも、彼は知らぬ顔の半兵衛をきめこむ。失意のなか、フッサールが1938年に死去したときも、ハイデガーは弔問にも訪れない。

一番問題になるのが、彼はナチスの党員となって突撃隊にその存在意義を鼓舞までしたことだ。
ナチスの引きもあったのだろう、やがて、フライブルク大学の学長までなる。そして、時の権力に阿(おもね)る、いや自ら先頭に立って、ドイツナショナリズムを吹聴しまくるのだ。「闘う学長」とまで呼ばれる。

戦争が終わって、ナチの犯罪が次々に暴かれても、彼は言い逃れをして生き抜いていく。
しぶとい。

これほど、悪行を重ねていても恬として恥じず、自然死を得るのだ。しかも、西洋哲学の最大のアポリア存在論に大きな貢献をしたと評価までされる。
なんだか理屈に合わない気がしてならない。正義はきっと勝つ、などとは言わないが、悪い人でもそれなりのポジションが与えられるというのはなかなか承服しにくい。

そのうえ、私生活においてもフシギな生き方をするのも、私はハイデガー問題として付け加えたいのだが。彼がマールブルグ大学で助教授を勤めていたときに、ユダヤの美少女(当時18歳)ハンナ・アーレントと出会う。そして不倫の関係に陥る。

関係が破局をむかえ、アーレントはアメリカに亡命して、ナチと戦うことになる。
戦後、二人が再会したときも、ハイデガーはナチとの関係を弁明すると、あの賢明にしてフリッパントな(蓮っ葉な)アーレントがその話を信じたという。そして、彼女はこうまで言った。
「嫌いな人の真実よりも、好きな人のうそがいい」

どういうことだろう。世の中には分からないことがたくさんあるものだ。こんな人格をぜひ藤沢周平の世界に投入させたい。悪い男の魅力みたいなものを描いてほしいな。
でも、私としては、最後はベビーフェースがヒールをやっつけるという新日本プロレスパターンにはしてほしいのだが。

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by yamato-y | 2008-04-16 13:53 | ブロギニストのDJ | Comments(0)

雪解の風

雪解の風

新しい光に満ちあふれている。
冬の朝の光は本当に粒が大きい。この光が雪に反射してさらにまぶしいものとなっている。
野面を微風が吹いている。穏やかな風だ。雪解(ゆきげ)の風とでもいいたい。

米原を出ると進行方向の右に冠雪した伊吹山が見える。列車はまっすぐ山に向かいふもとで右にカーブを切る。右にあった伊吹が左側に現れる。一瞬くらりとする感覚。
伊吹山山頂付近は雪で真っ白だ。神々しいばかりの白さだ。

先日知ったのだが、世界の降雪記録はこの伊吹山で作られたとか。一方、線路の反対側には鈴鹿山系が連なっている。こちらには雪化粧した山は少ない。遠くの山々が青く霞んでいる。濃尾平野を流れる小川も水をきらきらさせている。水光る、早春の季語だ。

つくづく人間は自然の中で生きていると実感する。句集を読んでいるときも読んでいる自分を取り巻く季節の句がいちばん実感することが多い。無意識に人間は季節を会得しているということを俳句を読むことで再認識させられる。

長良川、木曽川の水量が増している。雪解けによる増水なのだろう。左側の車窓遠くにうっすらと飛騨の山並みが見えている。山間の高山には学生時代の友人が住んでいることを思い出した。彼も今年定年をむかえると賀状に記していた。
ひかりは東へ。

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by yamato-y | 2008-02-21 15:52 | ブロギニストのDJ | Comments(0)

24と乱歩

24と乱歩

 2つの作品を掛け持ちして読書、観覧している。江戸川乱歩の『孤島の鬼』とキーファー・サザーランドの「24・トェンティフォー」だ。読み始めたり見始めたりしたら止まらなくなった。

24は、アメリカの連邦機関であるCTUロサンゼルス支局の捜査官ジャック・バウアーがテロリストと戦うサスペンスアクションドラマ。シリーズをシーズンと呼び1シーズン25話ほどある。
今回見たのはシーズン5。元大統領のパーマーがテロリストによって暗殺されることから話は始まる。濡れ衣を着せられたバウアーは逃亡しつつ、その犯人を同僚たちの助力を得て追い詰めてゆくというストーリーだ。ある日の午前7時から翌朝の7時までの24時間に、元大統領暗殺・空港占拠・神経ガス散布テロ・ロシア大統領襲撃・潜水艦強奪が矢継ぎ早に起こる。さまざまな出来事が輻輳ししかも劇的に展開をする。テンポが早く飽きさせない。というか、ぐいぐい引きずりこまれる。

このドラマは9・11の後作られてテロとの闘いがリアルだということもあって、世界中で人気を集めた。私も以前シーズン1を見たことがあるが、あまりにアメリカ中心主義の発想についていけずそれ以上は見なかった。

ところが、最近、知人がシーズン4とシーズン5のDVDをごそっと貸してくれた。10日ほど放置していたが木曜日の深夜なにげなく見始めたら止まらなくなった。おかげでここ2,3日明け方まで見ることになり睡眠不足が続いている。

もう一つの「孤島の鬼」も水曜日あたりから佳境に入った。東京で起きた殺人事件のなぞを解く鍵が和歌山の孤島にあることとなり、舞台がそちらへ移りおどろおどろしいことが続々起こる。乱歩の怪奇の世界が想像をぐいぐい広げる。こちらのほうは、電車で移動する車内とか喫茶店でコーヒーを飲みながらということでページを繰っている。

 こんなことにのめり込んでいる自分にいささか飽きれている。何をやってんだろうと自嘲しても、目と耳は続きを要求し、私はそこから今離れられない。

日曜日の昼前、24は見終えた。だが、この結末の24話めでまた次ぎの問題が発生し、こちらの好奇心を引っ張る。よく考えたら、シーズン4も知人がいっしょに貸してくれたので手元にある。それを今から見ようか迷う。おそらく、始めたら今夜も遅くまではまることになろう。
一方。「孤島の鬼」も2段組み200ページの190ページまで来た。まもなく読了する予定だ。
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by yamato-y | 2007-12-16 13:02 | ブロギニストのDJ | Comments(1)

鷹ひとつ

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鷹ひとつ

土曜日、伊良湖岬に出かけた。
夜7時から、名古屋大須劇場の元関係者に取材することになり、昼間の予定が空いたので芭蕉の故事が残る伊良湖へ行ってみようと思い立った。大阪から豊橋まで新幹線で行き、11時32分発の豊橋鉄道に乗った。終点は三河田原だ。単線ののんびりした電車だが乗客は多い。沿線は意外に都会化されている。

田原に着いて、駅に「歴史の街」と書かれてあるのを見て、ここは渡辺崋山の出身地であることを思い出した。小藩ながら古い文化を持った町らしい。市内見物している時間はないのですぐにバスに乗り継いだ。ここから伊良湖岬までおよそ40分のバスの旅だ。駅を出発したときは30人ほど客が乗っていたが、福江、保美(ほび)を過ぎると私一人となる。バス進行右に青い三河湾が広がってきた。ほとんど、「岬めぐり」の世界だ。

♪あなたがいつか 教えてくれた 岬をぼくは一人で訪ねて来た
二人で行くと 約束したが 今ではそれも叶わないこと
岬めぐりのバスは走る 窓に広がる青い海よ
悲しみ深く 胸に沈めたら この旅を終えて 町に帰ろう

伊良湖岬の手前に保美がある。ここへ芭蕉の愛弟子杜国が流されていた。
名古屋で米穀商を営む富裕な商人だった杜国は蕉門の有力なメンバーで、芭蕉はその才能を愛した。ところが空米を売った咎で名古屋を追放されこの保美に配流されたのだ。なかなかの美貌で商才もあった杜国は名古屋の米商人仲間の嫉妬をかって陥れられたらしい。ええしのボンボンが片田舎へ流された。豊橋からだけでもかなり離れていて僻地と言わざるをえない。それを芭蕉がわざわざ遠回りして訪ねてきたのだ。1687年(貞亨四年)11月のことだ。その経緯が紀行文「笈の小文」に記されている。

芭蕉は故郷伊賀上野に帰る途中、その杜国を保美に訪ねたのだ。今回、現地を歩いて分かったが、幹道からそれてかなりの距離を芭蕉は歩いたことになる。それほどまでに会いたい人物であったのだと推察せざるをえない。たしか、翌年、今度は杜国が伊勢に帰っていた芭蕉を追いかけて行って、そのとき二人は一緒に紀州、大和まで旅をして「笈の小文」を書き上げているはずだ。謹慎の身でありながら脱け出して旅をする。それだけでも重罪を犯すことになるのに、そういう境遇を面白がって芭蕉は杜国を万菊丸と童名で呼んで道連れにしているのだから、愛情は相当深い。

このエピソードや伊賀上野の主君との関係を含めて、芭蕉ゲイ説が浮上する所以だ。だが、これはホモエロスであってホモセクシャルではないのではないか。友情以上、愛情未満といった具合だ。いずれにしろ、可愛い弟子のために芭蕉は配流先まで出向いたのだ。そこでの再会がどれほど互いに感動したことか。そのときのことを芭蕉は句にしている。
鷹ひとつ見つけてうれし伊良湖崎

この伊良湖では鷹が海を隔てた渥美半島へ渡ってゆくということは知られていた。その鷹がいたという喜び。むろん、これは真正の鷹ではなく、貴重な鷹としての杜国。この二人が楽しんだ旅から2年後、杜国は30歳の若さで死んだ。

実際に、伊良湖の岬に立ってみると、あまりに味気ない風景なので落胆した。ドライブインの「道の駅」がでんと建っていて、その前の港には伊勢志摩行きの大きなフェリーが停泊していた。銀色の無粋な風車がガラガラ回っている。対岸には火力発電所の煙突がもくもく煙を上げている。観光客はメロンや海老ソースせんべいを買いあさっている。誰もこの海が美しい句で詠まれていることなど気にかけていない。伊良湖岬灯台まで行く気を失い、近くの砂浜に行って寝転んだ。風が強く波が荒い。島崎藤村の「椰子の実」はこの海から生まれた。

晴れてはいたが風が強く芯から冷えてくる。荒波を見ているうちに、来てよかったと思う。
頭上でピーヒョロと鳶が鳴く。振り仰ぐと、まるで芭蕉の「鷹」のように悠然と空を舞っていた。三島由紀夫の『潮騒』の舞台、神島が霞んでいた。
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by yamato-y | 2007-12-09 12:26 | ブロギニストのDJ | Comments(1)

悪党連鎖

24(トェンティ・フォー)

 ドラマ「24」のシーズン5を昨夜見た。ほんのちょっとのつもりがずるずると6時間。はまるというより引っ張られた。このドラマは、アメリカの連邦機関であるCTUロサンゼルス支局の捜査官ジャック・バウアーがテロリストと戦うサスペンスアクションだ。1話1時間の全24話で完結する仕掛けで、どんでんに次ぐどんでん、スピード感のある演出で見る者を虜にすると評判の作品だ。
2001年にアメリカで放送が開始され大評判となった。9・11のアメリカ同時多発テロ以降のアメリカ人の気分と合致したのだろう。「テロとの戦い」を、リアルに描いた作品として高い評価をうけるにいたった。

シーズン5の内容は。捜査官のバウアーは追われる立場となり潜伏することとなった。ある日、彼が慕っていた元大統領のパーマーがテロリストによって狙撃され死亡。暗殺されたのだ。彼はある陰謀について知っていたため消されたようだ。ロシアをめぐるテロ計画が潜んでいたのだ。元大統領暗殺・空港占拠・神経ガス散布テロ・ロシア大統領襲撃と、テロリストの残酷な攻撃が波状的に続く。

 テロリストの正体はロシアから独立を願うものたち、これはチェチェンゲリラを彷彿とさせる。彼らはロシアの圧制に抗して、自爆テロも辞さない決意で神経ガス攻撃を開始するのであった。(ロシアで行う予定のガス攻撃が事前に発覚したため、アメリカで急遽行うことになったのだ。)
テロリストたちはアメリカの市民の犠牲も厭わない冷酷な男たちとして描かれる。しかも黒幕はより悪辣になって次々に登場するのだ。現場のチーフは悪徳業者を殺し、そのチーフはさらに上位のものから見捨てられ、その上位はさらに冷酷な組織の長によって殺される。悪党が次々により冷酷さを備えて登場し、残酷な存在を強調する。どこまで続く残酷人間、悪党の連鎖か。
これって、昔見た東映時代劇の悪党連鎖のようだ。悪いチンピラの兄貴分が吉田義夫、その親分が進藤英太郎、それと共謀する悪代官が山形勲。その上位にあって一番の悪が、家老の月形竜之介という、あの流れだ。

 が、しかし、テロリストがそんなに冷酷無残な男たちなのか。彼らは非人間的で、一分の大義ももたない者たちなのだろうか。ドラマの中でも語っているように、ロシアの残酷さと同じような残酷さをロシア人たちにも味わわさせるために、テロを敢行するという「愛国者」の側面をまったく捨象する。これは、ナチに立ち向かうパルチザンたちのようにも見えると言ったら言いすぎなのだろうか。テロリストというレッテルを貼って描かれるその人物像の一面化に、違和を感じた。

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by yamato-y | 2007-12-03 15:10 | ブロギニストのDJ | Comments(0)

岡目八目

「点と線」

この連休中に見たテレビ番組は「点と線」だけしかない。読むべきミステリが多かったせいもあるが、どこの局のドラマも見る気がしなかった。「しゃばけ」にしても「海峡」にしても最初の10分でため息をついてしまうようなものだった。

「点と線」は昭和30年代ブームにあやかり、CGで時代再現をという魂胆にはあまりのれないが、原作がしっかりしていること、ぜいたくな配役、テレビドラマの名手石橋冠が手がけている、などがあいまって作品の「質」が高いと冒頭から思わせた。この作品の脚本も竹山洋だ、彼は最近藤沢周平作品でよく目にする名前だ。

過去の物語というだけでなく現代につなぐという意味で主人公の娘と若い刑事の40年後から始まり、終結もそうしているが、これはうまくいっていない。宇津井健、池内淳子などという大物がそれを演じれば、その若い時代の役者がかすんでしまう。「タイタニック」のように老人役は知られていない人選にすべきではなかったか。シナリオもオリジナルの味をせばめていた。

主役二人、ビートたけしと高橋克典。高橋はよかったがたけしは息切れ気味だった。長い台詞が続かない。存在感だけでもたせている。映画のように細かいカットで重ねていくならともかく、テレビの長い芝居であればうまい橋爪功のような役者と比するとその差が歴然とする。たけしは伴淳にはなれない。老刑事を演じた「砂の器」の丹波哲郎と比べればさらにはっきりする。娘役の内山理名はよかった。博多女のさっぱりして情のある娘が清清しかった。

ワキの役者は久しぶりにうまい人がそろっていた。橋爪功にしろ市原悦子にしろ達者だ。樹木希林、平泉成、でんでん、深水三章、斉藤洋介らは安心する配役だ。伊佐山ひろ子はいいなあ。意外に良かったのが坂口良子だ。あのアイドルがこんな芝居ができるようになったのだ。
かたせ梨乃の扱いなどはもったいない気がした。彼女にこんな役をふるほどぜいたくなキャスティングなのだとあらためて思う。

だが悪役がつまらない。江守徹では政治家にならない、魚市場の大将だ。役つくりが平坦だと思わせたのが官僚たちだ。事務次官の竹中直人、局長の本田博太郎、課長補佐の大鶴義丹らだ。利権にたかる人間らの卑しさがステレオタイプ化している。竹中のパターンは勘弁してほしい。ここが現代の防衛省疑獄を彷彿とさせる肝のはずなのに。大鶴はむしろ主役の若い刑事に置くべきではなかったか。

よかったのはCGだ。かなり成功していた。駅頭の場面などは納得できる。だが、最小限にしてほしい。もっと人間ドラマに踏みこんでほしいものだ。犯人の夫婦の情愛などは通り一遍の気がした。柳葉敏郎は悪さが出ない。かつて演じた山形勲は傲岸不遜を絵に描いたような本当に嫌な奴だった。

久しぶりに語りを入れたドラマを見たが、相変わらず石坂浩二はうまい。しっかり物語にからみつく。この名手をシナリオは生かしきれてなかった。特に前編は最初に用いられただけで後半ほとんどない。だったら、ナレーションを削って字幕で処理すればいいのにと思ったが、後編でやや持ち直していたので、これをやりたかったのかと思った。

二夜連続で見るほどトータルではこの作品を気にいっているが、不満がいくつも出るのは、おそらくあの名作映画が頭にあるからだろう。30年以上前に制作された東映映画「点と線」だ。これはすばらしかった。主役の南広の青臭さ、山形勲のふてぶてしさ、高峰三枝子の妖しげなはかなさ、が頭にこびりついているのだろう。

リメイクというのは大変だ。過去の幻影とも闘わなければいけないのだから。この秋、黒澤明のリメイクものが次々に出てくるが、私は期待しない。そういう作品に比べれば、「点と線」はかなりハイレベルであることは認めるのだが、どこか歯がゆい。坂田晃一の音楽はあの時代を思わせてさすがだと思った。

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by yamato-y | 2007-11-26 12:50 | ブロギニストのDJ | Comments(0)

広い荒野にぽつんといるようで

広い荒野にぽつんといるようで

 ぐずついた天気が続いているが、冬の初めに降る雨は嫌いじゃない。シベリア降しの寒気を少しふくんだ冷たい雨が町を拭き清めてくれる気がするのだ。

「続3丁目の夕日」を見ていてやっぱり戦後生まれには分からないんだなあと思ったのは鈴木オートの社長(堤真一)が戦友会に行って酔いつぶれるシーンだ。彼のいた部隊はかなりの戦死者を出しているらしい。可愛がった兵も犠牲になったと社長は知っているから戦友会に行く気がしない。だが、家族からおされて出席したところ亡くなったと思われたその兵と再会する。そして、さんざん酔ったあげく家にその人物を連れて来て無事であったことを祝して杯を交わすのであった。

翌朝、その兵は社長の幻であったと知り憮然とする社長。このエピソードはビッグコミックスの原作にもあったから、山崎監督が頓珍漢で描いているわけではない。が、どうも戦争体験者の悲哀が薄い、というか嘘くさいのだ。

同じようなエピソードで作家志望の茶川は母校東大の同窓会に出席しようとするが、同級生の中傷に傷ついて帰って来るというのがある。これもわざとらしいが、芝居自体には納得できる。だが、戦友会の悲しみは雰囲気だけであって実体が捉えられていないと、戦後生まれの私ですら思う。

小津安次郎の「秋刀魚の味」だったか。笠智衆が戦友の加東大介に会ってバーに連れていかれる。そこで加東はいつものやつをかけてと言うと軍艦マーチがかかる。それに会わせて号令をかけ敬礼をする。バーの女給岸田今日子も敬礼をしている。思わず笠も敬礼する、という場面。なんともいえない悲しみがあふれてくる。

亡父も戦友会というといそいそ出かけた。どんな会であったか聞いたこともない。戦地の体験もほとんど語らないまま10年前に死んだ。今、戦争体験者が次々に物故して戦友会もほとんど解散していく。と同時に、その組織によって暗黙に縛られていたことから解放さて、戦争体験がかなり語られるようになったと聞く。
今夏、放送されたシリーズ「兵士の証言」というドキュメントもそういう時代背景があって出来たのかもしれない。すぐれたジャーナリスティックセンスといいたい。

 さて、「3丁目の夕日」の元兵士の悲しみの弱さ薄さは何に由来するのだろうか。もし私がメガホンをとっても同じことになるのじゃないか。
酒を飲んで酔っても、ますます冷えてゆく心。余計に奮いたたそうと思って杯を重ねさらに冷え冷えとしてゆく宴会。というようなものではないのだろうか。

私が小学校低学年の頃金ケ崎城址で見た、花見の宴会はそういう凄絶なものがあった。あのときは酔っ払いが怖いとしか思わなかったが、今考えて見ると戦争から帰ってきた大人たちのすさまじいばかりの泥酔だったのだ。こういう光景を目にすることが減ってゆくと、沖縄集団自決記事削除のようなことが起こるのか。

・・冷たい雨が降る朝にひとりで江梨子は死んでしまった、という橋幸夫の歌があったな。

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by yamato-y | 2007-11-11 08:14 | ブロギニストのDJ | Comments(0)

映画は難しい(作るのが)

映画は難しい(作るのが)

昨夜、銀座で「続・3丁目の夕日」を見た。前作が面白かったし、CGの出来のすばらしさにも感動した。原作のコミックスとは設定キャラクターは同じだが、物語は作家茶川竜之介を中心にした映画独自のものとして作ってあった。特に、茶川と踊り子の恋話は原作にもちらっとあったかもしれないが映画ではかなりの部分を占めていた。

その恋話は前作では完結しないままだったから続編を作ったと聞いて、なるほど話は続くのねと納得した。だから続きを見たいと思っていたので、昨夜仕事を終えて銀座マリオンの前を通ると最終の興行が始まるところだったので思わず館に飛び込んだ。

 映画はよく出来ていたが前作の感動や味わいが少なかった。少し話を増やしすぎたかな。鈴木オートに、高慢なハトコがやってくる。六ちゃんのボーイフレンドは不良になる。お母さんのトモエさんには昔の恋人と再会する。社長は戦友会に行って幻と会う。踊り子には大阪の遊び人が言い寄る。踊り子の先輩で訳ありの女が世話をやく。等など。

もともと、エピソードの積み重ねのドラマだからグランドストーリーで勝負しないというのは分かるがやや散漫なのだ。ネタが多すぎてキャラクターそれぞれに思い入れが深まらない。前作でよかったアクマ先生(三浦友和)はぱっとしなかった。踊り子(小雪)は大女のぞろりとした感じが目につき、はすっぱで気のいい女を演じきっていない。影ばかり強調された。茶川(吉岡秀隆)はうまいけど、やりすぎか。鈴木社長(堤真一)も同じ印象。大阪の旦那は関西弁がなっていない。この点が一番問題だ。こういうことを蔑ろにするとドラマの緊密性が途切れる。

勿体無いなあと思ったのは映画館のシーンだ。六ちゃんの休日、おめかしをして出かけたのが映画館。映画全盛の時代だ。人気者裕次郎演じる「嵐を呼ぶ男」が劇場にかかっている。それを興奮して見る、という前作のプロレス観戦と同じ「処理」をしている。それあないだろう。あれだけ大勢のエキストラを狩り出しているのなら、そこでエピソードの一つも作ればいいのに・・・。

カットのつなぎは明らかに映画でなくテレビの手法だった。それが悪いわけではないが、もし第3作を作るのなら、他のスタッフは残しても監督は変えたほうがいい。もはや、彼は自分がどうしていいか分からなくなっている。彼自身も苦しいだろう。他のメンバーをそのまま残して、新しい監督で臨むべきか。うそ臭い設定なのに感動する「父と暮らせば」の黒木和雄の思いを注入すればいい映画になると思うけどなあ。

配役でいいのは薬師丸博子、堀北真希、子役の一平。まずいのはうまい子役淳之介が体が大きくなりすぎたことだ。もたいまさこのばあさんもわざとすぎる。ピエールとかキム兄とか温水とかあまりにねらいすぎ。もっと普通のそれなりの役者でいいと思うけど。山崎監督ははっきり言って小技に走りすぎ。

映画が終わってエンドロールを見ていたら、一昨日会った少年サンデーの元編集長の名前が出てきて、俄然親近感が湧いた。

ごちゃごちゃ書いたけど、見たほうがいいと思う。金返せという気にはならない。これだけなら悪くはなかったのだろうが、前作があまりに良すぎた。

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by yamato-y | 2007-11-10 20:38 | ブロギニストのDJ | Comments(0)

一息いれる

一息いれる

今日、無事にボイスオーバーも収録しほぼ出来あがった。
明日で完成をむかえる。この四ヶ月半きつい仕事だった。なにより久しぶりのディレクターは正直体にこたえた。取材、撮影もそうだが編集がきつかった。深夜12時を越えての作業が3日続くと体がへたばった。

どれほどきつかったかは、編集のカット数を見て分かる。ふだんの3倍あった。もともと番組の枠は90分という長丁場なのに、さらに細かい編集を加えたから途方もないカット数にのぼったのだ。

だが、番組はいいものが出来たと感じている。90分、オタク系カルチャーがてんこ盛りだ。間然することなく番組はいっきに進む。キャスティングも成功した。Oプロデューサーの能力(ちから)だ。まず、キャスターに小山薫堂さんと栗山千明さんを配置したのは正解だった。二人ともこういう番組の司会ははじめてという初々しさに、芯からSFカルチャーが好きだということでコメントに嘘や飾りがない。見た目もいかにも若手作家然としたおしゃれな薫堂氏に対して、番組で特注した「キルビルスーツ」姿の千明さんは華やかでかつアンドロイド風であった。この二人が、小松左京、筒井康隆という巨匠たちとからむのだ。少し種明かしをすると、千明女史はフシギな存在なので、突然消えたり現われたり、空中からカメラを取り出すという仕掛けが入っている。

番組の中で登場する映像だけでも、「鉄腕アトム」「ウルトラQ」「スーパージェッター」「エイトマン」「タイムトラベラー」「なぞの転校生」など過去の名作の数々。そして、SF作家たちの若き日の映像や録音まで。とにかく盛りだくさんなのだ。

そして、番組全体の語りは加賀美幸子さん。普段の加賀美さんとは一味違うシャキシャキしたナレーションと栗山女史のフシギな存在が予想した以上に好い味となっている。と、私は1人で悦にいっている。
今、スポットで番組の予告が流れ始めている。5分の短いものだが、Oプロデューサーが渾身をこめて作った作品だ。

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by yamato-y | 2007-10-12 23:41 | ブロギニストのDJ | Comments(0)

コミュニケーション不全

コミュニケーション不全

目黒駅前のドトールでコーヒーを飲んでいて、隣の三人の女性たちの会話につい聞き入ってしまった。

50年輩の女性は近所の男性の話題を始めた。どうやら、碑文谷の御屋敷町に住んでいるようだ。彼女は20年前にその町に引っ越してきたとき、隣家とトラブルがあったと、他の30代の二人の女性に訴える。大きな門構えの家に引きこもっている男性がいて、この人物が顔を合わせるたびに「ここから即刻出て行け!」と怒鳴るのだ。ほとほと嫌気がさした。その男は当時30代後半で定職にもつかず家でぶらぶらしていた。慶応を出て作家志望という話だったが、ぱっとしない男だったわと、50の主婦は語る。あの当時偏屈な奴と思ったけど、今考えると引きこもりだったのねと、振り返る。「で、どうなったの?」と若い女性が尋ねると、「その後大きなマンションが建って、その男はもう出てこなくなった」という。「よかったわね」と相槌をうつ30代。

本当によかったのか。その男はさらに追い詰められた気持ちになっているのじゃないだろうか、と私は詮索したくなる。

すると、30代女性が突然告白を始めた。「私の弟が家を出て行かないの」彼女は結婚して子供も一人いるのだが、実家に両親といっしょに住んでいる弟についてこぼしはじめた。
「弟は37、私と年子なの。この20年家からほとんど出ず両親も困っているのよ。」
50女性が聞く。「仕事はしていないの」「大学を中退してからずっと家にいるの」「ご飯のときだけ出てくるのだけど」「一日中、どうやらテレビを見ているみたい」
もう一人の30女性が聞く。「友達とかいないの。どこか、旅に行くとかさ」
「ぜーん、ぜん。高校以来友達からの電話って一本もないのよ。年賀状だって一枚もない。」
他の女性たちは、もっと楽しさを教えてあげたらとアドバイスする。「カラオケなんかへ連れ出したら」。それを聞いて30女性は口をとがらす。「行っても歌う歌がないと言って先に帰るのよ。歌えないということで自分のプライドがすごく傷つけられた言い方をするの」
そして、こう言い放つ。「私の弟じゃなかったら、あんな男とは口をききたくないわよ。」

そのあと、弟の諸行について“姉”はぐずぐず暴き立てた。彼女の気持ちは分からないでもないが、そこまで貶めることはあるまいと、次第に私はその弟のカタをもちたくなった。

結局、三人の女性たちは最近の男はコミュニケーションの不全した者が多いということを結論づけた。最後まで、聞いていた私としては納得できなかった。そんな簡単に括るなよと言いたいが、かといってどうしていいか見当もつかない。

唐突だが、こういう人生を送っている人物が、「耳をすませば」のような物語を見たら泣きたくなるだろうなあと、思った。

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今日のツヴァイク道、藤の花が盛りだった。
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by yamato-y | 2007-04-21 19:36 | ブロギニストのDJ | Comments(1)


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