定年再出発  


懐かしい空
by yamato-y
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文化マップ

図書館めぐり

毎日が日曜日の人生。生き抜くことが難しいぞ。ここからが本当の人生の難所というか正念場だろう。

さて、毎日のスポーツジム通いはなんとか1年続いた。飽き性の自分にしては上出来だ。おかげで体重が4キロ減った。体が軽い。体調はここ数年で一番いい。それは有り難いが、むなしく健康というのも持て余すものだ。午後の時間の過ごし方が一番難しい。いろいろ齷齪したが、葉桜の時期に至って「悟る」ところがあった。

 現在住んでいるのはJR目黒駅から2分のアパート。ここからいかに徒歩で非日常の場に逃れることができるか。

まず試みたのが、家から歩いて行ける文化シェルターを確保することだ。てっとり早く図書館を探すことにした。
前から利用していた目黒川沿いの目黒中央図書館はまず定番。それ以外に2カ所見つけた。ひとつは広尾有栖川公園のなかにある東京都立中央図書館。ここは環境が抜群にいい。家から歩いても25分で到着する。おまけに蔵書の数が半端でない。稀覯本もたくさんあって、利用しやすい。
 ふたつめは、渋谷金王神社そば、実践女子大学附属高校裏の渋谷区立図書館。ここはこじんまりとしていて、利用者も多くなく居心地がいい。居眠りしても叱られない。

 今上げた図書館はいずれも月曜日は休館となる。すると行き場がない。そこへ吉報が入った。週に一度通っているM大学の図書館だ。ここは月曜は開館している。おまけに若者向けのサブカル本が多い。しめた!

こうして目黒、渋谷、港の3つの区をまたにかけての図書館めぐりの体勢が出来上がったぞ。

 自然を楽しむなら、国立科学博物館附属の自然教育園が歩いて3分にあり、林試の森は30分、目黒川が10分、池田山公園が20分、目黒不動が20分。

こうして近隣のマップはじょじょに完成。これをどういうローテで回していくかが思案のしどころ。

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by yamato-y | 2017-04-20 21:53 | Comments(0)

苦しくて幸せで花の終わりに

朝方は雨もよい。冷えていた。ジムに向かうと、目黒川の水面ぜんたいに淡いピンクの花いかだ。
おそらく、今年一番の花の美しさだろう。

昼一番、神保町に出た。田舎の県人会が学士会館で行われていて、そこに知人が出席している。
その会が終わり次第、私と打ち合わせたいということで、会館のロビーですたんばい。

会場の様子がもれてくる。どうやら県人会の総会らしく、次年度の予定を報告している。昨年、実家を処分したこともあって、田舎への思いも半減いや消滅してしまった。

打ち合わせが終わって、古書店街をふらふら歩いた。「臨床哲学」という鷲田清一の面白そうな本を見つけたが、購入することをためらう。だって、もう本棚は処分して蔵書するようなスペースはないのだ。これ以上、ものを増やすのは止めようと年初に決意したじゃないか。

 会社のメールから個人のメールに変更したものの、通信が不安定で、きちんと情報が行き交いしているのかが分からない。
 今、一番困っているのは、PCで打ったデータをプリントする術がうまくいかないこと。どうやらデータをPDFにしないといけないらしい。だがマックのファイルではそれがうまくいかないのだ。

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by yamato-y | 2017-04-10 00:14 | Comments(0)

花ぐもり

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俳句
4/5 花ぐもり子らのおらびも猛きかな

故郷の図書館長から電話をもらった。「最近ブログを書いていませんね、お忙しいんですか」と問われて思わず「いやあ、暇で暇で。なにかやる気がすとんと消えまして」と返事した。あらためて余生なんて言葉を想起したりして。

そんな中で続けているのが早朝のスポーツジム通い。目黒川沿いの区民センターにいそいそと通っている。半年毎に筋肉痛になるが、懲りずに続けると筋肉がいや増すそうだ。その言を信じて今朝も行った。隣の児童館から今朝は荒い声が飛んでいた。思わず上記のような句を浮かべた。

午後になって陽が出てきたので再び区民センターにある図書館に行った。すると目黒新橋あたりは人の波。川沿いの桜並木を愛でようという観光客たちなのだ。大半が中国からのお客さんだ、喧しい声で分かる。兎に角スマホのカメラを操作するのに忙しい。花を見るより花を写すことに夢中だ。と言う私も、所持していたアイパッドのカメラ機能で1枚。
午後2時。いよいよ日差しは強くなり花も次々に開く。このぶんでは夕方には満開ではなかろうか。夜桜見物の客がまた増えるだろう。なにせ、都内の桜 名所一番がこの目黒川なのだから。たしかに川面すれすれまで伸びた花枝は風情があるし、土手の桜トンネルも見事だ。来週の末まで花は、持つだろう。

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by yamato-y | 2017-04-06 21:03 | Comments(0)

卒業旅行

卒業旅行

 この14日(月)から昨日の17日まで、京大のS先生やN講師といっしょに長崎へ調査に行った。
御存知のように長崎は私にとって3番目の転勤の地。30年前に残した思い出がいまも沢山残っている忘れ難い
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地でもある。だが今回の調査はそのこととは半分しか関係しない。メインの目的は長崎港から19キロ沖合にある無人島「軍艦島」の観光資源の活用についてである。3泊4日の男3人旅、めっぽう楽しく愉快なものであった。詳細は別稿にして、この回は旅程がどんなふうに展開したかを詳らかにする。
1日目 朝8時過ぎ家を出て羽田に向かう。12時20分長崎空港着。関西空港から先着していたS、N両氏と合流。長崎市内に出て新地でさっそく皿うどんを食す。昼過ぎ浦上中央に向かう。爆心地公園、平和公園、原爆資料館の陳列展示の仕方を注意深く観察するS先生。このコースからやや逸して平和町の浦上天主堂に行く。ここにはかつて私が「スクープ」した被爆のマリア像が安置されているはずで、それを見てもらいたいと誘ったのだ。後で分かるのだが、「被爆のマリア」は祭壇の中にあったのだが、われわれは見つけることができず、玄関前の柱に置かれたレプリカしか現認しなかった。夕食は思案橋の中華料理店ですます。

 2日目。ホテルを9時に出立。大浦常盤埠頭に集合する。朝早いのにおおぜいの若者たちが押し寄せていた。今「軍艦島ツアー」はブームだそうだ。150人乗りの遊覧船で港外の端島(これが軍艦島の本名)に向かう。天気晴朗、温暖で、まことに恵まれた気象条件となった。波がほとんどなくスムーズに40分ほどで現地着。まず島の周りを舟でぐるりと観察。軍艦島というネーミングがぴたりの”美しいシルエット”。そして11時半に島に上陸。3つの現場を中心に島の様子を見つめる。最盛期には5300人が住んだという世界一人口密度の高かった軍艦島。そこには独特の島の慣習があったことを、78歳のガイドが伝える。彼は実際にこの島に住んでいたことがあるのだ。霊安室はあるが墓場はない。子供らの遊び場はすべてアパートの屋上。犯罪はないが喧嘩は絶えない。酒を飲んで人にからんで、一晩留置される「牢屋」はあった。などなど。現在の私らが目にするのは廃墟の瓦礫だが、もの言わないそれらが、何か昔を自慢しているかのように見えてくるのがフシギだった。島の会社は1891年に操業を開始して1974年まで続けた。日本の近代化に貢献したということで、この島は「世界遺産」に登録されている。

 3日目。10時にホテルを出て、出島周辺の唐人屋敷、孔子廟、出島ワーフなどを見学。
 ちんちん電車の赤迫行きに乗って浦上地区の住吉に向かう。ここは34年前私が住んだ町でもある。なつかしい住吉市場を抜けて山の麓まで行くと、駐車場の一角に住吉トンネル工場の遺構がきちんと整備されてあった。私のいた頃には防空壕が放置されてあったのだが。三菱兵器工場が、この壕のなかで魚雷を製造していたのだ。だが8月9日の原爆が炸裂した後は、けが人の救護所と変わって行く。それほど期待しないでこの場所に来たが、思いがけず長崎市がここを記憶の場としてきちんとイメージを壊さず、丁寧に保存していることを知ってすこし感動した。
昼食は先生の希望もあって、住吉市場のうどん屋で「五島うどん」のたぬきを食す。そのあと、私の住んでいたアパートが今もあるか見に行く。―まったく昔と変わらない姿で立っていた。
 そして再び長崎旧市内の中心部に戻る。諏訪神社のとなりの立山の裾にあった「長崎防空本部」の地下壕を現認するためである。実はこの壕は戦後長く閉鎖され、市民の記憶からもまったく消失していたものだ。「長崎原爆戦災誌」を読むと、浦上に原爆が落ちたとき、知事は県庁の近くにあった防空本部の地下壕にあって、そこから救出の指示を出したと記録してある。この壕がどこにあったのか私は気になった。ほとんどの人は知らなかったが、戦前警察勤務をしていた数人がこの立山地下壕の存在を私に教えた。では、その建造物を検分しようと立ち上がったが、敗戦後占領軍が到来する前にすべての重要な防空壕はトビラが閉鎖されセメントで塗り固められたため、内部をうかがうことができなかった。
 そこで私は関係部局に交渉を重ねて、ついに開扉の許可を得た。所在を知ってから半年は経過していたと記憶するが。私は建設会社の作業員と同じ防護服を着て、酸素マスクを装着して、そのオープンの場に立ち会った。内部は長い間真空だとすると酸素欠乏の可能性が高いという懸念から完全防備で臨んだのだ。このときのことはその一月後の「土曜リポート」で私が報告することになるのだが・・・。
 こうして私にとって忘れられない施設「長崎防空本部」は30年経った今どのようになっているか、とても気になった。ところが現場へ行ってみて驚いた。すばらしく整備された「原爆遺跡」として市がきちんと管理をしていた。私はS先生とN講師にちょっと得意げにこの施設の顛末を語るのだが、今考えるとずいぶん大人げない所業だ。いささかハズい。

 その夜、長崎最後の夜だということ、私の退職による卒業旅行であるということを口実に、長崎郊外の海辺の店「二見」で打ち上げをした。その席には30年前に交流のあった人たちも加わって、話はおおいに盛り上がった。

 4日目、最終日。午後3時の飛行機だということで、午前中ある人たちと会って対話することにした。長崎でもっとも有名なシスター姉妹である。現在は大学の総長である千鶴子先生と、学長の瑠美子先生。高齢のはずだがかくしゃくとして長崎ニューホテルのロビーに2人は姿を現した。10時半、約束の時間ぴったりだった。
 今年80の大台に乗ったという千鶴子先生は好奇心旺盛で、京都から来たS先生の研究テーマ「二十世紀学」のあれこれを次々に質問し、その答えにいちいち頷いておられた。2人のシスターの楽しげな表情に思わず、当方もなごんだ。
あっと言う間に12時半。名残惜しいがお別れして、大村の飛行場へと向かった。

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by yamato-y | 2017-02-18 16:25 | Comments(0)

人格者だった編集者

 マルさん

 夕方、東京新聞を読んでいた。3面の訃報記事で編集者の丸山昭さんの名前を見つけた。
番組で2度ほどお世話になっている人物だ。ひとつは赤塚不二夫の「全身漫画家」というETV特集、もうひとつはGTVの特集「ちばてつや、ありがとうトキワ荘のみんな」。
 ちばさんが事故で利き腕の右手に大きな怪我をおったとき、締切間際の原稿をかかえていて立ち往生した。そのとき漫画家たちの梁山泊だったトキワ荘に駆けこんで、助力を得たというエピソードを描いたのが「ありがとうトキワ荘のみんな」だった。このとき、ちばさんをトキワ荘に結び付けてくれたのが、当時少女雑誌「りぼん」の編集者だったマルさんこと丸山昭氏だった。この事件の顛末を丸山さんから語ってもらった。

 もうひとつの「全身漫画家」は赤塚の伝記で、彼のトキワ荘時代のエピソードを南長崎の跡地で語ってもらった。晩秋の寒い日だったが、マルさんは嫌な顔ひとつ見せず、赤塚の在りし日の思い出を楽しそうに語ってくれた。
後で、当時を知る漫画家たちに聞くと、人情熱いマルさんは誰からも信頼され慕われていたという。私が取材したときで70代後半だったから、かなりの高齢に達していたのだろう。訃報で享年を確認するのを失念していた。

たしか赤塚不二夫が高校生だった石ノ森章太郎と初めて手塚治虫を訪ねたときも、編集者として別室に控えていたマルさんが仲介の労を果たしてくれたと記憶するが。とにかくマルさんは世話好きで面倒見のいい編集者だった。さぞかし盛大な葬儀になるだろうと予測したが、訃音には親族だけの密葬とあって意外な気がした。

嗚呼、また昭和の漫画史を知る人材が消えた。彼らの声を残したいと20あまりの昭和漫画のドキュメントを制作してきたが、その意義をきちんと果たしただろうかと自戒の思いがこみあげる。皮切りとなる「大伴昌司の番組」が、後年奇禍と遭遇してから私のなかから情熱が失せたのも事実。だがマルさんのような情報通がいなくなったと聞けば、番組制作当時の取材ノートを引っ張り出して、記憶の断片をつなぎたくなるのも事実だ。

マルさんのご冥福を祈る。合掌。

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by yamato-y | 2017-02-08 21:50 | Comments(0)

忘れないうちに

出会ったこと

日曜日。広尾の山種美術館での「開館50周年特別展」がこの日で終わりと知って何がなんでも見ようと思った。この美術館の至宝がずらりと並べられていると聞いたから。
結果からいうと、村上華岳の「裸婦像」以外心に
響かなかった。竹内栖鳳や上村松園の絵はどうも今の私には馴染まない。華岳の作品は前から憧れていたもので、まさか今回出逢えると思っていなかったので感動もひとしおであった。

小雨が降っていたが、広尾から代官山まで歩き、ツタヤの映画コーナーを渉猟した。そこでビクトル・エリセの作品が気になった。彼の「 みつばちのささやき」もエル.スールも家にあるので久しぶりに見たいという気になった。
そして夜8時からミツバチを見た。
映像の深さを改めて思う。詳細はまた書くつもりだが、感動した2つの作品ー村上華岳とエリセのことをここにきざんでおきたい。

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by yamato-y | 2017-02-06 00:48 | Comments(0)

卒業後の初仕事を終えて

広島から帰って

2月2日の広島での講演は無事終えた。昨日帰路で凱晴の富士を見た。すっかり雪化粧した富士の峰は青空のなかにくっきりと建っていた。久しぶりに富士と向かい合う。大磯にいる頃はよく冬の富士を仰いだものだが、この2,3年はなかった。

帰りの新幹線では広島で得た思いを反芻していた。早逝したKさんのこと、庚午の消失した社宅のこと、広島市立大学の麗しいキャンパス、80分におよぶ津田投手へのオマージュ、紙屋町のふぐ屋、原爆資料館で感じたこと、太田川の豊かな水、そしていつもの旅より多かった忘れ物。

わずか4時間ほどの旅だが、品川に着いたときはほっこりしていた。夕方でまだ日はあったが居酒屋に寄る気も起らずまっすぐ目黒の家にもどった。焼酎のお湯割り一杯で疲れがどっと出たのか仮眠した。目が覚めると午後7時を回っていた。ああ少し老いたなと感じた。

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by yamato-y | 2017-02-04 08:11 | Comments(0)

2017年1月31日

寒風吹きすさぶ日

「荻窪風土記」で井伏鱒二が荻窪は風の荒い町と書いていたが、目黒も荒い。両方にすんだ私から見るとむしろ目黒の方が荒い。というのは河岸段丘の上に建っているので坂の上から吹いてくる風はきついのだ。今朝もジムに向かう朝8時半 、北風がビュンビュン吹き付けてきた。

いえの改造で本日は大工さんが入っていて居心地が良くない。はやばやと家を出て白金台の明治学院大学の講師控え室に来た。後期の授業の課題が解決できていないチームの成果物を受け取るためだ。学生たちはしっかり約束を守って「宿題」が事務方に届いていた。さあ、これから渋谷のオフィスに 向かう。本日で私の居場所が消滅するのだ。最後の挨拶回りに出掛けよう。
カメラは配備した。一応見馴れた風景だけは記録しておく。

そして8時半に半酩酊で帰還した。今日は良い日だった。
懐かしい人や親しかった人たちに短くサヨナラが言えた。おわかれの電話をくれた人もあった。長かった宮仕えも今日で終わると思うと少しむねに迫るものがあった。部屋でこのブログを打ちながらその余韻を味わっている。
主なき筆や鉛筆寒仕舞い

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by yamato-y | 2017-01-31 12:17 | Comments(0)

便所掃除

便所掃除

 本日から出勤することもなく実質の天下の素浪人生活だ。朝も7時半に起きて、ジムへ行く準備をする。8時半家を出てジムへ。到着してリュックを探ると家にトレーニングシューズを忘れてきたことに気づく。あちゃあ。いったん家に戻ると1時間のロスタイムが生じる。出ばなを挫かれてやる気をなくし、とぼとぼと帰宅。

 家ではちょうど朝食。2日前から大阪から来ている娘夫婦がおいしいおいしいと煮物を食べている。今朝のジム行きが失敗したことを冷やかされて憮然とする。

 定年の定年ということで、一応家族が集まってお祝いをしてくれるということで娘夫婦や息子があつまってお祝い会を行ってくれたのが日曜日。一応お疲れさんとねぎらいの言葉を家族からもらうものの、コレから毎日どうするのと厳しい質問が子どもから飛ぶ。子供といってもおっさんとおばさんだが。まあ朝一番でスポーツジムへ行って、10時に帰ってからアイパッドでネットを眺めて、午後は公立図書館でぶらぶら読みでもして、あとは晩酌でもするぐらいの日課かなとふざけて応えると、娘がきっとなって私を睨みつけた。

「そんなことをしたら、すぐボケるわ。ボケたら周りが迷惑。規律ある生活を確立するように」と生活指導のいやなおばちゃん先生みたいなことを言う。そして、案の定怖れていた親父ボケ予防の対策案をとうとうと語り始めた。
「あ、そうだいい考えがある。私も実行しているが便所掃除の毎日励行がいい。あとで掃除のやり方を私が教えるから、メモ帳を持ってトイレまで来るように」とのたまうではないか。
 冗談じゃない。せっかく手に入れた人生の夕暮れ。便所掃除なんかに潰されてたまるか、即反論した。「俺もときどき便器をふいたり、便壺を洗ったりしているぜ。別に教えてもらう事なんかないよ」。
「だめ。小手先だけの便所掃除では意味がない。一日の生活リズムがしっかり立つような理にかなった便所掃除。その見本を私が見せてあげるから、メモ帳を持ってトイレの前に集合」と指示が出た。ほかの家族は誰も私への助け舟を出さず、黙ってみそ汁をすすっている。

 娘ははりきっている。
 「まずベン壺から。洗剤はLOOK。これで便器の縁をしっかりこそぎ落とす。次にウタマロクリーナーで上側の蓋などを拭き取る。ウタマロを縁に直接吹き付けてティッシュで拭き取る。そのティッシュは洗い流す。」さらに重要なのは便器周辺の環境保全だと娘はえらそうに言う。「床もウタマロを吹き付けキッチンペーパーで拭き取る。ただしこのペーパーは便器に流してはいけない。便器周りの壁、腰板にたまっているほこりをきれいに取る。この一連の作業をお父さんはお母さんに代わって毎日やるべし。そうすれば運気も上がって、輝かしい未来が待っていることでしょう」娘は自分の言葉に酔ったのかうっとりしている。

 しゃくに触るが、この説明を私はしっかりノートに書き取った。明日からちょっとやってみようか、それで幸運がやって来るならおやすい御用だ。でも、毎日というノルマにどれぐらい耐えられるか。宮仕えを終え気ままな素浪人生活が来ると思っていたが、当初から予想が大幅にずれ始めている。

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by yamato-y | 2017-01-30 16:07 | Comments(0)

送別会

新しい芸風

25日の夜、私の送別会を開いていただいた。6時半にオフィスの会議室で手作りのケータリングを準備していただいて始まった。ウィークデイの宵にもかかわらず思いがけない人の数で、多忙のなか足を運んでくれた仲間の気持ちに感謝そしていささか恐縮。

宴たけなわのところで、かつての部下のみなさんが私の思い出を語ってくれたのだが、話を聞いているうちに黙っていられず途中でマイクを奪って乱入した。あまり送別会で挨拶以外で当人がでしゃばるなんてことはないと思うが、一言もの申すの性分が出てしまった。

なかでもTの発言は見逃せず、事の顛末を面白おかしく盛大に語ってしまった。
6年前のあの東北大震災のときのことだ。当日、私とTは神田の高名な画商を取材していた。たしか高山辰雄の作品についてであったと思う。2時、大きな地震が来た。壁にかかった名画がガタガタ揺れて相当大きな地震ということはすぐ知れた。長い振動が続いたあと、外の様子が知りたくて私は往来に出て周りのビルを注意深く見まわした。風景に異常はない。見た目にはさほど被害も出ていない。ただおおぜいの人が通りに集まっていた。ひとまず安心して屋内にもどった。

 このときの様子をTは私が地震におびえて外へ飛び出したと話を膨らませた。むろん受け狙いもあっただろうが、いかにも怖がりと言わんばかりで聞き逃すわけにはいかない。彼のスピーチが終わり次第マイクを奪って私はこう言った。
「私が怖がり?Tがそんなこと言えるか。そのあと起きたことを忘れてしまったのか。
交通機関がすべてストップしたので、澁谷のオフィスまで歩いて向かおうということで神田を出発した。ところが秋葉原まで出たところでTはもう行けないと弱音を吐いた。たった一駅でだ。体が疲れたのか、余震が怖いのか分からないがTは動こうとしなかった。こんなときだからこそオフィスに駆けつけるべきと、私は叱咤したがTはいっこうに腰を上げない。痺れを切らして私は単独で歩いて行くぞと宣言。一路澁谷を目指して外堀道路を私はひとり歩くことになったのだ。あのときのことをT君,キミは忘れてはいませんか。(ドヤ顔)」
一気にしゃべると溜飲がさがった。すきっ腹もあって酔いが回った。このバトルににやにや笑う人、下をむいて笑いをこらえる人、会場はすっかり宴会のくだけた雰囲気になった。

 こうなると止まらない。ゲストのスピーチにいちいち半畳を私ははさむようになった。(いま思い出すと恥ずかしい。冷静に分析すると私は見送ってくれる人になにか恩返しでもしたいとはしゃいでいたようだ。)
 会がお開きになったとき、何人かから面白かった、いい会でしたよと声をかけられて、「ヤッター」と内心快哉を叫んだ。
こうして私の47年のサラリーマン人生は幕を閉じたわけである。

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by yamato-y | 2017-01-27 13:41 | Comments(0)


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