Naming name
戦後、アメリカで起きた赤狩りというのは私たちの上の世代には大きな影響を与えた。
わたしらは事後的に教えられたこともあって実感は少なく、ドラマを見るような気分でその事件を見ていたところがある。
津野海太郎は私より10歳上だから、この事件の後半を同時代として感じている。だから新刊「ジェローム・ロビンスが死んだ~ミュージカルと赤狩り」では、この「ウエストサイド物語」の高名な振り付け師に対して熱い思いがこもっている。黒テントの領袖の一人ともなる津野は若い日ロビンスが振付けた「踊る紐育」に心奪われていたという話からして面白そうな本ではないか。
戦後、冷戦が厳しくなっていくなかでソ連と繋がると思われたアメリカ共産党(この名前の組織ではない)に関わっていた者やシンパが、議院の調査委員会で取り調べを受けることとなった。そして、頑強にこの弾圧に抵抗したハリウッドのアーチスト10人をハリウッドテンといわれるヒーローも出現する。1947年から始まった赤狩りはハリウッドから250人の映画人を追放したといわれる。
この反対側に、仲間を裏切った者たちが多くいて、ハリウッドに大きな亀裂をもたらした。「エデンの東」、「波止場」などの巨匠としられるエリア・カザンもその密告者として知られる。2年ほど前、アカデミー賞で表彰されたとき、冷ややかな反応が会場にあったことをよく覚えている。
議会の調査は非米活動委員会が行った。共産主義に同調するアメリカ人を非国民としてレッテルを張った。その容疑をかけられた者はその委員会で以前の仲間たちの名前を明らかにするように強要された。津野はこれを「踏み絵テスト」と呼んでいる。これを拒めば刑務所に収監された。ダシール・ハメットはその名誉を担う。
密告者はinformer。津野はイヌという表記も与えている。Naming name
とは昔の友を裏切る所業だったのだ。この傷がハリウッドに長く禍根を残したことは想像に難くない。津野の主人公、ジェローム・ロビンスも裏切り者と言われてきた人物だ。なぜそのような事態に立ち入ったのか、津野はインターネットでアメリカ現地の情報を集めながら、ロビンスの複雑な人生を浮き彫りにしていく。
「ジュリア」という私の大好きな映画がある。女性シナリオライターのリリアン・ヘルマンの自伝を映画化したものだ。リリアンをジェーン・フォンダが演じ、その女友達のジュリアをバネッサ・レッドグローブが好演した。ジュリアはナチの嵐のなかでパルチザン活動に身を挺する女性。その彼女を訪ねてアメリカからリリアンがベルリン(?)の駅にたどり着く場面は今も心に深く刻まれている。
そのリリアンの夫がダシール・ハメットであり、戦後、彼は赤狩りに遭うことになる。そのことを暗示させるくだりの場面もまた感動的なのだ。リリアン自身も証言台に立ったときその馬鹿げた質問に対して抵抗する。
《たとえ自分を守るためであったとしても、長年の友人を売り渡すのは、わたしにとっては、冷酷で、下品で、不名誉なことであると言わざるを得ない。》
そのリリアンと赤狩り時代を描いた映画「ジュリア」のことを、津野の新刊ですっかり思い出した。
Naming name、君の仲間たちの名前を告げよ、と尋問されることの恐怖。
来られた記念に下のランキングをクリックして行ってくれませんか
人気blogランキング