一等書記官
冬至が近づいてだんだん日が短くなる。この時期になると思い出すスウェーデンの人がいる。
かつてスウェーデン日本大使館の一等書記官だったカイさんだ。私より5歳ほど年少だが、40代にして髪はすっかり後退していた。
出会ったのは14年前のノーベル賞の大騒ぎのときだった。大江さんが1994年のノーベル文学賞を獲得したとき、スウェーデン本国と大江家の間に入ってあれこれ世話をしたのがカイさんだった。当時、カイさんは本国の外務省にいた。日本語がとても流暢で私は驚いた。後で聞いてみると、奥様が日本人のトヨ子さんだった。2人の間に可愛い女の子が一人いた。
11月の授賞式に向かうと北欧は長い夜の時期に入っていた。午後3時で日が暮れるのだ。
ノーベル賞授賞式の式典は午後3時半から始まり、午後8時過ぎに終了するのだが、実感としては深夜2時過ぎといった感じだった。だから日が短くなると、あのとき一生懸命大江一家の世話をしていたカイ書記官夫妻のことを思い出す。
ストックホルムで式典が終わった後、大江一家はスウェーデン南部まで旅行して帰国の途についた。その南部旅行のある夜、聖ルシア祭のイベントが大江さんとその家族をなぐさめるために行われた。カイさんたちが企画していた。
これは本来12月13日に行われる冬至のお祭り。ルシアは、光の聖女と呼ばれるイタリアの女性の名前に由来する。この祭りは長く暗い夜が去って、光よこーいと呼びかける趣旨だ。そのお祭りの再現がディナーの席で行われた。少女がアタマにローソクを立てて白い衣装(聖女ルシアの扮装)で歩き、その後ろに聖女ルシア行列が連なる。北欧の幻想的な夜の出来事だった。
それから2年ほどしてカイさんは日本へ赴任してきた。何度かスウェーデン大使館で開かれたパーティに招かれたことがあり、そのとき私の家族もいっしょに行って、すっかり友達になった。特に、奥様のトヨ子さんは楽しい人だった。気取りがなく、出身の信州弁をまじえた楽しい話をする人だった。
4年前に本国へカイさんは戻った。たくさんいたカイさんのファンたちは残念がった。だが、きっと戻って来ると私は確信している。そのときはきっと大使になってくるのじゃないだろうか。
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