汗滲む季節を終えて
今朝は大磯を早く出た。ラッシュアワーと重なっていたので、グリーン車に乗るという贅沢を自分に許す。駅まで家人の車で出た。ツヴァイク道を歩けなかったことが残念だ。今日のように光がまぶしい朝の森は木漏れ日がめっぽう美しいのだ。
ゆったりとしたグリーン車の座席で、書評誌「いける本・いけない本」の古いバックナンバーを読む。2007年冬の版で、「『星座』になった人」(天満ふさこ)という本が2箇所取り上げられている。芥川龍之介の次男・多加志の短い人生を描いた書だ。どうやら、彼は文学を志していたらしい。兄の比呂志が演劇、弟の也寸志が音楽と進むなかで、多加志は父と同じ道を歩んだようだ。その名前が兄弟に比べて残らなかったのは、ビルマで戦死をしているからだ。だから、彼が表した文学的営為は「回覧雑誌」のなかにしかない。その名前を「星座」という。あわれだ。資質や境遇はまったく異なるが、竹内浩三の「戦死やあわれ」を思う。多加志の生年は1922年。ドナルド・キーンや鶴見俊輔と同じと知るといっそうの感慨がある。多加志は満天のなかの名もない小さな星となった。こういう人生を発掘することが、私は好きだ。このことを記録しておこうとパソコンを辻堂あたりから引っ張り出す。
小島なおという20歳の歌人の歌集「乱反射」。引用されていた短歌に眼を奪われた。
かたつむりとつぶやくときのやさしさは腋下にかすか汗滲むごとし
こういう青春の日からどれほど遠くなっただろう。武田鉄矢の歌ではないが、「思えば遠くへ来たものだ」。
唐突に先日行った宇都宮の情景を思い出した。宇都宮駅みどりの窓口に女性駅員が客を誘導するために立っていた。20代半ばの小太りの女性だ。笑顔がいい。その娘が移動したとき、下半身が不自由だということが分かった。懸命に足を引きずりながら客の相談に乗っている。その娘の額にうっすらと汗の小さな粒が浮かんでいた。
パソコンから顔を上げると、戸塚の山中だった。最後の緑が美しい。やがて晩秋が来て冬が来る。その前の実りの季節、最後の緑だ。
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