ボーメさんの噂
わずか1週間ほど前の酷暑ではなくなった。明らかに朝夕には涼しさが暑さの縁にある。寝苦しさも一段薄れた気がする。同じことを60年も繰り返していながら、季節が変わって行く時自然の力というか大きさというか大きなものの作用を感じて不思議に思う。
昨日は2カ所の打ち合わせに出かけた。最初は曙橋にある漫画家協会、夜は品川のパシフィックホテルロビーだ。この2つのスケジュールの間に空き時間が2時間ほどあった。はじめの曙橋ミーティングでごいっしょしたiさんと新宿まで出てライオンに入ってあれこれと情報を交換した。iさんはイベントプロデューサーである。現在、秋に渋谷パルコで行われるフィギュアの展覧会を準備中。その主人公のフィギュア原型師ボーメさんの話題に話は集中した。
ボーメさんの氏名は不詳。少年時代から大阪守口の海洋堂に出入りし、その頃は町の模型屋だった海洋堂でプラモデルを組み立てるモデラーとして出発した人物だ。子供の頃から帽子に眼鏡のスタイルだったのを、海洋堂の現在の社長宮脇さんが「ボーメ」と呼んだことから現在の呼称となる。彼が10数年前に村上隆氏とコラボしたフィギュアが、世界のアート関係者に衝撃を与えたことはよく知られている。
40代半ばを過ぎたボーメさんは独身で、今もフィギュアの原型作りにしか関心をもたない。暇があればフィギュアのことばかり。宮脇さんの言を借りれば、「模型の疲れは模型でとる」ということらしい。ボーメさんの扱うフィギュアのジャンルはいわゆる美少女系だ。その実物を前にすると、フィギュアの凄みが伝わってくる。
ところで、フィギュアというのは原型師が作ったオリジナルなもの1体を指すのではない。原型から型をとって、その型からプラスティックの部品を作り出して組み立て品として”消費/愛好”される。つまり、作品は一個ではなく数十個から数百個ほどある。こういう在りようをシュミラークルと呼んで、アートとは違う造形物として評価されるのだ。
この考え方は浮世絵と似ている。浮世絵は北斎や広重が描いた肉筆画だけが尊重されるのでなく、版下を作る彫り師らの作業が加わって版画として生まれてきたものを”消費/愛好”するものだ。つまり、一枚のオリジナルだけではなく、オリジナルに限りなく近いコピーが作品として意味をもつ。コピーというと二次的でオリジナルに比べて劣るように聞こえるが、オリジナルとはまた違う味わいをもつ作品として複数在るという点がシュミラークルの特徴だ。
プラモデルの組み立てをするファンをモデラーという。ボーメさんも当初町のプラモ屋だった海洋堂にモデラーとして出入りする少年モデラーだった。その組み立てに熱中する少年たちが成長して、現在の原型師になっているというから、この世界は不思議だ。その造形がアートとしても高く評価されている現在でも、かれら原型師たちはアートとして作品をこしらえていない。あくまで、フィギュア愛好者の欲望に応えるような原型を日夜骨身を削って作り上げている。その無心の情熱に私は惹かれる。そこまで情熱が傾けられ、人々の心をとらえるフィギュアとは何か。それを探求するのが現在私が関わっている番組なのだ。
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