定年再出発  


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by yamato-y
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アオイ

アオイ

中島葵を覚えているか。
1991年、45歳の”若さ”で病死した女優。その中島葵の追悼文集他を先輩からもらった。昔から気になっていた女性の貴重な資料だ。

彼女は日大の演劇を中退。文学座に入り劇団員となって期待されていたが、70年に退団。黒テントなど小演劇活動に進出。78年には自ら「ACT & AOI」を結成し「悲劇天皇祐仁」などを上演。この頃、右翼から攻撃を受けている。その後、日活ロマンポルノに多数出演。宮下順子や絵沢萌子、芹明香らとともに活躍。ときどきロマンポルノを見ていた私は、この頃の中島がいちばん心に残っている。その後、大島渚の『愛のコリーダ』で、吉蔵の妻役で出演する。私は彼女が阿部サダをやればいいのに思ったことを思い出す。いいオンナだった。(こういう言い方がフェミニズムコード、FCにひっかるのだろう)

早い話、団塊世代の私が青春だった頃の憧れの女性だった。ついでながら、もう一人の憧れは雑誌「MCシスターズ」のモデル赤坂紗里。当時のオンナたちは今よりもっと大人だった気がする。

中島葵の父は森雅之。中島は嫡出子ではない。
中島の母と森は不倫の間柄だった。宝塚出身の母と父が出会ったとき、父はすでに結婚していた。そして、彼女が生まれる頃、父母の恋愛は終わりに近づいていたこともあって、中島は認知されなかった。母は葵を連れて故郷熊本にもどった。
今回入手した資料によると、葵は上京して14歳のときに森に会っている。そのとき、彼女は父に尋ねた。「なぜパパなのに、パパと呼べないの」。森は宿命だと答えた。あまりににべないと思ったのか、森は「ドロボウでなかったからよかっただろう」と付け足した。葵はこれしか書いていない。

追悼文集のなかで、葵の女友達のスクリプター白鳥あかねが父の森について葵に話したときの様子を記している。ダンディで有名な森は冬でも薄着だったが、役に入るときの”恍惚”の表情が葵と似ていると告げたとき、葵は顔をとっさに覆い激しく泣いた。葵が父のことでどれほど傷ついているかを、そのとき知ったとスクリプターは書いている。傷とは痛く辛いだけではない。他の感情も混じっていたこともある。

 森雅之の父は有島武郎だ。父が情死したとき、森は少年だった。その森は後年有島のことを聞かれてもほとんど答えなかったという。それほど傷ついていた森が、娘と向き合ったとき「宿命」だと口にした。森は葵のことをどう思っていたのだろうか。父有島のことには傷ついても、娘葵のことは傷にならなかったのか。そんなはずはあるまい。父は再会した娘に必要以上に冷淡にした。

中島葵の誕生日1945年9月20日ということを今回知って、不思議なことを思った。敗戦の一ヵ月後に葵は生まれている。ということは、父と母が愛し合っていた時期は、戦争の真っ只中。あの暗い谷間の時代に、二人は不倫の愛を育んでいたのだ。これは、森の代表作「浮雲」の男とよく似た状況ではないか。

とまれ、中島葵の人生というのを少し知りたくなった。同じにはならないかもしれないが、近年鈴木いづみが注目されているが、演劇人としての中島葵もさりながらいいオンナ列伝の一人としても見聞を深めてみたい。

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by yamato-y | 2008-08-18 16:11 | 登羊亭日乗 | Comments(1)
Commented by 浜野 蟹 at 2009-01-12 03:52 x
はじめまして。中島葵さんについての検索にて参りました。
中島さんの出演されたロマンポルノ作品のファンで、加藤彰監督の『OL日記 濡れた札束』などが特に好きです。
中島さんと父君・森雅之氏との間の感情は、確かに他人にはうかがい知れぬ複雑なものがあったはずで、こちらにお書きになっている「父は再会した娘に必要以上に冷淡にした。」という一節は、非常に鋭い考察だと感じました。

ただ、一点だけできればお願いしたいという箇所がありまして、それは彼女の友人のスクリプターに関するくだりなのですが、ここはおそらく白鳥あかねさんのことを指されているのかと(白鳥さんの別のインタビューにて同様の記述を読んだことがあります)。
白鳥あかね氏は映画黄金期を支えたスクリプターであり、その後も後進の指導にあたり、またしんゆり映画祭や川崎市アートセンター・アルテリオ映像館などにも大きく関わっておられる重要な方です。
話題の本筋ではない件ゆえこの形の表記になったとは察するのですが、できましたら白鳥氏のお名前出していただければ、より話がふくらむのになあ…と思った次第です。
どうも突然に失礼いたしました。それでは。
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