素朴な定義、近代と現代
ウィキペディアを利用すると、実にわかりやすく説明してくれるので、ついつい頼る。
でも、叙述責任が明確でないから、どこまでウラが取れているか危うい。そういうレベルだと認識して、近代という言葉を探ってみた。
「近代」という考えはそもそもヨーロッパのルネサンスの頃から起こる。
《ルネサンス期の人文主義者たちは、古代ギリシア・ローマの時代、古典古代を理想の時代とし、ローマ帝国が崩壊した後は古典古代の理想が忘れ去られた「暗黒時代」であったと考え、自分たちの時代は古典古代が再生し、復興した時代とみなした。古典理想時代を「古代」、暗黒時代を「中世」、今の時代を「近代」と歴史は3つの時代を移り変わったとしたのである。》
歴史の時代区分として、ルネサンス人は古代、中世、近代と分けたわけだ。この考えは長く使われてきたが、《ルネサンスから500年を越えるに至った現在では、ルネサンスから市民革命までを近世(temps moderne、初期近代、Early Modern)として国民国家成立後の近代から区別する四分法、あるいは近世に加えて20世紀の世界大戦を経験した後の歴史を現代とする五分法などの修正された形で用いられている。》
こういうヨーロッパ歴史観に合わせて、日本の歴史を区分すると、当然合うところもあればずれる点も出てくるわけだ。ちなみに、《日本史の時代区分では、日米和親条約で鎖国を停止し、明治維新によって近代化とヨーロッパ国際社会への参入を実現してから後を近代と呼ぶ。》つまり黒船来航で日本は西欧と接触したところから近代となるわけだ。ということは、日本の近代化というのは「西欧化」と密接に絡むことになる。日本は自発的に近代となれないことになる。
ところで現代の始まりだが、ヨーロッパでは第一次大戦の起きた1914年とみているが、日本では敗戦となった1945年とみている。だから、私たちは何に付けてもすぐ戦後と言いたがるわけか。
さて、なぜこんなことを考えたかというと、美術におけるモダーンアートということの意味を把握しようとしたからだ。このモダーン(近代)とは何か。
西洋美術史ではモダーンアートの父というのは3人いるそうだ。ドラクロア、クールベ、マネ。私はドラクロアが選ばれている理由に惹かれた。彼の絵というのは何が描かれているか(主題)というこではなく、色彩で彼の絵が分かるという理由でモダーンだとボードレールが評価したという。絵は主題など関係なく絵として成立すると言う自律性を打ち立てたというのだ。この時代、理性を信じて社会は進化するという進歩史観が主流だったから、最先端が優れているという考えがモダーンを染めていたのだ。新しいもの程よいという考えはすぐ「現代」が最高という考えに結びつくのは容易に分かる。そういうものに私たちは毒されているのだぞと、ちょっと皮肉屋になってみたりして。こんなふうに今更人にも聞けない「自明」と思われることでも、少し調べれば何も知ってはいないということがいっぱいある。
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