ツヴァイクの道
我が家のあるモミジ山から麓までの道を、私はひそかにツヴァイクの道と呼んでいる。お気に入りの作家シュテファン・ツヴァイクに因んだのである。彼はザルツブルグのカプチーノ山に住んでいた。「サウンドオブミュージック」の舞台となった町である。20代の終わり、ザルツブルグへ行ってツヴァイク邸を訪ねたことがある。ツヴァイク自身、ナチに追われ亡命先のブラジルで自殺したからその邸宅の所有者は現在別の人物である。だが屋敷も庭も当時のままであった。深い緑に包まれていた。高い柵越しに静まる屋敷を見てツヴァイクの非業の死を思い私は胸がいっぱいになった。
ツヴァイクは当時の流行作家で司馬遼太郎のような存在だった。歴史を題材にとった小説は無類に面白く、多くのファンをつかんだ。執筆に飽きると家の周りのカプチーノ山をツヴァイクはよく散歩した。その散歩道を辿ってみた。予想以上に文明が入り込んで車が往来していたが、この道で『人類の星の時間』や『マリー・アントワネット』、『権力と闘う良心』といった名作が生まれたかと思うと胸がふるえた。ツヴァイクは今も愛読書の一つだ。
いつか家を建てることがあったら、山の上にと思っていた。現在、相模湾を遠望する
山上に住み毎朝山を下って通勤する度、あの思いがよみがえってくる。おこがましいがモミジ山をカプチーノ山に見立てたいのだ。
今朝、ツヴァイクの道に陽光がさんさんと降り注いでいた。こういうときは、手のひらを太陽に向けて精一杯吸収するといいと、葉祥明さんから教わった。木々は芽吹いていた。
大磯駅のフォームに立つと構内の桃の木があざやかな花をつけていた。
夜行「冨士」 海辺の駅の 桃を過ぐ
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