大阪の夜
上本町のホテルの一室にて、ビールを飲みながら本日の出来事を振り返っている。
本日は、朝一番に品川を出発して大阪へ入り、ホテルの一室を借りて作家の眉村卓さんのインタビューした。眉村さんの自宅は天王寺にあるが、やもめ暮らし5年の室内は出来たら避けてほしいというご要望で眉村さんの近所のホテルの部屋を借りて撮影した。
午後2時に現れた眉村さんは退院したばかりと聞いていたが、そうとは見えず元気そうだった。案の定、カメラの前では延々と過ぎし日のことを楽しそうに語ってくれた。
初夏に、眉村さんはヨーロッパのマルタ島へ行った。あのマルタ騎士団で有名なカトリックの熱心な地だ。そこへ行ったものの突然おなかを下して、現地の病院に2週間入院した。そして帰国後もしばらく病院へ入っていたというのだ。眉村さんは少しも偉ぶったところがなく、撮影が終了してもなお興味は尽きず、ホテルのロビーで小一時間話しこんだ。それは、これから眉村さんが書こうとするSFの構想についてであった。老人の境地でないと書けないSFを書くという眉村さんの意気込みが頼もしかった。
この取材を終えてカメラクルーはそのまま名古屋に向かい、私一人残って眉村さんの話をまとめたりしたが、午後7時過ぎに梅田へ行き、美舟でお好みのミックス焼きと生ビールを飲んだ。そこまでは気分がよかったのだが、京都の教え子で今年大阪の企業に就職した人に一応挨拶をと思って電話したらその人は会社にまだいた。まだ退社できないというので、私がそのオフィスの前まで行って会うことにした。
大阪の中心部のオフィスだが、周りにこれといった店もないので、駅前の自転車置き場で現状についてどうなのかと聞いた。厳しい状況にその人はいた。詳細は書かない。が、今世の中を牛耳っているのは明らかに団塊世代から一つ下の世代に移ったようだ。その人たちはずいぶん権力を振りかざし若い人たちを追い詰めている。最近そういう事例が増えていることはうすうす感じていたが、今夜の話でやはりということが多々あった。憤懣やるかたないものを感じた。
学生時代明るかったその人が、どこか重いものをひきずっていた。それを見て、本日の眉村さんとの楽しい交わりもいっきに吹っ飛び、私自身も暗く重いものをうちに抱えたような気になった。
世界陸上が開かれているというが、大阪の町にはほとんど影響もなく、依然不景気が続いていることを知るのは空車と掲げたタクシーの長い車列だ。18階のホテルの部屋から見下ろす大阪の町は心なしか自信なげな表情だ。
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