二生ほしい
2002年に、名人竹本越路大夫は死去した。享年89歳だから長生きした。だが76歳で引退している。現役を退いてからが長かった。
この人は偏屈で反骨の人だったから、奥さんが「偏骨」な人と評した。晩年、NHKスペシャル「人間国宝ふたり」の“脇役”として登場した頃は、そういう狷介な部分はきれいに脱ぎ去っていたが、若い頃の写真を見るとなかなか煩(うるさ)そうな御仁である。
人間国宝竹本住大夫さんの兄弟子にあたる。住大夫さんは80近くなっても、越路大夫を訪ねて稽古をつけてもらうことがあった。その様子が先の「人間国宝ふたり」に出てくる。越路大夫の芸の教えは精緻だった。近松の原作を徹底的に読み込んで芸を確立させていった。文楽に対して研究熱心な人物であった。
越路大夫の義太夫は人物の語り分けが見事であった。武将なら武将らしく、遊女なら遊女らしく演じきった。その音(おん)使いは客席の涙をしぼった。情を伝える浄瑠璃の至芸といえるだろう。
その緻密な芸は年少の者にしたら辛いものとなっただろうことは想像に難くない。三味線の鶴澤清治さんは越路大夫の引退するまでの13年間、コンビを組む。30歳年の離れたコンビである。その芸の細かさ厳しさにほとほと疲れたそうだ。しかしながら嫌々半分だった13年間は、清治さんの芸を磨くことになる。清治さんの三味線は今や文楽を代表する芸といわれる。
越路大夫が晩年に言った言葉というのがなかなか素敵だ。義太夫は奥が深いから一生では足らない、二生ほしいと言ったそうだ。
私はどうだろう。テレビの番組を作るのは奥が深い点はあるとしても、もう一生繰り返したいと思うだろうか。そこは自信がない。
あ、そうだ。負け惜しみかもしれないが、息子が同業にいる。これと合わせれば二生といえるかもしれない。だが、こんなことを言ったら二人の人格は別だと息子はきっと抗議するにちがいない。
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