菜根譚(さいこんたん)
昨年春、『菜根譚』を読みふけったことがある。日曜日に久しぶりに大磯の部屋でそれを目にし、懐かしくなって読み始めたら止まらなくなった。
この本のことを知ったのは30年前、評論家久保覚の本天沼の家でだ。久保の家は万巻の書で溢れていた。いわゆる汗牛充棟である。マニエリスム、シュルレアリスム、ベンヤミン、宇波彰、ボードリャール、バフチンという名前をこの家で知った。今から考えると、久保はいち早く記号論に注目していた。ロシアフォルマリズムの研究会を主宰していた。韓国の民衆文化の研究を続けながら、久保は「花田清輝」の著作集を編集していた。花田の断簡零墨を一人でこつこつと集めていたのだ。その精華は現在、講談社から「花田清輝全集」として出版されている。
その本天沼の家のトイレに『菜根譚』が備えられていた。なぜ漢方の書がここにあるのかと、題を見て不思議に思った。私はてっきり漢方医療の本だと思った。表紙を繰ることはなかった。だからこの本の内容を知ったのは最近のことだ。偶然渋谷のブックファーストで講談社学術文庫のコーナーに立ち、手にとったのだ。『菜根譚』が人生指南の書であることを初めて知った。
中国、明の時代に洪自誠という儒者が出た。儒教の徒といいながら仏教(禅)や道教の教えを取り入れた独自の思想を作り上げた。その洪が表したのが『菜根譚』である。それから百年ほど後に日本でも加賀藩の儒者林周輔によって和刻本が作られている。けっこう武士の間で流行ったらしい。この本は明より日本でのほうが有名なようだ。広い意味での「人の道」を説いているのだが、武家社会にも通じるものがあったのだろう。その一つ二つ心に残った言葉を書き記しておきたい。
《恩は宜しく淡自(よ)りして濃なるべし。濃を先にし淡を後にせば、人は其の恵みを忘る。威は宜しく厳自(よ)りして寛なるべし。寛を先にし厳を後にせば、人はその酷を怨む。》
人に恩恵を施すには、はじめはあっさりとしてから、後に手厚くするべきだ。先に手厚くして後にあっさりとすると、人はその恩恵を忘れてしまうものだ。という意味らしい。
けっこう通俗の人生訓と思うが、人間をよく観察すればさもありなんという気もしてくる。
《日既に暮れて、しかも猶お煙霞絢爛たり。歳まさに暮れんとして、しかもさらに橙橘芳馨たり。故に末路晩年には、君子は更に宜しく精神百倍すべし。》
人生の終りを説いている。太陽が沈んでもまだ日は残っている。年末になったとしてもだいだいやみかんはまだ香りを放っている。だから人生の晩年もまた、君子たるもの、精神を百倍にして立派に生きるべきだ。
この言葉は「定年再出発」の拙には願ってもないことばだ。
だが不思議だ。あのモダニストの久保がなぜこのような東洋的処世訓を密かに読んでいたのか。
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