人間国宝、竹本住大夫
終わりなき芸の世界
文楽三味線の第1人者、鶴澤清治の特集を作りたいと願っている。
その参考にと数年前放送されたNHKスペシャル「人間国宝ふたり」を見た。大阪の局が制作しておりディレクターはかつて一緒に仕事をしたU君の作品だ。放送当時、彼から連絡をもらって視聴しており、今回は2度目の視聴となる。
最初の放送を見たときも、深い取材、しっかり刻まれた人物像といい、よく出来た作品だと感心した覚えがある。今回も見て緻密な編集に完成度の高さを感じた。
主人公は文楽の二人の第一人者を追っている。人形遣いの吉田玉男、浄瑠璃の竹本住大夫、二人の人間国宝だ。80歳を越える玉男が「心中天網島」を3時間にわたり舞台をつとめあげる芸の“強さ”には圧倒される。この人は先年亡くなった。このドキュメンタリーは素晴らしい玉男の芸を記録することとなった。
もう一人の主人公、竹本住大夫(83)が実に魅力的だ。若い弟子に稽古をつけるのだが、悪口雑言で弟子を罵倒する。カメラが回っているのにいいのかしらと不安にさせるほどの悪態なのだ。ところが稽古を終えて感想を聞く段になると、この師匠のしごきに耐えてこそ一人前になってゆけるのだということを、自分の体験をふまえて穏やかに語る。そのときの柔和な表情がいい。この番組のすばらしいのは、竹本住大夫のえげつないしごきでとどまらないところだ。つまり、巨匠の巨匠たるところだけで取材を終わらせていないということだ。
実は住大夫の稽古量はこの世界でも人一倍多いことで知られる。本人の弁によれば「生来の声の悪さと不器用のせいで稽古するしかなかった」というのだが。その陰の努力が垣間見える場面が、このドキュメンタリーに出てくるのだ。
京都に引退した兄弟子の竹本越路大夫を訪ねるシーンだ。そこで住大夫が自分の芸のチェックを受けるのだ。人間国宝が、である。弟子に対してあれほど尊大だった師匠が、兄弟子の注意に畏まって耳を傾ける。芸の厳しさを見る者に訴える圧巻の場面だ。この番組の副題「終わりなき芸の世界」を見事に表している。
実は、今私が構想する番組は、文楽の語りでもなく人形遣いでもないもう一人の名人を主役とするものだ。文楽太棹三味線の鶴澤清治。
文楽では、語り、三味線、人形という流れというか格がある。どうしても人形の華やかさに目を奪われがちだが、実は三味線がきわめて大切な存在である。三味線は単なる伴奏音楽ではないのだ。登場人物のせりふ、心象、人柄、場面の情景、など舞台全般を包む大きな能力(ちから)となるのだ。それを三味線一本で表す――その芸。
5月に鶴澤は国立劇場の大舞台で、その芸の真髄を披露する。そのときに、語りのゲストに竹本住大夫が参加している。名人と名人のぶつかり合いをぜひ番組にしたい、そう願っている。
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