身分があった時代
昨夜、「アーカイブス」で、奥出雲の山林大地主田部家のドキュメンタリーを放送していた。NHK特集「冬・奥出雲・山林大地主の村」。19 87年の番組だがずいぶん昔の出来事のように思えた。カットの一つ一つに懐かしい味が漂っている。
番組は、島根の吉田町にある500年続く田部家の年末年始の行事を中心に、主(あるじ) 長右衛門氏と使用人の関係を気張らずに描いている。時々、取材するディレクターの声が入るのだが地元の方言らしい親しい言葉遣いで、それがなんとも優しい。
今では考えられないだろうが、わずか20年前にはまだ身分の差のようなものが残っていた。田部家に山仕事で使われている男たちは年の暮れになるとその本家の大掃除に狩り出される。女たちは正月料理の仕込み調理に田部家の台所に入るのだ。自分の家の正月準備より主の家を優先するという、「身分社会」がしっかりそこにはあった。
今でこそ男女平等という理念は当たり前のことになっているが、昭和50年代にはまだ身分がありそのシキタリが人びとを強く縛っていた。そのころの人の態度を表す言葉に「鞠躬如」というものがある。今ではほとんど使用されないが、「貴人に対して身をかがめて恐れて慎むさま」を意味する。番組では、使用人が当主に対して正月の挨拶をするくだりは、まさに鞠躬如としていた。
こういう身分が社会の規範となっていた時代、その身分の差を越えて恋をするということは至難であった。どれほど互いに愛しあっても結ばれることはないという、「悲劇」の典型であった。古くは「野菊のごとき君なりき」であり、私たち団塊の馴染みのある物語であれば「絶唱」であった。そういえば、韓国映画の「ラブストーリー」もそういう背景をもっていた。
舟木一夫が歌った「絶唱」は映画化された。山林大地主の息子と使用人の山番の娘との結ばれぬ恋が主題であった。当時はこの悲劇性を間近に感じながら味わうことができたが、今の若い人たちは主人公の苦悩の意味は分からないかもしれない。
藤沢周平という人は東北の農村で育ち、そういう身分社会ということを肌で知っていたと思う。彼の小説にある葛藤はそういうものがベースとなっていると思う。それを理解していないで映画化したのが「蝉時雨」だった。下級武士の本当の悲哀がうまく表れていなかった。それに比べて、山田洋次の「たそがれ清兵衛」はそのつぼをしっかり押さえていた。さすが「故郷」を作った監督だと思った。
今朝、東海道線の相模川鉄橋から丹沢方面を遠望すると、峰に白いものが輝いていた。この冬初めて見た雪だ。
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