とべない沈黙に導かれて
黒木和雄を、読み直している。
戦争レクイエムのシリーズを手がける以前の、アヴァンギャルド精神に満ちた黒木だ。
岩波映画社の宣伝映画から始まった黒木の映像人生。それはノンフィクションではあるがドキュメンタリーとは言いがたい。ところが、最初から不思議な力に満ちた映像を作る。
第1回監督作品「炎」。とても企業PR映画にはみえない。
当初から劇映画志向であったと思われる。3作目の「愛 北海道」では女優を起用した宣伝映画となっている。
そして、たいした劇映画の知識や知恵もないまま、監督だけでなく劇映画経験のほとんどないスタッフで最初の劇映画「とべない沈黙」を黒木は撮る。
――その物語。
少年が北海道に生息するはずのない蝶を捕まえる。
それはナガサキアゲハ、九州にしかいないはずの蝶だ。その蝶が北海道で発見されるまでの旅を物語るのがこの映画の大きな骨格となる。
旅の始めは長崎。ザボンの葉を齧る蝶の前身幼虫。それが東京行きの列車に紛れこむ。疾走する貨物列車。途中、萩では不倫の末に夫殺しをした女とその愛人たちを幼虫は目撃する。幼虫の旅は続く。広島では原爆の後遺症に苦しむ人々を、京都では戦時中の兵隊体験を引きずり苦しむ男、大阪では虚脱してはいるが怒りをうちにもった若い勤め人を、次々と見て、日本列島を南から縦断しながら(途中、香港へ逸脱しながら)ついに最後は北海道へと到る・・・。
実に観念的なストーリー展開である。
一種のロードムービーで、蝶の化身と思われる加賀まりこは各挿話に登場する。インタビューが挿入されたり、安保闘争のニュースフィルムを交えたりした実験精神に満ちた作品だ。
DVDの特典映像で、黒木が「この映画の最初と最後はおぼろげに決めてはいたが、途中はおぼろで、最後までつながるかずっと心配していた」と告白している。
大きな直感では、何とかなると分かってはいたが、細部に関してはまったく手探りでこの映画を始めたというのだ。その試みに感動する。
当時は大島渚や勅使河原宏ら、実験精神に満ちた映画者が居た時代だ。
今は、そういう企図をもつ前衛がどれほどいるだろうか。
役者もいい。加賀まりこ、山茶花究、長門弘之、渡辺文雄、小松方正・・・。
加賀の演技とはいったい何だろう。
そして、何より私が感動したのは鈴木達夫の撮影だ。心に焼きつくようなショットが連続する。例えば、少年が蝶を追う林の中のシーン。草むらをカメラは走り抜けて少年を追い、最後には少年の毛穴がみえるほどのアップとなる。すべて手持ちカメラである。どうやって、これを撮ったのであろうか。
岩波映画社で黒木の同僚であった鈴木はこの一作で劇映画の第1人者となってゆく。
劇映画に関しては素人と、黒木は謙遜するが、実は高い見識と実力を備えた集団であったのだ。
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