若葉のツヴァイク道
紅葉山、峰の自宅を出てから大磯駅まで12分。そのうち5分がツヴァイクの山道だ。
最初の坂は谷に向かって急に落ちる。谷から風が吹き上げてくる。階段となって17段下りながら左に折れる。谷間の眺めが広がる。けやきやクヌギの大きな木の下草が萌えている。野の花は今が盛りだ。今朝は、そこにシートを広げて4人の婦人が弁当を食べていた。若葉見物といったところか。赤や黄の包み紙が気になった。ゴミはきちんと持ち帰ってくれるだろうか。秘密の花園に踏み込まれたみたいな気がして、少し嫌なかんじ。これって、狭量かしらむ。
さらに急坂を10㍍ほど行くと右に曲がる。そのあたりはイタドリがいっせいに芽を吹いている。さらに、左に折れるとそこから麓まで長い一本道となる。長い坂の途中には、古墳が崩れて石室を露にしている。
今朝は光が強く坂道には木の影がいつにもまして濃い。「羅生門」のあの最初のシーンに似ている。志村喬が扮する樵が山道に分け入っていく、あの宮川一夫が撮影した名シーンだ。
ツヴァイクの道と呼んだのは、オーストリーの作家シュテファン・ツヴァイクに因んだということは以前書いた。この作家を好きになったのは、『権力と闘う良心』という小説を読んだからだ。物語もよかったがこのタイトルが好きだった。これを訳したのは片山敏彦。私はこの人の言葉が好きだ。同じツヴァイクの『人類の星の時間』とか『昨日の世界』とか片山の日本語が美しい。先日、古書店で片山のエッセー『橄欖(かんらん)のそよぎ』を手に入れた。カンランとはオリーブのことだが、私はなぜかバルコンに立っている人物が彷彿として現れる。バルコンの前に木があって葉を茂らせているイメージが浮かんでくる。空はマグリット色、白い雲が流れている。
私のツヴァイク好みは、この片山によるところが大きい。
ツヴァイクはザルツブルグの自邸があるカプチーノ山をよく散歩した。その散歩道に大磯ツヴァイク道を見立てたのだ。30年前、カプチーノ山を訪ねたことがある。山といっても丘にすぎない。ツヴァイクの時代と違って車が走るようになっていたが、緑豊かな山に石畳の道が続いていた。
本家より大磯ツヴァイク道が勝っているのが、道の終わりだ。ツヴァイクの道を降りてきて麓に出る手前で、前方に海が広がるのだ。正面に江ノ島が見える。晴れた日には三浦半島、遠く房総まで見える。この海と出会う瞬間こそ、わずか5分のツヴァイクの道を駆け下りる喜びとなる。
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