定年再出発  


懐かしい空
by yamato-y
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きさくなピアニスト

きさくな、だがシリアスなピアニスト

 昨日、ニューヨーク在住のピアニストたつみきょうこさんに話を聴いた。昨日は朝からじりじりと気温が高く、とてもじゃないが日向に5分もいられない。取材した場所は経堂のファッションビルのカフェー。
里帰りで一ヶ月の休暇をとっているたつみさん、毎日旧友との再会で多忙とのこと。すこし疲れ気味だったかもしれない。そんななかで、私の要望を聞き入れていただき、親友若林暢について想い出を語ってもらった。その内容はまた別の機会に披露すると思うので、今回はたつみさんのことを記述しておきたい。

 ルーツは東大阪。どうやら千年以上続く旧家の出らしい。聖徳太子の斑鳩から見て辰巳の方向にある、ということで家名が付いたというからすごい。旧家中の旧家だろう。代々地主で庄屋を司っていたという。父君は次男だったため家業を継ぐことなく、上京して音楽産業界に入られた。そういうこともあって、彼女も「家」に縛られることなく、それどころかニューヨークを足場に置いて、長く海外で活躍することになるのだが、不思議な運命を担っておられる。
 開放的できさくなたつみさんは根っこに関西のノリがあって、話していて楽しい。なによりおしゃべり。取材は楽というのは素人のアサハカさで、現実は厳しい。このサービス満点のおしゃべりのペースに巻き込まれると、話題はあっちに飛びこっちにショートして大変なことになる。失礼にも、インタビューの冒頭に、「すみません。お話を途中で止めさせていただくこともありますが、なにとぞご了解ください」とお願いする。分かっているわと、目をくりくりさせて悪戯っぽく答えるところがたつみさんの持ち味。

 驚いたのは、たつみさんの少女時代の体験が、名作「岸辺のアルバム」を生み出していたこと。当時、狛江の多摩川沿いに住んでいて、あの水害のときに実家はグランドピアノともう一台のピアノもろとも流されたという辛い体験をたつみさんは持っていた。音大を目指していたたつみさんにとってピアノは命以上のものであったと誰もが思った。ワイドショーのリポーターらも、被害者であるたつみさんにマイクを向けて、「無くされて一番悲しいものは何ですか」と聞いて来た。ピアノという答えを期待していたはずだ。少女たつみきょうこは、頑に「アルバム」としか応えなかった。その真意は何だったのですかと私が問うと、「本当に想い出が消えていくことが悲しかった」とけれんみもなくスッと答えた。この言葉に私の心はもっていかれた。いいな、この人の音楽を聴いてみたいとそのとき思った。
その少女の映像をシナリオ作家山田太一は見ていたにちがいない。彼も少女の無念を知り驚き、そして感動したのだろう。半年後に、「岸辺のアルバム」がTBSで放送され、最終回の名場面が流れた。ドラマであったが、多摩川の氾濫のパートには実写のニュース映像がインサートされていた。

 素顔はいたって関西のノリ。物まねが得意で、若林暢の剽軽な面も演じてくれる。その一方、彼女の心のなかにずっと巣食っていた「さびしさ」というものにも気づいていた。ただし、このさびしさが何処から来るのか今もって分からないそうだ。

 数年前、たつみさんは世界公演を決行したとき、大事な腕を痛めたことがある。今は、ピアノ演奏だけでなく、トークを織り交ぜたレクチャーコンサートが主体になっている。きっと楽しいコンサートに違いない。「お客さんがたくさん来てくれるのよ」と嬉しそうに語る。

 このところクラシックの演奏家に会う機会が増えた。実にさまざまにして強烈な個性が並ぶ。得てして、ソリストは我がまま。そして気分屋が多い。コンサートの会場でいくつもそんな姿を見かけた。そんな人種の中にあって、たつみきょうこさんはまったく普通。気取らない、だけど周りに気遣うことも忘れない。約束の時刻もきちんと守る常識人。すっかりファンになった。
 
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by yamato-y | 2017-07-11 22:10 | Comments(0)
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