いい肉の日
久しぶりに大江さんの声に接した。新宿サザンシアターで開かれた講演会でのことである。このたび、池澤夏樹による日本文学全集の刊行を記念して、池澤×大江対談が開かれた。版元である河出書房新社がその会を主催している。河出の知人に招かれて、その会に出席した。
10年ちかく京都の大学で教えてくると、私にも教え子と呼ぶべき存在が百人ちかくなる。そのなかのひとりが3年前に河出に入って活躍しているということを知ったのは今月のはじめだった。今度大江さんがわが社の主催する会でお話になるので来ませんかと声をかけてもらい、その人にも会いたいと思って私は参加することに決めた。
雨模様の土曜日というあいにくの天気にもかかわらず、サザンシアターの会場はほぼ満席。私は開演30分前に席についた。
会の冒頭、池澤夏樹が語った言葉が心に残った。他国に比べてひときわ自然災害に多く見舞われるこの国に、なぜ私たちは残ったのだろうかという「問題提起」。
日本文学というのは3つの特徴があると池澤は言う。1300年という長い歴史をもつこと。これは中国以外にない。2つめは恋を主題とするものが多いこと。3つめは最初中国、次に西欧という異文化を受け入れてきたこと。これらの特徴をもった日本文学を池澤は独自の選択で30巻の全集に仕上げた。そのなかの22巻に大江健三郎が収録されている。従来の日本文学選集であればかならず入っている芥川や三島の名前はなく、個人として立っているのは現代であれば、谷崎潤一郎、大岡昇平、吉田健一、中上健次、石牟礼道子、須賀敦子という不思議なオーダーがそこにあった。この全集の刊行が始まり、それを記念して池澤×大江公開対談の会が11月29日に紀伊国屋サザンシアターで開かれた。
78歳の大江さんは見事な銀髪になっていた。私の知る大江さんは多毛でごま塩だったが、ここ数年ですっかり白髪になった。背骨はすっと伸びて足取りもしっかりしている。話初めこそ声が低かったが、丸谷才一の「悪口」を言い始めたころからはすっかり興に乗って、大きな声で面白おかしく語っていた。相変わらず偽悪ぶる大江さんは健在で、東大時代に恩師渡辺一夫のそばにいた院生たち先輩にいじめられたと菅野昭彦、清水徹らの名前をあげていた。(よほどいじめられたのか、50年経っても固有名詞で大江は語る)
午後5時閉会。外へ出ると雨があがり、夕暮れの赤い空があった。私はすっかり愉快になっていた。この半年間、ずっと勉強もしないでネット記事ばかりに目を向けていたことをおおいに反省した。
11月29日、いい肉の日。我が家にとっては大事な日であった。娘が我が家から独立していったのだ。あたらしく籍をもうけるためにこの日届けを出した。これからその新しい絆で娘は生きて行く。その絆同士は肉が好きだということで、いい肉の日に独立を決めたそうだ。
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