一節から
昨日からずっと脳裏に張り付いている短歌がある。
さがし物ありと誘ひ夜の蔵に明日征く夫は吾を抱きしむ 成島やす子
「昭和万葉集」のなかの一つだ。作者の成島という人のことは知らない。無名の女性だろう。「昭和萬葉集」は昭和が始まった1926年から75年までの間に、歌集や同人誌に発表された短歌を集めた全集である。80年頃に、講談社が記念事業として編んだらしい。
上記の短歌の情景。70年も前、夫が戦地に赴く前の夜のことであったろう。出征祝いの宴会が開かれ、母屋の座敷では近所や親戚の人たちが集まって賑わっている。結婚したばかりの当人は、新妻と二人きりになる機会もないまま、宴席の上手に座らされている。
その妻とて、宴会の料理を作ったり、酒を出したりで、落ち着く暇もない。婚家に来たばかりの嫁は、姑に気を遣い、縁者の誰彼にも愛想を振る舞うことで精一杯。
出征が決まったということで、慌てて結婚した二人はまだろくに相手のことを知らない。知らないまま別れになるだろう。軍歌が歌われ、万歳の声があがる。夜は更けて行く。
と、そこへ出征する当人が台所へ降りてきた。新妻にちょっと来てと呼びかける。蔵に探し物があるから、ついて来てほしいという。怪訝な顔の嫁。母屋を出ると暗闇に蔵が建っている。何も言わない夫は、蔵の重い扉を開けてそそくさと中へ入って行く。
慌てて追う新妻。
そこで、夫は妻を抱き寄せた。
さがし物ありと誘ひ夜の蔵に明日征く夫は吾を抱きしむ
おそらく、この夫は戦地から還って来なかったにちがいない。
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