世界にただ一冊の活字本
暮れに不思議なネタを2本追った。ひとつは画の話。もうひとつは本の話。
それを聞き込んだのは、上智大学でキリシタン文化研究会が開かれたことから端を発する。
12月5日のことだ。会には出席せず、参加者を上智の正門で待っていた。寒気のきつい日だった。高揚してキャンパスから出てきたその人から、会のなかでの素晴らしいエピソードを聞かされたと話が始まった。世界にただ一冊しかないキリシタンの本が、400年の時空を越えて、北京で見つかったというのだ。
報告したのは、K教授。キリシタン版「サカラメンタ提要」の付録が、北京のイエズス会の管轄した教会の地下に眠っていたことが分かったのだ。詳細は書かないが、戦前にそういうものがあるらしいということは噂にはあったようだ。が、戦後、所在は不明となり、もはやないと思われた書物が、1年ほど前に見つかったのだ。気がつかなかったが、新聞の外電発の記事にも出たようだ。
その付録本は、1605年に長崎で印刷された。ポルトガルやスペインからやって来た修道士たちはグーテンベルグが発明した活字印刷機も運んできたのだ。発明から数十年しか経っていない。その印刷機を使って、日本人向けのカトリックの典礼のやり方を記した本を数十冊作った(らしい)。日本で最初の楽譜も掲載された。なにより、ローマ字を使って「日本語」で表された文章も混じっている。この本が発行されて、2,3年でキリシタン禁教令が発布される。本はご法度となり、ほとんどの本は破却、焚書された。
すべて失われたと思われた、この書が、遠く海を渡って、中国大陸で発見されたのだ。
これは、宣教師によって東洋宣教の本部があったマカオに持ち込まれ、そこから、さらに先の北京に届けられたと思われる。この本の旅した場面を想像すると、わくわくするものがある。
手書きの写字本ではない。活字印刷された本だ。つまり、複数あった本だが、それがすべて人為的に失われて、そのなかの1冊だけが辛うじて残ったのだ。世界で、ただ一冊の本。天下の孤本だ。
この本が影印として、雄松堂から出版された。昨年の11月中旬のことだ。その発行を記念して編者であるK教授が、研究会で顛末を語ったのだ。
私は、翌日、その出版された本のことを聞くために雄松堂のN会長と会った。実は、この本の所在を掴んだのはN会長自身だ。その本を発見していく経緯などは、聞いていてわくわくする。出来るなら、そのときにカメラが記録していたら、めっぽう面白いドキュメンタリーになったのではないか。残念ながら、すべて事は終わってしまって、私たちはその結果を聞かされることになる。これでは、テレビのドキュメントは成立するのが難しくなるのだ。縷々、話を聞きながら、私は幾度となく、これを同時進行でカメラ取材できていたらなあと、ほぞを噛むのであった。
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