面影の変わらで
年の残りも少なくなった。ここに来て仕事がいっぱい入ってきて嬉しいやら苦しいやら。毎日、深夜まで編集が続いて帰りが遅い。久しぶりに昨夜は早く帰ることができ、おまけに故郷(くに)から越前蟹が届いていたので、1はい食べた。腹がくちると眠くなり、10時過ぎには寝た。
明け方に目が覚めた。枕元にあった『蕪村句集講義』を拾い読みする。冬の句で立ち止まって熟読する。
としひとつ積もるや雪の小町寺
きれいな句だ。としと雪をひっかけてあるのだが、また歳をとっていくのだという哀れさと若い日のことを忘れられない淋しさが入り交じっている。この句の発想になった和歌。
面影のかわらで歳のつもれかしたとひ命は限りありとも 小町
たとえ歳をくっていくとしても、昔日のおもかげよ変わることなく。というぐらいの意味だろうか。作者は小野小町で、卒塔婆小町の心境か。深夜にこの歌と句に出会って、つくづく共感をする。書を横に置いて、遠い日のことを思ってしまう。
先日幼なじみから歳暮が届いた。敦賀の蒲鉾だ。歯触りのいい蒲鉾を思い出したら、幼なじみの数人が現れた。みな中学生の顔だ。私もそこにいた。教会の門の前で記念写真を撮っている。私はセーターを着て、学生帽をかぶっている。蒲鉾を送ってくれた友は自転車に乗っている。所在も知れなくなった女の子が聖書を胸にかかえて微笑している。他の友らもみな笑っている。異性を意識しはじめた頃の風景だ。
あの頃は早く大人になりたいと願った。大人になったら、好きなものをいっぱい食べて、行きたいところへ行って、やりたいことをやるのだと野心をもやしていた。なんで、あんなに早く時間が経つことを願ったのだろう。なんで、あの頃にもっと止まっていなかったのだろう。あの頃の私に呼びかけてやりたい。「おーい、まだ来るな。おまえの居るところをもっと沢山覚えておけよ」あの風景の背後にはいちじくの木が茂っていた。そよ風が吹いていた。
聖書を胸にかかえていた少女は、親が夜逃げをしたということで親戚に引き取られ、その後行方が知れなくなった。どこへ行ったのだろう。会って中学生だった時代のことを話し合ってみたい。
ー―遠い日のことを、蕪村の句を目にしながら思った。
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