定年再出発  


懐かしい空
by yamato-y
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タイガー・モスキトンのこと

タイガー・モスキトンのこと

ちばさんが「紫電改のタカ」を発表した1963年頃、少年たちの間では戦記ブームがあった。
戦記雑誌「丸」や少年誌でもグラビアで、軍艦や戦闘機の詳しい解説が施され、少年たちはゼロ戦や隼といった人口に膾炙した情報だけでなく、疾風や彗星、雪風や古鷹などのディープな兵器の性能に熱中した。だから、一般に知られていない紫電改などという戦闘機を登場させる物語「紫電改のタカ」は、戦記少年たちの心を掴んだ。あの当時の少年心理はプチナショナリズムではないかと近年みられている。そういう側面はあることはあるが、一概にそうとは言えない部分もあるのではないだろうか。

太平洋戦争にあって日本はたしかに物量においてアメリカに劣り、その点において敗北したが、技術とか一人ひとりの戦士の力量においてはアメリカを凌駕するものがあった、それが功を奏していれば日本はきっと勝利を得たかもしれないという「幻想」は60年代の少年たちをつよく捉えた。幻の兵器として高速偵察機彗星、長距離爆撃機富岳、ロケット飛行機秋水、などと並んで紫電改という高性能戦闘機があった。そこに乗務する滝城太郎が「紫電改のタカ」の主人公である。

ちばさんは当時の戦記ブームをいささか苦々しく思っていた。まるでスポーツのように性能や技術を書きたてる戦争記事に違和を感じていた。自身、6歳のときに旧満州から命からがら引き揚げてきた体験もあって、戦争の悲惨、みじめさは身にしみていた。あの戦争の歴史的記録、記憶などには関心をもっていた。「きけ、わだつみの声」などを読んで自分の体験のほかにもさまざまな戦争体験があることを、ちばさんは知っていたし、こどもたちにも知ってほしいと願っていた。特攻で逝った飛行機乗りは、体力も知力も優秀な若者だったはずだ。その有為な若者が国のためにと言って、命を落とさざるを得なかった状況。ちばさんは派手な空中戦よりそのことを描きたいと思った。

 戦争の不条理は日本人の側だけではないということも、24歳のちば青年は感じていた。
先日のちばさんを囲む会で、京都精華大のY先生は「紫電改のタカ」についておもしろい指摘をした。この戦記漫画のなかで、空襲、空中戦、交戦などの戦いはいくつもあるが、非戦闘員の死が描かれた場面は一箇所しかないという。それは、真珠湾攻撃で巻き添えをくったアメリカの可愛いこどもたちの死の場面。空爆のため命を奪われた金髪の男の子や女の子・・・。
このこどもたちの兄であるモスキトンが復讐を誓って、後にタイガーとして恐れられる空中戦の鬼となる。こういう敵の個人的な事情が描かれ、その境遇にまでまなざしを注いだ漫画というのは、それまでなかったものだとY先生は評価した。

この発想はどこから来たのかという質問に、ちばさんは語った。
「真珠湾が攻撃された日というのは休日だったと思います。あの爆撃を受けたあと炎上沈没する軍艦たちの有名なフィルムを見るたびに、こういう戦闘員だけでなく、あの日犠牲になったハワイの人たちもいるのではないかということが、いつも気になっていたのです。」ここからモスキトンという存在が生まれていくのだ。

 戦争の不条理を描くと、漫画の人気は落ち、担当編集者から「4位に落ちた」とこぼされることが多くなり、ついつい「逆タカ落とし」などの空中戦シーンを多くことになった。本当に言いたいことがいつも後退していて、あの作品については自分でも不本意なものになったと長く思っていましたよと、ちばさんはぼそりと言った。
「だけど、最近になって、当時この漫画に夢中になっていた少年たち、今では中年のおじさんだけど、そういう人たちから一番心に残った作品と評価される機会が増えてきました。私もそうかなあと思うことが多くなりましたね」

 ちばてつやさんという偉大な漫画家の知られざる面をもっと掘り下げたいと思った。

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by yamato-y | 2009-09-19 09:34 | Comments(1)
Commented by 小川義行 at 2016-01-25 15:58 x
初めまして

"逆タカ落とし"をキーワードにしてググっていて、貴サイトにたどり着きました。

昔、愛宕山にあるNHK放送博物館で、紫電改から受けた攻撃シーンをそのB29の搭乗員が回顧している場面を放送した番組のアーカイブを見たことがありました。
先日娘と同博物館を訪れたときに検索しましたがそのアーカイブはありませんでした。
同志の意見を集めてNHKにそのビデオをアーカイブに含めるように働きかけることができたらと思いますが...

小川義行
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