定年再出発  


懐かしい空
by yamato-y
カテゴリ
以前の記事
2016年 12月
2016年 11月
2016年 10月
2016年 09月
2016年 08月
2016年 06月
2016年 05月
2016年 04月
2016年 03月
2016年 02月
2016年 01月
2015年 12月
2015年 11月
2015年 10月
2015年 09月
2015年 08月
2015年 07月
2015年 06月
2015年 05月
2015年 04月
2015年 03月
2015年 02月
2015年 01月
2014年 12月
2014年 11月
2014年 10月
2014年 09月
2014年 08月
2014年 07月
2014年 06月
2014年 05月
2014年 04月
2014年 03月
2014年 02月
2014年 01月
2013年 12月
2013年 11月
2013年 10月
2013年 09月
2013年 08月
2013年 07月
2013年 06月
2013年 05月
2013年 04月
2013年 03月
2013年 02月
2013年 01月
2012年 12月
2012年 11月
2012年 10月
2012年 09月
2012年 08月
2012年 07月
2012年 06月
2012年 05月
2012年 04月
2012年 03月
2012年 02月
2012年 01月
2011年 12月
2011年 11月
2011年 10月
2011年 09月
2011年 08月
2011年 07月
2011年 06月
2011年 05月
2011年 04月
2011年 03月
2011年 02月
2011年 01月
2010年 12月
2010年 11月
2010年 10月
2010年 09月
2010年 08月
2010年 07月
2010年 06月
2010年 05月
2010年 04月
2010年 03月
2010年 02月
2010年 01月
2009年 12月
2009年 11月
2009年 10月
2009年 09月
2009年 08月
2009年 07月
2009年 06月
2009年 05月
2009年 04月
2009年 03月
2009年 02月
2009年 01月
2008年 12月
2008年 11月
2008年 10月
2008年 09月
2008年 08月
2008年 07月
2008年 06月
2008年 05月
2008年 04月
2008年 03月
2008年 02月
2008年 01月
2007年 12月
2007年 11月
2007年 10月
2007年 09月
2007年 08月
2007年 07月
2007年 06月
2007年 05月
2007年 04月
2007年 03月
2007年 02月
2007年 01月
2006年 12月
2006年 11月
2006年 10月
2006年 09月
2006年 08月
2006年 07月
2006年 06月
2006年 05月
2006年 04月
2006年 03月
2006年 02月
2006年 01月
2005年 12月
2005年 11月
2005年 10月
2005年 09月
2005年 08月
2005年 07月
2005年 06月
2005年 05月
2005年 04月
2005年 03月
2005年 02月

最新のコメント

寒さが緩んだ日に

在るとは

昨日、息子の誕生日だった。30代のオッサンに誕生祝をいうのも気がひけるから、なんの音信もなく過ぎて、今朝になって記念日だということに気がついた。
たしかに息子のHは在る。だが親である私たちが見ているのは30年前の乳児だったH。
小脇にかかえて自転車の前の席に乗せて、共同保育所に連れて行く光景が脳裏にこびりついている。私よりガタイが大きく、何を言っても反論するようなナマイキなHではない。

つまり目の前のHは不存在だ。非存在ではなく、たしかにその分身というかかけらはあるものの、私自身が期待する存在ではない。存在というのは「時」の影響を大きく受けるようだ。どうもそんな気がしてならない。あのハイデガーも最も関心があるのは「時」であったということを何かで読んだ。

 では私自身の存在はどうか。
今、自分史の年表を作成している。1948年から2016年までの時間と事象の流れを一覧にしたものだ。年表の特徴はほとんど仕事と絡んでいることだ。誕生から大学卒業まではたった3行。22歳で就職してから現在までが192行ある。事象の過半が制作した番組名で埋まっている。おそらく有象無象含めて、生涯8百ほどの番組を作ったことになり、それに大半の時間を費消してきたわけである。
 長男が生まれた年は初めて海外取材をした年で、長女は長崎から東京へ転勤する年だった。脳出血を起こしたのはニューヨークで大きな賞をもらった年で、災厄と幸運がいっしょにやって来たので忘れられない。これらの時代の私(複数)は今の私ではない。だが想起すれば当時の意識が出現して、現在の意識に上書きされるのも可だ。いつでもあの頃に戻れるし戻ってもいる。けっしてあの頃から自分の本質が変わったわけでもないと御託を並べることも可だ。
 ずっと連続する私もいれば、そのつど切断される私もいるのだ。在るということはどういうことだ。

来られた記念に下のランキングをクリックして行ってくれません
人気blogランキング

[PR]
# by yamato-y | 2016-12-02 16:27 | Comments(0)

深海へ

深海へ

大磯の片付けを終えて目黒に戻ると、日はとっぷり暮れていた。駅張りの映画のポスターをなにげに読むと、新海誠監督作品上映とある。「秒速5センチメートル」「雲のむこう、約束の場所」「言の葉の庭」の3本をシニア料金で見ると、1000円。終了は午後10時になりそうだがいいじゃないか。足はすぐに向いた。
6時開場。「雲のむこう」から始まった。
この作品は苦手なSF仕立て。あまり気持ちが入らないままエンドマークをむかえた。感想をもらすものはない。
次の「秒速5センチメートル」はよかった。中学を出ると離れ離れになってしまった遠野貴樹と篠原明里の物語。種子島と栃木ではあまりに遠い距離。その最後の夜に、貴樹は雪の北関東を列車を乗り継いで明里のもとに向かうまでの煩悶が1部のキモだ。この作品は3部作になっていて、2部は移住した種子島で高校生活を送る貴樹を密かに恋する同級生の視点の作品。そして、3部は社会人になって、仕事についたものの自己啓発も解放もできないままくすぶる貴樹。一方、明里は許婚とまもなく結婚する直前にある。二人の縁の糸はどうなるか(私としてはポジティブな結果を期待した)。貴樹の手繰り寄せた糸はカラカラと回り続け、挙句カットアウトした現実だけが残った。後味が深い。

そして3本目が「言の葉の庭」。クツ作りを目指す高校生が10歳年長の国語の教師に恋をする物語。舞台は雨の新宿御苑。物語の説明はしない。少年の移ろっていく心が手にとるように分かる。

 3本のなかで、タイトルのいいのは「雲のむこう、約束の場所」。物語の深さは「秒速5センチメートル」。「言の葉の庭」は悪くはないが、どう評価していいか、今の段階では分からない。ただ新海作品はいろいろな顔を持っていると知って、これからの作品にも期待したいと思った。

来られた記念に下のランキングをクリックして行ってくれません
人気blogランキング

[PR]
# by yamato-y | 2016-11-28 14:03 | Comments(0)

君の名は、二度見

2度見の感動

昨夜、渋谷TOHOシネマズで君の名はを再び見た。2回目の鑑賞だ。前のときも一応感銘したが、どうもまだ新海監督の思いを掴んでいない気がして、あらためて見ることにしたのだ。視聴の深さが足らないと思ったのは口噛み酒の意味、組みひもの暗喩が自分の中で腑に落ちていなかったからだ。

そうして見終わった午後6時40分、深々とした感動を私は味わっていた。最後の四谷の階段で二人がすれ違い、君の名前はと呼びかける場面、本当に美しいと感じた。ヒーローの瀧も社会人となって成熟を感じさせたが、なによりヒロイン三葉の見せたやさしく懐かしい泣き笑顔はアニメとは思えないほど心に染み込んでいった。

この種の感動をどこかで味わった気がしていたが、今朝瞑想をしていて思い出した。8年ほど前に見たローカルテレビ局が制作して話題となり、後に映画化された作品「私たちの時代」のラストシーンで味わったものとよく似ていた。
 かつて死闘を演じた石川県の女子ソフトボールチームの一方の高校のマネージャーだった女性が成長して東京のオフィス街で働く姿を切り取っていた。高校時代とは見違えるようなたおやかな女性ぶりに、見るものの心を奪う場面となっていたが、その感動と劣らない。
 否「君の名は」はさらに深い感動をもたらしたが、それは瀧と三葉たちの真摯で熱い慕情がくっきりと浮かび上がっていたからだろう。


来られた記念に下のランキングをクリックして行ってくれません
人気blogランキング

[PR]
# by yamato-y | 2016-11-25 06:58 | Comments(0)

余震といえども震度5

昨11月22日 明け方の5時59分 横揺れが来た。夢を見ていたので夢の続きかと認知していたが、揺れが大きくなって縦になってこれは実際のことだと悟り、目を開いた。いつもの地震より長い。5年前の大地震とよく似た現象に戦慄。
テレビをつけると、画面に大きな文字で「すぐにげて」とあり、アナウンサーは海から離れて高台に逃げるよう緊張した声で連呼している。震源地は5年前と同じ福島県沖。後にマグニチュード7・3、震度は福島県浜通りで5。東京都内でも震度4あったことを知る。
画面は小名浜港の港風景に変わる。津波襲来に備えて漁船が次々に避難のため、港を出て行く様子が写し出される。それから2時間テレビの前を離れられないままとなる。

津波警報、注意報の解除まで2、3時間かかることになった。どうやら5年まえの東北大震災の余震だったようで、この5年間でもっとも大きな地震であったそうだが、有難いことに死者の犠牲はゼロであったことは僥倖としか言えない。

忘れていた悪夢が蘇った。あの3月の寒風のなか、娘を連れて銀座から目黒まで歩いて帰った夜のことを。あの思いを繰り返すことだけは避けたい、

来られた記念に下のランキングをクリックして行ってくれません
人気blogランキング

[PR]
# by yamato-y | 2016-11-23 10:36 | Comments(0)

きらきらさむい

綺羅綺羅寒い

金曜日は寒かった。朝一番でスポーツジムに出かけた。9時オープンに間に合うために家を8時40分に出る。目黒通りをいっきに下る。権之助坂の終点にある横断歩道を渡ったときだ。
前からやって来た女子高生たちと交差するとき、ひとりの子が言った。「今朝はきらきら寒いね」。一瞬幻聴でもあったかと思ったが、どうも実音であったようだ。その後も女子高生は天気の話題を口にしていたから。
きらきらはキラキラネームのそれでなく、綺羅星のごとくの漢字の綺羅と私は確信する。
それにしても何とみずみずしいセンスだし表現だ。私はしばらくその言葉に打ちのめされていた。

ちょうど翌日土曜日に、遊俳倶楽部の11月句会がある。そこへ投句せねばならない。この綺羅綺羅寒いを織り込んだ句を作りたい。金曜日の午前中はそのことでずっと頭がいっぱいだった。
夕方、やっと出来た。
目黒坂綺羅綺羅寒き高校生
しかし結果は最悪。金曜日に句会に提出したものの宗匠からはまったく一顧だにされずボツとなった。だが、私個人としては想いが深い。
少し口惜しいから見栄を張って、採用された句も次に挙げておく。
屋根に立つサワンの谿(たに)や北斗星
冬に入る子の手を引けば薄曇り

その句会で選挙には漏れたが感心した若い人の句があった。
背の縮む電柱冬の鳥一羽
下五がよくないが、背の縮む電柱がすごい。冬になって日がどんどん短くなり、電柱も影か本体かなぜか短くなっている、気がする。こういう気分は分かる。

さらに句会で私が「天」の位をつけた句は
神無月口噛み酒に酔ひにけり

口噛み酒とはあまり聴かない言葉だが、最近若い人たちの関心を集めているという。ヒット映画「君の名は」の中で重要な出来事が口噛みに秘められているのだ。い

かくして久しぶりに出席した句会で気分は高揚。一次会で終わらず、2次会で高円寺まで遠出して深酒となった。高円寺では「赤ちゃん」という創業60年の老舗のスナックでハイボールをぐいぐい。最初は仲良くのんでいたお隣の自由業の方と、途中から議論が白熱し、「外に出ろ」と罵倒するぐらい悪酔いしてしまった。
おかげさんで、高円寺から総武線で新宿に出る予定が寝過ごして飯田橋まで行った。
口噛みの酒にあくがれ神送り 登羊亭

来られた記念に下のランキングをクリックして行ってくれません
人気blogランキング

[PR]
# by yamato-y | 2016-11-20 14:46 | Comments(0)

1999年のこと

1999年のこと

 昔のスケジュール帖に、こんなことを書きつけていた。
≪胸をつきあげてくるこの力は何か。今朝、朝食をとりながら「東チモールへ行ってボランティアとして現地で働いてみたい」というと、妻は好きにしたらと答えた。ふしぎだ。
いつもなら何を馬鹿なことをといって一笑に付すのだか、私の健康の心配をするのだが。
東チモールの選挙が終わって以来ずっと現地のことが気になる。ちょうど光州事件が起きたとき、車で若者が光州に向かう様子を画面で見たときと同じ心境だ。何か自分が手伝うことがあるのではないか。PKFを日本が派遣しなくても、日本人の個人としてできることはないか。≫
 メモが書かれたのは1999年9月14日。私が51歳のときのことだ。

なんだか、ずいぶん昔のことのようで、つい昨日のことにも思える。その当時と心境はさして変わったわけではない。
 だが時代が変化した。いつも時代がうねっていると感じるものだが、この2年ほどは世界が姿をガラリと変えてきたような気がする。これからもっとうねりが強まるのではないだろうか。
毎朝通う区民スポーツセンターのジムには外国人が2割ほど必ずいる。これは目黒という都市のなかだからそうかもしれないが、全国的にも短期の滞在者は10年前の倍はいるのでないか。グローバリズムの進展はものすごい勢いで進んだし、進んでいる。

 澁谷に出れば、マレーシアやインドネシアの人たちをよく見るようになった。するとチモールがけっして遠くない。この感覚は、17年前には全然なかった。

来られた記念に下のランキングをクリックして行ってくれません
人気blogランキング

[PR]
# by yamato-y | 2016-11-15 14:24 | Comments(0)

木枯らしと思い出

忘れられない人

 今、自分資料を整理している。特に仕事についてからの40年を中心にだ。
人生の断捨離の時期に至ったわけだ。大磯の家に所持していた書籍の大半は故郷の図書館に寄贈しおえた。若干のポピュラーカルチャーに関する資料はとある人に譲ることにした。次に目黒と澁谷の資料を整理しようとしているわけだが、こちらが意外と難題となった。ここ20年ほどの資料が未整理のまま残っている。その一々を確かめて、破却するものは破却し禅譲するものは禅譲しようと分類しているのだが、中に思いの深いものに出会うとなかなか進まない。

その一つが、ミヨシシナさんのことだ。前にも書いたと思うが、もう一度整理する意味でも彼女の思い出を書いてみよう。
 NHKの研修センターの主催で、学生を対象に「ドキュメンタリー講座」というのが開かれたのが1997年。第1回から11回まで私は講師を務めた。テレビ界に就職を希望する在京の学生たちがおおぜい集まっていた。その7期目の講座でミヨシさんに私は出会った。

 その後、いろいろと縁が続くのだが、彼女の顔を思い出すことができない。どんな顔だったか表情だったか、どういう声だったか、まったく覚えていない。ただ、その「一生」は心に深く刻まれている。
 4年ほど前に彼女は死んだ。事故死だった。
 彼女はNHKの番組制作者になるのが夢だった。だから「ドキュメンタリー講座」に参加し、分科会の私の講座に出て、企画書も書く練習を熱心に続けた。最初の企画書が、私の手元に残っていると気がついたのは、彼女が急死したあとのことだ。その企画は子供たちの学童保育の改善の話だった。さまざまなハンディや困難をかかえた家庭の子供たちをどうやったら守ることができるかという趣旨だったと記憶する。
 彼女は当初から社会的弱者に目を向けていた。その視線が本物かどうかを知りたくて、企画書を手にした私は、彼女にいくつか意地悪な質問をした。未熟な部分はあったが、本当に熱い思いがあることを知って、その後も私は彼女を応援した。

 翌年、在京の放送局へのシュウカツは失敗し、ローカルの民間放送に職を求めることになった。ただし、ディレクター職ではなく放送記者という職分だった。その身分でも番組を作ることができるから頑張ってやっていきたいという便りをもらった。

 2,3年、月日が流れ、彼女のことは忘れていた。
あるとき、信州の山間で、取材用のヘリコプターが電線にからまって墜落というニュースが流れた。その乗員のなかに彼女の名前があった。
 彼女の出身地は徳島であった。ご両親に向けて、お悔やみの手紙を書いたとき、彼女の一番最初の企画書のコピーを同封した。

 私の知る情報はこれだけである。本当に、袖擦れ合うだけの縁でしかなかったかもしれないが、私には彼女のひととなりが心に強く焼き付いている。
 そのくせ、顔も思い出せず、大学もどこに通っていたかもしらなかった。

 そうして、昨日の日曜日、私は90年代の取材ノートのなかに、彼女の属していたドキュメンタリー講座住所録をみつけた。彼女は慶応大学の学生で、京浜の鵜の木のアパートに住んでいたことを初めて知った。

 あれほど、番組しかもドキュメンタリーを作りたいと願っていた彼女の思いを偲ぶと、せつない。

来られた記念に下のランキングをクリックして行ってくれません
人気blogランキング

[PR]
# by yamato-y | 2016-11-14 14:55 | Comments(0)

開店休業から少し脱して

開店休業に仕切りをつけて

このブログを始めて10年以上になる。初期は「冬ソナ」のキャンペーンを担当していた。当時の記事が今もある。その意味でこの場は私にとって貴重なのだが、ここ1,2年は放置することが増えた。開店休業状態だった。

一つの仕切りがやって来る。「定年再出発」も新しい旅立ちが始まろうとしている。今多くを語れないが、まもなくやって来る状況に備えて色々なもの、ことの見直しを図っている。すると、この場が私にとっていかに大切なものであったかが見えてきた。

最近、ジムへ行ってトレーニングすることにエネルギーがとられ、瞑想の一日2回もほとんど遂行できない日が続いていた。これもダメである。一月の「事業計画」がとにかく杜撰になっていた。全てに襟を正さなくてはいけない。
今、この記事は今年購入したアイパッドで書いている。が恐ろしく時間がかかる。それも書く意欲を失墜させた理由の一つだった。だからこのアイパッド執筆に習熟することに努めるつもりだ。

一つお知らせ。9月に本を出した。『ドキュメンタリーを作る2・0』。以前書いた『ドキュメンタリーを作る』をスマホ時代に合わせて改訂したもの。この書き直し作業に今年の前半はエネルギーを取られたが、それも結着はついた。大磯の家にあった書籍も大半「処分」した。これも結着。
だんだん新しいステージが見えてきた気がするが、私の妄想だろうかしらむ。でも、まあいい。此処から始めるしかない。さあ、もう一度ブログライティングもやるぞ。

来られた記念に下のランキングをクリックして行ってくれません
人気blogランキング

[PR]
# by yamato-y | 2016-11-02 07:18 | Comments(0)

木戸銭はらって

木戸銭はらって

 日本映画が好調と噂を聞いて、この半月は映画館へ足を運ぶことが多い。「君の名は」を2日前に見た。新海誠監督のアニメ作品で、私のすこし苦手なSFファンタジーだ。
映画館は若いファンで7割かた席が埋まっていた。興行収入200億はまんざら嘘でもないようだ。映画が始まって、キャストの紹介でプロデューサーに川村元気とあって、彼はこういうジャンルまでカバーするのかと驚いた。担当していた「課外授業・ようこそ先輩」の最終回は彼の授業だったから、その後の動静にも関心をもっていた。
「君の名は」の映画そのものは、テンポがあって飽きることがない。十分楽しむことはできたが、最終局面ではカタストロフィー回避の仕掛けがいまいち分かりにくかった。画面は噂どおり、アニメとは思えないほど精緻にして華麗な色使いで十分堪能した。ジブリとは違ったテーストをもった画作りであることを知った。
カットレベルだが、電車のドアの開閉の画がとても心に残る。
難点は、物語の段落ごとにブラックアウトするのはパターンになっていること。いささか興がそがれた。上映時間が長く感じないほど、お話にテンポがあったのは、監督の今後の活躍を期待させてくれた。

 ということで、久しぶりにアニメを見たせいか、マンガを読みたくなり、オフィスに戻ると、棚に「夏子の酒」が20巻あったので、12巻まで読破。

 そして、本日5日。台風一過。秋晴れ、どころか気温が32度まであがって暑い日。
いまもっとも関心を集めている映画「怒り」を見に行くことにした。予約は朝のうちに済ませた。スクリーンに向かって左側、下手のIの1番。さて、どんな映画だろう。

それから4時間後。
まさに怒りだった。あまりの出来に落胆を超えて怒りがこみあげた。あれだけの上手いといわれる役者をそろえ、3つの局面を並行して走らせるというアクロバチックな構成。いかにも大作という表面(おもてづら)とはまったくうらはらの空しい読後感。人間の寂しさ、狡猾さとそのアワイが描けていない。今村昌平だったら、もっと凄い作品に仕上げていただろう。(「復讐するは我にあり」の緒方、三国、倍賞の圧倒的な芝居)

 冒頭、日本映画が好調と書いたが、いささか疑わしい。「怒り」上映前に流れた予告編で、スコセッシ監督の「沈黙」が流れた。遠藤周作の名作を再映画化しているらしい。前作の篠田監督の「沈黙」はなかなかの労作だった。今度のスコセッシ版はどれほどのものが出来上がってくるのだろうか。
日本通で知られるスコセッシ演出は、けっして「サユリ」のようにはならないと信じているが。

来られた記念に下のランキングをクリックして行ってくれません
人気blogランキング


 
[PR]
# by yamato-y | 2016-10-06 12:11 | Comments(1)

雨の多い2016年秋

雨の多い2016年秋

 梅雨は利根川水系では貯水率が下がっていると騒いでいたのに、8月の末から長い秋雨、秋黴雨状態になった。弁当忘れても傘忘れるなという北陸に育ったものとして、長雨には抵抗力がある自負していたが、まったく駄目。むしむし、だらだらと雨がつづくと、すっかり憂鬱になった。

 せいぜい、区民センターのジムで筋肉トレーニングを毎日することだけが楽しみとなった。

 今年も、目黒秋刀魚まつりが、自宅のそばで行われ、気仙沼産の美味なさんまを食したことだけは僥倖だった。

 なかなか番組を作るチャンスが巡ってこなかったが、9月に入って、「イッピン」という情報番組を2本担当した。ひとつは、岐阜県産のヒノキを使った工芸品。


来られた記念に下のランキングをクリックして行ってくれません
人気blogランキング

[PR]
# by yamato-y | 2016-09-30 17:48 | Comments(0)


人気ジャンル
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧